歴史認識の違いを越えて、 よりよい関係を築く一助に

2019年7月1日号 /

テムジン ディレクター
小柳 ちひろさん
1976年生まれ。同志社大学卒業後、ドキュメンタリー番組制作会社㈱テムジン入社。「ハイビジョン特集『敦煌莫高窟 美の全貌』(2008年)」より中国に関わる。他に「シリーズ辛亥革命100年『孫文 革命を支えた日本人』(11年)」「NHKスペシャル『女たちの太平洋戦争~従軍看護婦 激戦地の記録~』(15年)」「BS1スペシャル『原爆救護~被爆した兵士の歳月~』(16年、ATP賞グランプリ受賞)」など。

テレビドキュメンタリーでは異例の再放送を重ねる番組がある。「中国〝改革開放〟を支えた日本人」(NHK BS1スペシャル)。 1978年に始まった「改革開放」の、モデルとしたのは欧米ではなく日本だった。小松製作所や新日鉄をはじめ、命懸けで協力した人たちの証言をもとに、この驚くべき事実を明らかにした。

ポジティブに描く

人柄に表れている明快さ。それは番組の制作意図にも顕著である。
「今回の番組は、経済という面から描きたかったんです」
国と国との関係は、政治面ばかりがクローズアップされがちだが、そこに一石を投じたかった。
「外交で問題が起きても、地道に努力を続けた経済人たちがいたではないですか」
彼らが日中関係を支えた。それを広く知ってもらうことをテーマに据えた。そして、経営トップのみならず、実際に現場(中国)で汗をかいてプラント建設等に携わった人たちにもスポットを当てたのだった。
もう一つ、意識したのは「ポジティブに描く」。物事の陰と陽のバランスよりも、陽の側面に注目した。
「あの時代のメッセージを伝えるためにどうすべきか。私は、政府批判や事実批評よりも、ひたすら、お互いの国の関係をよくしたい、中国を発展させたいというポジティブな面に情熱をかけた人たちの、その思いに焦点を当てたいと考えました」

中国でも、多くの人が視聴

若い世代には、当時の財界人のスケールと歴史観を伝えたいと思った。若者のテレビ離れが進む中、ドキュメンタリー番組でそれは難しいのではないか。
「それが予想外の反響がありました。放送後すぐにインターネットで海賊版が出回ったんです。中国語の字幕付きの。それが中国で、3週間の推計で600~1千万人に視聴されたようです」
結果的に多くの人が見ることになった。確かにそれは喜ばしいが、もっと大きな、人と人との根幹に関わる部分での発見があったことがうれしかった。
「日本人と中国人が理解し合うのは難しいと思われていますが、信念や情熱は意外とシンプルに共有できるのではと気づきました」
反中意識を煽るような本が書店に山積みされている現状を苦々しく思う。だからこそ番組を作り続ける。日中が歴史認識の違いを乗り越え、仲良く、よりよい関係を築いていく一助になればとの思いで。
「番組のラストで、中国の経済顧問となり、外務大臣も務めた大来佐武郎さんが発したメッセージと同じです。『中国は永遠に隣国なのだから、仲良くする努力をすべきです』」
シンプルで明快。次回作に期待が募った。
(吉田雅英)