「お雛祭り会」で交流
宮城県日中友好協会女性委員会
2月28日、第32回「お雛祭り会」を仙台市旭が丘市民センターで開催、ご来賓の宮城県華僑華人女性聯誼会の裘哲一・前会長よりご挨拶をいただき、華人女性、留学生と会員や家族も含め28人が参加しました。
今回はレトロな青春時代にタイムスリップして、おひなさま由来の紙芝居やことわざカルタ大会、ヒット曲をスマホカラオケで楽しく披露しました。
またカルタ大会では各テーブルで一位になった人が好きなことわざを選んで、一言。留学生の肖志君さんは「石の上にも三年」をえらんで発表、「今の日中関係は残念ですが、私達は必ず良くなると希望をもってがんばりたい」と話されたことが、印象的でした。
また中国で広く、永く歌われている「四季の歌」や「北国の春」「昴」の披露も。そして全員で歌った「故郷(ふるさと)」では、手話も披露されて、とても和やかな空気に包まれました。参加者からも「とても楽しく、温かな気持ちになりました」と感想が寄せられ、〝交流なくして友好なし。友好こそ平和の基盤をつくる〟という、私たちの目標を考える一日となりました。
(県委員長 水戸憲子)

第36回佐倉市日中友好協会
親善オープンゴルフ大会を開催
千葉県佐倉市日中友好協会
3月24日(火)、この日は暑くもなく、寒くもなく風もない晴天に恵まれ、最高のゴルフ日和でした。第36回佐倉市日中友好協会親善オープンゴルフ大会が芝山ゴルフ倶楽部で盛会に開催されました。開催にあたり、佐倉市日中友好協会の長谷川稔会長から、日ごろ同協会への活動についてのご理解とご協力の御礼と、本日のプレーを、皆さんで楽しんでほしいとの挨拶がありました。そして、同協会の特別顧問・奥野総一郎前衆議院議員からは、プレーを通しての親睦と併せ、激励のご挨拶をいただきました。その後、アウト10組・イン10組に分かれ、会員・会友初参加者を含め、日ごろ忙しい皆様68人の参加で、プレーを楽しみました。挨拶や会話を交わしながらのプレーは、会員同士の親睦と交流を十分果たすことが出来ました。小さなボールは、思いのほか思い通りには飛ばず、それぞれ苦労があったようです。
大会は日没を避けるため今回も表彰式は止め、組ごとに参加者全員に賞品をお渡して、コーヒーを飲み、ケーキを食べていただき解散としました。
今大会の優勝・仲村昇さん、準優勝・増尾国昭さん、おめでとうございます。
(会長 長谷川稔)

河北省と北京市からスキー・スノーボード指導者
志賀高原スキー場にて訓練交流(3/23~28)
長野県日中友好協会
2022年の北京冬季オリンピックのスキー競技開催地の河北省と北京市からスキーとスノーボード指導者ら一行10名が3月23日から28日まで、県日中スキー交流委員会(長野県・県スキー連盟・県日中友好協会・山ノ内町・野沢温泉村・白馬村など7市町村で構成)の招きで来県しました。一行は河北省メンバー(李鵬飛・一板世界クラブ代表一行6名)、北京市メンバー(王氷・1031スキークラブ事務局長一行4名)などで、志賀高原スキー場で志賀高原スキークラブや県スキー連盟のコーチらの指導の下、トレーニング・交流を重ねました。皆さんのスキーやスノーボードにかける熱意は旺盛で高評価でした。
3月25日、一行は、で湯田中のホテルで、県日中スキー交流委員会主催の歓迎会に出席し、関係者から熱烈歓迎を受けました。歓迎会には、西堀正司県日中友好協会会長、稲玉稔県国際交流課長、藍葉裕之県スキー連盟副会長、平澤岳山ノ内町町長、池田和敏志賀高原スキー学校校長、児玉和興同スキークラブ副会長、寺島敏県スキー連盟スノーボード部長らが出席し激励交流しました。
西堀会長は県や山ノ内町、県スキー連盟の協力に感謝し、一行を熱烈に歓迎した後、「長野県は中国との間で1979年以来47年余にわたるスキー交流の歴史がある。また河北省とは43年にわたる友好県省の交流の歴史があり、北京市とも友好交流をすすめてきた。1998年の長野五輪の成功が2022年の北京冬季五輪へとつながり、26年のミラノコルチナ五輪では、両国選手が活躍して立派な成績を収めた。スキー交流は日中の平和と友好の大事な役割を果たしてきた。有意義な交流機会となるよう期待している」とあいさつしました。歓迎会では歌も披露され温かい雰囲気に包まれました。
3月26日には、県日中スキー交流委員会役員とともに平澤岳山ノ内町町長を表敬訪問しました。長野冬季五輪のアルペンスキー競技に選手として出場した平澤町長は「志賀高原は長野五輪でアルペン、スノーボードの競技会場だった。標高が高く雪質もいい。スキーを愛する者同士、今後とも仲良く協力交流していきたい」と歓迎しました。選手団の李団長、王団長は「志賀高原の美しい自然と雄大なスキー場のすばらしさを実感した。今後とも、長い目で見てスキーや文化の交流を進めていきたい」と応じました。
3月27日には、河野政已県スキー連盟専務や河野博明顧問の案内で野沢温泉スキー場やスキー博物館を視察交流しました。

中国からの留学生と共同で飛鳥巡りとイチゴ狩り
奈良県日中友好協会
年度末も押し迫った3月28日、中国からの留学生と奈良県日中有志が、奈良県中部の飛鳥巡りとイチゴ狩りを行った。
この飛鳥地方は、古くからの歴史的な不思議な構造物が多く、順調にいけば、今年にもユネスコの世界遺産登録が実現しそうな流れになっています。
特にこの石舞台は、7世紀の築造で、巨石30個を積み上げて造られた古墳です。その規模は日本最大級を誇ります。盛り土が失われて、露出した天井石の上面が平らなこと日南で、「石舞台」と呼ばれます。
石舞台は、古墳時代後期の古墳。この石舞台古墳は、飛鳥時代の有力な権力者、蘇我馬子の墓であることが最も有力です。
石の総重量は、推定2300t、1933~35年の発掘調査によって、方形の墳丘、堀、外堤が存在することで、築造は7世紀初めの築造と推定される。この石舞台の他、酒船石、亀石、マラ石など不思議な構造物が多く存在します。桜の最盛期には、見事な風景となります。皆様是非お出で下さい。石舞台の見学の後、近くの広場で、自己紹介やオセロゲームを楽しみました。
その後、同じく飛鳥の「イチゴ狩り」に行きました。30分で食べ放題。留学生の皆さんも、楽しそうで、30分もあっという間に過ぎました。イチゴだけでお腹が一杯になった経験は初めてです。
奈良県日中は、留学生との交流が頻繁で、イチゴ狩りの他、合同新年会、餃子パーティ、宇陀高原での合宿なども行いました。


チャイ華(青年学生部会)主催の「日中お花見パーティー」の開催
神奈川県日中友好協会
チャイ華は2007年に設立され、以来春にはお花見パーティー、夏には宿泊スクーリング、秋には紅葉狩りなど多彩なイベントを開催してきました。2009年から始まった「日中お花見パーティー」は、今年は3月28日、多くの家族連れなどで賑わう横浜市内の岸根公園で開催されました。
心配された天候にも恵まれ、チャイ華のメンバーのほか、日本語さくらの会、県内の地区協会、中国系の企業にお勤めの方々など、老若男女16名が参加しました。
青空に映える鮮やかな花弁の〝横浜緋桜〟(よこはまひざくら)は横浜で生まれた神奈川ゆかりの桜です。この桜の下、車座になり持ち寄ったお菓子をつまみながらのパーティーが始まりました。岡本えり子会長のあいさつに続き自己紹介が行われ、中国の滞在経験、中国語の学習、中国関係の仕事などが語られました。参加者からは、日本語、中国語を交えての質問があり、時折笑い声も聞こえるなど和やかな雰囲気でした。
参加者相互のコミュニケーションが図られたところで、日中友好に関わる言葉の連想ゲームや伝言ゲームなどで大いに盛り上がり、友好の輪が広がりました。
最後に参加者がそれぞれ感想を述べましたが、初めて参加した方からは「今後もチャイ華のイベントに参加したい」との声もあり、会員増につながればと密かに期待しながら帰路につきました。
(事務局 二川幸夫)

第5回湘南中国語スピーチコンテストが開催される
神奈川県湘南日中友好協会
湘南中国語スピーチコンテスト実行委員会主催の第5回湘南中国語スピーチコンテストが3月8日、藤沢市内の「Fプレイス・ホール」で開催された。
冒頭、相澤光春実行委員長(藤沢商工会議所会頭)が主催者を代表してあいさつ、続いて来賓の鈴木恒夫藤沢市長、杜柯偉中華人民共和国駐日本国大使館公使参事官、安藤好幸藤沢市議会副議長、柳田秀憲湘南日中会長があいさつ。杜公使参事官は、「今後是非中国を訪れてみてください」などと出場者に呼びかけた。
コンテストは藤沢市内の大学・高校に通学、又は藤沢市内在住の高校生・大学生が対象。当日は高校生の部に5人が、大学生の部に2人が出場、緊張の中「私と中国語」というテーマで3分間のスピーチにより日頃の学習成果を競い合った。
柳田会長が成績を発表し、高校の部では慶應義塾湘南藤沢高等部の三津山六花さんが、大学の部では慶應義塾大学の秦伊吹さんが最優秀賞に輝いた。武田勝年審査委員長からの四声を大切にしてくださいなどの講評に続き、相澤実行委員長より成績優秀者に表彰状が授与された。
(神奈川県日中 三浦修)


創立70周年を祝う!
静岡県静岡市日中友好協会
静岡市日中友好協会は、県協会よりも2年早い1995年に創立されました。初代会長に片山平吉氏、事務局長に鈴木重郎氏が就任され、その後の県内各地区協会の設立を促し、また県協会設立にも大きく貢献されました。そして県協会の初代会長、第2代会長を輩出するなど、常に県協会を牽引して来られました。
県協会第2代会長を務められた鈴木重郎氏は、日中国交回復以前から中国との交流に情熱を注がれた方で、大変中国通の方でした。鈴木会長の提案により2003年に始まった中国緑化植林活動は、15年間で1000ha余・160万本の実績を挙げるとともに、私たちは表と裏の中国を学ぶことができました。また、当協会第7代会長を務められた大石 惇氏の研究活動のご縁による新疆ウイグル自治区での4年の植林活動は、これまた私たちにとって誠に得難い体験でありました。
このような素晴らしい静岡市日中の先輩方々の熱い想いを受け継がれた当協会・現安蔵会長をはじめ会員皆さんが思いを込めて開催された70周年記念式典は、アットホームで当協会ならではの雰囲気に包まれていました。そしてゲストとして招かれた(公社)日中友好協会の宇都宮会長のご講演は、今時の日中関係を捉え、これからの日中交流の在り方について大変示唆に富んだ内容で、私たちに勇気を与えて頂きました。
当協会の今後のご活躍ご発展をご期待申し上げ、共に参りましょう。

山東省を訪問へ
現地政府関係者・在青島日本総領事館とも交流
滋賀県日中友好協会
山東省文化と旅游庁を代表する方より山東省への視察・交流の打診をいただきました。
昨冬から冷え込んできている往来のこともあり有志で考えましたが、こんな時だからこそ先陣を切って日本中国友好協会が行くべきであると考えました。大阪・京都・奈良・和歌山・滋賀から総勢26名が手を挙げてくれましたので4月22日より5日間の日程で行ってまいります。現地政府関係者と在青島日本総領事館と交流・意見交換を行ってきます。途中で寄る世界遺産の泰山にも楽しみにしています。良い旅となりますように。
(理事長 上松成人)


第21回桜二胡音楽会
愛知県日中友好協会
4月5日(日)、「第21回桜二胡音楽会」が岡谷鋼機名古屋公会堂(名古屋市昭和区)で開催された。「日中友好」「二胡文化振興」「市民手作り」「鑑賞無料」を理念に掲げるこの音楽会は、名古屋観光文化交流特命大使の二胡演奏家張濱氏が率いる(NPO)チャン・ビン二胡演奏団が主催、(NPO)愛知県日中友好協会等が後援し、毎年桜の季節に開催している。今年は、9月に開幕する愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会の機運を高める取り組みとして認定された。
コンサート当日は、中国駐名古屋総領事館から伊亜奇副総領事、大村秀章・愛知県知事、中田英雄・名古屋姉妹友好都市協会会長(名古屋市副市長)はじめ地元政財界から多くの来賓を迎え、友好協会からも岡﨑温副会長らが参加、一般来場者もあわせて総勢約1300名が集った。
在日若手奏者の陳ブンジさん、国立音楽大学大学院博士課程の褚佳銘さんの他、春休みに公募した小中学生13名の「さくら二胡キッズ」や地元の高校生、大学生も舞台に立ち、練習の成果を披露した。張濱氏は午年にちなんで名曲「万馬奔騰」を独奏し、また東日本大震災から15年、更なる復興を願って「花は咲く」を合奏、「さくらさくら」の演奏では観客もペンライトで参加するなど、多彩なプログラムが披露された。
フィナーレでは各地から集まった老若男女総勢90名が大合奏し、次世代につながる友好のステージとなった。


埼玉のお宝
三蔵法師の頭頂骨
埼玉県日中友好協会
近年中国への風当たりが強く、友好を願う我々を含め「媚中派」と呼ばれている人々が蔑まされている風潮が蔓延している。私の良識ある友人の中にも、頭ごなしに中国が悪いと決めつける者がいるが、どこが悪いのかと聞くと、どこが悪いのか具体的には指摘できない。これは感情的なもので、いにしえより漢字、稲作、建築、青銅・鉄文化、陶磁器、古文書、経文等々数えきれないほど中国文明の恩恵を甘受してきたのに、どうもそれらの「恩」を忘れているようである。
こういった最近の状況に鑑み、日中交流の大切さを再認識して頂くために、他県にない埼玉県の「民間交流」が結実した成果である「日中交流のお宝」についてここで紹介したい。
この「埼玉のお宝」は、私の知り合いから聞いた話である。戦時中1942年(昭和17年)南京金陵山雨華台にて護国神社を作る際、高森部隊の工兵として整地の途中「石棺」を発見し、その石棺文に長安の黄巣の乱を避けて、「演化大師により天聖丁卯の年(1027年)にここへ移した」と刻されてあった。日本軍はこれら大量の出土した文物を丁重に、関係の良かった南京政府へお届けした。南京政府は数か月かけて、「玄奘三蔵法師大法要」を営み、日本からは大日本仏教連合会奉讃団3名(連合会会長・長倉持秀蕨三学院住職、顧問水野梅暁師福山賢忠寺僧侶、連合会幹部)が国賓待遇をうけ参列し、中国側より丁重にお返し頂いたお礼に、「三蔵法師の頭頂骨」を分骨していただいた。
当初、仏教連合会事務所があった芝増上寺に安置していたが、空襲が激しいため埼玉県蕨市の奉讃団長の三学院に納められたが、更に空襲が酷くなり万全を期して、岩槻市玄奘三蔵縁の華林山慈恩寺(長安大慈恩寺にて修業した慈覚大師の開基)に、昭和19年12月13日上野寛永寺で盛大な法要の後、無事仮奉安された。
戦後、大慈恩寺とご縁のある慈恩寺に霊骨の奉安が正式に決定され、「唐玄奘三蔵霊骨塔」の十三重石塔が完成し、昭和28年5月5日各界の方々臨席の下盛大に落慶式が行われた。
奈良薬師寺高田好胤元管主から分骨の要請があり、連合会などで協議の上、昭和56年10月薬師寺西塔落慶法要に期を合わせ、霊骨も正式に渡された。薬師寺は、金堂の大修理と玄奘三蔵院を建立し、ご霊骨安置の背景に元日中友好協会会長、東京芸術大学学長の平山郁夫先生の手になる「天竺取経の旅」の大壁画(東京国立博物館平成館にて一般公開)を設置している。これをもって、薬師寺平成大改修工事が完成したという。
埼玉県には、玄奘三蔵法師ゆかりの倉持会長の寺院蕨市三学院に「玄奘三蔵堂」、水野梅暁師ゆかりの日高市鳥居観音に「玄奘三蔵塔」があり、今でも大切に護持されている。
写真は、南京の大法要後南京博物院に預けられ、その後成都市の博物館に移され、最終的に成都の文殊院に安置されていた「玄奘三蔵法師頭頂骨」を私が偶然発見し写したもの。
上述の通り、これまでに多くの方々によりこれらの貴重なお宝が大切にされている。慈恩寺では毎年5月5日に「玄奘祭」が開催されており、日中文化交流の深さを感じる。
(橋本清一)





