国家の忠臣・比干

2024年2月1日号 /

紂王の暴政により商(殷)王朝が破滅へと歩む様は以前に紹介した。これら数々の失政に対し臣下たちは常に諫言したが、紂王は聞き入れず、むしろ諫言した者を処刑していった。こうした紂王の悪政の中にあって、国を憂い、紂王にたびたび直言した一人が比干(ひかん)である。

比干は紂王の先代・帝乙の弟であり、殷王朝の王族である。つまり紂王からすると叔父にあたる。そのため比干は王族としてだけでなく、亜相(副首相)として国に尽くした。また、名前は比であり、干の国に封じられたことから比干と呼ばれる。『史記』殷本紀の史実の記述と物語での描かれ方もおおむね同じである。

比干は亜相という立場から、率先して紂王の執政に問題があれば諫言をし、民や臣下に不平があれば、それを確かめ調停することに奔走しなければならなかった。例えば、姜子牙が朝歌の街中で占い館をひらいていた時、妲己の妹の琵琶精が町娘に姿を変え姜子牙を試しにきた。姜子牙は琵琶精と見破り硯で打ち殺す。しかし、周囲の者は人が殺されたと思い込み騒ぐ中、たまたま通りかかった比干がその場を治め、姜子牙を朝廷に連れていき尋問をした。また、妲己の計略で四大諸侯を朝廷に呼び出し監禁し、そのまま姜桓楚と鄂崇禹は殺されるも、姫昌だけが放免され西岐に戻るために手を尽くす。他にも蟇盆(たいぼん)や鹿台の建設、姫昌の釈放を求めに伯邑考が朝歌にやってきた時など、朝廷内で問題が起こると、常に比干が奔走し解決に努めた。こうした揉め事の裏には、常に妲己や費仲、尤渾が暗躍していた。

ある時、妲己は手下の狐狸たちを鹿台に呼び寄せ宴席を設け料理や酒を振る舞った。狐狸たちは神仙に姿を変え宴席に参加したが、陪席を命じられた比干は獣臭さに気づき、仙人たちの本性を見破る。宴席を後にした比干は黄飛虎に相談し、狐狸の巣を突き止め、すべて焼き殺した。そのため、いつも謀略に横やりを入れられ比干に対し憎しみを募らせていた妲己は、仲間が殺された事を悲しみ、ついに比干を排除しようと心に決める。

妲己は妹の喜媚(きび)と一芝居打ち、病気で余命が一ヶ月しか残っておらず、治すには玲瓏心が必要と紂王に伝える。玲瓏心とは比干の心臓であった。そこで紂王は比干を呼び出し玲瓏心を差し出すよう命じる。比干は抵抗するも拒むことはできず心臓を抉り出され命を落とす。

物語の序盤、妲己に拐かされ悪政をしく紂王を際立たせるため、妲己と家臣の衝突や家臣の処刑がたびたび描かれる。そうした中で比干の殺害は、妲己の謀略の手に紂王が完全に落ち、国が滅びに向かい歩み始めたことを決定的に明示する出来事であった。

 

 

文◎二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。

絵◎洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。