記憶をつなぐ学問─崔学森先生が記録し続ける「戦後」と「人間」

2026年5月1日号 /

友好訪問プロフィール

大連外国語大学区域国別研究院教授

さい学森がくしんさん


中国・遼寧省出身。大連外国語大学区域国別研究院教授。近現代日中関係史を専門とし、中国残留日本人孤児の口述史調査に取り組んでいる。2025年、東京に一般社団法人 中国残留邦人・在日華人研究所を設立。

私は遼寧省出身で、若い頃に交換留学生として日本に渡りました。その後、日本政府国費留学生として再来日し、九州大学で博士課程を履修しました。帰国後は大学で教えながら日中関係史の研究を続け、再び日本で研究・教育に携わる機会を得た2022年頃から、残留孤児の方々への聞き取り調査を本格的に始めました。

歴史研究は本来、文献や資料が中心です。しかしオーラルヒストリーは、生身の人と向き合う作業です。突然取材を断られることもあれば、厳しい言葉を投げかけられることもあります。それでも、多くの方が自身の人生をとても率直に語ってくださいます。研究者としては客観的に記録すべき立場ですが、実際には語りに引き込まれ、思わず涙してしまう場面も少なくありませんでした。

中国で育てられ、その後日本へ帰国し、二つの社会の間で生きてきた方々。その人生には、教科書では見えてこない戦争の現実があります。誰が戦争を起こしたとしても、苦しむのは普通の人です。残留孤児の方々の歩みは、そのことを静かに、しかし強く語りかけてきます。私は、一人ひとりの声を記録することで、戦争が個人に残した長い影を、次の世代に伝えたいと考えています。

中国ではこの分野の研究はまだ限られていますが、近年は若い研究者も加わり、当事者だけでなく二世の問題やアイデンティティ、社会生活まで視野に入れた研究が少しずつ進んでいます。著作や映像資料として成果を社会に還元することで、「かつてこういう人たちがいた」という記憶を残していくことが重要だと思っています。

個人研究の限界と組織化への模索

私が研究所を立ち上げようと思ったのは2023年前後からです。日本各地を回り、私費を投じながら集中的にインタビューを続け、多くの成果は得られましたが、同時に「一人の研究者としてできることの限界」を強く意識するようになりました。時間も費用もかかる調査を、個人で継続することは現実的ではありません。

そこで私は、まずは「研究の名義」でできることから始めようと考えました。2024年夏以降、信頼できる友人や研究者に声をかけ、理事になってくれる人を探し始め、2025年8月に一般社団法人 中国残留邦人・在日華人研究所を東京で立ち上げました。その後、研究所のある大田区の図書館では展示会と講演会、中学校では語り部講演授業を行い、残留孤児賠償訴訟に関連する書籍『政策形成訴訟』の中国語版『政策形成型诉讼』の翻訳、中国メディアにおける残留孤児関連作品の監修·日本語校正など、研究と発信の両面で活動を続けています。

これからの課題と目標

課題は大きく二つあります。一つ目は、残留孤児一世の高齢化です。平均年齢はすでに80歳を超えており、今後5~6年が記録の正念場だと感じています。今後4~5年で新たに200~300人への取材、そして過去に取材した方への再インタビューも計画しています。

二つ目は、経済的な基盤です。戦争という悲惨な歴史を改めて社会に伝え、共感を得なければ、活動は続きません。そのためには研究を続け、その成果を多くの人に届ける必要があります。研究成果は、将来的には書籍だけでなく、映像としても残したいと考えていますが、そのためにはカメラマンや編集スタッフなど、新たな協力も不可欠になります。

お金は確かに重要です。ただ、それ以上に「どこに、何のために使うのか」が大切だと思っています。純粋な民間団体として、社会的責任を果たしながら、平和と人権の視点で記憶を残していく。そのために、私はこの研究所を続けていきたいと考えています。