「Z軸」木村水映(北京外国語大学)

今月5日に前学期が終了し、寒假(冬休み)が始まった。クラスメイトの多くが半年の留学期間を終え、別れを惜しみながらもそれぞれの故郷へと帰って行った。

私はクラスの仲間を、大好きという言葉ではとても軽薄に感じるほど愛おしく、大切に思っている。たった半年。されど半年。異国の地で育まれた絆には、慣れ親しんだ土地で紡ぐ関係性とはまた少し違った奥行きがある。母語が全く異なれば、文化背景も違う。食文化が違えば、生活様式も異なる。そんな中、全員に唯一共通していたのが、初めて中国という場所で新たな生活を営み始めたという点だった。一人ひとりが各々の国で醸成してきた「当たり前」が当たり前ではなくなる瞬間、同じ留学生だからこそ共感できる心があり、寄り添える声があった。

終業式前に皆で北京ダッグを食べに「全聚徳」へ

中国現地の友人だけでなく、世界各国のクラスメイトと出会えたことで、他国の政治情勢や災害のニュースに対する見方も変化した。今までは国外のニュースというと、驚いたり心を痛めたりすることはあっても、正直に言えばどこか他人事のように捉えてしまう自分がいた。しかし、交友関係の幅が国際的に広がってからは、「国外のニュース」という平坦な認識ではなく、「友人の故郷で今起きている出来事」として、より身近に、自分ごととして捉えるようになった。報道されている国の様子と友人の顔が重なり、ニュースの奥で生きる人々一人ひとりに想いを馳せるようになった。日本や中国に止まらず、世界中のニュースにアンテナを張り、耳を研ぎ澄ます癖がついたのも大きな変化だと実感している。

自分には世界中に友がいる、この半年の苦楽を共にした仲間がいると思うとこの上なく心強い。いつ会えるか分からない、「またいつか」というふんわりとした約束しかできない切なさも噛み締めつつ、再会した「いつか」のその時に、今より少しでも奥行きのある人であれるよう、「相変わらず楽しくやっているよ」と笑って伝えられるよう、研鑽に励みたいと心に誓う終業式となった。

前期修了証を手にクラスメイトと最後の記念写真

人との出会いは運命だ、とつくづく感じる。私と中国人の友人との出会い方は様々だ。中文学院ホールで日本語のスピーチを練習する人を見つけ、声をかけ友だちになったり、クラスメイトにロシア語を教えてもらった翌日、食堂で相席になった人のスマホカバーが偶々視界に入り、書いてあった文字を読んでみるとロシア語ということが分かり、ロシア語の話をして友だちになったり。特に印象的だったのは、大学地下の駐車場でクラスメイトと縄跳びをしていた時に出会った友人で、偶然の巡り合わせから、その友人がダンス指導を務めたミュージカルに招待されるまでになった。

縄跳びからミュージカルへ

どんな時も共通して大切にしているのは、「この人と友だちになりたい!」という衝動、「ビビッときた感じ」に忠実に、友だちになる機会を逃さぬよう自ら声をかけること。勿論、声をかける直前は自分でも心臓の音が聞こえるほど緊張する。しかし、仲を深められた後には何ものにも代え難い喜びが待っていて、数秒後にはくすぐったそうに笑う自分が容易に想像できるから、勇気を出して声をかけることが出来るのだ。

クラスメイトとその友人と天壇へ

「中国の皆さんって、こちらが一歩踏み出せば、二歩三歩踏み込んで頂けるので」。※

中国で活躍の場を広げる、俳優・浩歌(旧名:矢野浩二)さんはこう語る。(※2022年11月23日NHK『BS1スペシャル』「日中国交正常化50年 “草の根交流”の担い手たち」より)中国人の友人と関わる中で、私が感じてきたことが凝縮されている言葉だ。

ある友人は、私が校内で分からない場所があり微信で尋ねると、わざわざアフレコ付きの動画を撮影して送ってくれた。旅行先の西安で宿泊予定だったホテルが中国人専用で、急遽宿泊先がなくなってしまい、助けを求めて連絡したところ、ある友人は試験勉強中にも関わらず、新たな宿泊先候補を三つも提案してくれ、私たち外国人の代わりに先方に電話を入れておいてくれた。

ある時友人に、「なんでそこまで親切にしてくれるの?」と尋ねたことがある。彼女から返ってきたのはたった一言、「友だちだから」という言葉だった。本を読むだけでは体験できない、ネットで調べるだけでは分からない中国の人々の新たな側面に触れ、私の中の「中国人像」がより立体的なものへと解像度を高める度、「あぁ、留学して良かった」と心の奥底から感じるのだ。

所属する日本人会で企画・実行した日中交流会。多くの参加者が楽しそうに交流を深める様子が何よりのご褒美に感じられた。