中国語の“出身”はやややばい言葉だった

2024年6月1日号 /

日中の「出身」と“出身”

人間同士のコミュニケーションにおいては、「出身」について語る必要のある場合が多い。しかし、この「出身」に関しては、日本人と中国人との間で、大きな違いがあることはあまり気づかれていないのかもしれない。

普通、日本人同士で話をする際、必ずと言っていいほど「ご出身は?」と聞く。すると、北海道なら「北海道です」と答えることができる。話が進むにしたがって、出身都道府県ばかりでなく、出身校の話も出る。幼稚園、小学校もさることながら、中学校、高校、大学、大学院、いずれも「出身」ということができる。それから大学には学部、学科、専攻などがあり、そこの卒業生ならそこの「出身」である。学校以外の人材育成の機関、例えば「宝塚歌劇団」なども、「出身」ということができる。さらに学校のサークル、部活の野球部や吹奏楽部なども「出身」と言える。このほか分野別に使われることもあり、人文科学出身とか、化学系出身とか、さらには職業柄についていうこともある。学者出身や官僚出身などの使い方である。

ということで、日本語の「出身」は基本的に本籍地、出身校、職業、学問など、具体的な場所や分野を指すものである。

中国語の“出身”

日本語に対して、中国語にも“出身”という言葉はある。30年ぐらい前までは、この言葉は中国人の一人一人に関わっていて、だれもこの言葉の束縛から逃れることができないほどだった。

その時代、中国人は地主や資本家から貧農や労働者まで、すべての人がそれなりの“出身”という身分を持っていた。例えば、地主は本人ならもちろんのこと、その子孫までその地主の“出身”を持たされていた。履歴書などを書くときには必ず“出身”という欄があり、入学や就職は言うまでもなく、何をしてもこの“出身”が付きまとい、“出身”によって差別化されていた。中国語の“出身”は、日本のような具体的な出身地などの意味ではなく、出身家庭という政治的な色が付きまとっていたのである。

中国語で「出身」を聞く際は、まったく別の言い方となる。特に出身省、自治区(中国の行政単位)などに関して聞くことが多く、“你是哪儿人?”「どこの人?」というような聞き方をする。答える場合、例えば筆者なら、“我是山西人”「山西省の出身」と答える。出身校のことなら、“你是哪个学校毕业的?”「どこの学校の卒業?」と「卒業」という言葉を添えて具体的に聞かなければならない。

政治的なニュアンスを持つ“出身”はすでに死語同然だが、今でもたとえば“农村出身”「農村出身」のように、マイナスのニュアンスを伴った使い方はある。それから日本語の影響か、近年、“北京大学出身”“理工科出身”のように大学や専攻を言う場合の“出身”の使い方もみられる。

「出身」は“出身”ではない。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)