“麻婆豆腐”の語源

2019年9月1日号 /

「麻婆」と「麻辣」の“麻”は別物?

今日の日本では、中華料理店はいたるところで目につくが、筆者が最初に日本留学に来た1978年頃はまだ少なく、たまに見る「中華料理」店もコックは皆日本人で、メニューも拉麺と野菜炒め定食がメインで品数が非常に少なかった。それでも、定番料理には麻婆豆腐があったように記憶している。

日本の中華料理店で食べる定番の麻婆豆腐を、中国を訪れる日本人観光客の大半が中国でも味わおうと思っている。しかし、中国の料理店の麻婆豆腐は、店によって色も形も味も違って、驚いた方も多かろう。

“麻婆豆腐”の名前の由来について勤務校の日本人学生に聞いても、ほとんどの学生は分からないという。言うまでもなく、“麻婆”の意味が分からない。味さえ分かればいいが、料理名はその国や民族の文化を含むものなので、分かると楽しみも倍増する。現在の若い世代の中国人も、“麻婆”の“麻”の意味を理解するのに一苦労するだろう。というのも、この“麻”は「痘痕(あばた)」という意味なのだ。“麻婆”は「痘痕のばあさん」という意味である。麻婆豆腐は、四川省成都市のある痘痕のばあさんが作ったことから中国一般へ広がったものである。

山椒の痺れる味覚

その名前を嫌う人もいるため、新たに考え出されたのが“麻辣(マーラー)豆腐”で、中国ではよく知られる言い方である。しかし、この“麻辣”には一般の日本人には分からない意味が込められている。実は、“麻”と“辣”はともに調味料の味のことである。“辣”は、日本語では普通「辛」に当たり、餃子を食べる際の定番調味料のラー油を漢字表記すると「辣油」、“辣”という漢字で分かるように唐辛子の味のこと。一方の“麻”は山椒の味のことである。

先日、麻婆豆腐のレシピを紹介する料理番組で、山椒のことを中国語で“花椒(ホワジャオ)”と紹介されているのを見た。麻婆豆腐ができあがる間際に、この花椒の粉を振りかけるのが重要な手順である。“花椒”の“麻”とは“痺れる”味覚のことである。つまり“麻辣豆腐”のほうが名は実に合っていると思われる。

中国でよく知られる “情人眼里出西施(チン レン イエンリ チュー シー スー)”という諺の日本語訳は“痘痕も靨(えくぼ)”である。「痘痕」という言葉は死語同然であるが、この諺は現在も親しまれているようである。“麻婆”の元の意味はどうであろうと、“麻婆豆腐”はこれからも愛され続けるであろう。

(しょく・さんぎ 東洋大学教授)