「まるでジェットコースターのような6年間でした」
今日の「日中観光交流新時代」を切りひらいた功労者のひとり
張西龍さん 8月から中国国家観光局(韓国)主席代表
2001年8月に2度目の日本勤務で着任してまもなく「9・11」テロが起こった。国際旅行の自粛と制限へ。中国観光も大きな痛手を受ける。やっと再起したのも束の間、03年の新型肺炎(SARS)に、04年は鳥インフルエンザ、反日デモ、靖国問題…次々と試練がふりかかった。そのたびに渾身の力を注いで回復に努めた。「上がったり下がったり、まるでジェットコースターに乗っているような6年でした」
苦労のかいあって日中の観光は大きく前進。日本人訪中ノービザ化、中国人団体旅行観光ビザ発給などの環境が整い、いまや日本から年に375万人が中国へ、中国からは80万人が日本に。目標は500万人の往来。「早い時期に必ず達成できると確信しています」
前から大好きな「温かな人情いっぱい」の北海道に加え、今のお気に入りは20回以上仕事で回った仙台と福岡。この6年ですべての都道府県を訪れた。
次の任地は韓国・ソウル。「6月末に邵h偉局長のお伴で参加した青島の『第2回中日韓観光相会議』で中日韓の観光交流規模1700万人の目標が掲げられました。今後は3国を舞台に観光交流・協力強化を進めます」
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