和の心で歌い続け、ふれあいを続けて

2021年9月1日号 /

 

民謡で日中「文化交流」を実践

歌手

天達 美代子さん

㈱キングレコード所属。鹿児島県枕崎市出身。歌い続けて40年。中国をはじめ、ナポリ・サンフランシスコなどで国際交流を続けて20年。鹿児島刑務所篤志面接委員として、全国の刑務所慰問などでも活動。鹿児島県日中友好協会女性委員会委員長を務めながら、鹿児島県文化協会にも在籍し、歌謡教室などで後輩の育成にも邁進中。

YouTube「日中友好in長沙市」(9分56秒)

 

 

花は霧島、煙草は国分。民謡の唄い手だった母親の影響もあり、江戸時代から故郷・鹿児島に伝わる民謡「鹿児島おはら節」をはじめ、歌が身近にある環境で育った。

好きな歌を本格的に学ぶため、日本の歌謡界を代表する作曲家 ・服部良一氏の門下生に。地元の枕崎市から「文化発展のために」と請われて音頭ものを歌った後、「鹿児島おはら節」を5年かけて勉強し、リリースした。

やがて、1982年に鹿児島市が湖南省長沙市と友好都市になった縁で、1999年より日本舞踊や三味線などの仲間と共に中国への「文化交流」の旅がスタートする。当初は「中国? どんなところ?」と乗り気ではない人もいたが、「きっと喜ばれますよ!」と言って盛り上げた。実際に長沙に行くと、消極的だった仲間たちの顔色がひと場面ごとにみるみる明るくなっていったのを覚えている。

「鹿児島と長沙は、似ています。暑いんです。そして、人もアツい! 長沙の方々の熱烈な歓迎と、私たちの歌や踊りで、ふれあうごとに明るい交流となりました」

心つながる歌と踊り

文化交流の終盤は、「おはら節」で盛り上がりも最高潮となる。その光景は、「心と心のつながりです。長沙の一般市民のみなさんが、長沙市暁公園の『友好和平の像』の前で、輪になって踊り続けてくれて、私も歌い続けて」。内モンゴル自治区の少数民族の女性達が、お礼に民族舞踊を披露してくれたこともあった。それらは、「日本人と中国人がもっと仲良くなってほしいと思った、印象的な交流」として、心に残っている。

交流では、上海の雑技団や鹿児島の舞踊団とコラボレーションしたり、大太鼓を持ち込んだり、長沙市からの依頼で歌手のテレサ・テンさんの「小城故事 (小さな町の物語)」を覚えたりするなど、工夫をこらして喜んでもらえるよう努めてきた。

中国では、長沙以外にも上海や北京など各地を訪問。万里の長城で、観客が一緒に踊り出したときの驚きと喜びも忘れられない。

必ず文化交流再開を

鹿児島には、ただアツいだけでなく、人とのふれあいを大切にする人が多いと感じる。長沙からの若者のホームステイ受け入れや、学校単位での国際交流といった青少年交流も盛んだ。

2020年1月、中国で新型コロナの感染拡大が始まると、直ちに応援動画を作り長沙に届けた。2021年5月に開催された鹿児島県日中友好協会女性委員会創立記念式典では、長沙からお祝い動画を受け取った。積み重ねてきた文化交流の絆は固く、「コロナ収束後は、必ず文化交流を再開したい」と願う。また「鹿児島では、辛亥革命の立役者の一人・黄興先生南洲墓地参詣之碑清掃活動や、共月亭での中秋の名月鑑賞会など、楽しくできることをしたい」と、船出したての女性委員会で計画している。

文化交流に限らず常に心がけているのは「着物を着ること」。「やはり和の心、おもてなしの心です」と、真夏の画面越しでの取材の場にも着物姿で現れた。これからも「和の心」で交流の輪を広げていく心づもりである。

※1 鹿児島市が長沙市に友好都市締結を記念して寄贈。1984年完成。
※2 長沙市が鹿児島市に友好都市締結を記念して、長沙市の「愛晩亭」を模して寄贈したあずまや。1985年完成。

(本紙 田中麻衣子)