截教教祖・通天教主

2024年3月1日号 /

『封神演義』は殷と周の王朝交代を舞台とし、そこに多くの仙人や道士が截教(せつきょう)と闡教(せんきょう)に分かれて登場しており、闡教教主が元始天尊であることはすでに紹介した。そしてもう一方の截教の教祖が通天教主(つうてんきょうしゅ)である。

通天教主と元始天尊はそれぞれの教派の教主であり、物語では殷と周に協力し対立している。しかし、通天教主、元始天尊、それに老子の三人は、もともとは鴻鈞道人(こうきんどうじん)の下で共に学んだ兄弟弟子である。鴻鈞道人は天地がいまだ定まる前の混沌の時代から存在している。ゆえに、その弟子たる三人は天地が定まった世では至高の存在とされ、苦悩から解脱し、万刧を経ても摩滅せぬ身体を備えた混元大羅金仙(こんげんだいらきんせん)として至高の存在とされる。そのため西方教を入れた三教の代表者が碧遊宮で封神榜を作成した際は、三人は闡教と截教の代表として参加している。

物語の前半、截教教主、封神榜を三教主で取り決めたなど通天教主の存在は示されているが登場はしない。また、截教の仙道たちは戦いの際に「教主を侮辱された」など言うことはあっても具体的に名前を言うことはない。物語の終盤、截教の火霊聖母(かれいせいぼ)を討ち取った広成子は、火霊聖母の金霞冠を返すために碧遊宮(へきゆうきゅう)を訪れる。この碧遊宮こそ封神榜が取り決められた場所であり、通天教主の居所でもある。ここでようやく通天教主が登場する。つまり敵の総大将が登場することで物語が終焉に向かう転換点になっている。通天教主は誅仙陣(ちゅうせんじん)や万仙陣(ばんせんじん)といった非常に強力な陣を敷き、闡教の仙道を追い込む。しかし元始天尊、老子、さらには西方教の助っ人も加わり陣に立ち向かう。最後は鴻鈞道人が登場して周家の国家が興ることの正当性、さらにそれに抗う截教の間違いを述べ、二教の間を取り持つと、通天教主を連れて去って行く。こうして闡教と截教の神仙の戦いは最大の山場を終え、物語は紂王の殷と武王の周の王朝交代劇、つまり人間の戦争へと移っていく。

また余談ではあるが、中国で道観を尋ねると封神演義の影響を目にすることがしばしばある。その場合、道教の神を他の民間の神と取り違えた場合もあれば、道教の神仙体系ではなく封神演義の設定をそのまま使い神仙を祀っている所も多いという。通天教主は実際には存在しない、封神演義の中の架空の仙人であるが、道観によっては堂々と祀られている。ある有名な道教研究者が東南アジアの道観を調査した際、通天教主を見つけ、「道教に存在しない謎の神が祀られていた」と言ったそうである。これも民間信仰は様々な影響を受け、地域ごとに独自の発展をした一例であろう。

 

 

文◎二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。

絵◎洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。