香港・マカオの「ちょっと穴場的」ガイド ➁

一口に中華圏といっても、それぞれの地域に根ざした独自の文化がある。香港でよく目にする「冰(氷)室」もそのひとつ。庶民に愛されている喫茶店の一形態であるが、開店当時の雰囲気を色濃くとどめる、レトロな店舗が多いのが特徴だ。

今回は郷愁あふれる香港のおすすめ冰室を紹介したい。そこに流れるゆるやかな時間に身を委ねるのは、なんとも心地よく、エネルギッシュで華やかな香港の違った一面に触れられるはずだ。

レトロ団地のレトロ冰室

冰室というと、日本人は良質な天然の氷を貯蔵する冷たい部屋を想像するだろう。ちなみに、同じ意味の中国語は冰窖である。

香港の街を歩いていると、「〇〇冰室」と記した店舗をよく目にする。これは喫茶店のことで、早朝から営業しているところが多い。どこも観光客の姿は少なく、地元の社交場といった雰囲気だ。

冰室の発祥は、1950年代の広東省広州で、元々は「冷たい飲料を提供する場所」であった。冷蔵設備が普及していない当時の社会では、氷は高価なものであり、アイスドリンクはちょっとした贅沢だったのである。当時ほどの価格差はないが、いまも「冰」(アイス)を選ぶと「熱」(ホット)より若干高い。

その後、広州では多様な形態の店舗が発展し、昔ながらの冰室は廃れていった。しかし、広州から伝わり大流行した香港では、脈々と冰室文化が受け継がれている。

香港には「茶餐廳」という喫茶店も存在するが、冰室とは営業許可のライセンスが異なっており、こちらは提供可能なフードメニューが幅広い。冰室の場合は、サンドイッチ、トースト、即席麺、マカロニスープなどをメインに、ハム、ソーセージや卵料理と飲み物のセットが定番。即席麺を愛好するのが香港らしさといえるが、なかでも日本でもおなじみの「出前一丁」は絶大な人気を誇り、メニューに「出前一丁に変更すると〇〇ドル追加」と書かれていることが多い。

円安がきついうえ物価高騰が顕著な香港で、こうしたセットメニューはリーズナブルなのが嬉しいものの、味は二の次……というのが正直な感想ではある。特にレトロ冰室は、「雰囲気を楽しむところ」と割り切ろう。

①鴛鴦茶はぜひ一度お試しを

なぜか香港人はマカロニが好きだ。マカロニのトマト味スープ(写真①)のメニュー名には「仿鮑魚通粉」と記載されていた。「アワビに似せたマカロニ」という意味で、マカロニメニューではよく用いられる表現だが、見ての通り、いくらなんでも無理がある。トマトの風味も薄い。

マグカップのドリンクは「鴛鴦茶」と呼ばれるもので、おそらく世界でも香港だけのオリジナルではないかと思う。配分はわからないが、コーヒーと紅茶をブレンドしているのだ。どっち寄りの味かと聞かれると、返答に困る。微妙としか言いようがないが、筆者は嫌いではない。

これは比較的、新しい店で食べたのだが、次はレトロムードあふれる老舗店を紹介しよう。

②「銀都」という名称もいい

香港島の中心・中環(セントラル)のバスターミナルから約30分。華富邨という公営団地がある。建物の老朽化と入居者の高齢化が進み、最盛期の5万人から半減してしまったようだが、ここから望む青い海は爽快このうえない。7階建ての1階に目指す「銀都冰室」(写真②)がある。

③店内はなんとも落ち着く空間だ

創業は団地の歴史とほぼ同じの1968年。筆者が生まれた年なので、親近感が湧く。店内(写真③)は、少しばかりくすんだレモン色の壁の塗装と青いタイル、モザイクの床がキュートで、時代を巻き戻してくれるようだ。

④朝の定番サンドイッチ

卵サンド、ウィンナー、目玉焼きのセット(写真④)を注文。客は団地の住人なのか常連とおぼしき人ばかりで、ゆったりと新聞を読んだり、談笑したりと、穏やかな時間が流れる。あまりに居心地がよく、なかなか腰が上がらない。

⑤「華富冰室」。常連で賑わっていた
⑥即席麺も定番
味に期待してはいけない

バスターミナルの近くには、これまた古い「華富冰室」(写真⑤)があるので、朝食のハシゴをした。こちらも常連ふうばかりだが、地元では「銀都派」と「華富派」に分かれているのだろうか。「出前一丁」ではない麺(写真⑥)を啜っていると、改めて日本の即席麺のレベルがいかに高いか感心させられた。

茶菓嶺村の老舗2店

次に紹介する2つの氷室も、かなり年季が入っている。アクセスは、MTR(メトロ)觀塘線の油塘駅から歩いて20分ほど。海沿いの広い道路を茶菓嶺村方面へ歩いていくと、やがて右手に剥げかけた冰室という文字が辛うじて読み取れる。ただ、これは店の裏側であり、注意していても見落としそうな細い路地に入らなければならない。

路地を挟んで「開記(協和)冰室」と「榮華冰室」が向き合っているが、どちらもシャッターを下ろしていた。時刻は午前8時過ぎ。朝食の営業をしているはずだが、と思いながら、玄関先にいたおとなりの主婦に声をかけたところ、シャッターを上げる音が響き、道路側にある「開記」の店主が現れた。

⑦「開記(協和)冰室」
夫婦は奥の厨房で作業している
⑧店主の鐘さん
店とともに村の盛衰を見続けてきた

店内(写真⑦)は古い香港映画に出てきそうな味わいがあった。開業は1950年代で、フレンドリーな店主の鐘さん(写真⑧)は3代目。父親が「開記冰室」を買い取り、その際、「開記協和冰室」と改めたのだという。看板に(協和)と記してあったのは、そういう経緯があったのだ。

⑨かつてパンの香りが村民を虜にしていたという

素朴なサンドイッチ(写真⑨)を食べていると、住居となっている2階から奥様が下りてきた。夫婦仲良く働く様子は、なんとも微笑ましい。

店の間口は広くないが、奥行きはかなりある。道路の方へ拡張し、開業時の倍の面積になったとのこと。

「お向かいさんは定休日ですか」と質問すると、「最近は昼くらいに開けているみたいだよ」と教えてくれたので、後日、出直すことにした。



⑩~⑫「榮華冰室」
閉店してしまったのだろうか――

「榮華冰室」(写真⑩~⑫)も、時が止まったかのような空間だった。開業は1962年。木製の椅子は、先代が中古家具店で購入したもので、ずっと使い続けているという。

店内のテーブルを若い人たちが埋めていた。この2店は、SNSで話題になっているらしく、彼らは「エモさ」を求めて訪れているのだろう。

ただ、茶果嶺村では大規模な再開発が進んでおり、地元サイトには「榮華冰室は25年12月で廃業へ」(取材は11月中旬)との情報も。「開記」のほうは当面、営業を続けるようだが、長い歴史に幕を下ろすのは時間の問題だろう。

⑬レトロ冰室は味より雰囲気を楽しむ場所である

お世辞にもうまいとはいえない目玉焼きのせ即席麵(写真⑬)だったが、あの場所が消えてしまったのかと思うと、あのぼんやりとした味も無性に懐かしく感じられる。

(内海達志)