三大教主の師・鴻鈞道人

2025年12月1日号 /

封神演義

封神演義に登場する神仙の名前を挙げてみても、鴻鈞道人(こうきんどうじん)はなかなか名前があがらないであろう。『封神演義』において最も要となる仙人であるが、物語の終盤でようやく登場するため、他の仙道のように活躍の場面は多くない。ちなみに「鈞」は「きん」と読み、魚釣りの「釣(つり)」とは異なる漢字なのでご注意を。

鴻鈞道人は物語の第八十四回で初めて登場する。この時、通天教主は万仙陣を構え闡教の仙人を迎え撃ったが、元始天尊・老子・準定道人・接引道人の四教主によって攻められ敗れ、数人の仙人を連れ逃げ出した。そこに鴻鈞道人が現れる。鴻鈞道人は通天教主に対して、悪心を持ったために戦いが起こり、多くの仙道を劫運に巻き込んだことを責める。そして、仲介のために通天教主を伴い闡教の仙道が集まる蘆蓬へと向かう。鴻鈞道人の仲介により、元始天尊・老子・通天教主の三人は矛を収め、この戦いは終わる。その後、元始天尊や老子、十二大仙達は各々の洞府へ、準定道人や接引道人などは西方へと帰っていく。これ以後、物語はクライマックスへと向かっていく。

さて、闡教と截教の教主である元始天尊と通天教主の仲介をし、西方二教主と対等に接する洪鈞道人とはいかなる仙人なのか。鴻鈞道人は元始天尊・通天教主・老子の師であり、洞府は紫霄宮(ししょうきゅう)である。また、かつて周家の国運が起こり、湯商の天数が尽きようとし、神仙がこの殺運に逢おうとしていた時、紫霄宮にて三人とともに封神榜(ほうしんぼう)を立てたのであった。つまり鴻鈞道人は殷周革命を舞台とする封神計画を立てた張本人であり、三教主でさえも計画の実行役にすぎなかったのである。また、師という立場から闡教と截教のどちらにも肩入れせず、公平な立場を貫き、最終的に戦いの調停役を担ったのである。

実際の道教の神仙譜図に鴻鈞道人はおらず、『封神演義』で創作された架空の仙人である。そのため民間では様々な解釈が存在する。例えば中国のネットでは、封神計画を立案したことから、世界を新たに創造する仙人とされ、天と地が分かれる以前の混沌と言われることもある。つまり物語冒頭の一文「混沌はじめてわかれ、盤古が先んじ……」は鴻鈞道人を指しているという。物語の解釈は読者の自由であり、無数に存在する。架空の仙人である鴻鈞道人を物語でどのように読み解くかもまた読者の自由である。『封神演義』の最も中心となる設定を担わされた鴻鈞道人は、わずかな登場場面であるからこそ、読者が自由に創造する余白をあたえてくれたのである。

文 ◎ 二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。

絵 ◎ 洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。