各地の日中交流ニュース

2026年10月1日号 /

宮城県日中総会、会計年度変更も
地方・個人の友好や交流の大切さを会長や顧問が訴え

宮城県日中友好協会

宮城県日中友好協会は8月29日、2026(令和8)年度の総会を東京エレクトロンホール会議棟で開催しました。

物故者への黙祷の後、佐々木謙会長が、1998(平成10)年の江沢民主席来仙実現へのエピソードを通し、地方都市レベルでの熱意と魯迅(ろじん)と仙台との絆を大切にした個人レベルでの友好への思いの大切さを訴えました。

また来賓の井上義久顧問からも、かつて中連部と友好議員連盟の行事を仙台で行い、東北大学所蔵の魯迅関係のオリジナルの所蔵品を見学する等のエピソードも紹介し、日中交流の大切さを強調。

東北地区学友会代表の後、村井嘉浩県知事、宇都協会会長等の祝電が紹介されました。

議案審議に移り、特に会則の変更では、会計年度を4月から3月に変更する等が承認されました。記念撮影の後懇親会も持たれ、新年度へ出発しました。

総会で記念撮影する会員ら
仙台市青葉区国分町の東京エレクトロンホール会議棟にて

本年度定期総会を開催
会員数拡大が重要方針

千葉県日中友好協会

千葉県日中友好協会(石橋清孝会長)は8月27日、千葉市で本年度の定期総会を開き、会員数の拡大を事業方針として取り組むことを確認した。また、朝浩之常任理事が日中関係の悪化の中、草の根の交流が大切とし、運営助成金の検討を求める提案の特別動議を提出した。

同協会は毎年8月に定期総会を開き、役員改選や事業の承認などを行っている。

この日は会員らと、上島保則(公社)日中友好協会専務理事や山本義一日中友好千葉県議員連盟会長、熊谷俊人同県知事代理の石田雅博知県総合企画部国際課副課長など来賓9人が出席した。石橋会長はあいさつで、さまざまな日本中国友好協会友好行事を開いているが、中でも中国留学生とのいちご狩り交流は参加が80人にもなる人気イベントになっていると紹介。本年度は事業方針の重要事項として「会員の拡大」を掲げ、実現に向けた協力を呼び掛けた。

朝常任理事は特別動議で「本総会参加者の多くが恐れているのは日中関係、両国政府の関係悪化ではないか」とし、かつて草の根の友好活動が国交正常化に寄与したことを挙げ、「顔と生活が見る隣人の中国人との交流に知恵を絞りましょう」と訴えた。その上で、新規会員獲得のため昨年同様に運営助成金を検討すべき、と強調した。動議は役員会に一任とされた。

同協会は本年度、10月の第44回中国語スピーチコンテスト千葉県大会、11月の「中国観光の魅力」の演題での講演会などさまざまな行事を予定している。

2026年度 定期総会の様子

ミニコミ紙で事業紹介

同協会では、定期総会の様子や今年度の事業を紹介するミニコミ紙を作成した。毎月1回作っているもので、今回の9月1日号で第192号となった。

石橋会長らのあいさつの趣旨をまとめた記事、議事進行や会食の様子などを写真をたくさん付けて分かりやすく紹介している。また、千葉市日中友好協会の暑気払い会や東金日中友好協会の第33回友好訪中団のハルピン・長春訪問、県内の団体の活動予定も紹介している。


沼津市日中の原点とこれから
一人ひとりの背景や歴史的文脈に耳を
次世代につなぐ草の根外交の本質

静岡県沼津市日中友好協会

1965年の創立から60年を迎えた沼津市日中友好協会。政治的荒波やイデオロギーの対立に翻弄されながらも、市民同士の草の根交流を愚直に紡ぎ続けてきた歩みと理念を振り返り、これからの日中相互理解と平和への課題を伝えるため、会報「日中相交」60周年記念誌特別号(沼津市日中友好協会発刊)から要旨をまとめた。

沼津市日中友好協会の原点

創設の背景
1965年、東西冷戦のまっただなか、日本と中国にまだ国交がない時代に沼津市日中友好協会は発足しました。

二橋正夫牧師の原体験
初代会長の二橋正夫牧師は、戦前・戦中に旧満州で伝道に従事。終戦直後の極度の混乱のなか、約80~100名の日本人孤児らを自ら保護し、日本への引き揚げを手助けしました。思想的基盤 戦争の凄惨さと国家の理不尽さを経験した二橋牧師は、「政治に左右されない市民の草の根の結びつき」こそが真の平和をもたらすと確信しました。

文化大革命と政治的波瀾:防波堤(ショックアブソーバー)としての試練

政治的踏み絵との闘い
1966年に始まった文化大革命は、日本の友好運動にも亀裂を生み、「特定の立場に付かなければ、この街に居られなくしてやる」という苛烈な脅迫も寄せられました。

「脱退すれば住めなくなる」過酷な圧力と初志貫徹
しかし指導部は「人々の対話と交流のための場である」という初志を貫き、運動の分断を防ぎ切りました。

ショックアブソーバー(防波堤)の役割
国同士の関係が険悪化する時期にこそ、民間レベルの交流が衝撃を吸収する「ショックアブソーバー」として機能しなければならないという理念が確立されました。

60年の継承と「現代中国」へのアップデート

持続可能な交流システム
50年以上にわたり継続されている「中国語講座」や合同発表会など、地道な相互学習の場が確立されています。

現代の視点:白紙世代と多層的理解
60周年記念講演会では、東京大学の阿古智子教授を招き、ゼロコロナ政策に対する「白紙運動」など、現代中国の若者が直面する現実を取り上げました。

これからの日中交流に必要な姿勢
ステレオタイプで決めつけるのではなく、一人ひとりの背景や歴史的文脈に耳を傾けること。それこそが創立以来変わらない草の根外交の本質であり、次世代へ継承すべき平和へのアプローチです。


2026チャイナフェスティバルに於いて

NPO法人新宿区日中友好協会

9月5日6日に渋谷区代々木公園に於いて「2026チャイナフェスティバル」が開催されました。

公益社団法人日中友好協会とNPO法人新宿区日中友好協会は共催でブースを構えパンダ絵で著名な如月氏の大きなパンダの絵を飾り道行く人々の目を引きました。スタッフは胸にパンダ絵を印刷した揃いのTシャツを着て皆様をお迎え致しました。ブースでは中国の剪紙・パンダ折り紙・パンダお絵かき等盛り沢山のお楽しみを準備、引きも切らず親子づれでブースは常に満席でした。

毎年恒例になっている剪紙やお絵描きが終わった子供達にはアイスキャンディーをプレゼントしました。出来上がった作品を前に大喜びの子ども同士、又は親子で大いに楽しんでそれぞれアイスキャンディーをほおばりながら終日にぎわいました。

ブースには来客が次々と訪れ賑やかな事この上ない。第一弾は主催者の宮本雄二会長を先頭に開幕式に列席した方々。そしてまたすぐに今年「第一回チャイナフェスティバル石川」でお世話になった石川県日中友好協会石坂会長や石川県華僑華人聯誼会魏会長御一行が10名ほどでお越しくださいました。なつかしく再会を喜び合い話が尽きません。

ブースは引きも切らないお客様で嬉しい悲鳴です。時間を見つけて近隣のブースの方々とも親しく交流、情報交換を致しました。友人たちからは美味しい肉まんなどの差し入れがあり皆で分け合って美味しく頂きました。

6日、二日目は残念ながら終日雨でしたが友人などが駆けつけてくれありがたく嬉しく思いました。毎回受付に置いて皆様から募金をお願いしている「能登復興支援」募金箱にも沢山のご協力を頂き感謝いたします。募金は折を見て能登へお届けいたします。

2日間有意義な時間を過ごしました。関係者の皆様ありがとうございました。

(高橋秀華)

2026チャイナフェス
石川県日中友好協会のみなさんと

聴く中国語と初コラボ
初・中・上級クイズが人気に

東京都日中友好協会青年委員会

9月5日、代々木公園で開催された「チャイナフェスティバル2026」に東京都日中友好協会青年委員会が参加しました。今年は(一財)日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)のご協力に加え、中国語学習月刊『聴く中国語』との初コラボが実現しました。

クイズは初級・中級・上級の3レベル。「〝你中文说得真好!(中国語が本当に上手ですね!)〟と言われたら、どう答える?」といった気軽な問題から、学習経験者でも少し考える問題まで用意しました。

意外だったのは、上級を選ぶ人が少なかったこと。「皆さん謙虚ですね」とスタッフで笑い合う場面もあり、ブースは終始和やかな雰囲気に包まれました。

雑誌、イベント、友好交流。違うコンテンツを組み合わせることで、中国に興味を持つ多くの人と関わるきっかけをつくることができます。青年委員会では、これからもさまざまな団体・企業と連携しながら交流の場を広げていきます。

(米井・清水)


講師に西園寺一晃先生をお招きして「第1回歴史に学ぶ講演会」を開催

神奈川県日中友好協会

厳しい日中関係を心配する県民らも参加

神奈川県日中友好協会は「第1回歴史に学ぶ講演会」を9月6日、横浜市内の「地球市民かながわプラザ」会議室で開催。併せて経済文化交流部会が毎月zoomで開催している「日中民間交流対話講座」の第67回として行った。

講師は(公社)日中友好協会顧問で東日本国際大学客員教授の西園寺一晃先生、司会進行兼対談者には元NHKアナウンサーで現在北東アジア動態研究会主宰の木村知義氏。会場には昨年11月の高市発言以降の厳しい日中関係を心配する県内の日中友好協会会員をはじめ一般県民ら会場満席の70人が、そしてzoom参加者も約100人が参加した。なお、人民中国などでもお馴染みの日本企業(中国)研究院執行委員長の陳言氏も急遽参加し意見を述べた。

戦後両国民の努力が国交正常化の力に

第1部では西園寺先生が「戦後日中関係史から学ぶ─周恩来『民を以って官を促す』方針提起の意義と背景」というテーマで講演。先生は1945年から72年の27年間の日中国交正常化までの歴史を丁寧に振り返る。自身は58年、中学3年の時にご家族とともに北京に移り、北京大学卒業後帰国、その後朝日新聞社に入社。まさに、身をもってこの間の日中両国をウオッチして来た唯一無二の方である。

米ソという大国の間に翻弄されながら、台湾問題など様々な問題を抱え日中国交正常化に至る道は険しかったが、周恩来首相の「民を以って官を促す」という方針提起に加え、両国民の筆舌に尽くし難い努力が結局は大きな力となったことを指摘。このほか27年の歴史から学ぶべきものが多いと述べた。そして現下の民間交流に対する自らの反省の気持ちを込めた率直な苦言も─。第1にこの度の厳しい日中関係に対し我が国の民間の動きが鈍いこと、第2に中国側が民間交流まで止めたことも問題と指摘した。

若い人への歴史教育の必要性などを指摘

第2部質疑応答・対談では、進行役の木村氏が参加者から出された質問を紹介し、それに西園寺先生が答えるという形で進められた。ちなみに会場からは質問票が15人ほどから、zoomでは事前質問も合わせて40人ほどから質問が出され、テーマに対する関心の深さが伺われた。

その後木村氏も意見を述べるなど対談形式に移行。印象に残ったテーマは当時と現在との「民の変容」。「中国脅威論」に対する理論的な反論や中国の発展が日本の利益にもなり得ること、台湾問題は中国の国内問題、若い方の歴史教育の必要性などが指摘された。

最後に木村氏は現下の日中関係を私たち一人一人の問題として捉えてほしいと結ばれた。

(理事 小松碧)

講演録はこちらからダウンロードいただけます。

西園寺先生(右)と司会の木村氏