“贤妻良母” と「良妻賢母」

2025年7月1日号 /

「賢」の意味

7月は七夕の月で、牛飼いの牛郎と機織りの織女の恋愛物語がよく知られている。中国民間伝承の七夕の話では、結婚後の織女は牛郎を助け、2人の男の子を儲け、健やかに育てたとされている。その織女の行いは、中国語では〝相夫教子〟(夫を助け、子供をしつける)という四字成語で表すことができる。そして、その〝相夫教子〟の役割を立派に務める女性に対して、中国語では〝贤妻良母〟(賢妻良母)と評価する。日本語に直すと「良妻賢母」ということになるだろう。

中国語の〝贤妻良母〟について、辞書には日本語と同形の〝良妻贤母〟も載っているのだが、現在は〝贤妻良母〟がポピュラーな表現となっている。それは不問にして、今回はこの四字成語の中の「賢」の意味を巡り、中日の異同についてお話ししよう。

中国語としての〝贤〟は、孔子の「弟子三千、賢人七十二」という古くからの言われでも分かるように、〝贤人〟とは〝有才德的人〟(才能があり、徳行のある人)で、中日辞書では「賢人。有徳者」と訳しているが、日本語の辞書では「賢人」を「かしこい人。また、聖人に次ぐ徳のある人」と説明している。つまり、中国語の〝贤人〟は、才能があり、徳行のある人を指す。〝贤〟を使った表現に、〝贤士〟〝贤者〟などがある。

現代中国語では、〝贤〟は単独ではあまり使われず、普通〝贤良〟(賢良)、 〝贤惠〟(賢恵)のように、ほかの語と組み合わせて熟語として用いられる。

日本語の「賢」

中国語の〝贤〟は基本的に「徳行がある」という意味であるのに対して、日本語の「賢」は、訓読みの「かしこい」が示すように、主に「頭の働きが鋭く、知能に優れている。利口だ。賢明だ」「抜け目がない、要領がいい」という意味である。何といっても、日本語の「賢」の意味の重点は、「頭がいい」ということにあるのである。

しかし、中国語の〝贤〟、特に熟語の〝贤惠〟は、中国語の辞書では〝指妇女心地善良,通情达理,对人和蔼〟と説明している。直訳すれば、「心根が善良で、情理に通じ、人にやさしく当たる女性を指す」ということになるだろうか。中日辞書では「(女性が)立派でやさしい」としている。この「立派でやさしい」という意味は、日本語の「賢」という語の解釈からは見出すことができない。すなわち、中国語の〝贤妻良母〟には、日本語の「良妻賢母」にはない「善良でやさしい」という意味、ニュアンスが含まれているのである。

〝贤妻良母〟と「良妻賢母」は語順やニュアンスに異同がありながら、いずれも古くから家庭を持つ女性の理想とされてきた。時代の発展とともに、その意味は見直されることもあるだろうが、民族や社会の良き伝統は、やはり時代に相応しいかたちで守られ続けることが望ましいだろう。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)