Powered by google  
 

「日本と中国」
過去のニュース 友好訪問 フォーカス 購読申し込み

フォーカス

生涯を日中友好に捧げられた清水先生を偲ぶ
海江田 万里 前衆議院議員、経済評論家

中友好協会の名誉副会長、清水正夫先生が去る6月25日にお亡くなりになったことは、すでに本紙7月15日号などで報じられました。実は、清水先生には1996年以来、私の後援会の会長をお願いしていました。もちろん、それまでにも中国関係の会合で何度かお見かけしてはいましたが、先生のご高名の前になんとなく気後れして、なかなか直接お話をする機会が持てずにいました。
 それが96年の春、先生が理事を務めておられた日中友好会館の理事会の終了後、会館の玄関で先生と一緒になり、帰る方向が同じということで私の車に同乗していただいたのをきっかけに、個人的な知遇を得ることになりました。その後、青山の松山バレエ団を訪問した折に後援会の会長をお願いしたところ、快く引き受けていただきました。清水先生の奥様の故郷が私の父と同郷の鹿児島県だということもあったのだと思います。

だ、松山バレエ団の学校が現在のような白亜の建物になる前のことです。ある日、先生の執務室に招き入れられ、1958年の初訪中のときから最近にいたるまでの中国訪問の写真をみせていただきました。そこには清水先生と一緒に、毛沢東主席、周恩来総理、劉少奇国家主席など、歴史上の人物が写っていました。 特に先生が心血を注いで創作されたバレエ劇「白毛女」の中国公演時の写真は、中国の政治史あるいは文化史に残る貴重な資料です。「バレエ団員は乗馬の経験がなかったので、演技に迫力がない。そこで北京で乗馬の特訓をやったのだ」と、先生は当時のことを昨日のことのように語っておられました。
 また、先生は日中の若い政治家の交流にも力を注ぎ、中国の政治家では特に唐家セン前国務委員に目をかけておられ、「彼は真実の日本の友人だから、大事にしなければいけない」と何度もおっしゃっていました。

としの5月に来日した胡錦涛国家主席は、青山の松山バレエ団を訪問しています。清水先生そしてご子息でバレリーナの清水哲太郎氏、森下洋子さんをはじめとしたバレエ団員の、文字通りの熱烈歓迎を目の当たりにして、胡主席は旅の疲れも癒されたことだろうと思います。
 そして、その直後に発生した四川大地震の犠牲者に対して、清水先生は中国大使館を訪問され、心から哀悼の誠を捧げられました。すでにこのときお身体の不調を訴えていたようですが、命の炎が燃え尽きるその日まで、日本と中国の友好のため奔走した清水先生の御霊の安らかなることを心から祈ります。

 
 
フォーカス一覧  一覧を見る









  • 大所高所からのご指導を (2008年7月25日号)
    井出 正一 元厚相、(社)日中友好協会副会長、長野県日中友好協会会長






  • 先人の運動に学ぼう (2008年5月25日号)
    古本 英之 (社)日中友好協会理事、北海道日中友好協会理事長









page top page top



社団法人日中友好協会
Copyright(C) 2006 JAPAN-CHINA FRIENDSHIP ASSOCIATION All Rights Reserved.