「端」はどういう意味?④

2026年10月1日号 /

〝端着〟の話にからんで

日中の「端」の話について、ちょっと時間を費やしてしまっているように思われる。今回は最終回として、日本に伝わっていない「端」の意味用法について述べる。

中国語の〝端〟について、これまでも見てきたが、その多くの意味は日本に伝わっている。しかし、現代中国語の中でよく使われているものの、日本語には伝わっていない意味がある。それは話し言葉的な使い方で、動詞の意味の用法である。

中国旅行をする場合、どこのレストランでもウェイターなどが両手で料理を載せた大きな皿を持って足早に入ってくる場面に出会うだろう。その両手で料理の皿を持つ動作は中国語でなんと言うか、考えたことがないだろうか。結論を先に言うと、日本語では「持つ」という動詞を使うが、中国語では〝端〟を使う。

〝端〟のこの使い方は、わりと新しく、話し言葉なので、かの有名な辞書『康煕字典』(1716年)にも載っていなかった。そして、かなり新しい辞書『中華大字典』(1935年版)でもこの意味項目を扱っていなかった。現代中国語辞書『現代漢語詞典』では、〝平举着拿〟(水平にして持つ)というふうに説明している。ここの説明の中に、〝举〟という言葉を使っている。

歴史的に有名な話に〝举案齐眉〟(お膳を眉の高さまで捧げる)というのがある。これは中国におけるおしどり夫婦に関する美談である。ご主人に料理のお膳を眉の高さまで捧げて出し、ご主人も同じような格好でそれを受け取るという話。その際に使った言葉は〝举〟であった。『現代漢語詞典』では、〝把端饭的托盘举得和眉一样高〟という言葉で説明している。〝端饭的托盘〟という言葉はやや微妙だが、ここには〝端〟が顔を出しているのである。

現代中国語では「捧げて持つ」というよりも、お膳やお茶、酒などの食器や酒器は言うまでもなく、要するに、物を水平に持つ動作を全部この〝端〟に収れんすることができる。さらに、両手であっても、片手であっても使うことができる。〝端饭〟、〝端茶〟、〝端酒〟は言うまでもなく、〝端屎端尿〟(排泄物を取り扱う=寝たきり老人の世話をする)の場合も、この〝端〟で通すことができる。

一時、〝端饭碗〟((ご飯)茶碗を持つ)という言葉が流行った。特に〝端~的饭碗〟「~の茶碗を持つ」、例えば、〝端铁饭碗〟(鉄の茶碗を持つ)、〝端体制内的饭碗〟(公務員などの茶碗を持つ)、〝端大企业的饭碗〟(大企業の茶碗を持つ)という言い方がある。これは、「~生業で暮らす」という意味である。

〝端〟は、「料理を出す」という意味から、思考、計画等の言葉と一緒に使って、明かすなどの意味になったり(端出~计划)、「料理を下げる」という意味から、〝黑社会〟(やくざ)などの言葉と一緒に使って、あるものを消す、「一掃する」などの意味を表したりする(端掉黑社会)。

〝端着〟の話

さて、件の〝端着〟はどういう意味なのだろう。言葉の構成からいえば、これは動詞と構造助詞(単語と単語を繋げる助詞)の組み合わせである。この〝着〟は基本的には動詞の後について、動詞の表す動作が進行中の意味を表す。〝端着〟は〝端〟の動作が進行中という意味である。

上記のご飯、お茶、酒などの例で説明すると、〝端饭〟、〝端茶〟、〝端酒〟などに〝着〟をつけて、〝端着饭〟、〝端着茶〟、〝端着酒〟にすれば、いずれもその動作が進行中であることを意味する。そして、〝~的饭碗〟のような、生業の意味の言葉でも、例えば、〝铁饭碗〟の場合、〝端着铁饭碗〟にすれば、そのような状態であるという意味になる。これはまだ、それほど突飛な意味にはなっていない。

ところが、〝端〟はある言葉と組み合わせることがある。〝架子〟という言葉である。この〝架子〟という言葉は、元々枠、骨組みという意味で、〝摆〟(並べる、置く)という動詞と組み合わせて「かっこつける」という意味になる。これは普通の言い方だったが、近年、方言的な言い方の〝端架子〟が流行るようになった。あの人はいつも偉ぶる、という意味で、〝他总爱端架子〟、そしてその状態を言う際、〝着〟をつけて〝端着架子〟ということになる。さらに、この〝端着架子〟が熟語的な使い方になり、その後ろの〝架子〟が落ちて、ただ〝端着〟だけで、かっこつける、偉ぶる、お高くとまる、などの意味を表すようになっている。「あの社長はいつも偉ぶっている」(那个老板总端着)のような社会的な問題を述べる場合でも、「恋愛する時、かっこつけちゃだめ」(谈恋爱时不能端着)などのプライベートなことを述べる場合でも使われる。この〝端着〟は、まだ一般の辞書には入っていない。

個人の場合でもそうだが、会社や政党・政府の場合でも、どんな時でも〝端着〟の態度ではちょっと考えものである。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)