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訪中の感想

この7日間はきっと僕の将来を形作るものだ。中国を知り、そこに住む人々を知り、彼らを鏡として日本を知る。そんな素晴らしいチャンスに応募したことそれ自体から、僕にとって何かがスタートしていた。

大学生訪中団の活動の7日間での目標はいくつかあったが、文化の垣根を超えて同世代の人たちと仲良くなることと、中国を体感することはとりわけ重要なものだった。前者の目標についてはある程度達成することができた。同世代の人たち、というのは交流先の中国の大学生のことだけではなく共に訪中する日本人の仲間たちのことも含んでいる。普段なら接することのないであろう他の大学の学生や、訪中を通じて知った同じ大学の学生とも実りのある意見交換ができたことは異文化の学生との交流を前に自信を与えてくれた。2回の現地の大学生との交流についても、たった数時間の交流にしては打ち解けることができたと思う。彼らの大半が日本の文化に興味を持ち自分で日本語を学習することを主体的に選択しているようで、彼らの日本語力を前に、不安視していた意思疎通も言葉の違いを忘れる楽しい会話になった。驚くべきことに、彼らの多くは日本語を学び始めて1,2年程度だという。日本では考えられないほどの外国語の会話の熟達スピードは、実践的な場でのアウトプットを重視する中国の教育と、教科書的な文法事項のインプットを徹底する日本の教育の違いがもたらすのだろうか。

後者の目標は中国観光を通じて達成された。肌で感じた中国は、既存の中国へのイメージをさらに大きく超えてくるスケールで僕を圧倒した。上海の目が痛くなるほどの夜景、区画に行儀よく立ち並ぶ巨大ビル群、奇妙な形をした近未来的な建物の数々。絶え間なく迫り来る中国は僕を疲れさせ、普段は注意しない日本的な侘び寂びの美しさを恋しく思ったほどだ。

日中戦争の展示からも中国について学べることは多かった。最も目を引いたのは、南京虐殺の資料でのグロテスクな写真の多さである。日本軍に殺された中国人の生首の写真を何枚も見せられて、今の中国人は何を思うだろうか。抗日戦線の「英傑」の紹介や尖閣諸島の領土問題に関する記述など、日本の資料館と異なり非常に政治色が強く、この国家の片鱗を垣間見た。

日本に興味を持つ若者がいる一方で、こうした例や処理水の問題があるように、日中関係は歴史と今との狭間で友好にも敵対にも振れ得る絶妙な場所にある。有事が囁かれるなかで将来の日中関係を担う世代である僕は、訪中によって中国を視野に入れて将来を選びやすくなった。今後日中友好に携わるとは限らないが、そうでなくても多くの日本人の嫌中的な姿勢と異なる視野を実体験で得ることができたことを収穫として大切にしたい。


中国に対する認識

私は今まで中国を訪れたことはなく、中国に関する情報はニュースや新聞といった二次情報からしか得ることはできなかった。ニュースなどでは中国に関する情報はほとんどが悪い情報であり、特に福島第一原子力発電所の処理水放出に起因する日中関係の悪化に関する報道が加熱していた。正直言って、訪中前は中国に対して悪い印象しか抱いておらず、日中関係の悪化もあり訪中が非常に不安であった。しかし七日間にわたる訪中を通じ生の中国を感じることによって、中国に対するさまざまな認識が変化した。

上海の景観を見た時、こんなにも中国という国は発展しているのかという衝撃を受けた。中国はアメリカに次ぐ世界第二位の GDP を誇っており、大都市の経済発展は訪中前から予想はしていたが自分の想定を遥かに超えて都市が発展していた。特に外灘の夜景は現在の中国経済の著しい発展を具現化するように煌びやかであった。北京においても最先端産業の研究施設を見学し、中国の技術力の進化に驚いた。そのような華麗な夜景や最先端の技術を見ていると中国の経済発展をひしひしと感じるとともに、日本は中国に経済的にどれだけ引き離されてしまうのだろうかと、日本の今後に危機感を抱いた。

七日間の日程で二つの大学を訪問し、短い時間ではあったものの中国の学生と交流を深めることができた。その中で気づいたのは、中国の学生は大変真面目であり勉強熱心であるということである。中国の学生は勤勉であるという話を耳にしたことはあったが実際に交流する機会はなかったため分からなかった。実際に交流してみると、みんな自分が専攻する学問への興味関心が強く、そのような勤勉な学生と話すことができ大変楽しかった。このような勤勉な学生が中国の発展を支えていることを考えると、自分を含めた日本の学生も大学生活を惰性で送るのではなくきちんと学問への興味関心を抱くべきなのだろうと感じた。

日本と中国の間に存在する歴史問題においても、自分の中の認識が変化した。4 日目の午前に盧溝橋のほとりに位置する中国人民抗日戦争紀念館を訪問した。ここでは中国の視点から日中戦争の様子や政治的主張を見ることができた。日本軍の残虐性を強調し蒋介石率いる国民党を批判する一方、毛沢東率いる八路軍の活躍を強調するといった、中国共産党による一種のプロパガンダを感じたが、日本の歴史教科書を使用し日本の視点でのみ歴史を学んできた自分にとって非常に実り豊かな経験となった。歴史のみに関わらず、単一の視点ではなく複数の視点から物事を考慮する必要性を再認識することができた。

この七日間で中国の全てを理解できたとは微塵も思わない。むしろ、中国に関する今までの知識は表面的なものに過ぎ ず、中国という国家を理解するためにはこれまで以上に中国のことについて学ぶ必要性を感じた。日中間には歴史問題や領土問題などさまざまな対立が存在しており、まさに前途多難といえる関係ではあるが、双方が歩み寄って対立を解消し両国の恒久的な平和と友好が実現することを切に願う。


中国訪問で得たもの

私は今まで中国を一度も訪れたことがなく、文献やメディアによる中国しか知りませんでした。南京大虐殺や福島原発の処理水放出の報道に対する中国の反応を聞くと、私たちは中国に行っても平気なのだろうかとかなり不安でした。もちろん中国人全員が日本に対して敵意を持っていると思ってはいませんでしたが、確信は持てませんでした。

最初に私たちが降り立ったのは上海です。空港では中国側の方々が温かく私たちを歓迎してくれました。とても嬉しかったです。また、上海では都市開発がとても進んでいると聞いていましたが、上海の金融街にそびえ立つ超高層ビルを間近に見てその凄さを実感しました。日本の高層ビルは実用性を重視しているためなのか、単なる直方体の建物が多いのに対して、上海では 1 つ 1 つのビルの形状に工夫が凝らされているのも印象的でした。2 日目は上海理工大学の学生さんたちと交流しました。まず最初に驚いたことは彼らの日本語の流暢さです。なかにはまだ 2 年生だというのに、とても綺麗な日本語を話している方がいました。私も彼らの努力を見習って中国語をもっと頑張ろうと思うことができました。彼らはとても日本文化に興味を持ってくれていて、食事をする前のいいただきますを一緒にやってくれたり、私たちと積極的にコミュニケーションを取ってくれたことがとても嬉しかったです。書道体験で書道を教えてくれた先生もとても優しく、日本人に対して好意的な感情を持ってくれている人もいるのだなと実感することが出来ました。

しかし、3 日目以降の南京訪問が中止となったことを聞きいたとき、やはり中国には日本に対しいて複雑な感情を抱いている人々がたくさんいるのだなと思いました。それまでに私たちが会った中国の方々は中国全国民から見ればほんの一部であり、日本に対する好意を楽観的に喜ぶことはやはり違うなと思いました。

その後、私たちは北京へと飛び立ちました。急遽プラン変更となったわけですが、100 人もの団体を迎え入れてくれた航空会社とホテルの方々には感謝しかありません。北京でも北京第二外国語大学の学生さんたちと交流をしました。ここでも私たちをとても歓迎してくれました。私はある女の子と仲良くなり連絡先を交換して、現在でも毎日会話をしています。彼女は来年東京に 1 年間留学に来ると言っており、一緒に遊ぶ約束もしました。とても楽しみです。中国の反日思想が強いとはいえ、少しづつでも中国と日本のこのような交流が増えていけば、この日中友好協会が目指すところに近づけるのかなと思います。しかし、中国人民抗日戦争紀念館の南京大虐殺の展示を見たとき、ぞっとしました。これを知っている人々が反日思想を持つのも仕方がないことです。それでも隣国である以上、お互いに上手く付き合っていける道を見つけていくことが最重要であるのだなと思いました。

帰国する前の夜、中日友好協会による歓迎夕食会が開かれました。そこでは中日友好協会の中国側の方もお話してくださいました。中日友好協会がどのような思いでこのような企画を行っているのか、よく考えさせられました。今回の訪中では、色々な側面で学ぶことがたくさんありました。日中関係についてだけでなく、自分が将来どうなりたいか、様々な人々との交流は何のためにあるのか、その国を実感するとはどういうことか、色々なことを考えるとても良い機会でした。日本に閉じこもるのではなく、こうやって視野を広げていくことはとても楽しいと思いました。最後に、大薮団長をはじめとするこの訪中をサポートしてくださった関係者の方々、本当にありがとうございました。


訪中による中国に対するイメージの変化

私は 7 日間の訪中を通じて元の中国に対するイメージが強まった部分もあれば、大きく変わった部分もあった。

イメージが強まった部分は中国はとても⾧い歴史を持っており、まさに今発展し続けているということだ。上海の豫園や北京の故宮博物院で見た光景はまさに中国といった感じで、霧がかかった万里の⾧城は水墨画が実現したかのようであった。一方、上海の中心部のとても高いビルが立ち並んだ様子や、遊覧船から見た夜景は近未来を見ているかのようであった。日本のビルのほとんどはほぼ直方体の外見であるが、北京や上海では洋風建築があったり、どうやって建てたかわからない不思議な形のビルなど多様であり見飽きることがなかった。さらに発展させる計画が進行中であることも訪中を通じて知った。上海都市企画展示館では今までの上海のとても速い発展や、新たな郊外地区の都市計画について、北京中日イノベーション協力モデル区では日本らしい住環境や先端産業の研究施設の計画を紹介してもらった。各施設の具体的な完成予定も決まっていて、今の日本ではあり得ない恐ろしいスピードで発展が進んでいることを実感した。日本は IT 分野など世界から遅れをとっている、リニア中央新幹線の計画が先延ばしになるなど、暗いニュースが多く、日本が成⾧しているとはあまり感じられない。中国の発展度合いを知る度に日本の将来が不安になった。北京首鋼園や上海万博の跡地の開発など、再開発の面で日本が学ぶべき点があるように思えた。

中国に対するイメージが大きく変わった点は人々に対するイメージである。訪中前は私中国人がどんな人々なのかわからなかった。私は中学、高校時代は奈良県の高校に通っていたため、通学に使っていた駅には中国からの旅行客が大勢いた。彼らには日本人との違いを感じることが多くあった。大学に入ってから、教授が中国人だったり、日本人と同じように入試に合格してきた中国出身の学生がいた。しか  し、彼らは流暢に日本語を話すし、あまり他の学生や教授との差異を感じない。中国本土の学生はどのような感じなのだろうかと思った。訪中で中国の大学生と交流することができたが、印象に残っているのは上海理工大学でロボコンをやっている学生がロボットを紹介してくれた時だ。私もロボコンのサークルに入っているが、彼らの様子を見ると、雰囲気が自分のサークルと似ているなと感じた。いろいろ質問に答えてもらったのだが、答えてくれた学生がとても謙虚だったのも意外だった。また、中国の仕事の進め方が日本と全然違うということも実感した。特に感じたのは突然の旅程変更である。急な変更にも関わらず追加で北京の日程が調整されたのは驚きだった。ホテルや航空券を 100 人分以上急に予約できるものなのかと思った。

日本のメディアでは中国に対し批判的な報道が多い。実際、上海で行く先々で厳重な警備がなされていたことや、日本の処理水に対する抗議のニュースが放送されていたので反日感情が高まっているのかもしれない。一方、交流した学生は日本のことをよく知っていて、スーパーでは日本語で挨拶してくれた店員さんもいた。中国人民抗日戦争記念館でみた通り、日本は過去では侵略者であり、敵対関係にあったことは確かだと思う。しかし、現在においては隣国である中国と協力することは必須であると思う。そのためにはまず中国のことをよく知る必要があると今回の訪中を通じて感じた。まだまだ得体のしれない国だと考えているため、今後も交流等を通じて中国について知りたいと思う。


中国に行って気づいたこと

1週間に及ぶ訪中の旅が幕を閉じ、スマホのメモを見ると訪中中に気づいたことがたくさん刻まれていた。その中でも、大事だと思ったことをいくつか挙げたいと思う。

まず1つ目は、日本(人)と中国(人)という国の違いはあるとはいえ、両国の人々の生活はこの地球あるいは同じ東アジアで営まれているものとして通底するところがあるということだ。6日目に北京で故宮へ向かって歩いていた時、ふと右側の露店を見ると、店の中でおばあちゃんが子供に読み聞かせをしていた。この様子を見た自分を含めた数人全員が気づくと笑顔になっていた。それはおそらく、色々な面で日本と中国は差異があるけれども、人々の生活はそれほど変わらないのだ、と肌で感じることができたからだろう。また、現地の大学生との交流の際にお互いの国のお菓子を食べてみた時、北京の劇場の近くでごみ収集場の異臭がした時、ラッシュアワーの混雑に巻き込まれた時などさまざまな場面で同様の感覚を覚えた。こうした感覚は真に相手の国、そして国民の考えを理解するために大切になるのではないかと思う。

2つ目は相手の国の言語で話すことの大切さである。私は中国語をわずか数ヶ月しか勉強しておらず、中国語で言えたのは「早上好」や「再見」、また簡単な自己紹介だけであった。しかしながら、空港のCAの方や、飲食店の方、また現地の大学生に中国語で声をかけた時、彼らはとても嬉しそうな笑顔で返事をしてくれた。これはなぜなのか、私は現地の大学生と日本語で会話した時その理由がわかった。それは自分の国の言語で話してくれる相手には、自分の国のことを理解してくれているという安心感があるからだった。中国語で話しかけられた彼らも同様の感覚を抱いたのではないかと思う。今回の訪中でバスガイドをしてくださった方々や、中日友好協会の郭さんに絶対的な信頼をおけたのは彼らが中国について日本語で説明してくれたからだろうと思う。

3つ目は現地に行ってその国を肌で感じることの大切さである。訪中前の私はメディアの報道で見る中国に対し、必ずしも良い印象を持っていたわけではなかった。それは訪中後の今でも同じである。しかし、訪中後の中国に対する考えの解像度は明らかに高まったように感じる。大藪団長が北京の歓迎会で語っていた、「中国には良いところだけでなく悪いところもある、それを生で見て感じたままに考えることが大切。」ということばはまさにその通りであるなと感じた。古くから互いに学び、競いあってきた隣国同士は、互いのことを真に理解した上で協力するときは協力し、嫌なことには嫌と言えるような関係にあるべきではないかと感じた。そういう関係になってこそ、うわべだけでない真の友好が達成されたと言えるのではないかと思う。

最後にこの時期に中国に行けて本当に良かったと思う。原発処理水に関してのニュースが訪中の数日前に報道された時には、「本当に安全な旅になるのだろうか…」などと不安に思っていたが、日中友好協会、中日友好協会の方々や現地で歓迎してくださったすべての人々の尽力のおかげで、一部の予定変更はあったものの楽しく・安全に訪中を終えることができた。日中関係が緊張する中で、現地の人々のあたたかさに触れることができて、日中関係の友好の基礎は、確かに民間の手にかかっているのかもしれないと感じた。今後は、この訪中で肌で感じたことをもとに日本・中国両国について考えていきたい。


日本人大学生の私から見たありのままの中国

私は現在大学で中国語の勉強をしており、また過去に行っていた漢文や中国の文化の勉強がとても楽しかったという印象があったため、個人的に中国に興味があったことから今回の訪中団に申し込んだ。私はこれまでに、中国はもちろん海外へ行ったことがなかったため、今回が初めての海外渡航となった。事前研修にて渡された渡航の予定を読み、非常に楽しみな気持ちを持っていたが、つい最近の日本に対する中国国民の動きを見て、この時期に中国へ行くということに不安を覚えていた。ところが実際に訪中してみて、その不安は払拭されたのであった。

まず中国にいる間を通して楽しみにしていたことは、食事であった。本場にて初めてターンテーブルでご飯を食べ、料理のおいしさに感動した。すべてに味がついているので、満足感も高く、日本ではあまり見ないような食材が使われていたり、独特の風味があるものがあったりして、新しい発見を楽しみながら食事ができた。上海と北京では若干味付けの特徴やよく出るメニューが異なっていることがあり、逆にどちらでもよく使われる食材やメニューがあったこともおもしろかった。中国の名物である小籠包や火鍋、また北京では北京ダックなど、その地域ならではのものを食べることができてよかった。

続いて、各名所に行けたことがとても嬉しかった。豫園や万里の長城、故宮など様々な歴史ある遺跡を見学し説明を受けながら、質感や匂い、雰囲気を体感することができた。写真は何度も見たこともあったが、百聞は一見に如かずという言葉がある通り、実際に見ないとわからない部分は多く、それらが醸し出す迫力を感じることができてよかった。

また、今回の訪中では二つの大学と交流する機会があった。どちらの大学でも日本語ができる生徒たちが案内してくれたが、われわれが第二言語で取ってできるようなレベルではなく、相当勉強してくれているということが分かるほどに、皆さんの日本語が流暢であることにおどろいた。他にも様々な博物館や展示を訪れたが、どの場所にも日本語でわかりやすく説明してくださる方がおり、中国にこれだけ多くの日本語を勉強している方がいるということを初めて知ることができた。特に、北京中日創新合作示範区を見学した際には、様々な日本企業と協力して未来を創っていくといったイノベーションについての話を伺い、このような共同作業を通してこれからの日中関係が良好に進められるのではないか、という期待が私の中でも感じられた。他にも、急遽訪れることとなった雑技団の鑑賞や、地元の人々が使うごく普通のスーパーマーケットでは、まわりに一般の中国人がたくさんいる中で私たち日本人がいたにもかかわらず、不安視していたような危険なことは全くなかった。それどころか、スーパーマーケットでは押し売りをするわけでもなくフレンドリーに話しかけてくれるなど、一般の人々にも日本人に優しくしてくれる方がたくさんいることを実感できた。確かに、南京を断念した理由は日本人である私たちに危険が及ぶ可能性があるから、というものではあるが、政府が用意してくださった一般の人がいないような場所のみならず、一般の人の中に行っても安全に過ごすことができた。反日感情を持つ人ももちろん中にはいるだろうし、そのような人ばかりが注目を浴びて報道されがちであるが、日本を嫌っていない人、好いてくれている人がたくさん存在する、ということもまた事実であると私の目で確かめることができた。このことが、今回の訪中における最も大きな収穫であったと思う。

この経験を通して、ますます中国への興味が増した。中国語はまだ初歩的なところを学んでいる最中で、流暢に話せる人がとても羨ましかったので、もっと勉強して自分の力で話してみたいとおもった。また、中国は広く、まだまだ行けていない場所がたくさんあるので、この先の人生でまたたくさん訪れ、様々な都市を回りたいと思った。


訪中期間で変化した中国へのイメージ

私は、今回の訪中団に参加するまで全くと言っていいほど中国に対しての関わりがなかった人間である。大学の講義で中国語や文化等も学んでおらず、高校までの歴史の授業やニュースによる報道を通して得た知識やイメージしか持っていない状態で訪中団に参加した。そのような人間の私が今回の七日間で中国という国や人々に対してどのような考えや感情を抱いたかを書いていく。

まず、訪中前の私は共産主義的な国家体制の中国に対して閉鎖的で恐怖に似たな印象を抱いていた。連日報道されていた福島原発の処理水放出に対しての中国国内の反応や、スパイ容疑で連行された日本人観光客のニュースなどを通して決して良いとは言えない印象を中国に対して感じていた。そのようなマイナスなイメージを持って訪中したからこそ実際に見て感じた中国の姿を自分の持っていたイメージとのギャップが大きく、驚いた。

一つは、日本人と中国人の心の距離の近さである。私は歴史的な背景や政治的な背景から、それぞれの国の人々の間には一定の距離があると考えていた。しかし、訪中団の大薮団長と現地の人々の古くからの交流の様子を見たことや、現地の大学生との交流の中で日本のアニメが好きであるという話や北海道が好きで旅行に行ったという話を聞いたことで、文化や人同士の交流という次元においては、私の考えていた心の距離というものは無く、むしろ非常に親密であった。

二つは、日本との文化の違いである。食文化はもちろんのこと人々の行動などから強くその違いを感じた。私にとっては中国本場の中華料理はあまり舌に合わないことが多かった。また、雑技団の演目が終わった瞬間に最後の挨拶を見ずに中国人観光客が一斉に退場した様子や雨の時に傘よりもカッパを着る人の方が多かい様子が見られた。これらのことから、育った環境や食文化の違いで“美味しい”と感じる味が異なったり、生活文化の違いから中国と日本は全く異なる文化の基で発展した国であることを感じ、そこに暮らす人々はそれぞれの生活文化を持つ人間集団であるということを改めて強く実感した。

また、歴史に対しての認識の違いも感じた。今回の訪中団で訪れた抗日記念館では日本軍の行為の惨さが詳細に描かれ、加害者としての日本が強く訴えられていた。中国の歴史において日本からの侵略行為が如何に残酷で非情なものであったかを強く感じられた。日本の歴史の授業ではそこまで深く触れられることのなかった内容であっただけに、記念館での展示内容は強く印象に残り、加害者と被害者の間にある認識の差を感じた。

最後に、歴史的に色々な問題を抱える日本と中国の間の友好関係をそれぞれの国の人々が続けながら新しい世代へとその友好を広げていこうとする協会の姿勢から、私にとってこれまで以上に中国という国の温かみや親近感といったものが感じられるようになった七日間であった。


若い世代の一人として日中友好の継承を行っていくために

1週間の訪中を終えて、非常に大きな学びがありました。正直自分の想像していた中国とは異なっていたため大変驚きました。そ私は訪中前、正直なところ中国に対して、ネガティブな印象も抱いていました。訪日中国人観光客のマナーの悪さや衛生面への心配、そして訪問直前に処理水問題に関する日中関係の報道が多く、訪問先でも嫌悪感を抱かれるのではないだろうか、歓迎されないのではないかという不安を感じていました。しかしながら実際に北京と上海の2都市での滞在中、日本人に対する嫌がらせなどはなく、むしろ現地の人々はつたない中国語を話す自分に優しく接してくれました。地元の人が多く利用するスーパーマーケットでも、とてもニコニコしながら話しかけてくれたり、探し物があればすぐに対応してくれたり、人々の優しさ・温かみを感じました。

特に印象的だった出来事は3つあります。1つ目は若者同士の交流、2つ目は都市の発展、そして3つ目は歴史と向き合うことです。

今回の訪問では上海理工大学と北京第二外国語大学学校に訪問し学生間の交流を行いました。どちらの学校の大学生もとても日本語が上手で、日本の文化に対しても高い関心を寄せてくれていることをプレゼンテーションを見て分かり、とても嬉しく思いました。現地学生との触れ合いを通じて自分ももっと中国語学習に力を入れて会話で使える中国語力を向上させたいと思い、いいモチベーションとなりました。

中国の発展には大変驚きました。特に上海には多くの高層ビルが立ち並び、建設中の建物も多かったのです。東京とは比べられないほど大きなスケールで圧倒されました。街中でも自動運転車乗り場があったり、ホテル・空港の自動販売機がQR決済のみ可能で現金対応していないなどITが進んでいる印象を受けました。乗用車種を眺めていても、日本車はそこそこに高級車(BMW、アウディ、ベンツ)やBYD等の自国の車両が多い印象を持ちました。中国の技術発展のスピード感を肌で感じました。

抗日戦争記念館見学では日本軍の侵攻や虐殺の歴史を学ぶことができました。見学を終え、日本が犯した過去を知り同じ過ちを繰り返さないという意志が重要であると再認識しました。戦争の過去を変えることはできませんがこれからどのような考えを持ち、行動するかによって日中友好を促進することはできると思いました。

これまで、中国に対して「近くて遠い」隣国というイメージを持っていました。同じアジアの国だけれどよく知らなかったのです。実際現地に足を運んでみて、教科書や中国語の授業で習ったこと、そしてメディアの報道やSNSの情報から中国を知った気になっていたのだと気づきました。訪中、とくに現地の人々との対話を通じて中国の良い所をたくさん知ることができました。隣国としては、互いの相互理解と尊重、積極的な友好関係構築が非常に重要だと考えました。例えばこれまでつないできた友好の歴史を途切れさせないことが求められると思います。そのために、私たち若い世代の力は有効であると確信しています。日中同士の民間交流による対話で強い基礎ができれば、両国間の問題があってもその揺らぎは最小限に留められるのではないかと考えました。

今回、様々な分野における中国を知り、理解を深めることが出来ました。これからは、草の根レベルではありますがより多くの人に中国について理解してもらえるように正しい情報を伝えていきたいと思います。周囲には中国に対する偏見や間違った情報を信じている人もいるため、自分の目で見た中国について、いい部分も改善できる部分もお話して、理解してもらいたいと思います。

日中友好大学生訪中団として参加させていただけた貴重な機会をいかすべく、日中友好促進のために行動していきたいと思います。


訪中を終えて

出国前、日本では汚染水放流の件で日中情勢があまりよくないという旨のニュースが飛び交っており、私自身、家族や周りの人たちの心配の声もあってかなり不安が募った状態での出国となりました。しかし、中国で過ごすうちにその不安は消えていき、旅の後半では日本で騒がれていたニュースをすっかり忘れるほどにこの訪中を心から楽しむことができました。

特に2日目の上海理工大学との交流では、私の予想を遥かに上回る上海理工大学の歓迎に驚き、懸念していた「中国人から見た日本人像」というものは私が思っているより良いことが多いのかもしれない、と嬉しくなりました。上海理工大学についてすぐ、私たちの名前の書かれたプレートを持ち笑顔で手を振ってくれている学生たちをバスから見た時は、本当に感動しました。その後も私の案内を担当してくれた学生は常に私たちを気遣い、仲良くなろうと日本語をたくさん話してくれました。この時に中国人から見た日本人のイメージは良くない、という漠然とした考えがきれいに払拭され、訪中団に参加でき彼らに出会えたことに感謝しなければならないと思いました。

また、私が特に印象に残ったのは上海での浦江遊覧です。上海の豫園、北京の万里の長城や故宮の見学では期待通りの中国の伝統的な建造でそれらもとても美しかったのですが、浦江遊覧では中国の大発展を目の当たりにしている感じで、本当に圧倒されました。たくさんの迫力ある近代的なビルたちがびっしりと立ち並び、その中には「我愛上海」の文字や綺麗な蝶の絵などが大きく表示されているものもあり、日本の夜景との違いに驚きました。

そして、中国人民抗日戦争記念館では日本人としてこの記念館に訪れる意義を深く考え、この機会を逃さず「中国から見た日中戦争」というものを知ろう、という思いで見学に臨みました。見学を通し、目を背けたくなるような歴史は事実として起こってしまっておりこれから何年経とうと無かったことにはできないけれど、せめて同じ過ちを繰り返さないよう、私たちはその歴史をよく知っている必要があると改めて思いました。しかし、その上で、今後日本と中国を背負う若者たちはその暗い歴史の当事者ではなく、生まれてから現在に至るまで日中友好の歴史を生きてきたのだから、その平和を守るために尽力すべきだと思います。

また、最終日の歓送宴会での団長のスピーチも心に残りました。「中国も日本もお互いに良いところも悪いところもある。困ることをされたら、『困るやないか』と言える関係でありたい」というお話で、国と国の関係というのは、大きな規模ではあるものの結局は人と人の関係であるということを思い出し、「国際関係」という難しく見える言葉は、もっと簡単に考えてもいいのかもしれないと思えました。どんなに強大な国も、結局はただの人々の集団なのだから、私が今回の訪中で築いた中国の学生との友情のような、一つ一つ、一人一人の小さな絆こそが国同士の友好に大きく影響しているのかもしれません。


トイレで考える文化差異

今回の訪中を通して、日本と中国との生活様式や身の回りの設備に多くの違いを体感した。そのため、現地での生活に適応するために、訪中団員の間で頻繁に情報交換が行われた。その中で最も番多く議題に上がったのが「トイレについて」だった。紙を流せないといった様式の違いに加え、設備不良や清潔感など、対応すべき問題は多くあった。日本のトイレは「世界一清潔」と言われることもあり、それと比べた不満も聞こえた。しかし、このことによって「中国のトイレは不便」と見なすことに私は違和感を覚えた。私は今まで日本、中国以外に3か国でトイレを利用したことがあるが、そこでも同様の問題と直面した。このことから、トイレの使いやすさを比較した場合、世界基準と比べて中国のトイレが不便ということはなく、むしろ日本の使い勝手の良さが異様なのだと気がついた。この経験から、日本を基準に中国を比較しようとすると、適切な判断ができないということが分かった。特に日本には自国としての親しみや固執があるため、日本と違うというだけで中国を批判しかねない。そのため、客観的な視点から公平に比較するには、日本と中国同士を比べるのではなく、世界基準とそれぞれを比べるべきだと考えた。

この考え方は、現在日本人が中国に対して持っているイメージを捉え直すことにもつながる。身の回りで「外国に数多く渡り、現地で生活をした経験が豊富」という人は少なく、世界基準を把握している人は希少だと感じる。私自身も世界基準を知らない一人である。そんな中、ニュースやSNSでは隣国である中国の情報が多く流れ、その中にはネガティブに感じるものも多い。そのため、これらの情報を目にした人々は、たとえそれが世界的には一般的なことであっても、日本では起こらないからという理由で、中国を他の国よりも卑下しかねない。

このように、一つの国を理解する際には世界全体を把握する必要があるということが今回の訪中で分かった。国際交流はその把握のための手段であるべきだと考える。しかし、最近の国際交流には、明確な目的や有効性が結び付けられているように感じる。近年、国際間では多くの問題が発生し、その解決に注目が集まる。今回の活動に関しても、日本を飛び立つ前に知人から訪中と国際問題の解決を結び付けて捉えているような声を聞いた。しかし、それらを念頭に活動すれば物事を限られた見方でしかとらえることができず、ありのままの姿を受け入れることができない。さらに、世界基準を理解していない私たちには、問題との正しい向き合い方さえも分からない。そのため、国際交流においては明確な目的は持たずとも、目の前のことに意欲的に向き合う姿勢、多角的な視点をもって海の向こう側と積極的に触れ合っていくことが重要であり、それが真の理解につながり、やがて国際問題に取り組む土壌が出来上がる。

今回の訪中だけで中国や世界のことを理解できたとは思っていない。しかし、今回の訪中では中国の人々が日々暮らしている環境や文化と触れ合い、また学生との交流を経て中国との向き合い方について考え直し、世界について知ろうという意欲が高まった。この体験は「向前一小步 文明一大步 小さな一歩でありながら、文明の大きな一歩」であると信じて、今後も広い視点を持って日本と中国の関係性について考えていきたい。


訪中を通しての今後の展開

私は今回の訪中を経て様々な経験や成長をしたとひしひしと実感した。私は今回たまたま縁があり訪中をさせていただいたが、まさかこのような機会があるとは思ってもいなかった。私自身、中国にいつかは行けたらいいなと思っていたが訪中団の一員になり、中国政府からの招待で日本人を代表して行くことは完全に予想外なものであった。また訪中団参加の際には東海大学のリーダーとなり、知り合って間もない他の東海大生を連れて完全に未知である中国に行くことはとても責任を感じることであった。訪中前には訪中団の前田さんを始め様々な方にご迷惑をおかけしたが無事に、誰一人欠けることなく中国から戻ってこれたのには本当に感謝しかない。そして私は訪中を通して感じたことは多々あるが、2つに絞らせて述べていきたい。

まず最初に、中国は日本とは全く違う雰囲気を持ち合わせていることである。中国と日本は互いに影響を与え合い発展してきた歴史が存在している。なので文化的には他の国々と比べ物にならないほどの類似性を多々あると考えている。またインターネットの発達により更に中国人と日本人との境界線が薄れていると感じていた。しかし現地に行き、実際に彼らと交流していく中で似ている部分はあれど決定的に異なる部分も確かに存在しているということが分かった。彼らはとても活発でとても自身の中に揺らぐことのない考えを持っている人が多いと感じた。また彼らは人とのコミュニケーションを取る際の間合いが私達よりも近いということが特徴的であると感じた。私達は基本人との距離は1歩ほど空けるいるが、彼らの間合いはその半分ぐらいだと感じた。彼らは人と話す際にはより話し相手の感情の機微を見るために、またそれが普通だと考えている。日本人の中にはパーソナルエリアを侵害されたと感じる人がいるだろうと考えるが、そこが日本人と中国人の考えの差異であると考える。私は今回の訪中で二度、中国の学生と交流したがどれも近い距離で非常にストレートな感情で会話をした。彼らとの会話は非常に話題性に富んでおり、また明確な意思を持って発言する。互いに尊敬し合い、敬意を払って会話をすることを日本人とはまた別の形で表現しており国ごとの表現を知ることが出来た。

次に感じたことは熱気である。彼らの行動力や物事に対する情熱は人一倍強く感じた。特に彼らの新しいものに対する熱意や探求心、好奇心はとても迫力のあるものだった。上記で述べたように現地の学生との交流では積極的に日本語で話しかけられ、また誰もが上手に日本語でコミュニケーションを取っていた。またそれは学生以外でも感じられた。私達はどうしても現地では大規模な団体なので目立ってしまう。その際に私たち日本人であればそれを遠巻きに見ることが多いと考える。しかし現地の人々は臆することなく話しかけに来て、積極的にコミュニケーションを取ろうとする。物珍しさで話しかけるのは、日本ではあまりないため最初は驚いたが彼らのどれもがとても良い人でありとても新鮮な体験をした。またそれにより自身の中国語能力が彼らに通じてしっかりとコミュニケーションを取れたことは私の自信にも繋がった。そしてこの中国人の熱意は歴史的観点からも裏付けられたことであると私は考える。それは西洋史において最も重要な時代の一つである「大航海時代」の火付け役が中国だと言われているからである。明朝の永楽帝によって他国との朝貢貿易を目標とした「鄭和の南海遠征」は後の大航海時代や海上貿易の歴史に大きな影響を及ぼしたとされている。このようなことから中国人の熱意やエネルギッシュな行動が世界に伝播していったことがうかがえる。

最後に訪中を通じて私はより海外に視野を向けた考えになったと考える。私はこの訪中を通じて今までなかった海外留学を視野に入れることを考えるようになった。具体的には、自身の中国語をより上達させるために中国への語学留学を考えている。もう一度、中国に行き彼らの熱意や情熱を今度は自分のものにして意義のある留学にしたいと考えている。


中国に対する意識の変化

私は今回の日中友好大学生訪中団で、初めて中国に訪れた。今回の訪中では、上海と北京の2つの都市を訪れた。そして、今回初めて中国に訪れて一番強く実感したことは、私たちがインターネットやテレビといったメディアを通して見る中国は、全体のごくわずかな情報に過ぎないということだ。今回の訪中で実際に中国に訪れるまで私は、中国に住む中国人は持っている情報が限られている、中国の技術は発展していても日本ほど発展していないといった印象を持っていた。しかし実際に中国に訪れて現地の大学生と会話をすると、言語の違いはあるものの日本人と会話をするのと変わらないなと感じた。中国人の大学生は、大学見学の際に私にたくさんの会話をしてくれたうえ、私が何か質問をすると嬉しそうに答えてくれた。そのため、大学見学の時間はあっという間に終わってしまった。また、現地で買い物をする際もお店の人が「このお札を何枚だよ」と教えてくれたり、おすすめのお土産について丁寧に説明してくれたりと優しく接してくれた。このような中国人との交流で私は、中国人に抱いていた声が大きく自己主張が強く怖いといった印象が無くなり、中国人は素直に思いを伝えてくれる優しい人だと認識が変わった。また、中国人の人をもてなす気持ちは強く再び中国に訪れたいと感じるものであった。さらに中国の街は、高層のビルやデザイン性に富んだ建物も多く存在し良い意味で期待を裏切られた。私は、中国の街並みと言われて考えていたのが、古い建物や派手な色、文字が強調された建物、あまり特徴のない直方体のビルが多数存在するものだ。しかし、実際に現地で見たものは、近代的なデザインの建物や統一感のある家など綺麗な街並みをしていた。また、日本とは違い都市部に自然が多く自然と街が一体した緑あふれる街であった。

このように実際に中国に訪れてみると、中国は人の優しさと新しい技術に溢れる街であると実感した。訪中前は、中国人はSNSなどが規制されているため偏った思想を持っている人が多いのではないか、現在の処理水などのニュースにより非難されるのではないかという心配があったが、すぐに無くなり充実した1週間を過ごせた。訪中の間、友達が中国人に悪口を言われたなどの話もきいたが、中国人は日本人が思っている以上に日本人を優しく受け入れてくれる優しい人であった。また、中国の技術は想像以上に発達しているため、教科書で学ぶだけでは中国について知ることが出来ないなと感じられた。私は、中国語の勉強が楽しくて好きであるが、実際に中国に行きたいとまでは思っていなかった。しかし、先生に勧められて今回の訪中に参加すると、中国から学ぶことが多くまた訪れたいと実感した。さらに、より一層中国語の勉強に励みたいと思えたので、今回の訪中は私にとって大きな影響を与えてくれた特別な体験になった。


中国の現在

まず、私はいままで自分の学科でアジアについて、特に東アジアを専攻として文化や社会のことを学んできた。中国専攻の先生や、大学にいる中国人留学生とさまざまな現状についてどうなのか聞かせていただく機会はあったものの、皆コロナ禍であまり訪中ができていなかったため、ここ3年ほどの現状を知らない人ばかりであった。知り合いに出張で中国の上海近くに行っている方がおり、その人から電子決済ばかりであることと、コロナが流行っていた時は隣の県に行くことを禁止されていたりと制約があって、監視されていたということは聞いていた。ただ現地の人々がどんな感じなのか聞くことはなかった。

行く前までは、落ち着きがないというか性格が荒めな人が多く、騒がしいイメージがあった。また、交通量も人が多いことから、渋滞や危ない部分が多いことを予想していた。日常生活で使われているお店や宿泊施設がどんな感じなのかは想像ができなかった。

今回中国に約1週間の間滞在したことによって、交通量の多さや、バイクなどの運転が荒いことは予想通りであり、現地の人々のそれらに対する慣れ方に驚いた。路上にゴミ箱がたくさんあるので、歩きタバコをしている人が多く、衛生面への気遣いがあまりないことが残念だった。トイレも同じく綺麗なところが少なく、トイレットペーパーも基本付いてないことがわかった。汚水の匂いがそこら中からしていたとしても、ゴミをまとめているのにその隣で食べ物を食べているなど、動じないところが、日本との明確な違いであるといえる。

物怖じせずに、店員と話したりすればそこまで悪い人はいないし、親切なのだが、言葉に威勢の良さがあるので、強く言っているように感じる。こちらも強くハキハキ物事を言えるようになれば、中国人と対等にコミュニケーションが取れることがわかった。

ホテルの中でニュースを見ていた時、今の汚染水の問題を報道で取り上げていて、そこで使われる映像が全て資料で、今の現状を映像であまり伝えていないのに、言葉だけで説明していたところから、偏向報道気味であると言える。それは日本もあらゆる情報で同じなので、その情報をどう受け取るかは自分次第だし、取捨選択して受け入れることの必要性を感じた。

また今回の大きな発見として、北京と上海の現地の大学生と交流したとき、日本のアニメが好きだったり、日本が大好きな人々が沢山いることがわかった。そして、彼らは今の政治や経済についてあまり興味がなかったり、知らない人も多かったのである。若い世代は日本も中国も政治への関心に一人一人でだいぶ差異があることがわかった。中国人だから反日な人が多いという固定概念的なイメージは取りやめて、国際的に日中交流できる人も多数いるという事実を受け止め、これからも同世代の他国の若者との交流などを積極的にしていきたいと感じた。

異文化社会を久々に見て聞いて感じて、未知な世界に行ったというこの経験は、私自身の交流に大きく影響を及ぼすことになるだろう。中国語をもっと学びたい、話せるようになりたい、そして何より言語がわからなくても仲良くなることができるということもわかった。心を寄り添い合えることさえできれば、交流は容易である。今まで知らない人に対して、自分から話しかけることをできる限り避けようとしてしまっていたが、これからはできる限り自分からコミュニケーションをとっていきたいと思えるようになった。

そして初めて降り立つ土地に行く際は、コンディションをよくして、健康第一でなければならないことも学んだ。知らない土地に降り立つという経験を、近いうちにまたやってみたいと言える訪中になった。


訪中を終えて

訪中を終えて一番考えたのは、中国との関係についてです。訪中をしたことで、訪中前と訪中後の現在とでは中国、中国人に対するイメージが大きく変わったため、今後の日本と中国との関係もしっかり考えなくてはならないのではないかと思いました。特に大きくイメージが変わった要因に中国の大学生との交流があります。大学生との交流の中で、積極的に日本語で話しかけてきてくれる姿勢に感銘を受けました。また、うれしくもありました。そして、自分からも話せるようになり、積極的にコミュニケーションをとることができたため、これからも多くの中国人と関わっていきたいという風に思えるようになりました。また、中国語でコミュニケーションを取りたいなと思うようになり、中国語学習へのモチベーションになりました。

訪中前に中国が発展しているということは聞いてはいたのですが、実際に中国、特に上海に行ったときに想像以上に発展している街並みを見て驚かされました。経済的な目線で見ることはあまりよくないかもしれませんが、日本の経済成長が停滞している現在、中国の大きい市場に出ていく必要があるのではないかと考えました。しかし、現在の日本と中国の関係は良好とはいえないため、互いに理解し国家同士、国民同士の関係を深めていく必要があると思います。私自身、訪中前から大学で中国人留学生と関わることがあり、中国について知る機会があり、中国や中国人のイメージが良い方向に変わっていきました。しかし、テレビやネットニュースでは悪いニュースが多く流れていると感じます。そのため、直接中国人と関わることがない人にとっては、悪いニュースばかり目にとまるため、中国へ悪印象を持つ人が多くなるのではないかと考えました。これが続くと、友好的な関係を築くことは困難であるため、国民一人一人が自分から進んで情報を得て、互いに興味を持つことによって国民間の関係が改善されていくのではないかと考えました。

訪中の7日間を通して、日本とは違う環境で過ごす大変さを学びました。訪中前から海外で生活や仕事をしてみたいと考えていましたが、7日間で体調を崩してしまったので、将来的に海外に行くことに不安を感じることになりました。しかし、日本では感じることのできない空気や、中国の建物や風景を見ることができ、海外で過ごす楽しさも同時に知ることができ、非常に良い経験となりました。今後、私は中国もしくは他の国と関わる仕事をしたいと思っており、訪中の7日間はそれをイメージするうえで非常に役に立ちました。しかし、仕事等で行く場合、今回のようについていくだけではなく、自分で考えて行動しなければならず、今回の訪中より不安やストレスが大きくかかると考えられるため、まだまだ身につけなくてはならないものがたくさんあると知ることができました。

今回の訪中を通して、自分自身の今後について前向きに考えられることができ良い経験となりました。