文・網野いなみ
中国残留邦人支援相談員、大阪府日中友好協会
昨年10月、中国帰国者支援・交流センターより映画『名無しの子』(竹内亮監督)の情報をいただき、私たち中国残留邦人支援相談員はみんな大注目していました。大阪府日中友好協会経由で関西でも上映されることを知り、すぐ映画館に赴きました。とても良い作品でした。
まず衝撃を受けたのは、冒頭の街頭インタビューで、若者たちが「中国残留孤児」という言葉を知らなかったことです。1945年、日本の敗戦と混乱の中で、親と生き別れ、やむなく中国に残された彼らのことが、現代の日本社会でどれほど伝えられていないのか、突きつけられました。
また、日本で暮らす二人の中国残留邦人「二世」にもまなざしが向けられました。日本に来た当初は、差別、いじめなどに苦しみながらも、それに耐え、中国残留邦人を対象とした通所介護施設「一笑苑」代表として日本社会に馴染むように奮闘した上條真理子さん。一方、半グレ集団(暴力団に所属せず組織的に犯罪を行う集団)「怒羅権」初代総長となり、日本社会と戦う道を進んだ佐々木秀夫さん。「二世」という共通の境遇でありながら、異なる生き方を選んだ二人が対照的に描かれ、それぞれが何を拠り所として生きてきたのかが丁寧に表現されていた点が、印象的でした。
なかでも、上條さんの「私は父だけの娘ではない。中国残留孤児すべての娘です」という言葉は、深く胸に残りました。自宅を改装してまで、「一世」たちのために尽力されていることを尊敬します。その活動を理解しはじめる「三世」の若い息子さんの存在にも、感動しました。
黒竜江省哈爾濱(ハルビン)で、中国残留邦人をテーマにした劇を観に来た現地の若い女性たちへのインタビューも印象的でした。「今まで知らなかった」という言葉から、彼女たちがこの劇を通じて歴史を知り、平和の大切さを考えるきっかけを得たのではないかと感じました。若い世代がこのテーマに関心を持ち、劇場に足を運んでくれたことに、驚きと同時に感謝の思いを抱きました。
映画の終盤、中国残留邦人の男性が、言葉を選びながら「日本人だが……心は中国人」と語る場面には、強く胸を打たれました。
タイトルや事前に拝見した予告の映像から、鋭く切り込む内容を想像して覚悟していましたが、実際には穏やかで、非常に分かりやすい作品でした。テーマは重いものの、中高生などの若い世代や、中国残留邦人について知る機会のなかった人たちにも、ぜひ観てほしいと思います。
一方で、ひとつだけ残念に感じた点もありました。監督は100人以上への聞き取り調査をされたとのことですが、「中国帰国者支援・交流センター」や「中国残留邦人支援相談員」についての言及がありませんでした。
私は、大阪府庁などで中国残留邦人支援相談員をしています。もし、聞き取りの中で話題に上ったうえで、作品には盛り込まれなかったのであれば、それは監督のご判断として尊重されるべきものです。しかし、そもそも聞き取りの中で印象に残らなかったのだとすれば、私たち支援に携わる側の力不足を反省しなくてはなりません。より当事者の記憶に残る支援を行わなければならないと、改めて考えるきっかけになりました。
最後に、個人的な要望をひとつ述べさせていただきます。もし今後、再び中国残留邦人をテーマに映画を制作されるのであれば、ぜひ「帰国後の生活」に焦点を当てていただきたいと思います。
同じような状況で引き揚げたにもかかわらず、①自立の道を切り開いた人、②国の支援に頼り続けざるを得なかった人、その差はどこで生まれたのか。中国残留邦人支援相談員は、しっかりと彼らの役に立っているのか。深く掘り下げて描いていただけたらと思います。
竹内亮監督が、日本と中国、それぞれの歴史認識や受け止め方の違いに細心の配慮を払い、丁寧に表現されたであろうことは、作品全体からよく伝わってきました。そのご苦労に、心から敬意を表します。『名無しの子』がひとりでも多くの方に観ていただけますよう、祈っています。
(2025年12月17日)




