"留学"という語

2026年4月1日号 /

「留学」の話から

今回は〝留学〟という言葉について考えたい。

〝留学〟という語は、中日同形語と言われている。研究者の間では、これは日本語出自の外来語と認めているが、一般の中国人には、これは普通の中国語であって、別に外来語という考え方がない。

〝留学〟の使い方としては、例えば、〝去〟(行く)や〝在〟(~で)の言葉と組み合わせて、"去留学〟や〝在美国留学〟(米国で留学する)のような使い方をすると同時に、いわゆる「離合詞」として、例えば、"留过学〟(留学したことがある)つまり、〝留〟と〝学〟の間に「経験」を示す助詞〝过〟を挿入することができるのである。しかし、〝留学〟をれっきとした動詞としては認められていなかった。20世紀90年代までも、元の本務校・北京外国語大学の国際交流学院では、日本人留学生の次のような使い方、〝我决定留学中国。〟(中国留学を決めた。)は否応なしに別の言い方、〝我决定去中国留学。〟(中国へ留学に行くことを決めた。)に直されていた。

しかし、授業ではそう指導しながらも、教師がスピーチコンテスト指導の現場で、上記の〝我决定留学中国。〟をそのまま指導していたのを聞いたことがあった。というのは、〝留学〟の後ろに国などの場所詞を伴うことが一般的になっていた。それで、大分後になって、《现代汉语词典》(第五版、2005年)がはじめて〝留学美国〟の用例を挙げ、〝留学"の動詞としての資格を確定させたのである。

〝留学〟の意味

〝留学〟の意味は自明であるようだ。しかし説明しろと言われると、多くの人が戸惑うかもしれない。外国へ行って勉強すること、であることは分かる。しかし、なぜ、〝留〟にその「外国へ行って」という意味があるのだろう。多くの人が、この語を「学を留す」という動詞と目的語の組み合わせと理解しているようだが、〝留〟と〝学〟の間はどういう結びつき方なのだろうか。結局、〝留学〟という語の出自にその原因を求めなければならない。

日本は早くから中国にいろいろなことを学んだ。特に隋や唐の時代に、遣隋使、遣唐使を派遣し、のちに学生や僧侶も派遣した。その学生や僧侶が中国現地に留まって、学習した。その中国にとどまって学ぶことを表現して、『続日本紀』に初めて、「留学」という語が使用された。「入唐留学受業」と。これは、唐へ行って留学、受業(学問を授かる)という意味である。この「留学」という言葉の意味を説明するのに、『日本書紀』には最も適当な言い方があった。「留于唐学者」、つまり「唐に留まって学ぶ者」という意味である。この言葉が、のちに、「留学」という言い方になり、そして、「留学生」、「留学僧」などの言葉も生まれた。元々「唐に留まって学ぶ」ことが、場所詞の「唐」が脱落して、「留学」という語に収れんしたものである。

「留まって学ぶ」、〝留学〟は2つの動詞の結合体である。のちに離合詞的になって、説明しにくくなっているが、元の意味が分かれば、説明もすんなりと進むものである。

中国語になった日本語外来語はたくさんある。ほとんどの人がその出自を考えずに使っているが、両国の悠久なる交流の歴史の証である。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)