日中の架け橋になる人は多い。もっと連携できれば大きな力に

2019年3月1日号 /

メディアプロデューサー
渡邊 満子さん

1962年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業後に日本テレビ放送網に入社、24年の間に『キユーピー3分クッキング』など著名番組を多く手がけ、現在はメディアプロデューサーとして多方面で活躍中。著書『皇后陛下美智子さま 心のかけ橋』(2014年)は今年5月に文春文庫から『上皇后陛下美智子さま 心のかけ橋』として再出版される(年内に中国語版も発行)。『祖父 大平正芳』(16年)はすでに中国で翻訳出版されている。

 

東京生まれの東京育ち。大平正芳氏(当時外務大臣、のちに内閣総理大臣)の初孫として可愛がられた。日中国交正常化を目指して大平氏が中国に発つ日は家族総出で見送り、周恩来氏と田中角栄氏の固い握手をニュースで見て涙したのが10歳の時。「将来は日中間の仕事をしたいと思いました」。

テレビ局で養った「眼力」

中学・高校時代は、帰宅すると総理番の記者にお酒を、その運転手にはお茶やおしぼりを運ぶ日々。人付き合いの機敏を自然に学んだが、祖父が党内の派閥抗争などで苦悩する姿を目の当たりにし、信頼関係を築くことの難しさも体感。17歳の時に大平氏を心筋梗塞による心不全で亡くした。
大学卒業後の1985年に日本テレビに入社、ディレクター兼プロデューサーとして料理番組『キユーピー3分クッキング』を手がける。「バブル期からその後の低迷期まで、世相を映した料理」に毎日向き合ううち、時代を読む眼力も養われた。社内で最初にホームページを立ち上げてレシピを更新、オンデマンド配信にも一番に名乗りをあげた。北京からやってきた若き女性ウー・ウェン氏の料理の才能を見い出し、出版から番組演出までのプロデュースを引き受けたのもこの頃だ。
北京五輪が開催された2008年は折しも日テレ開局55周年。社内コンペで提出した企画『女たちの中国』が評価され、李香蘭(山口淑子)氏、鄭蘋如(テンピンルー)氏、愛新覚羅浩氏らを取り上げた特別番組を実現させた。

「使命」が人生の指針に

「日本を知ることは『知恵』になる。豊かな生活や
中国の発展につながる」
日本文化専門誌を作るきっかけとなったのは「よくよくは中国人のためになる」という強い思いだ。編集長として現在手がけている雑誌『在日本』(16年創刊)には教育者としての思いも込める。「中国人留学生と日本人学生を共同取材させている。取材するうちに互いに仲良くもなる」。自らが日本文化を伝えてきたように、『在日本』は「留学生が日本に暮らしてみて分かった『知恵』を伝える」ことに重きを置くという。

「知の落差」の克服

翌年に同社を退職する際、ある言葉が心の中に浮かんだ。それは30歳を過ぎた90年代初頭、担当の〝皇室特番〟の打ち合わせで、皇后陛下美智子様の先輩から英語で尋ねられた「あなたのVOCATION(使命)は何ですか」。退職後は自分にしかできないことをやろうと模索を続けた。
その答えの一つが、現在の肩書でもある「メディアプロデューサー」。「守備範囲は、ストリートから皇后様まで」と話す通り、培ってきた人脈や経験が国境を越えて根を広げている。『日中未来の子ども100人の写真展覧会』(2013年)はテレビ局時代に培った手法で宣伝効果を高めて集客を伸ばし、06年にスタートした日中映画祭には副理事長として参画した。
昨年末、改革開放に寄与した人物に与えられる「中国改革友誼勲章」を祖父に代わって北京で受け取った。日中双方が認める交流の要だが、その立場から感じることがある。「架け橋になる人は多いけど、横の繋がりがない。もっと連携できれば大きな力になる」
現在の趣味は「頑張っている人を応援すること」。日中ハーフの学生、読書を通じた子育てサービスなど、若い世代への後押しに心血を注ぐ。「VOCATION」を胸に歩み続ける人間の輝きと強さが、人々を照らす。

(フリーランスライター・吉井忍)