なりたかった自分へ、今からでも遅くない

2019年8月1日号 /

NPO法人「ほんにかえるプロジェクト」発起人
汪 楠(ワン ナン)さん
1972年吉林省長春市生まれ。差別や親との確執により非行に走り、暴走族や暴力団を経験。鑑別所などを含め20年以上の収容生活を送る。NPO法人「ほんにかえるプロジェクト」発起人。「中国帰国者の会」などにも携わる。

受刑者の更生のために本を活かす

日中国交正常化の1972年、吉林省長春市に生まれた。母はバスガイド、父は地元の病院の副院長も勤めた外科医。教育熱心な家庭で、父は毎朝家の壁に掛けた黒板に「お題」を書き、その日のうちに詩を作るよう息子に指導した。
小学校でも成績は常にトップだったが、親の離婚で状況が一変した。父はのちに残留孤児の日本人女性と再婚、その父に誘い出されて86年、姉と共に神戸行きの船に乗った。

「中国に帰れ」

日本がバブルに沸く中、東京のアパート二間に継母とその子供を含む一家7人で生活を始めた。いつも腹をすかせていた。通い始めた中学校では言葉が分からず、馴染めるはずもない。同級生から「中国に帰れ」と怒号を浴びる中、周囲への不信感が募った。故郷で神童と呼ばれた自分が、来日した途端にビリへと転がり落ちたのも悔しかった。

2000年に窃盗容疑などで逮捕された。盗んだ金は総額で億を超える。岐阜刑務所で13年の刑期を終え、出所後から1年足らずの15年9月、受刑者に本を送ることで更生を支援する「ほんにかえるプロジェクト」を立ち上げた。
「刑務所の中で大量の本を読み、様々な世界と考え方を知った。支援者との面会や手紙で社会への不信感が薄らいだ」。本を読めば、他人の考えも理解できるようになる。支援者とのやりとりの中で、人を信頼することを学んだ。社会とつながりを持つ上で大切な要素だ。「更生とは人間の尊厳を取り戻すこと。一人ではできない。孤立しないように社会と接点を作ることが必要。自分がどんな人間になりたかったのかを思い出して、今からでも、それに向かって歩んで行ければ」

本と手紙の力

自宅兼事務所の家には、寄付された約7千冊の本が並ぶ。多くのボランティアの手助けを得て、のべ4千冊以上を受刑者に送ってきた。関わった受刑者は200人以上、手紙を受け取れば必ず返事を書く。「なるべく手書きにしている。面倒だけど、これが大事」
「父親は文化大革命で辛い思いをしたかもしれない。でも自分は日本に来たくて来たわけじゃない。だから最初は恨みがあった」
一方で、社会の隅に追いやられた立場から日本を見渡すと、支援を求める人が多くいることに気づいた。現在は路上生活者や外国人労働者の支援にも携わり、心理療法であるロゴセラピーの資格取得を目指し勉強を続ける。
決めたことは努力して達成するタイプ。その人柄を慕う人も多く、「金はないけど、今は充実している」。そんな自分の姿を見せることもまた、受刑者を励まし、再犯の防止につながると信じている。

(フリーランスライター・吉井忍)

 

※本稿に掲載した内容に誤りがありました。

担当編集者はすでに離職しております。

当該内容を削除しお詫びいたします。