「娘」の話から
「娘」についてはかねてから語り継がれてきた。語学学習において、家族の話は早い段階に出てくるが、学習者は学生が多いせいか、父、母など、他の家族の言い方は出てくるが、「娘」はかなり遅い段階になってやっと出てくる。日本語の「娘」は中国語では〝女儿〟(女児)という。私達日本語学習者は最初に「娘」という語を見た時、誰もが「おやっ!」と思った。というのは、現代中国語では、母のことを日常生活では〝妈妈(ママ)〟と言うが、〝娘〟という地方はまだたくさんある。日本語の「娘」を見て、これはなんと「母」のことじゃないかと思ったからだ。
「母娘が行きたいレストラン」という広告ふうの記事タイトルを見て中国人は誰もが可笑しな表現だと思う。まず、「母」は〝娘〟であり、「娘」も〝娘〟だから意味はなさない。次に、中国語の〝母〟はまた人間以外の生物の「雌」という性を示す用法がある。〝母牛〟と言えば、日本語の「母牛」という意味とも取れるが、多くの場合「雌牛」という意味である。なんと言っても、〝母娘〟という言い方は中国語としてはナンセンスな表現である。
〝娘娘〟、〝娘子〟
中国語では、この〝娘〟という語を重ねて表示すれば、〝娘娘〟となるが、これは例えば現代語の〝妈〟が母の意味で、これを重ねて表示した〝妈妈〟は、やはり母の意味だが、〝娘娘〟はそういう意味ではない。現代中国語では死語となっているが、古い時代の劇や小説は言うまでもなく、皇帝、皇后の話が出てくるものには、この〝娘娘〟という言葉が必ず出てくる。〝娘娘〟が皇后のことを言う時、または呼びかける際の言い方なのである。古い言葉ながら、知らない中国人はいない。
さらに、中国語の〝娘〟は〝子〟という接尾語を付け、〝娘子〟という語を作ることもできる。この〝娘子〟という語は〝娘娘〟という語に似ていて、現代中国語ではないが、上記の皇帝のような言葉が出てくるような時代、またはそのすぐ後の時代に使われていた言葉で、その時代の一般庶民の妻、女房の意味で、主に主人が妻のことを言う時や呼びかける時に用いられる。現代語では、冗談を言う以外に、もはや使う場面はない。しかし、例外的に、元々王女や宮女の意味で、その王女が率いた軍隊は〝娘子军〟(娘子軍)と言ったが、20世紀60年代、中国の文芸界を賑わした「紅色娘子軍」という現代バレイの出現によって、一般女子を指す意味ともなっている。それでも、〝娘子军〟は熟語的に理解したい。
話を元に戻せば、日本語の「娘」は中国語の〝女儿〟となるが、この〝女儿〟は他の言葉と一緒になって、新たな語を構成する際、普通〝女〟だけを使う。上記の日本語の「母娘」の場合、中国語では〝母女〟となり、日本語の「父娘」の場合、中国語では〝父女〟となり、ある意味では結構シンプルな表現である。〝父女〟にしても〝母女〟にしても、そのままの表記は日本語では意味がなされない。
「娘」という語は、「嬢」という漢字を使う場合がある。「お嬢さん」のように、相手の娘のことを言う場合などに使う。この2つの文字は、中国でも使われていたが、漢字簡略で〝娘〟に一本化された。上記のもの以外、中国語の〝娘〟は、例えば熟語として〝姑娘〟と言う際、娘、若い女性を指すこともあるが、繁体字の〝孃〟も「母」のことを指すと『現代漢語詞典』で示されているように、日本語とは根本的に違う意味をしているといってよかろう。
(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)




