亜細亜中華街紀行 ―第7回 池袋編―

日本の三大中華街といえば「横浜」「神戸」「長崎」で異論のないところだが、これらのエリアに共通しているのは、観光的要素が強く、少しばかり敷居が高い、という点だろう。

一方、「日常」の中で最も中国文化を感じられる街といえば、東京の豊島区池袋をおいてほかにない。街には漢字表記があふれ、最近話題の「ガチ中華」の名店が数多く存在する。また、草の根日中文化交流の拠点にもなっている。

フードコートで「ガチ中華」

池袋駅、なかでも西口に降り立つと、中国語表記の多さに目を奪われる。ひと昔前と比べ、年々、増えてきた印象だ。街行く人も中国人の比率が高く、あちこちから中国語が耳に飛び込んでくる。中国での生活を経験し、楽しい思い出となっている筆者にとっては、なんとも居心地がいい。

最近は「ガチ中華」が食べたくなると、自然と池袋へ足が向く。よく同行する友人も「中華なら池袋だよね」と同意見なのだが、いつも店選びに迷う。

そんなときは、フードコートがおすすめだ。広い中国の個性あふれる各地の味が揃っており、嬉しいことにボリューム満点のうえ値段も安い。中国人留学生の利用も多いから、この物価高の中、各店とも頑張ってくれているのだろう。

横浜中華街はちょっと特別感があるが、池袋は普段着で気軽に利用できるのが魅力といえる。最近、「町中華」が空前のブームとなっているが、あまり日本人の嗜好に寄せず、中華圏から来た料理人が本場に近い味を提供しているのが「ガチ中華」。「町中華より好み」というファンが、これを目当てに池袋を訪れている。

NHKの人気番組で紹介されたこともある「友誼食府」は、駅前の雑居ビルの中に広がる異空間だ。フードコートのほか中国食品などを扱う商店も併設しており、鮮魚コーナーには生簀まである。筆者の好物であるピータンを探していると、日本人女性を伴った学生とおぼしき中国人青年が来店し、「ここへ来ると、故郷の食材が何でも手に入るのですよ」と嬉しそうに説明していた。

中国のさまざまな食材が手に入る

大きな豚足がのった「猪脚麺」を注文。トロトロに煮込まれた豚足は、少しだけクセがある中国テイストの香辛料で味付けされており、中国で食べた記憶がよみがえった。

「猪脚麺」
中国の豚足は本当においしい

豆浆(豆乳)と油条(揚げパン)のセットを売っているのも「友誼食府」ならでは。リーズナブルな中国での朝食の定番で、加糖されていない豆浆は豆本来の風味があり、朝以外もよく飲んでいた。

「友誼」の名の通り食文化交流の場所にもなっている

「沸騰小吃城」もしばしばマスコミに登場している人気店で、「友誼食府」と比べ、圧倒的に多いメニューが来店客を悩ませる。筆者はさんざん迷ったすえ、「沙県餛飩」(沙県ワンタン)とデザートに「西米椰子豆花」(ココナッツミルクトウファ)を頼んだ。

「沙県餛飩」
現地へ行ってみたくなる

沙県は福建省の地名で、おいしい「小吃」(軽食)文化で知られている。沙県を名乗るだけあって、肉がたっぷり詰まったワンタンスープは絶品で、あっという間に完食してしまった。豆乳をやわらかく固めたトウファは、中国ではおなじみのスイーツ。ヘルシーなので、日本でもタピオカくらい流行っていいように思うのだが。

メニューが豊富で目移りしてしまう

フードコートの利用者は、中国人のほうが多い印象だった。彼らにとっては「母国の懐かしい味」、日本人にとっては「異国の未知の味」、また、筆者のような中国生活が長かった日本人にとっては「異国の懐かしい味」であり、幅広い層が楽しめる場所だと思う。

路上の日中交流に集う人

週末の午後2時近くになると、池袋西口公園に隣接する東京芸術劇場前に、幅広い年齢層の人が続々と集まってくる。中国人のほうが多いが日本人の姿も。その人垣の中心にいて彼らと笑顔で挨拶を交わすのが、高野茂さんだ。4年前、高野さんが始めた路上の交流会は、ついに400回を超えた。

1971年、東京都中野区出身。大学時代に北京留学を体験し、卒業後は山東省濰坊市の日系企業に就職した。世はバブル崩壊後の就職難の時代だったが、流暢な中国語スキルが武器となったのだ。

約20年間勤務したのち帰国したが、「せっかく覚えた中国語を使わなければ忘れてしまう」との理由から始めたのが、この活動だった。仲間10人とスタートした草の根の交流会は、高野さんの明るくフレンドリーな人柄もあって好評を博し、どんどん交流の輪は広がっていった。

節目の400回記念には500人以上が集まるまでに。高野さんは中国人コミュニティの間で有名なインフルエンサーでもあり、リアルな対面以外のネット空間などでもコミュニティは拡大している。

同胞どうし、中国語で会話に花を咲かせる人、中国語を学びたい日本人に教えてあげる人、中国語学習の成果を試す人など、ここへ来る目的はさまざまだ。「京劇を見て感動し、中国文化に興味を持ちました」という日本人女性は千葉市から通っているという。彼女のように遠方から駆け付ける人も少なからずいるのは、この会が愛されている証しだろう。また、目立つポスターを持った高野さんが通行人にも声をかけているので、飛び入り参加の人も少なくない。

素敵な恋人を紹介してほしいと相談する30代の中国人女性には、参加者の中からイケメン男性を見つけて引き合わせ、「帰化しました」と報告した人には「日本の人口が増えました。ありがとう」と返すなど、笑いに包まれたアットホームな時間が、ゆるやかに流れていく。いつの間にか、ちょっと緊張気味だった初参加の人たちも、みな楽しげに談笑していた。

周知のとおり、いま日中関係は、政治的にはよい状況とは言い難い。しかし、こんな時代だからこそ、高野さんは「こうしてお互い理解し合っている人もいることをアピールしたいのです。そのためにも、もっと人を集めていきたいと思っています」と力を込める。誰でもウエルカムなので、興味のある方はぜひ。「ガチ中華」を味わったあとに異文化コミュニケーションを体験すれば、充実した休日になるはずだ。

そんな池袋は「新・中華街」とも称される。高野さんの奮闘に触れて、新しい潮流を生み出すパワーを確かに感じた。

主宰者の高野茂さんと交流会に集まった人たち

(内海達志)