「中国留学 ~前期を終えて~ 」川端 渉真(北京語言大学)

「パッキパキ北京」後の北京にいる自分

「パッキパキ北京」とは綿矢りさの小説である。ストーリーは、主人公のあきこはコロナウイルスがまだ猛威を振るっていた2022年に夫の駐在先である北京で過ごすというものである。これを読むきっかけは2024年8月に公費留学生の事前研修会で綿矢りさご本人にご講演いただいたためである。素人の感想でしかないが最初から最後まで面白が満載だった。特に主人公のあきこが一番好きな登場人物である。彼女はとてもさっぱりした性格で初めての中国で自分のしたいことを次々と実現させる。1人で地下鉄に乗って観光地を練り歩き、自動翻訳と身振り手振りで中国人とコミュニケーションを取る強心臓の持ち主である。

具体的なネタバレは避けるが、終盤あきこはある重大な決断をし、この小説が結末を迎える。私はこの小説を留学直前に読み、あきこが生きていたパッキパキな北京に自分がこれから行くのだと興奮を覚えた。そのため留学することで、彼女のようになりたい、いやなるのだと思っていた。しかしながら私は彼女のような人ではなかったので想像とは違う実りのある留学生活を迎えることとなった。

留学先である北京語言大学では4人部屋で生活しており、エジプト、コスタリカ、ネパールの留学生と共に過ごしている。そして友達には日本、メキシコ、ベトナム、インドネシア、ガーナの留学生と遊んだりするなど主に彼らと共に過ごしている。

特にベトナム人のヒューは留学先でできた初めての友だちだった。彼がいなければ、今の留学生活はなかった。その出会いは今思い出しても面白いものである。私は9月に訪中団に参加する都合、授業が始まって1週間後に北京語言大学に到着した。右も左もわからない時期に、ヒューと出会った。HSK5級の授業では授業で使用する教材がwechatで配布されており、どのようにそれを入手するのか分からなかった。そんな時にたまたま隣にいたヒューに声をかけて、wechatを交換したことが始まりだった。ただその時にはまだ仲が深まっておらず、私は友達がいない状況が耐えられなくなり、泣いて親や先輩に電話したことを覚えている。その後偶然ヒューから北京のはずれにある香山公園へ遊びに出かけないかと連絡がきた。当日集合場所へ行くと、驚いたことに15人ほどの人だかりができていた。そうこれが香山公園へ遊びに行く人たちであり、そこにヒューをはじめ、これから仲良くなっていく友達や彼女がいたのである。

私はてっきり香山公園なのでピクニックなのかと思っていた。そのため服装は無印良品のシャツにワイドパンツ。持ち物はスマートフォン、オレンジジュース、パスポートなど。実は香山公園は小高い山であり、2、3時間ほど登山をする羽目になった。しかしながらこの思いがけない登山からヒューともう一人の留学生と仲良くなった。それがインドネシア人のジェイソンである。彼はカナダの大学出身で英語がネイティブであり、その上中国語も勉強をしに北京に来ていた。このように書くと真面目な留学生に思えるが、とても気さくでみんなから愛されている。少し天然な部分があるが、一緒に遊ぶときには游(ツアーガイド)として場所のリサーチやチケットの予約などを買って出てくれる。

私たちの共通言語は中国語だけれども、通じないことがある。ほとんど場合は私の中国語力が低いためであるが。例えば、ある食べ物の名前を言いたいときには、スマホでそれを検索して「个,个」と言う中国語学習歴4年の集大成を見せつける。すると瞬く間に理解してくれる。もちろんそれでは中国語の進歩はないので、分からなかった単語はスマホにメモをすることにしている。たまにさぼる。

普段の生活

普段の生活に卓球は欠かせない。私はヒューとジェイソンでひたすら卓球で遊んでいた。タオバオで20元(日本円で約400円)ほどで卓球のラケットと球を購入して、卓球台は校内に置いているものを使用した。そのため私にとって卓球はお金がかからず、汗を流せて、遊びだけれども運動したという口実を作ることのできるものであった。日によっては4、5時間も卓球をしたことがあった。それでも翌日は筋肉痛にはならない。そんな卓球狂の私たちは目に見えて分かるレベルの差がある。一番うまいのがヒュー、その次がジェイソン、そして最下位が私である。ただし自分をよく見せるためにいうと球を早く打つスマッシュが一番うまいのは私である。長期休みになってからは寒さと旅行などみんなの予定が合わず卓球ができていない。そのため2人の卓球レベルが落ちて、私と同レベルになっていることを祈っている。

もちろん真面目に授業に参加している。北京語言大学に1年以上留学する学生(汉语与中国学学院の場合)は、必修の中国語の総合科目以外は全て選択科目となっている。その中から16単位以上20単位以内の授業を選択しなければならないというルールが定められていた。そして必修は初級中国語、中級中国語、高級中国語の3つに分けられている。それぞれに「上」と「下」が用意されており、実質6つのレベルに分かれていることになる。そして選択科目は各レベルにあったものに設定されており、中国語の読解や会話はもちろん、地理や書道など多種多様なものがあった。私は半学期を留学に慣れさせたいという思いや、自身の単語力の無さを理由に中級中国語上を選択した。ちなみに「上」と「下」は「上」の方が下のレベルになっている。これは川下が上である概念に基づいているものと思われる。秋学期で18単位を取得することができた。

私は秋学期の授業の中では必修の総合科目がとても好きだった。これは一般的な授業で、教科書の文章を朗読して新出単語や文法を習うというものである。各先生により授業の展開の方法は違っており、プレゼンテーションを行わせる先生もいるらしい。私の先生である金先生は授業中に生徒全員に質問をするタイプであった。この文章のこの一文を読んでくださいと言われた時には私の心臓は飛び上がりそうになった。

ある日の金先生の授業では日本に関する質問をされた。どんな質問だったか覚えていないがその質問に答えられなかったことだけは覚えている。1月のレポートで他国の留学生は日本のことに興味がないと書いたが、それは私が日本のことに無知なので誰からも質問されなかったためかもしれない。日本のことを何も知らない自分が恥ずかしくなり、少しでいいので勉強しようと思えた。また海外にいる場合は、自分は日本の代表ではないが、私の受け答えで日本のイメージを良くすることも悪くすることもできることにも気が付いた。これは今後も肝に銘じておきたい。

留学後半に向けての目標

留学後半に向けての目標は、日中交流イベントの開催である。日本にいたころには、日中学生交流団体freebird関西支部という団体に所属しており、様々な日中交流活動に参加してきた。活動内容は料理会や漢服など多岐にわたり、「日中学生の相互理解の場を創出する」という理念を掲げて活動していた。私はてっきり北京でもそのようなイベントが数を多くあると思っていた。しかしながら数は少なく、また参加したいと思えるものがなかった。そして留学中は様々な出来事が起こり、自身の都合もあり参加が叶わなかった。それなら自分で企画すれば良いのではないかと思ったのである。そのために現在計画中である。

「新時代の中国」で生きる

中国で新時代とは習近平の代名詞である。なぜなら2017年中国共産党第19回党大会において「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」が中国共産党規約に書き込まれたためである。またその後外交の成果である他国との共同声明にも「新時代」という言葉としても盛り込まれている。現在3期目の習近平政権は2024年の三中全会で2029年までに改革の任務を全て遂行すると発表した。その中で中国独自の発展様式である「中国式現代化」を推進する動きが加速している。

「中国式現代化」は中国で暮らす人々に影響を及ぼしている。私は想像以上に便利な生活を過ごすことができている。財布を持たずにスマホ1つで決済ができる。大げさにいえば朝から晩までスマホをポケットにいれておくだけでどこでも生活ができるのである。それは個人情報がビックデータとして集約、管理されているためである。そのためタオバオを開けば自分の好きな商品、長い時間閲覧したものがトップ画面に表示され、さらに「今割引中です!」と赤文字で表示される。そうなればもう私の購買意欲は100%になり、気づいた時には購入ボタンを押している。中国にとっての十八番である集約と管理は「中国式現代化」により、さらに便利な社会を作り出すのであろう。

大学でも変化は起きている。例えば、新型コロナウイルス以降大学へ出入りすることが強化され、大学へ入るゲートには顔認証システムが導入されており校内に部外者は立ち入ることはできない。そのため不審者はおらず学生や地域住民のみに開かれたのびのびした環境が生まれた。

古い思考の私にとっては目まぐるしい変化に戸惑うことが多いのだけれども、それでもこれらの便利さを享受している。「新時代の中国」はこのような豊かさを手に入れたのである。そしてそれが確実に社会を変化させた。日本にいた時には想像できなかった豊かさを中国にきて学び得ることができた。引き続き「新時代の中国」を観察し、その豊かな部分を知っていきたい。