倉敷市日中友好第40回訪中団
友好都市「鎮江」と吉備真備公が歩んだ「長安」を訪ねる!!
岡山県倉敷市日中友好協会
倉敷市日中友好訪中団は、2025年11月9日から13日の5日間、友好都市「鎮江」と「西安」を訪問しました。当会が1985年に第1回訪中団を実施して今回が第40回目の訪中団となります。コロナ禍の影響で2019年11月以来6年ぶりの実施となりましたが、23名が参加しました。この訪中で、当会主催で参加した団員数は延べ1128名となりました。
今回の訪中目的は、昨年が当会発足40周年であったものの、諸般の事情で訪中の取り組みができなかったため、今回の訪中団を40周年記念訪中団として位置付けて取り組み、友好都市・鎮江と、今から1308年の昔、吉備真備公が18年間ご苦労して勉学に励まれた長安(西安)に是非行ってみたいとの要望に応え、計画したものです(ちなみに、吉備真備公の生誕地は現在の倉敷市です)。
まず初日の11月9日夜9時に鎮江市迎賓館に到着、鎮江市外事弁公室主催の歓迎夕食会に参加しました。その豪華さに参加者一同はびっくりし、感激しました。
2日目は、鎮江三山の一つである焦山を訪れました。ここは倉敷市玉島にある円通寺で江戸時代に修行していた良寬和尚が、中国の偉大な書家である「王義之」の書が、この焦山の碑林の一角に刻まれていると知り、是非見たいと中国への渡航を試みたが、鎖国時代のことで叶わなかった、との逸話がある場所です。午後は、雪舟が2度にわたり研鑽を積んだといわれている金山寺を見学しました。頂上からは鎮江市内の風景を360度見渡すことができ、大変雄大な眺めで、素敵な観光地でした。
3日目の午後に、西安市長安区第三小学校を訪問しました。西安市人民対外友好協会副会長、西安市長安区区長、西安市長安区第三小学校校長ら約20名の出迎えを受け、会見式の中で、今後の日中友好交流についての協議ができました。
4日目は先ず、吉備真備公記念碑の見学をしました。公園の一角に、真備公が長安で長く活躍した証として記念碑が堂々と安置されている様子を見て、嬉しさを感じました。記念撮影の後、世界遺産「兵馬俑博物館」、秦の始皇帝陵を見学するなど、忙しく充実した旅でした。
兵馬俑博物館では、見学者がコロナ禍の前に比べ大変増えており、見学しにくくなっていることに驚きました。しかし、場内は良く整備されており、偉大な中国を感じられる立派な観光地でした。今回の参加者からは異口同音に「良かった」「楽しかった」「また行きましょう!!」といった喜びの声が聞かれました。
(会長 原田健明)


2025世界中国語大会(北京・香港)に参加
長野県日中友好協会
2025世界中文(中国語)大会が11月14~16日北京の国家会議センターで開催され、「デジタルと人工知能の力で、中国語をより身近に」をテーマに、世界160以上の国と地域から約2000名の代表が参加し、世界の中国語教育の普及と発展について活発な議論が行われました。開幕式には丁薛祥副総理も出席し講話を発表されました。
続いて11月17~18日には、香港理工大学においてグローバル孔子学院香江フォーラムが開催され、69の国と地域、79の孔子学院から代表が参加し、デジタル時代における中国語教育と文化交流について意見交換が行われました。
長野県日中友好協会ラジオ孔子学堂から夏丹・中国伝媒大学教授で長野孔子学堂代表と布施正幸・長野県日中友好協会副会長が出席しました。大会並びにフォーラムの内容は夏丹先生の報告をご覧ください。
北京滞在中には中国伝媒大学を訪問し、李懐亮・同大人類運命共同体研究院院長をはじめ関係者の皆様から温かい歓迎を受け、学内も参観する機会を得ました。また30数年ぶりに訪れた香港も大きく様変わりしていて印象に残りました。
期間中、中国、香港、マカオはもとより、ブラジル、マレーシア、韓国、フランス、オーストラリア、ガーナなどの国々の人たちとも交流できたことも良い思い出です。中国語が英語と並んで世界言語の仲間入りをしていることを実感しました。AIの翻訳機能を使えば瞬時に日本語に転換できる時代になりましたが、脳トレをかねてアナログで中国語と英語の学習に取り組もうと思います。
(F)

夏丹先生の報告
今回の世界中国語大会では、AIクラウド教育プラットフォーム、音声自動訂正システム、国際中国語コーパスなどの成果が発表され、デジタル技術が構想段階から実際の教育現場へと定着しつつある現状が示されました。また、世界各地の孔子学院に対し、「AI+中国語教育」を積極的に推進することが提唱され、私たちにとって大きな示唆であると同時に、新たな使命でもあると感じております。
香江フォーラムには、69の国と地域、79の孔子学院から代表が参加し、デジタル時代における中国語教育と文化交流について意見交換が行われました。AIを活用した授業準備や遠隔授業などの先進的な実践例が共有され、学びがより開かれ、効率的で、創造性に富んだものへと変化していることを強く感じました。フォーラムで発表された「香港宣言」では、孔子学院のデジタル転換を共同で推進し、世界的な「デジタル・インテリジェント共同体」を構築することが提唱されました。AIはもはや補助的なツールにとどまらず、教師の教え方、学習者の学び方、そして中国語教育全体のエコシステムを大きく変えつつあります。
(抜粋)
帰国者のつどいバスツアー
日本海寺泊で交流会
長野県長野市日中友好協会
2025年11月9日(日)、長野市中国帰国者三者連絡会(長野市、市中国帰国者の会、長野市日中友好協会)の主催で「長野市中国帰国者のつどい 新潟県長岡市寺泊交流会」を行いました。
朝7時頃からバス2台が市内各地を巡回して乗車した57名(うち中国帰国者47名)で新潟に向かいました。
高速道路の沿道、中野市から新潟県境付近の間がちょうど紅葉の見頃で、妙高山の山頂には冠雪が見られる中、車窓から短い秋の紅葉を楽しむことができました。
北陸道の西山インターチェンジで高速道路を下車。ここ柏崎市西山町は田中角栄首相の出身地で、途中には田中角栄記念館などがあります。田中首相と周恩来総理の決断によって1972年日中の扉が開かれ、日中国交正常化がなり、今日の関係が実現したことに思いを馳せました。
少し早めに食堂に到着、ここで開会式を行いました。三者連絡会会長の米山達雄長野市日中理事長は、「大勢の皆さんにご参加いただき主催者として感謝したい。今日一日楽しく交流し過ごしてください」とあいさつ。県日中帰国者交流センターの布施正幸次長は、「戦後80年を迎え1世の皆さんは80~90代に入り、2世の皆さんも定年を迎えつつあるが、3、4世の若い皆さんも参加され、元気に再会できてうれしい。日本と中国はどんなことがあっても不再戦、平和友好の道を歩んでいきたい。これは帰国者の皆さんの切なる願い。健康に留意して友好の架け橋としても活躍してください」とエールを送りました。昼食は海鮮で刺身などの生ものが主体でしたが皆おいしく食べていただき、好評でした。その後「寺泊魚の市場」へ向かいました。
買物の前に、遠く佐渡島が見える海岸で記念写真を撮影しました。市場には大勢の人が買物に来ていて、にぎわっていました。鱈汁を飲んだり、新鮮な魚を発泡スチロールに詰めてお土産にするなど、それぞれ楽しむことができました。
雨模様の天気でしたが、皆さんの行いが良かったせいか、買物が終わる頃までほとんど傘を使わずに済みました。午後4時ごろ2台のバスに分乗して、それぞれお土産を持って寺泊を出発、帰途につきました。「また来年も計画しますから参加ください」と柳沢春夫帰国者の会会長の呼びかけに賛同の拍手を送りながら、今年の交流会を終了しました。
(事務局長 塩入靖)
中国茶と日本茶で交流
日中友好親善料理教室
宮城県日中友好協会女性委員会
宮城県日中友好協会女性委員会(水戸憲子委員長)では、2025年11月9日に「令和7年度日中友好親善料理教室」を仙台市・中央市民センターで開催し、会員、友人26人が参加しました。
今年は「中国茶と日本茶の飲み比べ」をテーマに、中華料理店を営む柳沢千暁さんを講師に迎え、〝飲茶〟として4種類の点心料理に取り組みました。〝蒸し〟の時間中には、程艶春さんが中国茶の手ほどきを、中国琴の調べにのせて披露。蒸しあがった飲茶は、白と茶の美しい米だんごに可愛いクコの実と青ネギが彩りを添え、とても美味しく、また彩りのよい野菜たっぷりの餃子と、牛肉と葱姜水によって風味豊かな餃子に、歓声が上がるほどでした。そこに日本の炊き込みごはんも添えられ、楽しい昼食会となりました。
午後には、日本の茶道の表千家・裏千家のお抹茶のたて方を横山絹代さんを講師に学び、また金井恭子相談役からお茶の歴史的背景についてのお話もありました。それぞれのグループで実際にお抹茶をたてて、主菓子(生菓子)やお干菓子などをいただきました。
短い時間ではありましたが、日中両国のお茶文化の交流を味わい、楽しませていただきました。また日中の食文化を通して、互いに協力し合い、友情をまた一歩深めることができました。


中国残留婦人を描いた映画から平和を考える
東京都日中友好協会女性委員会
昨年の11月16日、戦後80年という意義深い年に、東京都日中友好協会女性部が主催して、平和を祈念する映画会を、新橋の会場で開催することができました。
当日は、88名という会場いっぱいの方が参加され、大連外国語大学で長く中国残留孤児の研究と支援をされている崔学森教授や、東京都日中友好協会の西園寺一晃顧問からもご挨拶をいただき、さらに、井上副理事長や事務局からのご尽力によって、大成功の映画会となりました。
上映した「戦後中国残留婦人考~忘れられた女性たち~」は、中国の王乃真監督が制作されたドキュメンタリー映画で、参加者からは、戦後80年というこの時に、戦争によって犠牲になった人々のことをもう一度考えるいい機会をいただけたなど、平和への決意あふれる声が寄せられていました。
王監督からは「苦しみは去れど 歴史は残る 平和を守り 未来へ望む」とのメッセージとともに、これからも日中両国の友好が深まりゆくことを強く望みますとの力強いご挨拶がありました。
世界では、今なお民衆が苦しめられる戦争が続いていることに、誰もが心を痛め不安な日々を送っています。
私たちは、正しい歴史認識のもと、世界の平和を誰よりも願い、心に届く友好活動を、今こそしていかなければならないと思います。
(戸崎里美)

右から3人目が奥真理子委員長、左から3人目が西園寺一晃・都日中顧問

中国留学生と行く一日バスツアー北薩巡り
鹿児島県日中友好協会
鹿児島県鹿児島市日中友好協会
2025年12月14日(日)、「中国留学生と行く一日バスツアー 北薩(長島町)巡り」を実施しました(主催:鹿児島県日中友好協会/共催:鹿児島市日中友好協会)。当日は天候が心配されましたが(予報では雨)、日中は晴れ、無事に終えることが出来ました。
参加者は、鹿児島大学留学生38名を中心に、鹿児島国際大学中国留学生2名、日本人5名(協会関係者と純心女子大2名)を加えた、計47名のメンバーでした。
向かう先は、長島町。西薩の離島、といっても阿久根と黒の瀬戸大橋で繋がっています。
行程は、①出水市のツル観察センターの観測所から、シベリアから飛来してくるナベ鶴とマナヅルを観察した後、②昼食(太陽の里)、そして③みかん狩り(マンダリンセンター)です。3年前の同時期、同様の留学生とのツアーを実施した時、「みかん狩り」がとても評判が良かったので、アンコール催行に決めました。今回ももちろん、ここがメインイベント会場でした。
その後、④伊唐漁港に寄り、⑤針尾公園で集合写真撮影、⑥行人岳公園で軽いウォーキングをし、15時40分に公園を出発。⑦だんだん市場で帰りのお土産の買い物を楽しみ、16時半に全行程を終了。長島を堪能しました。
今回は女子留学生の参加が多かったせいか、バスの中はとてもにぎやかでした。
帰りのバスの中では、2時間ほどカラオケの大合唱が続き、それはにぎやかなものでした。
実は、日中関係が2012年の尖閣諸島をめぐる問題で緊張した時期と似たような状況の中での催行だったので、バスツアーを実施するか、とりやめるかについて、留学生学友会幹事と協会とで話し合いをしました。その結果、「私たちは、こんな時期だからこそ、愉しく仲良くしないといけない……」という意見で一致し、決行しました。
時が経っても、旅の思い出はなぜかよく思い出すものです。きっと、その時間が楽しいものであった証なのでしょう。
今回のバスツアーも、参加した多くの留学生達にとって「難忘的回憶」として心に残ることを祈念したいと思います。
(理事 大石慶二)


蝶と博物書を追い求めて半世紀
年末の集いで白石会長が講演、会員ら25名が交流
栃木県日中友好協会
2025年12月6日、ホテルニューイタヤにおいて、栃木県日中友好協会主催の忘年会・講演会が開催され、理事・会員ら25名が参加しました。
本会のハイライトは、白石雄治会長による講演「たどり着いたらメーリアン 〜蝶と博物書を追い求めて半世紀〜」です。会長が長年探求してきた蝶と博物書にまつわる豊かな知見と半世紀にわたる情熱が語られ、参加者は深い感銘を受けました。
来賓として、栃木県庁国際経済課の担当者、ならびに国会議員(代理)が出席。国会議員からは祝電も頂戴し、協会への温かい励ましの言葉が寄せられました。
冒頭では、瀧澤理事長より2025年度の事業報告が行われ、協会の一年間の歩みが共有されました。その後、鷲谷副会長の力強い乾杯音頭により懇親会がスタート。和やかな雰囲気の中、佐藤副会長による素晴らしい歌の披露があり、会場はさらなる盛り上がりを見せました。
会の締めくくりには、参加者全員で「星影のワルツ」を合唱。心温まる歌声の中、一年を振り返りながら友好の絆を深める和やかな集いは閉会となりました。
本イベントは、日中友好の促進と会員相互の交流を深める、実り多い年末の集いとなりました。
(副会長 鷲谷アンナ)


赫哲族の書道篆刻家が伝える芸術的境地と友好の精神
栃木県日中友好協会
赫哲族(ホジェ族)は、中国で最も人口の少ない少数民族の一つで、黒竜江省を中心に、漁労を生業として暮らしてきました。哈普都・隽明(ハプドウ・ジュンミン)先生は、その赫哲族の書道篆刻家です。
1945年6月、吉林省生まれ。1980年に中国書道家協会会員となり、1985年に同協会理事に就任、1992年に黒竜江省篆刻研究会会長に就任しました。1997年に、中国を代表する篆刻団体である西泠印社の社員となりましたが、黒竜江省からの初の入社でした。1999年には「中国百傑書道家」に選ばれました。2002年には、黒竜江省書道協会副主席に就任しました。
哈普都・隽明先生の篆刻は、伝統的で素朴な作風です。一見すると漢印を基礎としたシンプルなもののようですが、実は非常に深い思考を経て、重厚な芸術的境地に至っていることを感じさせます。小篆は丁寧で、鳥虫篆においてはその味わいが一層際立っています。篆書もまた、簡潔な筆意と整った構造、熟練したテクニックによって、高い芸術的な完成度を示しています。
哈普都・隽明先生は、長年にわたり日中書道交流にも尽力し、両国の友好に貢献してきました。1985年9月には新潟中国画展に参加し、1988年6月には神戸市と新潟市での中国書画展に作品が入選。1992年10月には北海道で書道篆刻交流を行い、その活動は「北海道新聞」の特集記事でも紹介されました。1993年8月には再び北海道に招待され、篆刻ショー(ライブパフォーマンス)を実施しています。2018年には、日本毎日書道図書館に『哈普都・隽明 鳥虫篆の技法』を寄贈しました。
さて、今回の書道展は、2025年12月4日(木)から12月28日(日)まで、栃木県南図書館において、栃木県日中友好協会の支援のもと、菜の花街道の主催で開催されました。書道展では、鳥虫篆、秦小篆、甲骨文、漢隷書、篆刻など、あわせて12点が展示されました。点数は多くありませんが、書道芸術の豊かな要素が凝縮された、貴重な作品の展示でした。この書道展が、今後の日中文化交流が新たな段階へと進む一助となることを心より願っています。
(会員 胡婧盈)






