都江堰の歴史は人類の遺産ですが、 本当の世界遺産は守るべき「林盤」

2018年6月1日号 /

中央大学理工学部
人間総合理工学科 教授
石川 幹子(いしかわ みきこ)さん

1948年宮城県生まれ。農学博士、東京大学名誉教授。東京大学農学部、ハーバード大学デザイン学部大学院を卒業。東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。工学院大学建築学科教授、慶應義塾大学政策・メディア研究科教授、東京大学大学院工学系研究科教授を経て現職に。東京都公園審議会委員、横浜市緑の審議会委員などを歴任。これまで全国約200の市町村の水と緑の計画・設計に携わる。東日本大震災後は、街が半壊した故郷岩沼市の市震災復興会議議長として復興に取り組んだ。著書に『都市と緑地』(岩波書店)など

 

 

10年前に自らが発案した四川大地震の復興計画案がこのほどようやく動き出した。「なぜ今?」と思うだろうが、そこには中国の社会問題が深く関係していた。「習近平さんが環境保護を重視した農村再建を指示したため、今となって私に声がかかったようです」

四川大地震直後、中国政府が復興計画を国際公募していることを知った。被災地の一つである都江堰市の復興計画をまとめると、「復興グランドデザイン賞」に選ばれた。東京大学勤務の頃だ。「慶應義塾大学の中国人の先生と応募しました。学生や研究生ら当時の教え子に総動員で手伝ってもらい、研究室は足の踏み場もない状態でした」。翌年には現地で大規模な農村調査も行った。しかし、その後、動きは止まった。

環境重視の復興案が中国政府の方針と合致

都江堰市は世界遺産である古代の水利施設の名を冠し、四川盆地が作り出す扇状地にある。ここには扇状地特有の網の目状の水路を生かした「林盤」と呼ばれる伝統的集落が1000以上点在し、林の中に家屋、田畑、家畜が共存する集合体を形成。一つの「林盤」には50~100人が住む。

考えたのはこの「林盤」を維持した復興計画。しかし、市内中心部では環境保全を軽視した高層建築型の再開発が進められた。都市の近代化を優先した形だ。「習近平さんがいなければ、再開発は『林盤』にも及んでいたでしょう」

それが昨年、習主席が環境や生態維持の大号令をかけたことで風向きは変わった。農村の発展や脱貧困は政府が急ぐ重要課題の一つだが、そこに環境保全も加わった。今年に入って新設された、農業農村省や生態環境省がそれを裏付ける。

採用された復興計画が再始動したのは昨年7月。突然の連絡を受けて10月と12月に現地を訪れたが、「初めは気が進まなかった」。しかし、思いもよらなかったのは、「10年前に苦労を共にして農村調査を行った当時の地元政府の若手が、いまや幹部となっていました。私のことを覚えていてくれて、支援を求めて連絡してきたんです」。再会を通じて、心は動かされた。

「日中は偉大な友人」。悠久の信頼を受け継いで

「都江堰2300年の歴史は人類の遺産ですが、本当の世界遺産はこちら。諸葛孔明が讃えた『天府之地』と呼ばれる農耕文明です。この遺産(「林盤」)をどう守っていくかが重要です」

日本と中国は悠久の歴史がつむぎだした信頼関係をもつ「偉大な友人だ」と話す。「だから『支援する』とかではなく、その時代に生きる人が悠久の信頼関係を受け継ぎ、自分に何ができるのかを考え、そして行動するだけ。『朋あり遠方より来る、また楽しからずや』って感じで、やっぱり『友』なんです」
(北澤竜英)