
玉鼎真人(ぎょくてい しんじん)は闡教十二大仙の一人で、玉泉山金霞洞(ぎょくせんざん きんかどう)の洞主である。この説明よりも、本連載で以前に紹介した楊戩(ようせん)の師と言った方が一般には通じるかもしれない。
その初登場は、他の十二大仙と同じく十天君との戦いのために西岐へと赴いた時である。戦いでは、多くの十二大仙がみずから陣を破り、十天君を倒しているが、玉鼎真人は直接戦闘に参加することはなかった。趙公明(ちょうこうめい)との戦いで黄龍真人(こうりゅうしんじん)は捉えられ、額に符印を貼られ逃げ出すことができずにいた。その時、玉鼎真人は楊戩に命じ、黄龍真人を救出している。また呂岳(りょがく)との戦いでは、火雲洞に丹薬を受け取りに行くよう楊戩に命じている。玉鼎真人と楊戩の師弟関係は、こうした何気ない場面でも描かれる。
また、弟子の楊戩は変化の術の名手として知られる。第四十回で魔家四将(まけししょう)の陣営に忍び込む際、姜子牙に向かい「師より授かりし変化の術」があるので潜入できると言っている。つまり楊戩に変化の術を授けた玉鼎真人もまた、変化の達人であったのであろう。
物語において玉鼎真人が戦闘で活躍する場面は楊戩に比べ少ない。それでも先に紹介した以外に余化との戦いで、苦戦する闡教の仙道を後方から支援したり、万仙陣では他の十二大仙と共に陣を打ち破り、孟津で軍事情報が漏洩した際には、その原因を突き止めるといった後方での活躍が多く描かれており、主要な登場人物であることに変わりはない。
『封神演義』の登場する仙道に、実在・架空の存在が混在していることは以前にも紹介した。玉鼎真人は実在した道士がモデルとされる。例えば宋代の杜蒲(とほ。詩人の杜甫ではない)が著した『庚道集』には「西蜀玉鼎真人九転大丹」が収録されている。西蜀とは現在の四川地域を指す。また錬丹術の経典である『性命圭旨』には玉鼎真人の口訣が記録される。そして玉鼎の鼎は、道士が丹を錬る道具である。こうした点から、玉鼎真人は四川地域で活動していた道士がモデルと言われている。
文 ◎ 二ノ宮 聡
1982年生まれ。中国文学研究者。中国の民間信仰研究。関西大学大学院文学研究科中国文学専修博士課程後期課程修了。博士(文学)。北陸大学講師。
絵 ◎ 洪 昭侯
1967年、中国北京生まれ。東京学芸大学教育学部絵画課程卒業。(株)中文産業のデザイナーを経て、2014年、東方文化国際合同会社設立。




