
『封神演義』は、人間界の殷と周の王朝革命に截教(せつきょう)と闡教(せんきょう)がそれぞれに加担し、仙道達が様々な宝器を使い戦いを繰り広げる。さらに闡教には西方教が助力しており、普賢真人や文殊広法天尊といった後に西方教に帰依する仙人がいたことは以前に紹介した。この西方教の教主が接引道人(せついんどうじん)である。
西方教の教主は接引道人と準提道人(じゅんていどうじん)の二人であるが、接引道人が師兄となる。また接引道人は阿弥陀如来、準提道人は准胝観音(じゅんていかんのん)とされる。つまり、仏教の最高位である如来(接引道人)を西方教の教主として、その下に準提道人や普賢真人、文殊広法天尊といった観音や菩薩が並ぶのである。
さて、物語での接引道人は、殷郊との戦いに手を焼いていた広成子が西方極楽の郷に助力を頼みに赴いた際に登場する。殷郊の番天印と戦うためには、玉虚の杏黄色旗だけでは対応できず、玄都(げんと)の老子が有する離地焔光旗(りちえんこうき)と西方の青蓮宝色旗(せいれんほうしょくき)が必要であると燃頭道人が言う。そこで広成子は老子と接引道人を訪ねる。しかし、接引道人は、我々は清浄無為を旨として、人の中にある花が開けば救いに行くが、東南で戦っている相手にはその気配が見えないため協力はできないと断る。すると奥から準提道人が現れ、道理から言えば協力はできないが、今は時の巡りもあり、玉虚の力を借り西方教を東南の地に拡げる良い機会であると説得する。
接引道人と広成子のやりとりを見ても明らかなように、西域の仏教が東南の中国へと伝わる様子を描いており、そこに仏教と道教の宗教的交流が織り交ぜられている。封神演義は、仏教が起こる以前の時代設定であり、闡教と截教の戦いが終わった後に多くの仙道が西方へと赴き仏尊になった。そのため接引道人は仙道に対して仏教への帰依を折に触れ促していて、仏教のスカウトのような役割も担っている。
歴史の中で仏教と道教は時に非難し、時に受容することで発展してきた。『封神演義』に描かれる闡教と西方教の関係は、こうした二つの宗教の交渉してきた一側面を描いているのかもしれない。
文 ◎ 二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵 ◎ 洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。