「『中式咖啡』を飲みながら、駆け抜けた日々」浅川 愛美(北京語言大学)

「日中友好」という言葉を聞くと、どこか大げさで、自分とは少し距離のある政治や外交のスローガンのように感じていました。けれど、実際に現地で過ごした日々を振り返ると、私が感じた「日中友好」とは、何か特別な理念などではなく、真摯に向き合った学びと、ごく普通の日常の積み重ねの中にありました。

留学中、私は学生として大学で中国語を学ぶ一方、日本語の授業で助手を務めたり授業見学を重ねたりしながら、新米日本語教師として自分自身の授業も担当していました。また、それとは別に、自身の語学力向上のために北京語言大学だけではなく、北京外国語大学の日本語コーナーに足繁く通っていました。日本語教育を副専攻として学んできたからこそ妥協はできず、インプットとアウトプットが怒涛のように押し寄せる毎日で、正直かなりハードでした。けれども、教壇では教師として真摯に授業へ臨み、日本語コーナーではお互いの語学力向上を目指して本音で笑い合う。その二つの時間を大切に積み重ねたからこそ、相手は「生徒」や「日本語を学ぶ中国人」という枠を超え、いつの間にかかけがえのない「一人の友人」になっていきました。

ただ、学生と教師という二足の草鞋を履いて必死に駆け抜ける中で、私はよく体調を崩していました。それでも自分の授業に穴をあけるわけにはいかず、なんとか踏ん張れたのは現地の「漢方」、中薬のおかげです。毎週のように中医へ通って脈を診てもらい、先生に舌を見せ、体調に合わせて処方された薬を飲む。中国では若者たちが、苦い漢方薬のことを親しみを込めて「中式咖啡(中国式コーヒー)」と呼びます。私もまさにその感覚で、毎朝「中式咖啡」を飲んで教室へ向かっていました。特に体調不良のときに飲んだ「藿香正気水」のあの強烈な味は今でも忘れられません。身をよじるほど苦い薬を飲みながら体を張って踏ん張る中で、私は初めて「異文化理解」という言葉は机上の知識ではなく、相手と同じ生活をして得られる感覚なのだと思いました。

そして、中国人の友人と各地を旅した体験も、私の中にあった中国のイメージを根底から塗り替えてくれました。何より圧倒されたのは、中国の広大さと、地域ごとにまったく異なる食文化の豊かさです。青島で食べたウニ水餃子や辣炒花甲、大連で味わった新鮮なウニや初めて食したヒトデ、邯鄲のローカルな鸡蛋布袋、ハルビンの鍋包肉や鉄鍋炖、延吉の本格的な朝鮮料理。さらに南京の南京烤鴨や陽春面、貴陽の酸湯火鍋や絲娃娃、西安の肉夾饃、成都の担担麺や甜水面、杭州の小籠包や宋嫂魚羹、そして日本の角煮に影響を与えたとされる東坡肉まで――。挙げればキリがないほどの美味しい料理を囲み、「これ美味しいね!」と顔を見合わせて笑い合う。そんなシンプルで豊かな時間のなかに、文化の違いを超えて心が通い合う一番のリアルがありました。

一方で、友人とともに南京を訪れたときのことは、今も深く心に残っています。歴史的にデリケートな背景を持つ場所だけに、行く前はどこか身構える気持ちがなかったと言えば嘘になります。しかし、実際に現地を訪れ、記念館に足を運び、友人と一緒に同じ展示を見て思いを語り合ったとき、そこに漂っていたのは張り詰めた緊張感ではなく、お互いに対する誠実な静けさでした。ニュースやネットの画面越しに見る「日中関係」という大きな対立の枠組みではなく、目の前にいたのは、同じように歴史を受け止め、悩みながらも、誠実な言葉を交わしてくれる「一人の友人」でした。国という大きな看板よりも、目の前の個人と交わす言葉のほうが、ずっとリアルで確かなものだと痛感した瞬間でした。

学生であり教師として必死に駆け抜けたこと、「中式咖啡」を飲みながら授業に立ち続けたこと、各地で友人と食卓を囲んだこと、そして南京で歴史と向き合ったこと。これらの体験を通して、私が思う「日中友好」のかたちが見えてきた気がします。それは、何か特別な架け橋になろうと肩肘を張ることではありません。

国という大きなラベルを一度横に置いてみれば、そこには自分と同じように苦い薬を飲んで必死に頑張り、美味しいものを食べ、悩み、笑いながら真剣に生きている「一人の人間」です。大げさなスローガンを唱えることよりも、目の前の人とご飯を食べ、誠実に向き合い、かけがえのない日常を積み重ねていくこと。そんな「一人」との確かな関係を結んでいくことこそが、私にとっての一番しっくりくる「日中友好」なのだと、自分の体験を通じて実感しています。

授業が終わった6月7月にかけて、中国各地を旅行してきました。貴州の酸汤火锅は今思い出してももう一度食べたいです。切実に日本でも食べれるようになってほしい。

西安で見た兵馬俑。その迫力に驚かされました。

四川省にある世界遺産の九寨沟。透き通った青い湖に感動しました。

成都といえばパンダは欠かせません。この日から今日まで欠かさず毎日、小红书でパンダの動画を見ています。癒されます。

日本帰国前最後に訪れた都市、杭州。あっさりとした味付けを好むことから、中国では美食砂漠と言われていますが、日本人からするとかなり好みの味付けのように感じました。