人口が世界第4位のインドネシアは、本国以外で「華人」が最も多く居住する国である。当然、人々の生活の中に中国文化が深く浸透しているのだが、チャイナタウンの雰囲気は、他のアジアの国々とは少し異なる印象だ。ジャカルタの中心部にあるグロドックは、古くから中華系の人々が暮らす地域として栄えてきた。ジャカルタがめざましい発展を続けるなか、周辺の変化をよそに、変わらない風景が残る、チャイナタウンを歩いてみた。
福建省ゆかりの中国寺院
散策のスタート地点は、ジャカルタの中心部に位置するジャカルタコタ駅。かつては長距離列車のターミナルとして昼夜を問わす人があふれていたが、現在は通勤電車専用のターミナルとなっており、朝夕のラッシュ時以外は静けさに包まれている。

だが、駅から出た途端、視界に飛び込んでくるのは、車、バイク、オート三輪、歩行者がひしめくカオスな世界だ。もともと交通量が多い道路で都市鉄道の建設工事が進められているため、渋滞が常態化しているのだが、幸いグロドック地区へは歩いて10分ほどの距離である。
騒々しいメインストリートから脇道に入ると、明らかに空気が変わった。昔ながらの建物や青空市場、中国寺院が残るチャイナタウンには、ゆるやかな時間が流れており、居心地のよさを感じる。

ただ、少しばかり違和感を覚えるのは、漢字表記が目立たない点だ。以前に紹介したタイ・バンコクのチャイナタウンは、エリア全体が漢字に覆い尽くされていた。
こうした状況になったのは、過去の悲劇が関係している。1965年に国軍と共産党軍が激しく対立し、当時のスハルト政権は共産党を弾圧するとともに、漢字を含む中国文化を厳しく規制したのである。
その後、1988年に民主化が実現し、漢字の使用も解禁されたものの、30年以上も続いた圧政は、たくましい華人たちの社会にも暗い影を落としたようだ。
迷路のような民家の軒先を、地図も見ずに進んでいくと、クルクット川に行き当たった。川というより、ドブと称したほうがいいくらいゴミだらけで、2人の男性が簡素な筏に立ち、清掃作業に汗を流していた。
その川沿いに開漳聖帝廟が建っている。ジャカルタの華人は福建省出身者が多いのだが、ここは「開漳」からもわかるとおり、漳州ゆかりの寺院である。

堂宇の中へ進んでいくと、「陳氏祖廟」の文字が。福建人に敬慕されている、唐代の将軍・陳元光が祀られている。

境内は閑散としており、若い寺男が、珍しい外国人の訪問者には目もくれず、せっせと箒を動かしていた。ガイドブックにも載っていないローカルな寺院であるが、よく手入れが行き届いており、地元の人たちから大事にされていることが伝わってきた。
苦難の歴史を乗り越えて
少し歩いて、大史廟(別名・鳳山廟)へ。古いお堂の背後に真っ赤なビルがある、不思議な構造の寺院であった。

ここも福建省南部の人たちが建てたもので、中国語の説明文を読むと、1740年に起きた華人虐殺事件の際、オランダ人によって焼き払われ、のちに再建されたとのこと。「大史」には「信息」(情報・消息)との意味もあるらしい。

19もの祭壇があり、それぞれ異なる願いを叶えてくれるという道教と仏教の神様が並んでいる。そのひとつひとつに線香を捧げ、熱心にお祈りしている女性の姿が印象的だった。
最後に訪れたのは、1650年の創建で、チャイナタウンで最古の寺院の金徳院。大史廟と同様に、ここも全焼させられた歴史がある。

また、2015年には火災が発生し、本堂の貴重な仏像の大半が焼失してしまった。2度の再建に当たっては、華人の強い熱意があったことは言うまでもない。

寺域は広く、僧侶や参拝者も多かった。仏像にまじって、いくつか動物の像もあり「天狗」と書かれたものがあったが、これは「天の犬」のことである。ちなみに、インドネシアに野良犬はほとんどおらず、街の至るところにいるのは猫ばかり。境内でも何匹か目にしたが、すぐそばでハトやヒヨコを扱う「小鳥屋」が平気で営業しているのが面白かった。
金徳院のそばには小さな祠があり、沖縄でよくみる魔除けの「石敢當」も置かれていた。大陸と琉球のつながりを、遠く離れたインドネシアで実感するとは感慨深い。

寺院巡りを終え、新鮮な野菜や肉、魚を求める人で賑わう青空市場を抜けると、右手に立派なゲートがみえた。本来はここがチャイナタウンの入口になるのだが、英語表記しかなかったので見落としていたようだ。裏道から入り、あちこち回っているうち、偶然、ゲートの裏側に辿り着いたというわけ。
そのゲートのとなりに、レトロな茶館が建っている。店内はインスタ映えするようなおしゃれなスペースなのだが、建物自体は1920年築という。少し値段は高かったが、優雅な飲茶のひとときで、チャイナタウン散策をしめくくった。

たとえ漢字表記が完全に復活しなくとも、苦難の時代を乗り越えた中国文化は、これからも脈々と受け継がれていくに違いない。
(内海達志)




