日本語教師として「相声」芸人として

2021年5月1日号 /

 

北京語言大学東方言語文化学院
日本語教師

1993年 京都府舞鶴市生まれ。2018年北京語言大学 大学院 漢語国際教育学部及び創価大学通信教育 教育学部 教育学科卒業。 2012年中国伝統芸能「相声」に出会い、2014年無形文化遺産「侯派」相声(日本でいう漫才)継承人丁広泉に日本人で初めて弟子入り。2018年よりCRI中国国际广播电台、环球资讯广播《老外看点》にレギュラー出演。現在は北京語言大学の東方言語文化学院 日本語教師として教鞭を執る。

 

2002年、8歳で初めて中国へ来てから19年。今でこそ自身を「假日本人」(ニセ日本人)と称するほど中国にどっぷりハマっている彼も、過去には「不幸な歴史」の暗い影に思い悩んだり、祖国日本と自分の大好きな中国との間で気持ちが揺らいだ事もあった。

芸の道に国境なし

2014年、尖閣諸島問題で日中間に緊張が走った時も、このまま中国にいてもいいのか思い悩んだ。だが日本に帰れば大好きな「相声」は学べなくなる。それに穏やかな笑顔で答えてくれたのが今は亡き丁広泉師匠(以下、師匠)。「人間には国籍がある、だが芸の道に国籍はない。もし君が相声を好きで学びたいというのなら、私は一生かけてそれを教えてやろう」。

師匠の背中

彼が日本語教師になったのも、その師匠の影響が大きい。「中国の文化を私たち外国人にたくさん教えてくれた師匠ですが、何の見返りを求めることもなく、恩返ししたいのであれば、自分の後輩や弟弟子、中国の学生たちに還元するように言われました。だから今度は自分が先生という立場で、師匠が自分にしてくれたように学生に接したいと思っています」。

「笑わせる」こと

「以前、何かの論文で読んだのですが、笑い=意外性から生まれるそうです」。自分の予想が裏切られたときの「あっ」が笑顔につながる。意外性が大きいほど笑いも大きくなりそうだが、ある程度の域を超えると逆につまらなくなる。笑わせる相手の見えない物差しを見つけて、その最大値でポンと笑わせるのだという。もともと関西人で幼い頃から「お笑い」が身近にあったことも、彼のあくなき「笑い」への探究心の源となっているのかもしれない。

2万里の道

中国には「读万卷书,行万里路」(1万冊の本を読み1万里を旅する=書物と実践の両方から多くを学ぶべき)という言葉がある。1万というのは数が大きいことの例えに過ぎないが、仮に合計2万とした場合、本を読むのが苦手な彼は後半の実践だけで2万にするタイプだという。時間はかかっても、自らの行動や実践でここまでやってきた。

そんな彼にとって、中国はスルメのようなものだという。「最初は固いし、味気なく美味しくない。でも噛めば噛むほど味が出て、美味しくなります」。

若者にとって、中国はヨーロッパやハワイほど気軽に行こうと思える場所ではないかもしれない。でも少しでも興味を持ったならぜひ一度、自分の足で現地へ行ってみてほしい。「固いから食べない、大変そうだから嫌という若者が多いですが、とにかく最初の一歩が重要。行動してみれば、日本ではできないような面白いことが中国では体験できます」。

27歳にしてこの風格、最終的には「真中国人」(本物の中国人)にでもなれそうな彼のこれからが楽しみだ。

(本紙 大脇小百合)