アメリカ誕生の歌が日中の国民的愛唱歌に

2020年10月1日号 /

『送別』と『旅愁』の歌

WeChatのモーメンツ欄に友人がアップした『送別』という歌。聴いてみると記憶にある歌だった。1983年頃に中国で流行った台湾作家・林海音の小説を映画化した『城南旧事』(邦題『北京の想い出』)の主題歌として知られ、その美しいメロディーと古典的で優雅な歌詞に魅了された中国人は多かった。

中国語の歌詞は「長亭外 古道辺 芳草碧連天」(〈昔、遠出の人を見送る〉あずまやの外、古道の畔、青々とした草が天に連なる)といかにも、古代の送別を想起させる場面の設定で始まり、「一瓢濁酒尽余歓 今宵別夢寒」(一杓の濁り酒で最後の喜びを尽くし、今宵は別れる夢寒し)で別れる寂しさを語る文言で一番を締めくくっている。

ネット上の記述によると、『送別』は20世紀の20~40年代の、卒業生を見送る学校唱歌とされていたということだ。林海音の小説には、小学生時代の作者は、最初、卒業生を見送る際に歌ったものの、歌詞の意味はあまり知らなかった。

そして自分が卒業するときに歌われて、感慨深かった、との記述があった。しかしその後、この歌は中国では歌われていないため、ほとんどの中国人は映画によって知ったのだろう。特に作詞家のことは、小説でも映画でも言及していなかったようだ。

現代では有名な僧侶であり文学者でもあった李叔同(弘一法師)の1915年作とされている。

アメリカ人の歌だった

一方、筆者には別の記憶がある。初めて日本に留学した時に覚えた歌『旅愁』(犬童球渓作詞、1907年『中等教育唱歌集』)である。

頭の奥深くにあった歌詞を思い起こしてみると、「更け行く秋の夜 旅の空の~恋しや故郷 懐かし父母」という内容は、他所で一人寂しく過ごす秋の夜に、遠い故郷の父母に思いを寄せる遊子の気持ちを余すところなく訴えていた。

李叔同の『送別』は、日本の『旅愁』から曲を取った。日本の歌と思い込んでいたが、実は19世紀のアメリカの音楽家・オードウェイの『家と母を夢見て』を犬童球渓が和訳したものだった。

アメリカの『家と母を夢見て』という歌が、日本では『旅愁』となり、中国では『送別』となった。歌はアメリカでは衰微になったようだが、日本と中国の愛唱歌として生まれ変わっている。

歌の意味合いに違いがあるものの、音楽は国境がなかった。人間の世界もボーダレスであってほしいものである。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)