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「日本と中国」
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日中関係の新しい時代に当たって
酒井 哲夫 (社)日中友好協会理事、NPO福井県日中友好協会会長

の初めての訪中は昭和48年(1973年)7月、国交回復の翌年である。田中元首相が電撃的?に日中国交正常化の共同声明にサインしたことで、当時の台湾派といわれる国会議員がこれを不満として、正常化に関わる作業にブレーキをかけた頃である。訪中団は、北信越日中友好協会(正統)の23人(野村芳郎団長)で、このような状況を踏まえ、両国民が底辺から運動を盛り上げ、国交正常化を軌道に乗せよう、というのが訪中の目的であった。
 当然ながら中国への直接入国はできず、香港経由での出入国である。私どもは、香港から広州に入り、上海、北京、瀋陽、長春、鞍山などを縦断、約20日間、各所を訪問して友好交流を行ったのである。この時の訪問については、緊張感一杯だったので、双方の言葉の一語一語が今も忘れられない。

に印象に残っているのは日中戦争の中国側の総括ともいうべきか、「日中関係は不幸な時代があったが、これは日本の一部の戦争指導者によるもので、中国人民はもとより日本人民も被害者だった。これからが大切だ」と各訪問先で言われたことである。つい昨日まで両国は国交がなく、厳しい関係にあったのに、中国側の度量の大きさに驚き、逆に日本が戦争の総括をしていないことに疑問を持たずにいられなかった。
 さて、国交正常化から36年、ことしは日中平和友好条約締結30年になる。日中関係は政治、経済、文化、スポーツなど、密接で不可分な関係になり、基本的には良い流れになっている。しかし、その関係は時の政治に左右される場合がある。特に近年の“政冷”といわれた5年間は、述べるまでもないが沈欝な時期だった。

年末、福田首相が訪中し首脳会談が行われた。朝日新聞の社説(12月29日)は、“日中会談「飛躍」を語れる時がきた”の見出しで、福田首相の発言を論評していた。この中で注目したのは、「福田首相がアジアと世界に対し日中両国が持つ責任を強調したことだ」の一文である。私ども日中友好活動を行っている者は、利害抜きで日中間の友好を通じてアジアと世界の平和と繁栄を願って活動を展開している。この21世紀は平和を基礎とし、飛躍を語れる時代にしてほしいものだ。
 先頃帰国された王毅・前中国大使は、日本で最後の講演を福井市で行った。大使は「将来は必ず東アジア経済ブロックが形成されることを確信している」と述べられたが、世界を視野に置き、この目標に向かって日中両国が力を合わせ、役割を果たしたいと思うが如何なものか。

 
 
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