名句で詠まれた酒

2019年3月1日号 /

李白の「一杯一杯復一杯」の酒は何の酒?

唐代詩人李白の「山中與幽人対酌」の詩に「両人対酌山花開、一杯一杯復一杯」という名句がある。この詩に関してはいろいろな解釈はあるが、飲まれた酒については誰も言及していないように思われる。今回、ちょっと邪推を含めその酒について考えてみたい。

現代中国人は、北方では、酒と言えばまずアルコール度数50度以上の蒸留酒の白酒が挙げられ、南方(浙江省あたり)では、醸造酒の紹興酒(アルコール度数17~18度)がよく飲まれる。白酒は茅台酒(マオタエチュ、貴州産名酒)をはじめ、五糧液などがあり、わが郷里の山西省の汾酒も中国の十大名酒に入る。現代の白酒は高粱(コーリャン)が主原料になるが、田舎ではサツマイモの酒や柿の酒もあった。いずれも50度ぐらいの強い酒である。

中国の酒は歴史が古い

酒の話は中国では非常に古く、殷の紂王が「酒池肉林」を作った話もよく聞く。杜康という人の発明だと言われ、『説文解字』でも「秫酒」という酒が取り上げられ、原料は「秫」(高粱、特にもち高粱)と明かしている。杜康は酒の代名詞にもなり、三国の曹操は「何以解憂、惟有杜康」(何を以ってか憂ひを解かん、唯だ杜康の有るのみ)と詠んでいる。「杜康」という酒を以て、悩みを解消しようという意味である。

唐の時代になると、李白ら多くの酒豪が輩出され、特に李白の詩には「蘭陵美酒」という地名が出てきたり、「金樽清酒」という酒の容器が出てきたりしたが、原材料がわかる酒のことは詠まれていないようだ。

ただ一つ酒の原料を詠んだと思われるのが、王翰の『涼州詞』にある「葡萄美酒夜光杯」という句で、葡萄酒つまりワインが出てくる。唐代、シルクロードを通じて西域から入ってきたのだろう。けれども、王翰が詠んだのは「涼州詞」といって、おそらくシルクロード途上の涼州(現甘粛省)の話であろうから、李白が言う「一杯一杯復一杯」の酒とは違うだろう。

現代の白酒は高粱で作られる。『説文解字』の「秫酒」も原料は高粱だとしているが、蒸留酒の技術は古い時代では確立されていなかったのではないかという説がある。李白が幽人と飲んだ場所のことは確かめられないが、もしシルクロードなどでなければ葡萄酒より、普通、もち米を発酵させて醸造した米酒だったであろう。現在では紹興酒がその代表的なものである。

酒は何であろうと、李白のように、「一杯一杯復一杯」と気が置けない友と飲みたいものである。

(しょく・さんぎ 東洋大学教授)