コツコツと経済活動を営む「事業」

2021年11月1日号 /

「事業」と“事业”

現在、日本にはたくさんの中国人か中国系の人が生活している。中国語の新聞やチラシなどもよく見かけるようになった。日本にいる方々のためだから、仕方ないかもしれないが、日本語的な意味としての中国語が横行しているようである。

現代の中国語には、明治維新以後、日本から「逆輸入」された漢語がたくさん存在することが研究者の間では明らかになっている。「哲学」「幹部」「進化」など、枚挙にいとまがない。極端な言い方だが、日本製の漢語がなければ今の中国ではコミュニケーションができないだろう、とSNSで喧伝されているほどである。言語学の仕事に携わる者としては、それもある程度認めざるを得ないと考える。

標題の話に戻るが、とある中国語の新聞に、中国人経営の会社の広告があり、その中に次のような文言があった。

“经营房地产等事业”

「不動産等事業経営」と日本語に訳して問題ないだろうが、非常におかしな中国語である。

 

中国語の“事业”の意味

日本語の「事業」には、①社会的な大きな仕事 ②一定の目的と計画とに基づいて経営する経済的活動、という2つの意味がある。①は別として、②は主に経済面での活動のことを言っている。対して、中国語の“事业”にも2つの意味がある。辞書の説明では、①一定の目標、規模、システムを持ち、社会発展のために影響力を持つ経常的活動 ②生産的投入がなく、国の経費で賄い、経済決算を行わない活動、である。後者には「企業」に対して言う、という但し書きさえ付いている。つまり中国語の“事业”は本来、経済活動とは無縁な言葉だったのである。中日辞書では前者を大体「事業」と訳されているが、後者には適切な訳語がなく、説明的に扱うことしかできないようだ。

幼いころから「社会主義事業」「祖国建設の偉大な事業」とよく聞かされ、近年は「脱貧(貧困脱却)事業」「共同富裕事業」などの言葉がよく耳に入るが、これらの中国語の使い方には問題はない。しかし、上述の日本語の「不動産事業」みたいな言葉を中国語で表現するような場合、言語の使い手には至難の選択を迫られる。 “业务「業務」”という選択もあるかもしれないが、 すっきりしない言い方だ。結局、日本語の使い方をそのまま中国語に持ち込むほかないのである。

文化、経済の交流が進むにつれ、これからも多くの日本語が中国語に入っていくだろうが、今はおかしいと思いながらも、心を新たにして受け入れたいものである。

(しょく・さんぎ 東洋大学元教授)