“2021年再见” の意味

2021年12月1日号 /

「さようなら」と“再见”について

「さようなら」と“再见”については、これまでも多くの方々によって論じられている。ともに別れの際の挨拶言葉だが、「さようなら」は「さようならば」、つまり「そうであれば」という意味で、現代語では「それでは」「それじゃ」と言い換えられる。対して、中国語の“再见”(再見)は漢字で示されている通り、「再び見る」つまり「また会う(会おう)」という意味である。両者の違いについては、今更お話しする必要もないかもしれない。

しかし、中国の知人の“2021年再见”というWechatの投稿を見ると、やはり、言葉の仕事をする者としては思わずにんまりときてしまう。言語分析には恰好の用例だからである。

日本語の「さようなら」は、人間相手でも物事相手でも、その人や事物に別れを告げる時に使う言葉だが、その際、その対象物と「さようなら」の位置を変えても意味は変わらない。例えば、「さようなら2021年」としても、「2021年さようなら」としても、意味は変わらない。相手に「さようなら」を告げる例として、「小林さん、さようなら」でも「さようなら、小林さん」でもよかろう。

 

約束のニュアンスの〝 再见〟

これに対して、中国語の“再见”は、相手に別れを告げるという使い方がある一方、相手と約束を交わすという使い方もあるので、文脈によって2通りに解釈できる。“2021年再见”は、2021年に別れを告げる意味にも、2021年にまた会おうという意味にもとれる。

まず、別れを告げる使い方として、これは日本語と同じく、“2021年”と“再见”の位置を取り換えて、“2021年,再见”としても、“再见,2021年”としても、言う意味は変わらない。呼びかけの例でも、“小林,再见”も“再见,小林”も意味は変わらない(どちらも、2つの文成分の間に普通「,」を入れる)。

しかし、皆様もよくご存じの「それじゃあした」を中国語で表現すると、 “明天再见”(“明天见”も)であって、“再见明天”ではない。これはどういうことか。実は、日本語の「それじゃあした」(さようならあした)には、「また会おう」という意味が潜んでいるためである。この「あした」は「さようなら」の相手ではなく、「会う」という行動が行われる時点を示すものである。

「また会う(会おう)」という意味の中国語の“再见”は、根源的に約束の使い方が内包されている。VO(動詞・目的語)構造の中国語として“再见2021年”は「さようなら2021年」、時間詞と動詞の組み合わせの“2021年再见”は「2021年に会おう」という意味になるのである。

それでは、“再见2021年!”“2022年再见!”。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)