
霊宝大法師(れいほうだいほうし)は崆峒山元陽洞(こうどうざん げんようどう)の洞主であり、闡教十二大仙の一人である。物語では十絶陣を破るため他の十二大仙と共に周軍営に参じた時が初登場となる。
十絶陣では董天君(とうてんくん)の風吼陣(ふうこうじん)を破るため度厄真人(どやくしんじん)のもとに定風珠を借りに行くよう助言をする。万仙陣では他の十二大仙と共に陣を破るなどの活躍の場面が見られる。
しかし、私に限った事かもしれないが霊宝大法師の印象はそれほど強くなく、十二大仙の一人というくらいの認識である。その理由は、物語において霊宝大法師には弟子がいないからである。さらに他の仙道のような宝器も持ち合わせない。そのため万仙陣に攻め込む際、他の大仙は各々の宝器を持つ中で、霊宝大法師は「剣を握り」という描写である。ゆえに目立った活躍の場面が少なく、印象に残りにくかったのかもしれない。
二階堂善弘氏は「『封神演義』に登場する神仙について」(二〇二二年)において衛聚賢氏の説を引用し、霊宝大法師は道教経典『無上黄籙大斎立成儀』などに登場する「霊宝監斎大法師」であり、確かに根拠のある神仙であると紹介する。しかし一方で、道教信仰で「大法師」といえば普通は「玄中大法師」が想起され、さらに、封神演義の作者たちが道教経典を参照することは少なく、より通俗的な道教類書から霊宝大法師の名前を作為した可能性があるとも紹介する。
現在、四川省にある青羊宮(せいようきゅう)は、太上老君が転生して下った道観と言われる。ここの三清殿(さんせいでん)に封神演義に影響されたと思われる十二仙の像が祀られる。しかし、その中に燃燈道人(ねんとうどうじん)が加えられ、代わりに霊宝大法師が外されてしまい、現実の信仰においても霊宝大法師が有名になりきれていない状況があるようだ。
※ これら霊宝大法師に関しては二階堂善弘氏の『全訳封神演義』(勉誠社)やHPでの解説を参照した
文 ◎ 二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵 ◎ 洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。




