中国での芸能活動経験を生かし、新時代の人材育成に力を入れたい

2019年4月1日号 /

俳優・歌手
小松 拓也さん

1977年神奈川県出身。日本、中国、台湾などで数々の映画、ドラマ、CMへ出演。俳優業だけでなく歌手、イベントMC(司会)から舞台公演の総合演出などマルチな活躍を続ける。日中友愛エンタメ大使として新しい時代の中国へ日本から発信を加速させて新たな価値創造、開拓を目指す。微博(中国のミニブログ)のフォロアーは10万人を誇る。http://ameblo.jp/takuyashanghai

 

昨年のチャイナフェスティバルで司会を務めるなどマルチに活躍する俳優であり歌手。1986に桂林の絶景に圧倒され、広州では日本で経験したことがない熱烈な売り込みが強烈な記憶となった。これが中国との縁の始まりだったという。

高校時代に芸能界へ。1年間台湾に留学した

高校時代に芸能事務所からスカウトされて芸能界へ。当時の事務所にはビビアン・スーをはじめ台湾出身のタレントが多く所属していたこともあり、10代の最後に台湾へ1年間語学留学して中国語を学んだ。
帰国後は、俳優活動を本格化。日本だけではなく台湾や香港の映画へも出演し、2003年には台湾の会社から歌手デビューし、台湾、香港、シンガポールで発売された。以降も日本を拠点に台湾や香港で活動してきたが、転機となったのは07年。当時の上海出身のマネージャーからの一言で上海のオーディション番組「美特斯邦威―加油!好男児」へ参加。激戦の上海で4位に、外国人で唯一ベスト20を獲得した。その後は上海へ拠点に移して中国での芸能活動を開始。映画やドラマ、CMに出演、10年の上海万博には歌手として出演するなど(日本人では他に谷村新司さんのみ)順調に活動範囲を広げ、「上海でもっとも有名な日本人」と呼ばれるように。
しかし、2013年、日中関係の悪化で状況は一変。日本人の芸能活動は事実上禁止されることになり活動休止状態に追い込まれる。14年春に帰国し、日中友好演劇プロジェクトなどを立ち上げ演出する側へも精力的に取り組み始める。

中国で活躍できる「KOL発掘」に注力

現在は、自らを「日中友愛エンタメ大使」と称し、新しい時代の中国向けの市場開拓をする先駆者を目指す。自身の芸能活動と並行して、新時代の中国で活躍できる人材の発掘や育成を見据えて動き始めている。
今、中国では、KOLライブコマースが絶大な影響力を持っている。KOLとは、キー・オピニオン・リーダー、すなわち、インターネット上で100万人のファンを持つような影響力ある人物を指す。最近、日本でも耳にするユーチューバーに近い存在と言える。KOLが紹介した商品は飛ぶように売れる、そんな時代が中国に到来しているのだ。購買力のある中間層が増えた中国の巨大市場では特に日本の良質な女性向け製品が大人気だという。
「日本から中国という新しい流れを開拓し、これまでの中国での芸能活動の経験なども融合して今までにないエンターテイメント市場を生み出したい」
だから、〝日中友愛のエンタメ大使〟なのだ。今年7月7日にはKOLを選ぶオーディション大会を都内で開催する。「日中の新時代に活躍するタレントを発掘し、人材育成やプロデュースに力を入れていきたい」と意気込んでいる。
(丸田智隆)