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「日本と中国」
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2008年12月15日号のニュース

エイサーを練習する3班の団員。11月24日、日本青年館で

エイサーを練習する3班の団員。
11月24日、日本青年館で

◇日本大学生訪中団が結団式

 11月18日から24日まで北京・深センを訪問する「日本大学生訪中団」(団長=蝟{嘉昭・(社)日中友好協会監事 山梨県日中会長)の結団式と事前研修会が11月24・25の両日、東京・神宮外苑の日本青年館で開かれた。訪中への期待を胸に集まった団員は、互いの意思疎通をはかり、団結して中国での交流を成功させることを誓った。訪中団は全国から公募し、約4倍の倍率で選ばれた大学生118人と事務局6人の計124人で編成、総勢900人の「日本青少年訪中代表団」第2陣の一団として、北京で開催される日中青少年友好交流年(中国側)閉幕式に臨む。
 結団式では、実施団体を代表して村岡久平協会理事長が、「社会に出た後、さまざまな所で中国と関係すると思うが、その時に仲間と一緒に中国を訪れたことが大きな意味を持つ。楽しい旅に」と激励。蝟{団長は、自身が経験した中国との交流について紹介した後、「何でも質問し、聞かれたことにも率直に答えてほしい」と語り、積極的な交流に期待を示した。
 6班に分かれての班別会議では、班長や交流係りなどの役割分担、中国で班ごとに披露する出し物などを話し合い、団員同士のコミニュケーションをはかった。この日が初顔合わせだったが、自己紹介が一巡するころには打ち解け、中国の現状や日中関係などについて活発に意見を交わしていた。中国での出し物として琉球エイサーを踊ることを決めた3班の団員は一日目の日程が終了後、早速集合して夜遅くまで練習した。
 晩の懇親会には、中国大使館の張社平秘書官、聶佳書記官、杜暁曦アタッシェがゲストとして駆けつけ、約2時間にわたって団員と親しく歓談した。
各地の大学で交流ホームビジットも
 2日目の25日は、田尻和宏・外務省アジア大洋州局中国・モンゴル課地域調整官が、近年の日中関係を中心にブリーフィングを行い、団員は真剣な面持ちで聞き入った。
 最後の全体会議で各班班長が報告に立ち、2班の坂本龍一さん(東京大学2年)は出し物について、「日本の文化を伝えたいので『ふるさと』をアカペラで歌うことにしました」と発表、蝟{団長が「中国では気持ちをそのままぶつけて欲しい。風邪などひかぬよう万全の体勢を整えて」と締めくくった。
 訪中団は外務省が主催し、協会が派遣を担当、受入れは中華全国青年連合会。北京で日中青少年友好交流年の中国側閉幕式に参加するほか、各地の大学で交流、ホームビジットも体験する。

◇蝟{団長あいさつ「訪中を契機に成長を」

 私が初めて海外へ出たのは43年前、23歳の時です。青年運動を通じて中国とも交流し、いろいろな方と知り合いになりました。今では中国の指導者として活躍されている人もいます。訪中団員から総理大臣が、中国の友人からは国家主席になる方が出ることを期待しています。中国では何でも話して、わからないことは質問して欲しい。青年は心にわだかまりを持ってはいけないし、若者の交流では率直に聞くことが何よりも大事です。中国のみなさんと親しくなると同時に、団員同士が仲良くなり、帰国後もぜひ長い付き合いをして、今回の訪中を契機に大きく成長するよう願っています。

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2008年12月5日号のニュース

「日中友好写真展」で展示された「ピンポン外交」を伝える一枚。左から小田悠祐事務局長、森武名誉教授、郭沫若氏、後藤ナ二氏、周恩来総理、村岡久平理事長。1971年北京で

「日中友好写真展」で展示された
「ピンポン外交」を伝える一枚。
左から小田悠祐事務局長、森武名誉教授、
郭沫若氏、後藤ナ二氏、周恩来総理、
村岡久平理事長。1971年北京で

◇「ピンポン外交日中友好写真展」北京で

 日中平和友好条約締結30周年を記念する「ピンポン外交日中友好写真展」が11月14日から一週間、北京の中国人民対外友好協会・友誼館で開催された。1971年名古屋で開かれた世界卓球選手権に出場するため来日した中国代表団をはじめ、世界を驚かせた「ピンポン外交」の貴重な写真約50枚が展示され、会場を訪れた大学生らが当時の関係者から話を聞き、日中民間交流の歴史を学んだ。14日の開幕式では、ピンポン外交の立役者・故後藤ナ二氏の遺志を継ぎ、日中友好の発展に努めた後藤淳・愛知県日中友好協会会長に中日友好協会から「中日友好の使者」の称号が贈られた。
 写真展は若者に日中民間交流の歴史を知ってもらおうと、愛知県日中、中日友好協会、中国卓球協会、駐名古屋中国総領事館が共催し、写真は愛知県日中が提供した。
 14日の開幕式には後藤会長のほかに日本側から、(社)日中友好協会の村岡久平理事長、岡ア温・常務理事(愛知県日中専務理事)、重村旦顧問(千葉県卓球協会会長)と、森武・早稲田大学名誉教授、小田悠祐・愛知工大附属中学事務局長、中国側から中日友好協会の王效賢、井頓泉、許金平の3副会長、于斌・中国卓球協会副主席、元世界チャンピオンの邱鍾恵、梁戈亮の両氏ら往年の卓球選手ら約80人が出席した。

後藤・愛知県会長中日友好の使者に

 井副会長はあいさつで、「『水を飲む時、井戸を掘った人のことを忘れない』と言いますが、中日関係が良好な今、先達の貢献に思いを致したいと思います」と述べ、写真展を開催する意義について語った。 
 71年に中国代表団の一員として訪日した王副会長から、「中日友好の使者」の称号授与書を手渡された後藤会長は、「父・ナ二が中国とどのような関係を持っていたかを知ってもらうために子供と孫を連れてまいりました。李天然・駐名古屋総領事とも協力し、さらに交流に努めてまいりたいと思います」と述べ深く感謝した。
 会場には「人民大会堂で後藤ナ二氏と会見する周恩来首相」「鄭敏之、梁麗珍の両選手と交流する日本の観衆」などの写真のほか、71年に名古屋で開催された第31回世界卓球選手権のポスターやパンフレット、メダルの複製も展示された。
 日本卓球協会会長だった後藤ナ二氏と、村岡理事長、森名誉教授、小田事務局長らは71年に中国を訪問、北京で「日中卓球交流紀要」に調印し、世界卓球選手権に中国代表団を招待して、有名な「ピンポン外交」を展開、日中、中米関係樹立の基礎を整えた。

◇日本大学生訪中団の団員決まる

 全国から公募、厳正な選抜を経て結成された日本大学生訪中団の事前研修会が11月24・25の両日、東京・神宮外苑の日本青年館で開かれ、団員124人が(ただの一人の欠席もなく)集って結団式が行われた。団長は蝟{嘉昭・協会監事。12月18日北京へ、20日日中青少年友好交流年(中国側)閉幕式に臨む。中国人民大学では両国大学生の交流が盛大に繰り広げられる。広東省に移動、改革開放のシンボル経済特別区が置かれ「中国の奇跡」を打ち立てた深セン市では深セン大学の学生たちと「21世紀の東アジア その平和と発展」をテーマにしたディベートほか様々な交流・交歓が行われる。24日広州から帰国。大学生訪中団は総勢900人の「日本青少年代表団」の一翼を担う。(詳細は次号で)

◇第35回理事会で事業報告を承認

 (社)日中友好協会の第35回通常理事会が11月20日、東京神田の学士会館で開かれ、理事22人(委任状4人)が出席、加藤紘一会長のあいさつを受けて議事に入り、村岡久平理事長が前回理事会以降の協会事業・活動を報告、了承後、酒井哲夫副会長が瀋陽市で開催された「北東アジア発展フォーラム」参加の意義を、また岡ア温常務理事が南京市で開催された「江蘇省国際友好都市交流30周年記念行事」参加の趣旨を語るなど、活発な意見交換が行われた。次回理事会と第18回幹事会・総会を来年1月22日に開くことを全員一致で承認、閉会した。

◇救援募金は総額7062万円に

 5月12日に発生し未曾有の被害をもたらした四川大地震被災地への救援募金は協会の全国組織を挙げて行われ、10月末現在、総額7062万3715円を数えました。これも全国の皆さまのあついお志のお陰です。
 心よりお礼申しあげます。

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2008年11月25日号のニュース

「大取りで」でコーラスを披露した江蘇省蘇州高校チーム。「世界に一つだけの花」の混声合唱が会場に響きわたる

「大取りで」でコーラスを披露した
江蘇省蘇州高校チーム。
「世界に一つだけの花」
の混声合唱が会場に響きわたる

◇東京で「日中青少年歌合戦」

 ことしからの4年間に、日中間で毎年、約4000人規模で両国青少年が往来し互いに学び交歓する交流事業の初年度「日中青少年友好交流年」の日本側閉幕式が11月12日、学習院大学で開催され、麻生太郎首相がスピーチ、崔天凱駐日中国大使が温家宝総理の祝辞を代読した。アトラクションでは「日中青少年歌合戦」が行われ、日中双方10組計20組が熱唱、ステージと客席を埋めた1200人余の日中青少年がひとつになり、大いに盛り上がった。
 日中青少年友好交流年のフィナーレを飾る日本側閉幕式が11月12日、東京・目白の学習院大学創立百周年記念会館で開催され、麻生太郎首相がスピーチ、崔天凱駐日中国大使が温家宝総理の祝辞を代読した(囲みに麻生首相スピーチの要旨)。
 温総理の祝辞が「中日間の友好交流の基礎は民間にあり、未来は青年に託されている。両国青年が手を携え協力し合って前進するよう希望します」と結ばれると、閉幕式のアトラクション「日中青少年歌合戦」の日中双方10組計20組の出場者が麻生首相、崔大使を囲んで「みんなでいっしょに頑張りましょう!」と声高らかに開始宣言、歌合戦の幕が切って落とされた。
 出場者は300組に上った応募者から選抜された「歌自慢」ばかり。日本側は中国の歌を中国語で、中国側は日本の歌を日本語で熱唱した。司会はナンバーワンDJの赤坂泰彦さんと北京放送の日本語アナウンサー王穎穎さん。衣装にも凝るなど出場者の真剣勝負が繰り広げられ、会場を埋めた1200人余から大きな拍手と声援がわき上がった。

◇麻生首相スピーチ「歌声が国境を越え未来への懸け橋に」

 平和友好条約締結30周年を迎えたことしは日中間の交流に弾みを与えるうえでも意義深い年になった。胡錦涛国家主席が2度日本に来られ、8月には福田前総理が、先月には私が中国を訪問し、12月初めには日中韓3カ国首脳会議が日本で予定されているように、1年のうちにこれだけ頻繁に両国首脳が往来したのは日中関係史上に例がなく、現在の日中関係の勢いを現していると思う。今年はまた四川大地震という未曾有の自然災害を乗り越えて、中国でオリンピック、パラリンピックが開催された。
 きょう、この会場には四川省の被災地からの高校生も出席していると聞くが、日中青少年交流に参加した日本の高校生が四川に住む友人の安否を気遣い、自発的に募金活動を行ったとも聞いた。中国と聞けば、中国の友人を思い浮かべ、日本と聞けば日本の友人のことを考える、そんな日中青年間の心と心の触れ合いこそが、日中関係を支える礎になる。 時代を創造するのはいつも皆さんのように若く、無限の可能性を秘めた青年である。日中両国の未来を担うことは、ひいては世界の将来にも大きな責任を有することに他ならない。世界は皆さんのような青年のあふれんばかりの活力に期待している。
 音楽には国境を越えて心と心をつなぐ力がある。きょう、私が学生時代を過ごしたこの学習院において、日中青少年友好交流年の閉幕を記念する歌合戦が開催されるのを大変うれしく思う。
 日中の歌声が国境を越え未来への懸け橋となり、きょうの日が日中青少年交流史に語り継がれるよう願う。

◇G20金融サミット 胡錦涛主席が演説

 先進国に中国・インド・ブラジル・インドネシアなど発展途上国も参加し20の国・地域の首脳が集まって米ワシントンで開催された「金融サミット」(G20)で、11月15日、胡錦涛・中国国家主席が演説、「国際社会の当面の急務は、あらゆる対策を講じて市場の自信を回復させ、金融危機の拡大を抑えることにある」「対応に当たっては発展途上国、特に後進国の損失をできるかぎり減らし、発展途上国の金融市場の安定と経済成長が確実に保障されなければならない」と表明、「中国は(IMFなどの)国際金融機関の融資能力増強を支持する」と述べる一方,「国際金融機関での発展途上国の発言権を高めるべきだ」とも主張した。

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2008年11月15日号のニュース

◇瀋陽で北東アジア発展フォーラム

遼寧省の省都・瀋陽市で開かれた「2008北東アジア発展フォーラム」。瀋陽市が主管、日中韓3国を中心にモンゴル・ロシア・欧米各国など20の国・地域の代表が集まった

遼寧省の省都・瀋陽市で開かれた
「2008北東アジア発展フォーラム」。
瀋陽市が主管、日中韓3国を中心に
モンゴル・ロシア・欧米各国など
20の国・地域の代表が集まった

 10月27・28の両日、中国の遼寧省瀋陽市で「北東アジア発展フォーラム」が開催され、協会から酒井哲夫副会長(福井県日中会長)ら4人が出席、27日午前の開会式では、金大中韓国元大統領の基調講演のあと酒井副会長が日本からの出席者を代表してスピーチ、平和・安定の東アジアが世界の発展に貢献するとの強い思いを披瀝した。

 「北東アジア発展フォーラム」は中国人民対外友好協会、中国国際貿易促進委員会、中国人民外交学会、遼寧省人民政府が主催、瀋陽市内の遼寧賓館で開かれ、関係各国からは政府・自治体・民間団体・企業の代表が出席、27日午前に開会式、午後にフォーラム、翌28日には会場を遼寧大学に移してフォーラムが、「発展」をテーマに行われ、活発に意見を交換した。

■未来との対話へ

 開会式では金大中韓国元大統領の基調講演に続いて酒井哲夫副会長が登壇、日中友好協会の活動・事業を包括的に紹介、つづいて今年5月の日中首脳会談で発出された共同声明の意義を強調、北東アジア諸国の平和と安定がアジアの新しい発展の時代を開き、東アジア共同体を展望するためにも、日中韓の3国
が歴史を鑑に十分に話し合い、「過去と現在の対話」から「現在と未来の対話」に進めていくことの重要性を説いてフォーラムの開催に期待を表明した。
 午後のフォーラムでは、日本からは中田慶雄・日本国際貿易促進協会常務副会長、広光俊昭・富山県理事、小沢正明・札幌市副市長、山中敏隆・鹿児島市建設局長が意見を発表した。
 翌28日、遼寧大学に会場を移してフォーラムを続行、日本からは松本盛雄・在瀋陽総領事が意見を発表、活発な意見交換が続いた。
 協会からの出席者はほかに寺坂哲夫・福井県日中副会長、数馬国治・同参与、福山竜・福井県立大学准教授。
 外国からの出席者は日中韓はじめ20の国と地域に及んだ。

◇陳名誉会長が加藤会長を表敬訪問

 陳錦華・中国企業連合会名誉会長が11月7日、衆院議員会館に加藤紘一協会会長を表敬訪問、歓談した。
 陳名誉会長は中国の重化学工業部門で指揮をとった国家経済運営のキーパーソン。上海宝山製鉄所の立ち上げから軌道に乗せるまで、現場で直接の指揮に当たり、以来、日本の経済界と深いかかわりを結んだ。
 「これまで経済界以外の日本の方々とはお付き合いがなかったものの、日中友好協会が日本で一番古い交流団体であり、両国の友好発展に尽力くださっていることに常々敬意を抱いていた。会長にお会いして、この気持ちをお伝えしたかった」と陳名誉会長。加藤会長に自著の日本語訳『国事憶述』をプレゼントした。

◇江蘇省で友好都市締結30周年祝う

 中国・江蘇省と世界各都市間の交流を回顧し、今後の連携と協力を展望する「国際友好都市30周年記念活動」が、10月28日から31日まで、省都・南京で盛大に開催された。省内初の友好都市として、1978年12月に締結された南京・名古屋の友好都市関係が30周年を迎えたのをともに祝い、松原武久市長を団長とする名古屋市代表団はじめ、世界45カ国172団体の約1100人の海外からの来賓が一堂に集い、将来にわたる交流の発展を誓った。
 期間中は商談会、友好都市回顧展、歓迎の夕べなどが開かれ、高等教育の国際化、環境保護、サービス業の3つをテーマにしたセミナーでは、各国の政府関係者、専門家らが講演、今後の具体的な協力について意見を交わした。 

◇孫美嬌参事官が離任

 駐日中国大使館で総務部に2年間、友好交流部に4年間、計6年の長きにわたって務めた孫美嬌参事官が、11月末には離任、中国外務省アジア局に転任することになり、11月6日、協会を訪問、離任のあいさつがあった。
 孫参事官の「初来日」は、ちょうど30年前の平和友好条約批准時、卓琳・ケ小平夫人の通訳として。
 「全日程をごいっしょしましたので、あの時の日本の方々の熱烈大歓迎のことは生涯忘れられません」
 以来3度、通算14年間、東京の大使館に勤め、毛平・武大偉大使夫人の後任として友好交流部長に。
 「関東甲信越の協会の皆さまとはとりわけ厚い友情で結ばれました。貴重な体験を生かしてこれからも勤務に努めます。本当にありがとうございました」

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2008年11月5日号のニュース

◇平和友好条約締結30周年祝う

北京・人民大会堂で開催された条約締結30周年記念レセプション

北京・人民大会堂で開催された
条約締結30周年記念レセプション

 10月24日北京で、10月27日東京で、平和友好条約締結30周年を記念するレセプションが開かれ、日中両国はいっそうの相互信頼を固めて、世界の平和と発展のために貢献するとの変わらぬ誓いを新たにした。

 北京では、中日友好協会と中国人民対外友好協会主催のレセプションが人民大会堂で開かれ、麻生太郎首相が胡錦涛主席のあいさつを受けてスピーチ、条約30周年を祝うとともに、日中関係発展のために「あらん限りの情熱と英知を注いでゆく決意」を表明、レセプションに先立って行われた胡主席、温家宝首相との会談でも両国の戦略的互恵関係を推進することを確認、30年前に条約が発効した23日には、麻生・温両首相が互いにメッセージを交換して両国国民に祝意を表した。
 レセプションには(社)日中友好協会から村山富市名誉顧問、加藤紘一会長、村岡久平理事長らが日中友好6団体の代表とともに出席、 宋健・中日友好協会会長の発声で乾杯、同席した中国側の出席者と佳き日のよろこびをともにした。
 NPO大阪府日中友好協会からは谷井昭雄会長が出席した。

◇30周年レセプションに500人

 日中平和友好条約締結30周年を祝う中国大使館主催のレセプションが10月27日、東京都内で開かれ、福田康夫前首相、加藤紘一協会会長、貫洞哲夫副会長ら各界から約500人が出席した。
 崔天凱大使はあいさつで、「条約締結が中日関係が発展する基礎となった」とその意義を強調、両国が平和共存をはかり、世界平和に貢献するよう呼びかけた。続いて河村建夫官房長官は北京での日中首脳会談について、「日中関係発展に向けた麻生内閣の強い意志を中国側に示せた」と評価。福田前首相は「条約調印式をテレビで見て感動した」と30年前を振り返り、日中関係の発展を願い乾杯の音頭をとった。

◇日中の首相がメッセージ交換

中華人民共和国国務院総総理 温家宝閣下へ
日本国内閣総理大臣 麻生太郎

 日中平和友好条約締結30周年に当たり、日本国政府及び日本国民を代表し、貴総理及び貴国国民に対し、ごあいさつを申し上げると共に、この日の到来を共に慶びたいと思います。
 この30年間、両国の結びつきは、政治、経済、文化等あらゆる分野で飛躍的に拡大してきました。特に、本年は、本件条約締結30周年を記念して「日中青少年友好交流年」とされ、各種の青少年交流活動を通じて、両国青少年間の相互理解・相互信頼が深められています。これらの活動を通じ、両国の絆が将来にわたり強化されていくことを強く期待しています。
 今後とも、「戦略的互恵関係」を包括的に推進し、両国が協力して、開かれた、力のあるアジア、そして世界を創り上げていきたいと思います。
 最後に、貴総理の御健勝、及び貴国の益々の御発展を心よりお祈り申し上げます。

日本国内閣総理大臣 麻生太郎閣下へ
中華人民共和国国務院総総理 温家宝

 日中平和友好条約締結30周年に際し、中国政府と人民を代表し、閣下と日本国民の皆様に対し、謹んで心からの御祝いを申し上げます。
 日中平和友好条約の締結は、日中関係史上の重大な出来事でした。同条約は、日中関係の歴史を総括し、日中共同声明の各原則を法律の形式で確認し、両国が平和友好関係を発展させ続けなければならないと規定し、日中関係の健全で安定した発展のための強固な政治的、法律的基礎を築きました。条約の原則と精神は強い生命力を持ち、今後の両国関係の発展にとって重要な指針としての意義を持っています。30年間にわたり、日中関係は、条約の提示した方針と双方の共同の努力の下で迅速に発展し、両国人民に大きな利益をもたらし、アジアと世界の平和、安定及び発展に対して重要な貢献をしました。
 現在、日中関係は更に発展するための重要な好機に直面しています。中国側は日本側と共同で努力し、条約締結30周年を契機として、互恵協力を深め、友好交流を拡大し、日中両国の戦略的互恵関係の発展を継続していきたいと希望しております。貴国の御発展と、国民の皆様の幸福をお祈り申し上げます。

◇大学生訪中団に375人が応募

 日中青少年友好交流年事業の掉尾を飾る日本大学生訪中団の公募が10月24日締め切られたが、94人の定員に北は北海道、南は九州から375人の大学生が応募、倍率約4倍となり事務局はうれしい悲鳴、さっそく審査員による厳正な選考に入った。

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2008年10月25日号のニュース

◇中国高校生訪日団第5陣が来日

団員からは的を射た質疑が。Bコースの会場、日本科学未来館で

団員からは的を射た質疑が。
Bコースの会場、日本科学未来館で

 日中青少年友好交流年の諸事業がピークを迎え、10月14日、中国高校生訪日団第5陣の397人が来日、翌15日には、Aコースが「企業の社会的責任」を、Bコースが「ロボットと共存する社会」をそれぞれのテーマに開かれたセミナーに参加、講師のレクチャーに耳を傾け、真剣な質疑応答が行われるなど、向学心に燃える中国高校生の本領を発揮、夜には受け入れ実施団体の(社)日中友好協会と(財)日中友好会館主催の歓迎レセプションに臨んだ。

 14日来日した日中青少年友好交流年・中国高校生訪日団第5陣(総団長=馬慨・北京大学附属中学・高校学生部主任)はAコースが北京市、河北省、甘粛省、貴州省、黒竜江省から選抜された193人、Bコースが北京市、海南省、内モンゴル自治区、遼寧省、新疆ウイグル自治区、広東省、福建省から選抜された204人。
 日本を理解してもらうためのセミナーが開かれ、Aコースは「日本のCSR 企業の社会的責任」と題して清川佑二(財)日中経済協会理事長がレクチャー、Bコースは「ロボットと共存する社会」と題して濱田彰一(社)日本ロボット工業会技術部長がレクチャーした。
 難度の高い講義にも会場は私語ひとつなく
高校生たちは真剣なまなざしで聞き入った。
 質疑応答では的を射た質問がつづき、こんどは両講師のほうが真剣に応答。
 「さすが、中国全土から選抜されたエリートたち。分かってもらえるかなとの当初の心配は杞憂でした」と清川講師。
 この日夜には日中友好協会と日中友好会館主催の歓迎レセプションが開かれ、397人が一堂に。協会からは加藤紘一会長が出席、
会場の各テーブルを回り、高校生たちと中国語で歓談した。

◇17期3中全会「食の安全」も討議

 中国共産党第17期中央委員会第3回全体会議(17期3中全会)が10月9日から12日まで、北京の人民大会堂で開催され、胡錦涛主席の活動報告を討議、「農村改革・発展促進の若干の重要な問題に関する党中央の決定」を審議・採択した。
 「決定」は中国農村の経済発展を促進する政策方針を示し、都市と農村の様々な格差が大きな社会問題になっている現状を是正し、「調和のとれた社会」の建設を目指すことを表明、2020年までに農民の1人あたりの収入を08年の2倍にすることを掲げ、農村文化の繁栄、農村での教育事業の発展、医療衛生の充実、社会保障体系の整備、インフラ建設と環境保全、防災能力の向上と治安など社会管理の強化を具体的な項目として挙げている。
 会議では「食の安全」も討議、発表されたコミュニケでは次のように指摘した。
 「近代的農業を発展させるには、高収穫、良質、高効率、エコ、安全の要請に従い、農業の発展パターンの転換を急ぎ、科学技術の進歩と発展をふまえて農業を技術・装備面で強化し、生産性と国際競争力、持続可能な発展能力を高めなければならない」
 「目標を明確にし、計画を定め、(財政の)投融資を拡大し、力を集中して、大局に関わり、長期的に影響する大事にしっかり取り組まなければならない」
 「農業の標準化と農産物の品質・安全対策を強化し、全過程を厳格に監視し、品質・安全の監督管理責任を確実に実行に移し、不合格品が市場に出るのを根絶しなければならない」

◇四川大地震の震災と救援現況

 中国国務院の報道弁公室は9月11日、国務院震災救援対策本部からの権限を受け、四川大地震の震災と救援の現況を発表した。要旨は以下の通り。
 9月11日正午現在の死者は6万9226人、負傷者37万4643人、行方不明者1万7923人。
 被災地から救助されたか、避難した人は計148万6407人。
 被災地に運ばれたテントは157万9700張り、布団は486万6900組、衣類は1410万1300着、燃料油は377万6000トン、石炭は806万7000トン。 仮説住宅は67万7131戸が完成し、9月10日に建設を終了。
 救援のために投入された資金は675億5400万元。国内外から寄せられた義援金・物資の総額は593億4800万元。
 被災店舗13万8960のうち、すでに12万8114が営業を再開。

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2008年10月15日号のニュース
◇日中経済協会の代表団が訪中

胡錦涛主席と会談する御手洗最高顧問(中央)と張団長(左)。9月21日、北京の人民大会堂・福建の間で

胡錦涛主席と会談する
御手洗最高顧問(中央)と張団長(左)。
9月21日、北京の人民大会堂・福建の間で

 (財)日中経済協会の大型代表団(最高顧問=御手洗冨士夫名誉会長、団長=張富士夫会長)が訪中、9月21日には胡錦涛主席と、23日には李克強副首相と会見、北京での実務会談をこなした後、24、25日には四川省の成都市を訪れ、中西部内陸発展プロジェクトへの協力をテーマに四川省政府と意見交換、あわせて四川大地震被災地を視察した。大型代表団の訪中は両国の戦略的互恵関係の具体的展開を図り、日中関係の新次元を開くことを明確に掲げてすすめられた。日中経済協会提供の会見記録から重要部分を転載する。
 胡錦涛主席との会見は人民大会堂・福建の間で行われた。
 張会長がことし5月の胡主席訪日時の首脳会談の成果をふまえてすすめられている日本経済界の取り組みを紹介、胡主席は、「日中両国は今まさに新たな歴史的スタート地点にあり、さらに関係を発展させる重要なチャンスに直面している」ことを強調、「相互信頼を増進し」「戦略的互恵関係を堅持して、更に深化発展させたい」との意向を表明、金融危機と世界経済の成長減速が「中国経済に見過ごすことのできない影響を与えており」、「最近すでに一連の調整措置を講じた」と述べて、「金融と世界経済の安定維持のため、(中日が)ともに努力していきたい」との意思を明らかにした。
 戴秉国・国務委員、陳徳銘・商務相らが同席した。

李副首相とも会見
 李克強副首相との会見は人民大会堂・西大広間で行われた。
 まず李副首相が四川大地震被災地への救援隊派遣と日本国民から差し伸べられた援助の手に心からの感謝の意を表明、続いて張団長が5月の訪日時に胡主席が日本の経済界に諮った4つの提案をふまえて作成された提言書「日中関係新次元への展開」(2面に骨子)の趣旨と概要を説明、提言書を手渡した。
 李副首相は中国の現状を分析、中日経済協力の展望を述べ、「企業(の現場)にしろ、製品にしろ、新しい状況、新しい問題が出現するかもしれない。しかし、双方が互恵平等とウィン・ウィンの方針で誠実に協議すれば必ず経済関係は引き続き前進・発展すると思う」「中日経済協力は新たな分野に発展し、新たな突破口を見出すと、充分に自信を持って見ている」「国民の生活水準と質の向上をもたらす発展をすすめたい」と語った。

◇提言書「日中関係新次元への展開」

 提言書「日中関係新次元への展開」は、ことし5月の訪日時に胡錦涛主席が日本の経済界に諮った「両国の経済貿易協力をさらに高い発展段階へと押し上げる」ための4つの提案をふまえている。
(1)省エネ、環境保全分野の協力を重点的に強化する
(2)中国の地域発展の過程に積極的に参画する
(3)両国の企業協力を強力に推進する
(4)アジア地域とグローバル経済での協力を強化する
 日中経済協会では各界有識者から成る21世紀日中関係展望委員会(福川伸次委員長、全21名)の英知を集めて今回の提言書を取りまとめた。日中両国語で作成。今回の代表団訪中時、李克強副首相に手渡されただけでなく、胡錦涛主席にも張団長から直接手渡された。

◇国連で日中外相会談開く

 中曽根弘文外相は第63回国連総会に出席、9月26日午前(ニューヨーク時間)、国連本部で楊潔チ・中国外相と会談し、麻生内閣が日中両国の戦略的互恵関係を推進することを表明、楊外相とつっこんだ意見交換を行った。
 麻生内閣最初の日中外相会談が国連本部を会場に行われ、今後ともいっそう協力して首脳間、外相間で頻繁に意見交換をすすめ、戦略的互恵関係を推進していくことを確認、日中関係の諸問題を中心に双方が関心をもつ国際問題についても率直な意見交換を行った。日中間の主要な問題は次の4件。
(1)第2回ハイレベル経済対話を含めASEM(アジア欧州会合)、APEC(アジア太平洋経済協力会議)、EAS(東アジア首脳会議)等の機会を活用、信頼関係を強化、特に安全保障関連と青少年関係の交流を着実におこなう
(2)「食の安全」を確保するため、日中間で緊密な連携をすすめることで一致
(3)東シナ海に関する政治的合意を実施するため意思疎通と諸交渉を速やかにおこなう
(4)楊外相が「一つの中国」の原則にいささかの変化もないことを説明、中曽根外相は日本政府の立場に何ら変更はない旨応答

◇北京大MBA訪日視察団と交流

 NPO福井県日中友好協会の招聘で北京大学国際MBA(経営学修士学位修得コース)日本経済文化視察団が来日、10月3日東京・神田の学士会館で村岡久平協会理事長、稲葉健次・(財)日中経済協会専務理事と交流、稲葉専務理事からは日中経済交流の現状についてのレクチャーがあった。

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2008年10月5日号のニュース
◇建国59周年、平和友好条約締結30周年祝う

中華人民共和国建国59周年、日中平和友好条約締結30周年を祝うレセプション。9月26日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで

中華人民共和国建国59周年、
日中平和友好条約締結30周年を祝うレセプション。
9月26日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで

 中華人民共和国建国59周年、日中平和友好条約締結30周年を祝うレセプションが崔天凱駐日中国大使の主催で9月26日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで開催され、日本各界から3000人が参加、晴れの日を盛大に祝った。30年前の1978年10月23日、日中平和友好条約が発効、日中関係は新しい時代に入った。協会は時代に即応する諸活動を強力に展開、「四つの現代化」「改革・開放」を進める中国に熱いエールを送った。本紙編集部は、この30年に寄せる思いを会場で16人に聞いた。

 会場入口では崔大使夫妻が参加者の一人ひとりを笑顔で迎えた。
会場は祝賀の熱気にあふれ、歓談の輪がそこかしこに広がった。
「30年前に条約が結ばれ今日がある。本当によかった」と森秀男日立市日中会長。
「条約締結を訴えるチラシ配りを毎日のようにやったあの若かった日々が懐かしい」と当時、東京・渋谷区日中の活動家だった小池義則太極拳友好協会会長。「経済交流が加速、視察団の応対に追われる日々が始まりました」と関誠日中経済協会理事・総務部長。……
 条約の精神を諸事業のなかで実地に押し進めるために、心ある日本人がそれぞれの部署で闘志を燃やし、心血を注いだこの30年。
 会場に集った「老壮年」の願いはひとつ。「若い世代に、この思いをどう伝えれば、日中の友好と提携をより深めてもらえるか」
 今年は日中青少年友好交流年。日中計4000人の青少年が相互訪問、「思い」は若い世代に引き継がれようとしている。

◇温家宝首相が国連総会で演説

  中国の温家宝首相は9月24日、第63回国連総会の一般討論で演説、平和的発展と改革開放の堅持を強調し、北京五輪後の中国の国政運営の方針を明らかにした。演説の要旨は次の通り。
                                 ◆
 中国政府と中国人民を代表し、四川大地震の震災救援と五輪開催への国際社会からの理解と支持・支援に感謝したい。五輪後も中国はこれまで通り平和的発展と改革開放を堅持し、独立自主の平和外交を貫く。これは、中国人民の根本的な利益と世界人民の根本的な利益に合致し、時代の趨勢にも順応する。
 中国は発展途上国であり、近代化を実現するには、なお任重く、道は遠い。建設に努め、発展を図ることこそが政府と人民の理念であり、行動でもある。北京五輪の成功は中国人民に自信を与えたものの、格差の広がりなど中国は解決を要する多くの問題を抱えている。
 中国の発展は改革開放に拠らなければならない。不断の経済体制・政治体制改革が経済発展と社会進歩の動力であり、対外開放を全面的かつ持続的に拡大してはじめて国家の富強と民族の繁栄が実現できる。そのためにも平和な国際環境がぜひとも必要で、他国の主権と領土の保全を尊重し、対話と交渉を通じて関係国との間に歴史上残されてきた問題と現実的な見解の相違を解決したい。国連安保理常任理事国として、中国はこれまで通り国際的な紛争問題と地域での衝突を平和的に解決するために積極的かつ建設的な役割を果たしたい。 人類はいま、温暖化、環境悪化、資源の欠乏、疫病、自然災害の多発、テロなどの重大な問題に直面している。なかでも金融、エネルギー、食糧の三大問題は深刻化しており、金融不安の影響は多くの国に広がり、一段と深刻さを増す恐れがある。各国は協力してこの危機に立ち向かわなければならない。各国人民、わけても各国の指導者は敵視やこだわり、偏見をなくし、心を開き手を携え、一致して努力しなければならない。中国は発展途上国ではあるが、責任ある大国として国際社会と協調し、協力を強め、機会を逃さずに、危機的状況に立ち向かい、世界の調和と発展に貢献するようありたい。

◇有人宇宙船「神舟7号」が宇宙遊泳に成功

9月27日、神舟7号有人宇宙飛行の船外活動任務を遂行し、船外で中国国旗を振る宇宙飛行士のテキ志剛さん

9月27日、神舟7号有人宇宙飛行の
船外活動任務を遂行し、船外で中国国旗を振る
宇宙飛行士のテキ志剛さん

 周恩来総理が第4期全人代第1回会議で「(農業・工業・国防・科学技術の)四つの現代化」を訴えたのは1975年1月。33年後の9月27日、中国は宇宙船の船外活動に成功(写真)、科学技術でも世界の前列に立った。
 「15年以内に世界最先端を目指す」と表明、開発の新たな段階に入る。


 
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2008年9月25日号のニュース
◇加藤会長と胡主席の会談全文

左から佐藤嘉恭・副会長、宮本雄二・駐中国日本大使、加藤紘一会長、胡錦涛主席、令計劃・中央弁公庁主任、王滬寧・中央政策兼研究室主任。人民大会堂・新疆の間で

左から佐藤嘉恭・副会長、宮本雄二・駐中国日本大使
加藤紘一会長、胡錦涛主席、令計劃・中央弁公庁主任
王滬寧・中央政策兼研究室主任。
人民大会堂・新疆の間で

 9月5日から7日まで中国を訪れた加藤紘一会長を団長とする(社)日中友好協会代表団は7日午前、北京の人民大会堂・新疆の間で胡錦涛国家主席と会談し、健全で何でも話し合える日中関係を構築し、包括的な互恵関係を発展させるため一層努力していくことを確認しあった。会談は、中国政府要人が多数同席し、なごやかな雰囲気のなかで50分にわたって行われた。以下に会談の全文を掲載する。

 加藤会長 アジアでは日本も韓国も国家が上り坂にある若い活気に満ちた時期にオリンピックが開催されました。そしてまさに今回、中国で北京オリンピックが大成功をおさめた。私たちは同じアジアの一員として中国でのオリンピック成功に心からの祝意と敬意を表します。
 それから昨日のパラリンピックですが、その歴史に大きな足跡を残す素晴らしい開会式だった。第一に、これまでパラリンピックはオリンピックの陰でひっそりやっていたという印象でしたが、北京パラリンピックはそれ自体が、オリンピックと同等のものとして開催された。開会式もそうですし、市内の交通規制ひとつとっても、パラリンピックにかける中国の強い意志をうかがうことができます。開会式で、最終聖火ランナーが最後までロープを上りきれるのか、自分の力で聖火を持っていかなければならないわけで、私たちもはらはらして見ていましたし、途中で一回、呼吸を整える瞬間があった。
                                                            (続き)
◇北京パラリンピックが閉幕

 国際パラリンピック委員会(IPC)のフィリップ・クレイバン会長は「北京パラリンピックはたいへん素晴らしい」と語り、「中国は、開催に向けて何年もの歳月を費やし、完璧ともいえる準備をしてくれた。水準の高い競技がくり広げられ、偉大な選手が誕生した。多くの中国の人々が競技場に足を運び、競技への関心も高かった」と賞賛した。17日、12日間の会期を終え閉幕した。

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2008年9月15日号のニュース
◇加藤会長が胡錦涛主席と会談

胡錦涛主席(右)と握手する加藤紘一会長。9月7日、人民大会堂・新疆の間で

胡錦涛主席(右)と握手する加藤紘一会長。
9月7日、人民大会堂・新疆の間で

 加藤紘一会長を団長とする(社)日中友好協会代表団が9月7日午前、北京の人民大会堂で胡錦涛国家主席と会談した。胡主席は、日中平和友好条約締結30周年、日中青少年友好交流年のことしは特に青少年同士の往来を密にし、両国国民の相互理解、友好感情を深め、日中友好の社会的基礎を強化することに強い期待を表明した。会談は約50分にわたり、中国政府が日中友好協会の活動に大きな期待を寄せていることを印象づけた。加藤会長が協会の代表団を率いて訪中するのは7月の会長就任後初めて。
 加藤会長は会談冒頭、6日夜に観覧した北京パラリンピック開会式の感想を述べ、北京オリンピックが成功裡に閉幕したことに祝意を表した。
 胡主席は「中国の古い友人」の友好協会会長就任を歓迎し、「オリンピックの準備中と開催中に日本各界からたくさんの支援をいただいた」と応じた。また、胡主席は、「協会は多年にわたって中日関係の発展に大きな貢献をされてきた」と協会の活動を高く評価、「四川大地震で多大な支援をしていただいたことに、この場を借りて感謝の意を表したい」と述べた。
 協会役員ら11人からなる代表団は中日友好協会の招聘で5日から7日まで訪中し、5日午後に武大偉外務次官、陸昊・中国共産主義青年団(共青団)中央書記処第一書記、唐家セン・前国務委員とそれぞれ会談、6日夜には国家スタジアム(鳥の巣)で北京パラリンピックの開会式を観覧した。

◇平和友好条約締結30周年を祝賀

 日中平和友好条約締結30周年を祝うレセプションが9月8日、宋健・中日友好協会会長一行を迎えて、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ鶴の間で盛大に開催された。(社)日中友好協会をはじめとする友好7団体が主催、来賓には崔天凱駐日中国大使、河野洋平衆議院議長、江田五月参議院議長らが列席、冒頭、宋会長と崔大使に森下洋子さんと中野良子さんが花束を贈呈、会場を埋めた800人の参会者から大きな拍手が送られた。
 主催者を代表して野田毅日中協会会長があいさつ、「両国の戦略的互恵関係が、両国国民が互いに敬いあう『互敬』関係に発展するよう願う」と結び、これを受けて宋会長があいさつに立ち、「友好7団体の皆さまが信念をもって行動された友好の事績は歴史に永遠に明記されるもの」と貢献を称えた。
 河野衆院議長、江田参院議長の来賓あいさつに続いて、伊藤信太郎外務副大臣が福田康夫首相の祝賀メッセージを代読、辻井喬日本中国文化交流協会会長の音頭で乾杯、加藤紘一協会会長も主催団体代表として登壇し、杯を挙げて30周年の佳き日を祝った。協会からは150人に近い会員が出席した。

◇加藤会長と平山前会長が懇談

 9月2日、加藤紘一協会会長が鎌倉市二階堂の私邸に平山郁夫名誉会長を訪ね懇談した。5日からの協会代表団団長としての訪中を前に助言を求め、今後の協会事業について意見を交換、名誉会長は「期待しています」と加藤会長を激励し、堅い握手を交わした。
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2008年9月5日号のニュース
◇華やかに北京オリンピック

開会式のクライマックス。舞台が割れて青い大きな地球がせり上がると、世界中の子どもたちの笑顔がスタジアム上辺のスクリーンに映し出された。観覧席は満天の星空に

開会式のクライマックス。舞台が割れて青い大きな地球がせり上がると、世界中の子どもたちの笑顔がスタジアム上辺のスクリーンに映し出された。観覧席は満天の星空に

 8月8日午後8時(日本時間午後9時)過ぎからメーン会場の国家体育場(愛称・鳥の巣)で開会式が行われた第29回オリンピック北京大会は、史上最多の28競技・302種目で熱戦を展開、8月24日、17日間の会期を終えた。「一つの世界 一つの夢」を謳い、勇壮華麗な歴史絵巻をくりひろげた開会式の模様を中国国家体育総局の招きで出席した村岡久平協会理事長に聞いた。

 「鳥の巣」(バーズネスト)の愛称で世界的に有名になった国家体育場(国家スタジアム)は、観覧席の収容人数が9万1000。
 まだ上空が明るい午後6時半から中国各地の伝統舞踊や少数民族の集団舞踊が華麗に繰り広げられました。トラックとフィールドの上全面を床板状のボードで覆い、巨大な舞台がつくられた、と言ってもいいでしょう。胡錦涛主席とロゲIOC会長を迎え、午後8時8分を前に、カウントダウンが始まると、スタジアムは異様な熱気に包まれて、「中華民族100年の夢」の実現を待ち構えます。
 午後8時8分。
 大きな炸裂音とともに無数の花火が打ち上げられて開幕を宣言、北京招致が決まってから7年、中国人が待ちに待った北京五輪の開会式が始まりました。
■観客も演出担い
 マスゲームは、中華民族の壮大な歴史を現代科学のハイテクを駆使して再現した立体絵巻といったところでしょうか。実際に絵巻物が描き出され、さらには、紙に続く中国の四大発明の一つ、活版印刷が表現されて「和」の文字がくっきりと浮かび上がった。一糸乱れぬ組織性と規律性は、200日にも及んだ厳しいトレーニングのたまものでしょう。
 観客は中国各省・市・自治区から選抜された「代表」が主体だったとか。私たちにもプログラムや飲料水といっしょに中国国旗と五輪旗の小旗、それに大型のペンライトが配られ、観客もこの一大パフォーマンスの演出を担うことに。観覧席を埋め尽くしてライトが点滅する幻想的な光景が出現しました。
 私は、4年に1度開催される全国運動大会(国体に相当)の開会式をずっと見てきましたが、この開会式は、その集大成だったのかという印象を強くもちました。「こうした大イベントはこの先10年間はやれそうにない」と語った張芸謀演出総監督の言葉通りの実に見事な開会式でした。

◇于再清氏がIOC副会長に

 中国国家体育総局副局長でCOC(中国五輪委)副会長の于再清氏が8月7日、北京で開催されたIOC(国際五輪委)総会で、副会長に選任された。何振梁COC名誉会長に次いで中国人では二人目。IOCの副会長は4人。于氏は今年57歳、2004年8月にIOC理事に。北京五輪の準備期間を通して各国を歴訪、成功に向けて尽力した。

◇平和友好条約締結30周年レセプション

 日中平和友好条約締結30周年を祝賀するレセプションが崔天凱駐日中国大使と来日中の宋健中日友好協会会長一行を迎えて、日中友好7団体の主催で開催される。
■日時 9月8日(月) 正午〜13時30分
■会場 ホテルニューオータニ鶴西の間 (東京都千代田区紀尾井町4−1)
■会費 5000円(当日、各団体の受付で申し受けます)
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2008年8月15日号のニュース
◇「中国青年代表団」第2陣が帰国

日中の将来について話し合う両国の大学生。7月25日、京都・聖護院御殿荘で

日中の将来について話し合う両国の大学生。
7月25日、京都・聖護院御殿荘で

 「日中青少年友好交流年」のことし、「中国青年代表団」第2陣が7月23日から30日まで来日した。一行は大学生、青年団体のリーダー、公務員のほか、中国の科学技術、医療・衛生、エネルギー、環境の各分野の将来を担う青年と、四川大地震で被災した中高校生の計327人で、各地でこの夏一番の暑さが記録されるなか、日本の若者と合宿して意見を交わすなど、将来の日中関係を、さらに希望に満ちたものにするため知恵を出し合った。
 代表団は外務省が招聘し、中華全国青年連合会(全青連)が派遣、総団長は倪健・全青連主席補佐がつとめた。
 8分団に分かれて福島、千葉、東京、神奈川、山梨、京都、大阪、兵庫で各専門分野ごとに関連施設を視察、エネルギーや環境に対する日本での取組みについて理解を深めた。また、同じ専門分野の青年同士が、自国の状況を説明しあい、率直な意見を交換、日中が今後同じ問題に協力して取組んでいく上で大きな成果をあげた。
 各分団は27日に東京に集合、28日に開かれた日中平和友好条約締結30周年記念のシンポジウムとレセプションにそろって出席、日中両国がさらに緊密な関係を培っていくために青年が果たす役割について意見を発表した。
 29日には団の代表と四川省の中高生ら約30人が、福田康夫首相を官邸に表敬訪問した。
 北京大生99人を含む大学生分団124人は、外務省の委託で(社)日中友好協会が受入れを担当。北京大生の招聘は、昨年12月に福田首相が北京大学で講演した際に表明、今回実現した。
 日中両国は環境、エネルギーをはじめ、経済、学術、文化など各分野での青年代表の相互招聘を順次実施することにしている。

◇加藤紘一会長が五輪を祝賀し揮毫

 北京五輪開幕の8月8日付「光明日報」は、世界の著名人から寄せられたオリンピック開催祝賀メッセージを掲載、日本からは加藤紘一(社)日中友好協会会長の揮毫が紙面をかざった。
 厳聖禾・光明日報東京支局長が衆議院第二議員会館に加藤会長を訪ね、揮毫を要請。加藤会長は「北京オリンピックが人類の五輪史にいっそうの輝きを添えるものであってほしい」と願って筆を揮った。中国語訳は「祝願為奥運歴史増輝」。

◇外務省中国・モンゴル課長に埀秀夫氏

 就任まもない埀秀夫外務省中国・モンゴル課長が8月6日午前、衆議院第二議員会館で加藤紘一会長と、また午後には協会で村岡久平理事長と懇談した。
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2008年8月5日号のニュース
◇上海青少年記者が“ちびまる子”と交流

前列右から、たまちゃん役の岩本千波さん、まる子役の伊藤綺香さん、お姉ちゃん役の村崎真彩さんを囲ん
前列右から、たまちゃん役の岩本千波さん、
まる子役の伊藤綺香さん、
お姉ちゃん役の村崎真彩さんを囲む
最年少の団員・呉思叡くんが描いた「中日両国の世代友好を願って」。アトムとドラえもん、北京五輪の「福娃」たちがいっしょに
最年少の団員・呉思叡くんが描いた「中日両国の世代友好を願って」。アトムとドラえもん、北京五輪の「福娃」たちがいっしょに

 (社)日中友好協会の招請で、7月21日から26日まで「上海青少年記者代表団」(団長=呉暁寅・上海市対外文化交流協会副秘書長)が来日、東京では河野洋平・衆議院議長、横浜では中田宏・市長にインタビュー、25日には東京・台場のフジテレビを取材、中国でも大人気のドラマ『ちびまる子ちゃん』出演の子役たちと交流した。
 「上海青少年記者代表団」は、上海マスコミを代表する上海テレビ局、上海ラジオ局、上海教育テレビ局、「解放日報」「文匯報」「新民晩報」「新聞報」「東方ニュース・ネット」の青年記者と「中華小記者・上海市養成コース」に通う10歳から16歳までの「小記者」ら35人。
 日中平和友好条約締結30周年のことし、日中青少年友好交流年事業の一環として、上海市新聞工作者協会と上海市対外文化交流協会が組織・実施したもので、6日間、東京・横浜で取材にあたった。
 フジテレビでは「桜桃小丸子」のタイトルで大人気のアニメ『ちびまる子ちゃん』の実写ドラマ『まるまるちびまる子ちゃん』に出演の3人が出迎えた。
 小記者たちはそろいの白のポロシャツ姿で背には赤い「中華小記者」の5文字。さっそく取材が始まり、「テレビ出演と勉強は両立しますか」「普段もまる子ちゃんのような性格ですか」「大きくなったらどんな仕事につきたいですか」と矢継ぎ早の質問……。
 最後に、小記者たち手作りの扇子が3人に贈られ、いっしょに記念撮影(写真上)。日中の子どもたちの笑顔を青年記者たちのテレビカメラやデジカメがしっかり記録、「まる子たちをよろしくね」「上海の小記者のこと忘れないでね」と名残惜しい別れに。
 「短い滞在でしたが、青少年記者たちは帰国後、存分に筆を揮うはず。こうした実地取材と交流を継続していけたら」と呉暁寅団長。

◇福田日本選手団長が本紙に決意語る

 選手・役員あわせて550人に近い大デレゲーションを率いて北京五輪に臨む。中国との付き合いは30年におよび、毎年のように北京を訪れて、中国スポーツの「力強い発展ぶりと関係者の熱意を見つめつづけてきた」福田富昭・北京五輪日本選手団長にオリンピック開幕直前、単独インタビューした。

 ひっきりなしに携帯電話の着信音が鳴って、その一つひとつに的確な指示をあたえる超激務のさなか。
 「そうか、空は青く晴れ上がっているんだな。8月8日に向けた環境整備が功を奏してきたということだね」
 北京に送り込んだ先遣隊員からの報告に笑みがこぼれる。
 「長年の経験からですが、中国は言ったことはやる。わが日本代表団もたいへんお世話になるわけですが、そうした日中のしっかりした絆を大切にしながら、両国スポーツ界の相互友好の立場を踏まえたうえで、そこはメダルを争う堂々とした戦いをくりひろげたい」ときっぱり。
 「競技施設の一つ一つが、いかにもでかいですね。思い描いた夢は、莫大な費用をかけてでも形にするという大国の雄大さは、万里の長城の昔から変わらないのかも知れない」
 「開会式でも、どんなサプライズが飛び出すか、わたしも観客席にいて、その一部始終を見たいのだが、入場行進をしなければならない。ちょっと残念だね」と苦笑い。
 「いまは日本で優勝すれば五輪に出られた時代ではなく、きびしい五輪標準がある。それを乗り越えて過去最大規模の代表団が編成できた。アテネのようなメダルラッシュを北京で再現して、その実績が評価されれば、2016年の東京五輪誘致もけっして夢ではない。中国にも応援していただいて、アジアで4度目のオリンピックをぜひとも実現したいですね」と団長の構想は大きく広がった。

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2008年7月25日号のニュース
◇加藤会長が懇親会で力強い“第一声”

村山富市名誉顧問の発声で乾杯。総会後の懇親会で。7月3日

村山富市名誉顧問の発声で乾杯。
総会後の懇親会で。7月3日

  7月3日に開かれた(社)日中友好協会の第17回通常総会では、平山郁夫前会長が名誉会長に加藤紘一前顧問が会長に選出され、新しい執行部がスタートした。野中広務前名誉顧問は辞意を表明、名誉顧問を辞退し退任することになった。総会後に開かれた懇親会では、駆けつけた崔天凱駐日中国大使ら来賓や役員・正会員を前に加藤新会長が力強い“第一声”に就任の決意を込めた。懇親会での新会長あいさつの要旨は次のとおり。
加藤紘一会長あいさつ
 平山先生の後任として会長という重責を担わせていただくことになり、大変な名誉であると同時に、この重い仕事をしっかりと実効の伴うものにしていかねばと、覚悟を固めている。全国の会員の皆さまのご協力とご尽力を切にお願いしたい。
■平和への願い
 私が大学に入ったのは、日本の社会が外交問題で揺れた60年安保闘争の時代だったが、どうしてあれほどのエネルギーが噴出したのか、また、どうして多くの人々が社会的関心をもったのか。振り返ってみると、理由は二つに集約されるように思う。一つは平和でなければいけないという願い。もう一つはアジアの中での発展を考えるなら、日本はアジア諸国との関係をしっかり構築しなければならないということ。
 日本の針路はどうあるべきなのか、当時まだ20やそこらの若者に
答えが出せるはずがないのだが、東京出身の同級生たちは割り切っていて、大学時代は左翼でいい、社会に出たら“右”になって良いポジションに就けばいいと言う。けれど、東北出身の、藤沢周平描く庄内藩士の末裔に属する私は、そういうことができない風土で育った。そして、中国を勉強しよう、中国とのかかわりを自分のライフワークにしようと決意して外務省に入った。
■ライフワーク
 さまざまな出会いがあり、私も齢を重ねたが、以来、私は日中関係ということをずっと考え続けてきた。変わらずに日中関係は私のライフワークだ。
 再び戦わない。互いに経済発展しても円滑な両国関係でありえるようにしたい。互いがもっている尊敬すべき伝統文化をしっかり分かり合えるようにしたい。そんな気持ちでずっと活動してきた。
■より前向きに
 会長という職をいただいたが、名誉職として座っているのではなく、できるだけ創造性豊かな活動を通して、日中関係をスムーズでいい関係にしたい。そして、その素地は、よく見ると日中双方にしっかりあると思う。ただ、いろいろなパーセプション・ギャップ(認識のずれ・解釈の違い)や誤解がある。これを解いていかなければいけない。
 簡単な仕事ではないが、国民のエネルギーが日中の良好な関係づくりのために発揮されて、アジアの素晴らしい関係を構築できるように頑張っていきたいと思う。しっかりとしたエネルギーを持って、アクティブにやっていきたい。創造的に日中関係をより前向きにしていくために心ひとつに頑張ってまいりましょう。

◇故清水名誉副会長に胡主席から弔電

 6月29日、清水正夫・名誉副会長の葬儀には多くの供花・弔電が寄せられたが、胡錦涛・中国国家主席からの弔電は、きわめて異例のこと。弔電の全文は以下の通り。
 清水正夫先生ご逝去の報に接し、謹んで哀悼の誠を捧げます。
 さる5月に日本を訪問した際、清水先生はじめ松山バレエ団の皆さま全員と親しくお会いできたことは、私にいつまでも忘れられない深い印象を残しました。清水先生は長期にわたり中日友好事業に力を尽くされ、貴重な貢献をなされました。先生のご功績は永遠に中日友好の歴史に刻まれます。ご遺族の皆さまのお悲しみはいかばかりかと存じますが、どうかご自愛くださいますよう。中華人民共和国主席 胡錦涛

◇全日本武術太極拳選手権大会開かれる

 ことしで25回目の「全日本武術太極拳選手権大会」が7月11日から3日間、東京体育館で行われ、個人と団体競技の6競技部門・37種目に2125人が出場した。今大会は8月の「北京武術トーナメント」の日本代表選手最終選考会を兼ねて実施されたもので、套路競技の5人と散手競技の1人計6選手が選ばれた。

◇羅田広駐大阪総領事が交通事故で逝去

 羅田広駐大阪総領事が、一時帰国中の7月11日河北省で交通事故に遭い逝去した。享年55。駐大阪総領事館では15日から17日まで弔問が行われ羅総領事を知る多くの人々が訪れ故人の死を悼んだ。
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2008年7月15日号のニュース
◇加藤紘一・衆院議員が協会新会長に就任

7月3日の総会で会長に就任、あいさつに立つ加藤紘一衆院議員

7月3日の総会で会長に就任、
あいさつに立つ加藤紘一衆院議員

 (社)日中友好協会の第17回通常総会が7月3日、東京・千代田区のKKRホテル東京で開かれ、四川大地震の犠牲者と6月25日逝去した清水正夫名誉副会長に黙祷を捧げたあと、報告を受けて議事に入り、役員改選では、平山郁夫会長を名誉会長に、加藤紘一顧問(衆院議員)を会長に選出、協会の新しい人事を定めた。
 総会は正会員114人(委任状を含む)が出席して行われ、「事業・活動報告」と「収支決算報告」を承認、役員改選に入った。当初6月17日に開かれる予定だった総会が延期されたのは、平山会長が北京で開かれた「芸術展」開幕式出席後に体調をくずし、辞意を表明したことから。後任人事で役員選考委員会がもたれ、この日の総会になったもので、役員改選では、まず井出正一副会長が平山会長と、同じく辞意を表明した鈴木重郎副会長の功績を称えて感謝のことばを述べたあと、会長候補に加藤紘一顧問が推薦された。
 野中広務名誉顧問から「加藤さんには名誉職はまだ早いのでは」との異議が出され、賛否両論が交わされて、決議に。満場一致で会長に加藤顧問が選出された。あいさつに立った加藤新会長は「名誉職ではなく、覚悟を固めてお受けした。日中関係は私のライフワーク。国民のエネルギーが日中友好に使われ、アジアの平和に貢献することこそが私の願い」と力強く語った。
 総会後の懇親会には崔天凱駐日中国大使と孔鉉佑公使が駆けつけ、平山前会長の労をねぎらうとともに加藤顧問の新会長就任を祝賀、ともどもに杯を交わして歓談した。
 唐家セン・前国務委員、陳昊蘇・中国人民対外友好協会会長、宋健・中日友好協会会長らから加藤会長と平山名誉会長に祝電が寄せられた。

◇中国高校生訪日団第4陣250人が帰国

 「日中青少年友好交流年」事業の一環で6月24日から来日していた「中国高校生訪日団」第4陣が7月2日、8泊9日の日本訪問を終え、思い出を胸に成田発の便で帰国した。
 第4陣は、北京・重慶・河北・河南・浙江・湖南・山西の2市5省の高校生(女子125人・男子86人)と引率教員ら250人で、団長は趙軍・教育省高等学校社会科学発展研究センター副主任。6コースに分かれて日本の各地を訪問、学校の授業に参加し、ホームステイを体験するなどして交流した。
 東京では6月25日、『名探偵コナン』はじめ数々の人気アニメを製作した諏訪道彦氏(読売テレビ)が講師のセミナーに全員が出席、アニメを通した相互理解の可能性などについて話を聞いた。
 同日夜の歓迎レセプションで披露された着物のファッションショーでは、ひまわりや藤の花を象った帯の着物や肩や脚を出した斬新な浴衣のモデルが登場、生徒たちはさかんに写真を撮っていた。
 ショーは日本文化の一端に触れてもらおうと企画、さが美きもの文化学苑が演出した。
 北京の高校生9人は26日、東京都久留米市の自由学園を訪問した。学園の生徒手作りの昼食を一緒に食べた後、授業を参観。茶話会では日本側がコーラスで北京の学生を歓迎し、お茶とお菓子をともにして語り合った。
 30日に49人が訪問した千葉県市原市の東海大付属望洋高校では吹奏楽部がダイナミックな演奏を披露、日中の生徒が一緒に日本語と中国語で「鉄腕アトムの歌」を合唱した。また全校生徒が折った千羽鶴6束が四川大地震の慰問の気持ちをこめて中国側に贈られた。
 訪日団は外務省の委託で(社)日中友好協会が受入れを担当。
 東京、長野、静岡、香川の各都県日中と、東京の西東京、豊島区、北区と静岡の浜松市の各地区日中がホームステイの受入れ、学校交流で協力した。

◇清水正夫名誉副会長の葬儀しめやかに

 清水正夫協会名誉副会長の葬儀が6月29日、東京港区の青山葬儀所で行われ、故人の死を悼む多くの会葬者が降りしきる雨のなか最後の別れをした。
 清水名誉副会長は25日、多臓器不全のため死去、87歳だった。夫人の松山樹子さんと松山バレエ団を創立、「白毛女」などの中国公演は12回にわたり日中文化交流への貢献を称えて、5月8日には来日中の胡錦涛主席がバレエ団を訪問、葬儀にも弔電を寄せた。
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2008年7月5日号のニュース
◇“「日本と中国」2000号”志も新たに

 おかげさまで「日本と中国」は通刊2000号を数えました。1950年2月20日の創刊から58年余、「日中友好のしんぶん」として戦後の日中関係史と歩みをともにし今日を迎えることができたのも、ひとえに会員・読者の皆さんのご支持のたまものです。日中友好協会成立時の「綱領」には、「日中両国人民の友好提携により、相互の安全と平和をはかり、もって世界平和に貢献する」とあります。「道は曲がりくねっているが、前途は光明にあふれている」のことばどおり、日中両国は紆余曲折を経て、いまアジアと世界のより良い未来を築くうえで重い責任を共有する協力パートナー関係を相互に認識するに至りました。この相互信頼を打ち固めるために、「日本と中国」は志も新たにいっそう奮闘してまいります。

ご愛読に感謝し、いっそうのご支援を
(社)日中友好協会会長 平山郁夫

 全国の会員の皆さんと日中友好にお心をよせてくださる読者の皆さんに支えられて、「日本と中国」は通刊2000号を迎えることができました。 
 創刊は中華人民共和国成立の翌年、それも4カ月を経ない1950年2月20日のことですから、当時、アジアと世界の平和のために心を砕いていた諸先達の新中国への関心がいかに高かったかがうかがえます。以来半世紀余、日中関係は、いま二国間の善隣関係にとどまらず、アジアと世界のより良い未来のために貢献するという大きな責任を負った全面的な協力パートナーの関係にあります。日中両国の数世代にわたる多くのかたがたの心血が凝集したこの安定・発展の局面を「日本と中国」は何よりも大切にし、多角的により深く、さまざまな分野の人々の活躍を通して報道してまいります。 
 通刊1000号を記念して1977年4月に派遣された戦後初のチベット取材団には私も団員として参加し、ラサの地を踏みしめたことが懐かしく思い出されます。2000号を迎え、志も新たにいっそうの紙面充実に努めてまいりますので、どうか変わらぬご愛読とご支持ご鞭撻をお願いいたします。

◇高校生代表団100人が交流終え帰国

英語の授業を受ける日本(右)と中国の生徒

英語の授業を受ける日本(右)と中国の生徒

 6月10日から中国の北京・長春・大連を訪れていた「日本高校生代表団」の第1陣(団長=谷本義和・京都府立城南高校校長)が16日、成田・関西の両空港から帰国した。 
 代表団は、京都の城南・南丹・洛西・山城の府立4校と立命館高校、栃木県立鹿沼東高の2府県6校の高校生ら100人で、学校交流やホームステイを通じて若者同士の相互理解と信頼を深めた。 
 北京では12日に北京市第十九高校で英語や数学の授業に出席、エアロビクスや書道で交流。吉林省長春では13日に長春日章学園、14日に長春市第二実験高校を訪れ、卓球やバスケットボールなどのスポーツで中国の高校生とともに汗を流し、交歓会で歌や踊りを披露し合った。特に、中国側の上手な日本語の歌の合唱に、日本の高校生からは驚きの声があがった。14日晩はホームステイを体験、団員の北澤知佳さん(城南高2年)は「家族と一緒にたくさんの写真を撮って良い思い出ができた」と語っていた。 
 今回の代表団は「日中青少年友好交流年」の事業の一つとして中日友好協会が受入れ、外務省の委託で(社)日中友好協会が派遣を担当した。一方、協会が受入れを担当する中国高校生訪日団の第4陣250人は6月24日に来日した。

◇被災地の受験生、テントで試験に備える

 被災地の受験生たちが不便な避難生活のなかで試験勉強に励んでいる。6月10日晩、四川省広元市のテントで、同省青川県・第一高校の3年生が熱心にノートをとっていた。 
  中国教育省は四川大地震に対応し、甚大な被害を被った四川・甘粛両省の62の区・県の12万人に対して、大学入試を7月3日まで延期することを決定。全国の各大学では被災地の受験生のために募集人数の割り当てを調整し、四川省からの全募集者数の20%、甘粛省からの10%を被災地の学生に割り当てる。中国では6月7、8日、日本の大学入試センター試験に相当する「高考」が実施された。

◇東シナ海のガス田が共同開発で合意

 日中両国の間で長く懸案となってきた東シナ海の海底ガス田について合意がまとまり6月18日に発表された。 中国が開発中のガス田「白樺(中国名・春暁)」への日本側の資本参加で合意し、利益は出資比率に応じて配分、未開発の「翌檜(同・龍井)」については共同で開発する。 
  中国外務省は同日、東シナ海を平和、協力、友好の海にするという両国首脳の共通認識に基づいた措置であり、両国民の根本利益に合致する、との談話を発表した。
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2008年6月25日号のニュース
◇北京・花家地小学校で被災地支援バザー

犠牲者を悼む詩や被災地の児童へ向けたメッセージを朗読する生徒代表ら

犠牲者を悼む詩や被災地の児童へ向けたメッセージを朗読する生徒代表ら

 全国民が団結して、四川大地震がもたらした未曽有の困難を克服しようと、中国全土の学校、職場などで支援活動の輪が広がっている。6月1日の国際児童デーを前に、北京市内の多くの小中学校では、被災地の子どもたちに励ましのメッセージや支援物資を送る活動が展開された。北京の花家地実験小学校で5月30日に開かれた被災地支援のバザーを取材した。 
 花家地実験小学校(魏俐校長・生徒数1100人)は、中国語で「同心結」と呼ばれる北京オリンピックでの「一校一国運動」で日本を応援する。昨年末には福田首相が訪れ児童と交流するなど、日本との縁が深いことでも知られる。 
 朝8時半、校庭に全校生徒が整列、国旗を掲揚した後、児童代表が次々に舞台にあがって、犠牲者を悼む詩や、「心を強くもってください」「早く家に戻れるよう祈っています」など、被災地の児童へ向けたメッセージを読みあげた。 
 甚大な被害が出た四川省徳陽市から北京に住む叔母を頼って上京した転入生の王迪君(7)が、地震発生時の状況を「窓がガラガラ鳴って、先生が教室と運動場を往復して生徒全員を避難させました」と語り、児童らが話に静かに聞き入った。 
 魏校長は、「多くの人々が亡くなり、大きな被害が出ていますが、全国に援助活動が広がっています。わが校も地震翌日の13日には義援金を集めました。今後は被災地の学校と姉妹校提携を結び再建に尽くしたいと思います」とあいさつ。 
 式典後のバザーでは、各自が持ち寄った玩具や文具、書籍などが校庭に置かれた机の上に所狭しと並べられ、生徒らは競うように手に取り購入していた。校庭には被災地に対する理解を深めるため倒壊した建物や救援活動の様子を紹介したパネルも展示された。 
 この日のバザーでは6万元(約90万円)が集まり、その一部で500個の五輪マスコット「福娃」人形を購入、被災地の子どもに贈るほか、北京市の支援交流都市に指定された四川省什市の学校の再建のため寄付されるという。 
 中国では、各地の児童が被災地の児童に手紙を送る運動が盛んに行われ、「児童デー」を祝うために、被災地の一部児童が北京に招待され、北京の児童と一緒に五輪会場などを見学した。今回の大地震では、多くの児童が心的障害を負ったとみられ、その対策も急ぎ求められている。

◇上海万博センターなど予定地の建設進む

 上海万博会場予定地ではすでに、閉幕後も恒久的に使用する施設の建設が進んでいる。万博センターなど4施設で、昨年11月から建設を開始、来年9月には竣工する予定だ。地下鉄も急ピッチで整備され、総延長距離は現在の234キロから2010年には400キロを超える。

◇日本高校生訪中団が北京・長春・大連へ

 「日本高校生訪中団」が6月10日、中国へ向け出発した。6泊7日の日程で北京・長春・大連を訪れ、現地の高校生と交流する。
 京都府と栃木県の生徒と引率の教師ら100人で編成、受入れは中日友好協会、派遣は外務省の委託で(社)日中友好協会が担当する。
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2008年6月15日号のニュース
◇日本救助チーム通訳の徐潔さんが語る

「全国哀悼日」の5月19日、地震発生から1週間になる午後2時28分、援助隊救助チームの隊員たちも黙祷を捧げた

「全国哀悼日」の5月19日、地震発生から1週間になる午後2時28分、援助隊救助チームの隊員たちも黙祷を捧げた

 中国で四川大地震の犠牲者を追悼する「全国哀悼日」が明けた5月22日、日中7団体は会長連名で共同プレス発表を公表した(全文囲み)。中国では被災地に派遣された日本の援助隊に感謝する声が高まっているが、救助チームに北京から同行した6人の通訳の一人、徐潔さんは、留学時、NPO東京都日中友好協会の中国語講座で講師を務めたこともある。徐さんに救援の5日間を語ってもらった。
 (5月)15日の朝、日本から国際緊急援助隊救助チームが被災地に派遣されるとのニュースが流れ、午後に、私たちが通訳登録をしている北京のコンサルティング会社から電話があって、同行通訳の依頼を受けました。
 「私でお役に立つなら」との思いで、すぐに簡単な荷造りをし、北京空港に集合、隊に合流して、深夜、成都の双流空港に到着したのです。
 翌16日、まず向かったのが青川県の関荘鎮でしたが、土砂崩れで村は埋もれてしまい、道路も修復が進まず立ち往生してしまいました。(小泉崇)団長と数人の救助隊員が生命探査器具(ライフエクスプローラ3)などを持って車を降り、歩いて村に入りましたが、救出は絶望的で、その場で黙祷を捧げるのが精一杯という、一帯は想像を絶する被災状況です。隊は次に喬荘鎮に向かいましたが、道路は寸断されていて、目的地に着いたのは午後4時過ぎでした。

■夜を徹して■
 崩壊した6階建ての職員寮に取り残されているという母子の救出にかかりましたが、救援隊の第2陣はこの日、現場には駆けつけられず、第1陣が3つの班に分かれ、交替で夜を徹して手掘りの救出作業を続けました。
 現場には仮眠をとる場所がなく困っていたところ、「近くの空き地にテントが張られたので、案内します」と声をかけてくれた三人組があり、お聞きすると車をチャーターしたという北京からのボランティアでした。それで、隊員も交替で仮眠をとることができたのです。不眠不休の作業がつづき、17日朝、母子の遺体が見つかりました。
 隊員たちが自分たちの飲み水でお二人の顔を洗い、担架に寝かせて遺体を整え、その場に整列して全員が頭を垂れ、ご冥福を祈ったのです。葬儀場に運ぶ車を隊員たちは敬礼して見送りましたが、遺族のかたがたが涙声で何度も何度も「謝謝!」「謝謝!」と応えた光景を私は生涯忘れないでしょう。
 黙々と働く隊員たちを村人が見守っていましたが、そんな時、二人の少女が隊員にチョコレートを渡し、一言二言ことばを述べたのです。あいにく通訳がいません。その隊員は、「がんばってね」と言ってくれたと解釈して、いただいたチョコレートをかみしめたそうです。
■猛暑の中で■
 17日深夜、北川県に移動。18日は30度を超す猛暑のなか、倒壊した北川第一中学校での作業が続きました。四川省綿陽市消防隊、北京市消防隊と私たちの3チームの共同作業でしたが、これは、きっと救援現場での初めての中日連携だったのではないでしょうか。
 作業が進むにつれて、チームワークが生まれ、中国側が日本チームから道具を借りる場面もあって、チームプレーは充実してきます。通訳も必要に応じて危険な崩落現場に入ることもありましたが、6人の通訳の誰もが不思議に全く身の危険を感じずに、隊員たちの救助作業をどうしたらサポートできるか、それだけを考えるようになっていました。しかし、運び出されるのは生徒の遺体ばかりで、一人でもいい、生存していてくれたらと、そればかりを願いながら作業を続けることになりました。
 第2陣(29人)も到着し、テントも設営されて、食事も日本から運びこまれたインスタント食品に替わりましたが、私たちのために、JICA(日本国際協力機構)と日本大使館のスタッフがお湯を沸かしてくれたり「後方支援」に努めてくださいました。
■国の枠を超え■
 19日、朝の強い余震や上流のせき止め湖決壊の恐れから撤退の命令が出されました。
 待機中、ひとりの若い隊員が私たちのところに来て、救助時に使う中国語を教えてほしいとのことです。
 私たちが必要なことばを発音すると、彼はノートに一つ一つ書き込み、何度もその発音を練習します。「もっと救助活動に役立ちたい」という気持ちが伝わってきて、私は、日本人のまじめさはよく知っていましたが、あらためて、胸にこみ上げてくる熱いものを感じました。
 5日間、救援チームのかたがたと行動を共にし、隊員たちとも仲良くなりました。
 「人の役に立ちたい」というやさしい心があれば、国を問わず、民族も問わず、お互いに気持ちは通い合います。
 今回の日本国際緊急援助隊救援チームは国という枠を超えました。その人道的精神に多くの中国人が心打たれたのです。
■高い倫理観■
 隊員の皆さんと別れたのは成都ででしたが、皆さんから口々に「ありがとう!」と言われたとき、私はうれしくて、通訳の仕事をやっていてよかったと思いました。
 礼儀正しく、職務に忠実で、人のために尽くしたいという高い職業倫理観。
 「ありがとう!」と言うべきなのは、私たち中国人のほうなのです。


◇日中友好7団体「中国四川大地震について」共同プレス発表

 去る5月12日午後、中国四川省川県を震源とする大地震によって、5万人を超す尊い命が失われ、500万人におよぶ人々が被災されたことに対し深い哀悼の意を表するとともに心からお見舞い申し上げます。
 報道によると、今回の四川大地震で地表に現れた地震断層の長さは250キロメートルを超えるとのことですが、地震の多い日本で最大規模とされた阪神・淡路大震災で見つかった地表のずれの長さは10キロメートルですから、四川大地震はその約25倍という地震の大きさと被害の深刻さがうかがえます。
 地震直後に胡錦涛国家主席や温家宝総理が現地に赴き、陣頭に立って救援活動を指揮し、被災者へのお見舞いに尽力される姿を目にし、今回の災害救助と復興支援をいかに重視しているかが見てとれます。
 私たちは皆さんがこの未曾有の大災害を団結して乗り越え、復興と再建を成し遂げるものと堅く信じています。
 日本政府は、毛布やテントなどの支援物資の緊急輸送と国際緊急援助隊救助チームおよび医療チームの派遣を行いました。
 私ども日中友好7団体としても、被災者の皆さんに対し、義援金をはじめ医療機器や医薬品、テントなどの生活支援物資などを送るよう準備を進めております。日本各地においても義援金の募金活動を行っています。私たちは官民あげて今回の災害からの復興を支援していく所存です。
 中国の皆さん、頑張ってください。中国の皆さんが一致団結して困難を乗り越え、一日も早く復興されるよう、心から祈念申し上げます。

 2008年5月22日

社団法人日中友好協会会長 平山郁夫
日本国際貿易促進協会会長 河野洋平
日本中国文化交流協会会長 辻井 喬
日中友好議員連盟会長   高村正彦
財団法人日中経済協会会長 張富士夫
社団法人日中協会会長   野田 毅
財団法人日中友好会館会長 林 義郎

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2008年6月5日号のニュース
◇四川大地震に全国各地から救援の手
 
駐日中国大使館に設けられた「四川大地震犠牲者哀悼」記帳所

駐日中国大使館に設けられた
「四川大地震犠牲者哀悼」記帳所

 四川大地震の被災地へ救援の手が全国で差し伸べられている。大地震発生から1週間になる5月19日から21日までの3日間が「全国哀悼日」とされ、20日午後には、平山郁夫会長の代理で美知子夫人が駐日中国大使館を訪れ義援金を手渡した。
 四川大地震による死者は4万人を超え、負傷者は25万人にも及ぶ(5月22日現在)。中国政府は大地震発生から1週間になる5月19日から21日までの3日間を「全国哀悼日」とし、19日の午後2時28分(地震発生時刻)には中国全土で3分間の黙祷が捧げられた。

大使館で
 20日午後、平山郁夫・(社)日中友好協会会長の代理で美知子夫人が東京・港区の中国大使館を訪れ、哀悼の記帳を終えた後、孔鉉佑公使参事官に義援金100万円を手渡した。
 美知子夫人が「とても心配しております」と平山会長の言葉を伝えると、孔公使参事官は「多大なご支援をいただき心強く思います。平山郁夫会長はじめ協会の皆さまのお志をすみやかに本国に報告いたします」と謝意を述べた。

全国各地で
 長野県では、中国・河北省との友好提携25周年を記念し、5月18日から6日間の日程で県友好代表団(団長村井仁知事)が訪中したが、井出正一・長野県日中会長も県下で寄せられた50万円の義援金を携えて同行、政府関係部門に手渡した。
 宮城県日中では、仙台地区中国学友会とひとつになって街頭募金を展開、活動が力強く繰り広げられた。 街頭募金は鹿児島県・鹿児島市日中、NPO岡山市日中、石川県日中など日本全国の組織で始まり、「心こもる救援の手を」の呼びかけが大きな輪になって広がっている。

 近年の中国大陸におけるマグニチュード(M)5以上の地震
08年3月30日 (震源地)甘粛省粛南ユーグ族自治県 M5・0
08年3月21日 新疆ウイグル自治区ホータン地区 M7・3
08年3月21日 雲南省盈江県 M5・0
08年1月9日 チベット自治区ガリ地区ゲルツェ県 M6・9
07年7月20日 新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州テケス県 M5・707年5月5日 チベット自治区ガリ地区ルトク・ゲルツェ県境 M6・1
07年2月3日 青海省海西モンゴル族チベット族自治州 M5・5
05年11月26日 江西省九江・瑞昌市境M5・7
04年8月10日 雲南省昭通市魯甸県
M5・6
03年12月1日 新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州昭蘇県 M6・1

中国高校生訪日団の400人が帰国

 5月13日から来日していた「中国高校生訪日団」第2陣400人が、21日に関西空港から帰国した。団員には地震震源地の四川省と、死者が出た重慶市の高校生と教師ら計100人も含まれ、ホームステイ先の家族や、学校訪問を通じて知り合った日本の高校生から、たくさんの心遣いと励ましのことばをもらいながら交流、相互理解の実を挙げた。
 団員は、地震が発生した12日にはすでに北京入りしており、自宅が震源地に近い生徒はすぐに連絡をとって家族の無事を確認した。
 四川省の高校生ら50人が訪れた北海道では、多くのマスコミが取材に駆けつけ、故郷の状況を気にかけながらも交流に励む生徒たちの姿を広く伝えた。
 20日に大阪市内で開かれた歓送会では、地震で犠牲になった人たちの冥福を祈り全員で黙祷を捧げた。 Bコース団長の彭超波・上海市教育委員会弁公室副処長は、「(地震に対しての)日本政府、受入れ団体の皆さまの温かい心遣いに感謝いたしたい」と語った。
 訪日団は「21世紀東アジア青少年大交流計画」の一環で(社)日中友好協会と(財)日中友好会館が受入れた。協会担当のBコースは、上海と重慶、四川と甘粛の2市2省の高校生(女子101人、男子67人)と教師ら200人で編成され、5コースに分かれて北海道、福井、三重、岐阜、長崎をそれぞれ訪問。北海道日中、三重県日中、NPO福井県日中、福井・大野市日中など地元協会が学校交流、ホームステイ実施で全面的に協力した。
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2008年5月25日号のニュース
◇日中関係、新たなスタートラインに

 中国の胡錦涛・国家主席と福田康夫首相は5月7日午前、「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」に署名、共同記者会見に臨んだ。日中関係は「平和共存、世代友好、互恵協力、共同発展という崇高な目標を実現」するための新たな歴史的スタートラインに立った。
 胡錦涛主席は7日午後、東京都内のホテルで開かれた友好団体共催の歓迎レセプションであいさつし、民間交流とりわけ青少年交流の重要性を強調した。共同声明には、「両国民、特に青少年の間の相互理解及び友好感情を絶えず増進することが、日中両国の世々代々にわたる友好と協力の基礎の強化に資する」と明記された。
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2008年5月5日号のニュース
◇5月6日から胡錦濤中国主席が来日へ
 
日中青少年友好交流年開幕式(中国側)で日中の若者と手を携えて会場の歓呼に応える胡錦涛主席。3月15日、北京で

日中青少年友好交流年開幕式(中国側)で
日中の若者と手を携えて会場の歓呼に応える
胡錦涛主席。3月15日、北京で

 10年ぶりに中国から国家元首を迎える。5月6日から10日まで、胡錦涛・中華人民共和国主席が国賓として日本を公式訪問する。ことしは日中青少年友好交流年。8日午後、胡錦涛主席は友好団体共催の歓迎レセプションに臨んだあと、早稲田大学で開かれる交流年(日本側)開幕式に、福田康夫首相とともに参加、若者たちを前に講演し、「次の次の世代」にメッセージを送る。
 胡錦涛国家主席の来日は、昨年末の福田首相訪中との相互訪問として実現する。「両国の戦略的互恵関係を全面的に深め、両国関係を長期的で健全な安定した軌道に乗せる」ために、首脳会談がもたれ、合意内容を両国国民と世界の人々に向けて発出する共同文書が作成される。

問われる「次の世代」
 ことしは平和友好条約締結30周年。条約の批准書交換のため来日したケ小平副総理(当時)は、懸案となっていた尖閣諸島(中国名釣魚島)の領有権問題で、「この問題はしばらく置いてよいと思う。次の世代はわれわれより賢明で、実際的な解決法を見つけてくれるかもしれない」と語った。「次の世代」は賢明だったろうか。
 中国での反日デモ、日本で広がる「嫌中感」…。両国マスコミは世論を導いて解決法をさぐるどころか、双方のナショナリズムの火に油を注ぎこむことまでやっている。

民は信なくば立たず
 「政冷」の5年間を乗り越えて迎えた相互訪問と首脳会談は、「戦略的互恵関係」を謳い文句に終らせないものであってほしい。「己の欲せざるところは人に施すなかれ」は2500年前に孔子が残した文字通り千古の名言である。孔子は、「民は信なくば立たず」とも言っている。
 「国益」は「国民益」でなければならず、両国の国民をともに益する方途に思いが致されないならば、相互理解は人々の心に根付かず、両国の民は立つべき信頼の拠り所を失ってしまう。
 東洋の知恵を生かしてほしい。平和・互恵の東アジアを確固たるものにするという共同認識に立って知恵を生かし、両国首脳は、「次の世代」として、亡き先達たちの負託に実際的に応えてほしい。胡錦涛主席は故ケ小平氏が見いだし後事を託した指導者であり、福田首相は条約発効時にケ小平氏と固い握手を交わした日本国宰相、故福田赳夫氏の子息である。
 「礼は往来を尊ぶ」ものではあるが、会談に実がともなわないなら、失望は深い。

同時期に中国青年代表団
 胡錦涛主席の来日に合わせ、中国青年代表団200人が来日し、8日、両国首脳が臨席して行われる日中青少年友好交流年の日本側開幕式に参加する。
 開幕式では胡錦涛主席が日中の若者たちを前に講演し、「次の世代」として、「次の次の世代」にメッセージを送る。
 「アジアの世紀」が言われて久しいが、日中の若者たちに世界平和をリードする自覚と誇りがあるだろうか。青少年友好交流年の諸事業は両国の若者の自覚と誇りをためす試金石でもある。

◇23年前当時の胡氏に本紙が独占取材

 「日本と中国」1985年3月25日号1面には、中国青年代表団の胡錦涛団長への独占インタビューが載せられている。当時、胡錦涛主席は42歳。
 中国青年代表団は、前年の「三千人交流」の「答礼」として外務省が招請したもので、胡錦涛団長はじめ100人で構成。東京、九州、関西を訪れ、三千人交流で訪中した青年たちはじめ多くの日本の若者たちから熱烈歓迎された。胡氏の肩書きは中華全国青年連合会主席。太い眉は今と変わらないものの眼鏡はまだ使用しておらず、見るからに若々しい。
 「各地で交流し、日本のみなさんの中国青年に寄せる友情に深い印象を覚えました」
 「ただ、これだけに満足はしていません。21世紀の友好を切り開く使命が両国青年の肩にかかっています」
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2008年4月25日号のニュース
◇長野市で北京五輪聖火リレーが開催

 世界をつなぐ平和の火、北京五輪の聖火が4月26日、長野にやってくる。長野県日中友好協会の会員をはじめ多くの市民が声援を送るなか、80人のランナーが新緑の善光寺平(長野盆地)をかけぬける。中日友好協会代表団は4月3日から5日まで長野県を訪れ聖火コースを視察、村井仁知事、鷲澤正一長野市長らと会談し、日中両国民が待ち望む「平和の祭典」への協力を求めた。
 聖火リレーは、中国以外では5大陸21都市で行われる。
 日本では1998年にオリンピックを成功させた長野市が選ばれ、関係団体が早くから聖火リレー実行委員会を結成、事務局を長野市教育委員会内に設置するなど受入れ準備を進めてきた。長野県日中友好協会の西堀正司理事長((社)日中友好協会常務理事)も実行委員会の委員の一人。
 聖火リレーは、80人のランナーが一人200から300メートルずつ走り、総走行距離18・5キロを約4時間でつなぐ。善光寺を午前8時30分に出発、長野五輪スピードスケート会場となったエムウェーブ、アイスホッケー会場となったビッグハットを経て、ゴールの若里公園に正午過ぎに到着する。
 当日は、善光寺での出発式、若里公園での到着式や祝賀式典が開かれ、市職員やボランティアらスタッフ約1000人が沿道に出てコースを整理するなど県・市をあげて聖火リレーを盛りあげる。

中日友協代表団が聖火コース視察
 3月下旬から日本を訪れていた中日友好協会代表団の一行6人は3日、東京から新幹線で長野に移動し、同日午後、聖火リレーのコースを見て回った。代表団は日中友好協会の招きで来日し、村岡久平理事長が同行した。
 団長の井頓泉副会長は「とてもいいコースですね」と感想を述べ、その後会見した鷲澤市長に対し積極的な取組みを感謝した。鷲澤市長は「円満に進行できるように頑張りたい」と応じた。
 4日午後の村井知事との会見では、知事が「私は走るのが得意ではないので板倉敏和副知事が走ります」と紹介、井副会長は「お世話になります」と村井知事と堅い握手。
 代表団は、長野県に滞在中、長野県日中の歓迎夕食会(3日夕)、松本日中の歓迎宴(4日夕)に出席し、井出正一・長野県日中会長、相沢孝夫・松本日中会長ら協会員と旧交を温め今後の交流について話し合った。
 松本市では菅谷昭市長、大久保真一市議会議長、有賀正前市長らと会見、5日午後、次の訪問先の名古屋に向けて出発した。

ランナーは総勢80人
 聖火ランナーは、長野市の実行委員会が実施した公募で選出された14〜76歳の男女39人をはじめ、現役選手や五輪経験者、著名人ら80人。主なランナー(下写真)には、アテネ五輪金メダリストで競泳男子の北島康介さん、卓球の福原愛さん、長野冬季五輪銅メダリストの岡崎朋美さん、星野仙一監督らが顔をそろえる。盲導犬ユーザーの仙波慶伸さんはパートナーのトレイス君と参加、平和への願いを胸に聖火をつなぐ。
 最年長の山岸重治さんは「(少年時代を過ごした)第二の故郷と言うべき中国に思いをはせ、無事に役目が果たせるよう懸命に走りたい」、最年少の新井美貴子さんは「大好きな長野の街を楽しみながら走りたい」と抱負を語っている。
 4月11日に長野を訪問した崔天凱大使は、「聖火を迎える情熱を感じました。リレーは成功すると信じています」と語った。

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2008年4月15日号のニュース
◇井頓泉団長ら中日友協代表団が来日
あいさつに立つ井頓泉・中日友好協会副会長。3月30日歓迎夕食会で

あいさつに立つ井頓泉・中日友好協会副会長。
3月30日歓迎夕食会で

 井頓泉副会長を団長とする中日友好協会代表団一行6人を迎え3月30日夕、(社)日中友好協会主催の歓迎夕食会が東京・新宿区の日本青年館で開催された。代表団は、日中平和友好条約締結30周年のことし、健全で安定した両国関係の発展をめざして、日本側と意見を交換するため、協会の招請で訪れたもので、東京都と近県の協会会員と日中友好7団体からの代表ら50人余が交歓のひと時を共にした。
 代表団はこの日の午後に成田空港に到着、「水も飲まずに」(井頓泉団長)会場の日本青年館に駆けつけた。
 歓迎夕食会は高野倉和央・協会理事兼事務局長の司会で進められ、最初に主催者を代表して村岡久平協会理事長があいさつ。
 「私たちにとって最も親しく、長く、深く交流を重ねてきたカウンター・パートが中日友好協会であることは、ご在席の皆さん、ご存知のとおり。その中日が役員改選を経て、ますます若返り、かたや、わが日中は老いてますます壮健ですが…」と語ると、会場は笑いのうずに包まれた。井副会長は43歳。
 村岡理事長は「老青相俟って日中交流のいっそうの盛り上がりの時期をもたらしたい」と結んだ。

実務の交流を
 7団体を代表して中田慶雄・日本国際貿易促進協会常務副会長があいさつに立ち、「5月初旬に胡錦涛主席の訪日が予定されているこの時期の交流は、時宜にかなったもの。中国はさまざまな課題を抱えているが、それは国家が大きく統一し、各民族が大きく団結していく発展途上での課題であり、政府と各民族人民の努力によって必ずや解決していけるとの認識を私たち友好団体は共有している。具体的な実務交流を着実に重ねていきましょう」と語った。

新時期を迎え
 大きな拍手に迎えられた井頓泉副会長はマイクを前に日本語で、「若いスタッフの修練のために中国語で話させてもらいます。通訳の日本語のチェックを」と張振興・政治交流部員を紹介、張氏が見事な日本語で通訳すると、会場は再び大きな拍手に包まれた。
 「私たちには多くの仕事が任されていますが、両国関係の健全かつ安定した発展のためにも新しい時期における青少年交流をよりつっこんで推し進めたい。皆さまの豊かな経験と英知をお借りし、緊密な連携を保ちながら、交流のいっそうの発展に努めてまいります」と井副会長。
 貫洞哲夫・NPO東京都日中友好協会会長の発声で乾杯。袁敏道、関立トウ両副秘書長、程海波・政治交流部長、王占起・都市経済交流部長も各テーブルを回り、杯を交わしながらにぎやかな交流が続いた。

◇北京・平山郁夫芸術展が4月17日から

 日中平和友好条約締結30周年を記念し、オリンピック・イヤーのことし、4月17日から26日まで、北京の中国美術館で(社)日中友好協会など主催の「平山郁夫芸術展」が開催される。一般公開に先立って17日には開幕式が開かれ、協会からは村山富市、野中広務両名誉顧問、村岡久平理事長らが臨み、「平山郁夫芸術展」の開催を祝う。
 「平山郁夫芸術展」には、「シルクロードを行くキャラバン」三部作や「楼蘭遺跡を行く」昼夜二部作、「神峰黄山雲海図」「流水無間断」などの屏風絵を含む院展出品の大作を中心に、平山会長の代表作46点がそろう。オリンピック・イヤーのことしは中国美術館をはじめ北京市内の催事スペースでは豊富多彩な芸術展覧が数多く開催されるが、「平山郁夫芸術展」はその皮切りともいえるビッグイベント。
 北京市内には「楼蘭遺跡を行く(日)」を上に、「楼蘭遺跡を行く(月)」を下にデザインした大型ポスター(写真)が張り出され、「平山郁夫展」への関心が高まっている。日本からは祝賀代表団と記念訪中団がかけつけ開幕式に臨む。

◇環境保全センターの協力事業が終了

 1988年、平和友好条約締結10周年を記念して設立への協力が約束され、ODAの無償資金援助の基礎の上に誕生した日中友好環境保全センター(北京市朝陽区)の「協力プロジェクト」が15年間の事業を終え、3月31日、最後まで残っていた位坂和隆氏がセンターに別れを告げた。位坂氏は本紙昨年8月15日号に「北京レポート」を寄せてくれたJICA派遣の専門家。
 この15年間に中国現地でのプロジェクトに協力した日本人専門家はのべ238人。日本で研修した中国人要員は110人。センターのさまざまな事業は、中国政府が環境保護行政施策を整備するのにあたって大きな後押しになり、黄砂、酸性雨、ダイオキシンなどさしせまった環境危機の予測・対策で大きな成果をあげた。
 日中間に「戦略的互恵関係」が望まれる今後は、これまでの「援助型」協力から「互恵型」提携への道が開かれることになる。

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2008年4月5日号のニュース
◇青少年交流年の開幕式に胡錦涛主席
秋田県立横手城南高校2年の石郷岡詩織さん(右2)は、胡主席と一緒に植樹し、 苗木に水をかけた 。3月15日北京・中国人民大学のキャンパスで

秋田県立横手城南高校2年の
石郷岡詩織さん(右2)は、胡主席と一緒に
植樹し、 苗木に水をかけた 。
3月15日北京・中国人民大学のキャンパスで

 (社)日中友好協会が実施団体となって派遣された「日本大学生訪中団」94人と友好団体代表14人を含む「日本青年訪中団」の団員約1000人が1週間の訪中を終え、3月16日に帰国した。15日午後に開かれた「日中青少年友好交流年」の中国側開幕式には胡錦涛国家主席がかけつけ、書道や茶道を一緒に楽しんだほか、世代を超える友好関係の象徴になってほしいとの願いを込めて日中の高校生と共に植樹を行った。交流は出席した日中両国の若者にとって忘れられない思い出となった。
 開幕式は3月15日午後、中国人民大学の世紀館で行われた。当日は全国人民代表大会(国会に相当)が開かれており、国家主席の交流イベントへの出席は異例で、胡主席の日中の若者に寄せる期待の大きさを印象づけた。
 開幕式では、日本大学生訪中団の第4班が「よさこいソーラン」を披露し終わると同時に胡主席が姿を見せ、会場は胡主席の思いがけない登場に、大きな歓声に包まれた。
 また、大学キャンパスで行われた記念植樹では、胡主席が日中の高校生代表と一緒にスコップを持ち、両国の国民から愛されている桜とハクモクレンを植えた。胡主席は「2本の木は両国の世代を超えた友好を象徴していますね」と高校生らに語りかけた。
 よさこいソーランを踊った学習院女子大学3年生の佐藤奈緒子さん(21)は、「胡主席との握手が一番印象に残っています。毎日練習したかいがありました」と語り、胡主席と一緒にバケツを持ち苗木に水をかけた秋田県立横手城南高校2年の石郷岡詩織さん(17)は「胡主席が出席されることは知らされてなかったので驚きました。ほんとうに光栄です」と顔をほころばせた。

◇11期全国人民代表大会が新閣僚選出

 3月18日に閉幕した中国の11期全国人民代表大会(全人代=国会)第1回会議は、首相に温家宝氏を再選、温首相が指名した李克強筆頭副首相をはじめとする新閣僚を承認した。新設された国家エネルギー委員会の実務は、当面、国家発展改革委員会に新設された国家エネルギー局が執行することになり、エネルギー委主任の指名は行われなかった。環境保護相には環境保護総局長だった周生賢氏が昇格した。国務院(内閣)の顔ぶれは次のとおり。( )内の数字は年齢(3月末現在)。留は留任。兼は兼任。

▽首相 温家宝(65 留)
▽副首相 李克強(52)、回良玉(63 留)、張徳江(61)、王岐山(59)
▽国務委員 劉延東(62 女性)、梁光烈(67)、馬凱(61)、孟建柱(60)、戴秉国(67)
▽秘書長 馬凱(兼)
▽外相 楊潔チ(57 留)
▽国防相 梁光烈(兼)
▽国家発展改革委員会主任 張平(62)
▽教育相 周済(61 留)
▽科学技術相 万鋼(55 留)
▽工業情報相 李毅中(63)
▽国家民族事務委員会主任 楊晶(54)
▽公安相 孟建柱(留 兼)
▽国家安全相 耿恵昌(56 留)
▽監察相 馬馼(59 女性 留)
▽民政相 李学挙(62 留)
▽司法相 呉愛英(56 女性 留)
▽財政相 謝旭人(60 留)
▽人事社会保障相 尹蔚民(55)
▽国土資源相 徐紹史(56 留)
▽環境保護相 周生賢(58)
▽住宅都市農村建設相 姜偉新(59)
▽交通運輸相 李盛霖(61)
▽鉄道相 劉志軍(55 留)
▽水利相 陳雷(53 留)
▽農業相 孫政才(44 留)商務相 陳徳銘(59 留)
▽文化相 蔡武(58)
▽衛生相 陳竺(54 留)
▽国家人口計画出産委員会主任 李斌(53 女性)
▽中国人民銀行総裁 周小川(60 留)
▽会計検査署署長 劉家義(51)

◇平山会長の新作「法隆寺」が釣魚台へ

 平山郁夫(社)日中友好協会会長の新作「朝陽法隆寺 奈良」の贈呈式が3月18日、東京・港区の駐日中国大使館で行われた。
 差し昇る朝日に映える法隆寺の五重塔を描いた荘重な日本画で、4月17日から26日まで北京の中国美術館で開催される「平山郁夫芸術展」の開幕式で内覧されたあと、18日には釣魚台国賓館に寄贈され、「釣魚台」収蔵の名画として展示されることになる。
 贈呈式に臨んだ平山会長が、「中国の迎賓館に私の作品が飾られることをたいへん名誉に思う。法隆寺は当時の中国との交流の賜物であり、奈良では、本家の中国では失われてしまった当時の宮中行事も大切に伝承されている。日中交流のシンボルとして描きました」と語ると、崔天凱駐日中国大使は、「平山先生は日本屈指の画家であるだけでなく、日中友好協会の会長として、文化交流や中国の文化財保護など、多方面で卓越した貢献をされた。平和友好条約30周年、北京五輪開催の記念すべき年に寄贈されたこのすばらしい作品は歴史的な意義を有しています」と応え、深い感謝の気持ちを表した。

◇中国国民党・馬英九氏が台湾総統に

 3月22日に投開票された台湾の総統選で、中国国民党の馬英九・前主席(57)が民主進歩党の謝長廷氏(61)に大差をつけて当選した。同時に実施された国連加盟を問う住民投票は、投票総数が有権者全体の過半数に達せず、不成立となった。 同日夜、中国国務院台湾事務弁公室の李維一報道官は「(台湾海峡)両岸関係の平和な発展は両岸同胞の共通の願いと期待であり、この目的のため、ともに努力するよう望む」との談話を発表した。

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2008年3月25日号のニュース
◇青少年訪中団が交流年開幕式に出席
日本の学生たちが、開幕式で息の合ったパフォーマンスを披露した。3月15日、中国人民大学で

日本の学生たちが、開幕式で息の合ったパフォーマンスを披露した。3月15日、中国人民大学で

 「日中青少年友好交流年」の中国側開幕式が3月15日午後、北京・中国人民大学の世紀館で開かれ、「日本青少年訪中団」の約1000人を含む日中両国の青少年約2000人が、日中平和友好条約締結30周年と交流年の開始をともに祝った。開幕式には胡錦涛国家主席がかけつけ、「両国の青少年が幅広く交流し互いに学び合うことは、中日関係の未来に重要な意義を持つ」と述べ、交流年の活動を通した両国関係の発展に大きな期待を表明した。
 胡主席は、開催中の全国人民代表大会(全人代)で当日、国家主席に再任されたばかりで、プログラムにない突然の登場に、会場から大きな歓声が起こった。胡主席は、はじめに日本語で「こんにちは」と呼びかけ、スピーチの中で、1984年の3千人訪中団の受入れを担当した経験に触れながら、青少年交流の重要性を訴えた。
 日本側を代表して、訪中団最高顧問の小林陽太郎・新日中友好21世紀委員会日本側座長があいさつし、総団長の宇野治外務政務官が福田康夫首相のメッセージを代読した。
 立命館大学のチアリーダーや吹奏楽、都立深沢高校の和太鼓、大学生訪中団のよさこいソーラン、北京舞踊学院の踊りなど、日中双方が多彩なパフォーマンスを披露し、にぎやかな交歓が続いた。
 胡主席は開幕式に出た後、学生と書道や茶道で交流、日本の団員とともに中国人民大学の校庭に桜とハクモクレンを植樹した。
 当日の様子は中央テレビ局(CCTV)の夜のニュースで約10分間にわたって詳細に紹介されるなど、中国では交流年のスタートがテレビや新聞を通して広く報道された。

6コースに分かれ各地で交流深める
 「日本青少年訪中団」は、中国側が招待し、高校生、大学生、国会議員、地方自治体などの公務員、経済界、友好団体代表、教育関係者、記者など日本各界の青少年約1000人で編成され、84年以来最大規模となった。3月10日から6コースに分かれて上海、重慶、広州、成都、杭州、大連など中国各地で交流し、14日にそれぞれ北京に到着、開幕式にそろって臨んだ。
 (社)日中友好協会は第2団の「日本大学生訪中団」(団長・西堀正司協会常務理事)94人と、第6団に含まれる友好団体代表14人の派遣を担当した。
 「大学生訪中団」は、3月10日から16日まで、上海、杭州、北京をめぐり、上海では華東師範大学、杭州では浙江大学や浙江工業大学などで交流し、中国の大学生らと友情を深めた。また杭州では、浙江省青年連合会主催のレセプションに出席し、ホームビジットで、中国人の暮らしぶりの一端に触れた。

青少年交流を毎年4000人に拡大
 「交流年」は平和友好条約締結30周年を記念して、昨年11月のシンガポールでの両国首相会談で合意したもので、12月に福田首相が訪中した際に交流年の活動内容に関する覚書を交わした。今後は、青少年交流の範囲を拡大し、高校・大学生に加えて、経済、学術、文化芸術、環境、エネルギーなどの各分野の青少年代表の相互派遣を行い、今後4年間、毎年4000人の交流を実施する計画。

◇国家環境保護総局が環境保護省に昇格

 3月5日から14日間の会期で開かれていた11期全国人民代表大会(国会に相当)第1回会議が、国家主席や閣僚の人事、機構改革、政府活動報告、予算など、すべての議案を審議・採択して、18日、閉幕した。
 国家主席には胡錦涛氏が、首相には温家宝氏が再選され、国家副主席には習近平氏が選出された。
 過去5年間の政府の活動を総括し、今後5年間の活動を導く政府活動報告では、食の安全をめぐる国内外の不信感を払拭するための施策として、食品・医薬品を中心に7700品目の国家標準を制定・厳格化することを表明、これに対応して、機構改革では、これまで国務院直属だった国家食品薬品監督管理局が衛生省の管轄下に移され、衛生面からの管理が強化されることになった。
 報告は、省エネと汚染物質排出削減に取り組み、環境保護にさらに力を入れることを強調、機構改革では、国家環境保護総局を環境保護省に格上げした。また「国家エネルギー委員会」を新設し、権限が分かれていたエネルギー行政が一本化されることになった。

◇東京、大阪で国際婦人デー祝う催し

 国際婦人デーの3月8日を記念して7日、崔天凱・駐日中国大使主催のパーティーが東京都港区の中国大使館で開かれた。崔大使夫妻、孔絃佑公使はじめ中国大使館員のほか、上川陽子・内閣府特命担当相(少子化対策、男女共同参画)、福島瑞穂・社会民主党党首、福田貴代子首相夫人、高村治子外相夫人ら日中各界の女性代表300人余が出席した。
 崔大使は「調和のとれた社会はまずは夫婦円満から始まります」と述べて会場を和ませた。
 同日、大阪市西区の大阪総領事館でも羅田広総領事主催のパーティーが開かれ、友好団体や華僑総会の女性100人余が出席した。羅総領事が中国の人口と環境問題について講演した後、立食形式で歓談。総領事館女性職員の合唱や有志の踊りも飛び出し、にぎやかな夕べとなった。

◇公費留学生20人の面接試験を実施

 (社)日中友好協会留学センターは3月9日、東京の協会本部で、ことし9月から派遣する公費留学生(中国政府奨学生)選抜の面接試験を実施した。昨年(63人)より少ない応募総数40人の内、書類選考を通過した31人が受験した。
 面接結果をもとに候補生20人を選抜、中国教育省に推薦。合格者は教育省の承認後、8月上旬に発表される。

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2008年3月15日号のニュース
◇東京で全国実務者交流会議を開催
村岡理事長の開会あいさつで始まった全国実務者交流会議、3月2日、日本青年館で

村岡理事長の開会あいさつで始まった全国実務者交流会議、3月2日、日本青年館で

 「(社)日中友好協会全国実務者交流会議」が3月2、3日の2日間、東京・新宿区の「日本青年館」で開かれた。村岡久平理事長をはじめ協会役員9人、20都道府県の実務担当者ら38人、事務局員を含む計53人が出席し、今後の活動に向けた新たな提言を相次いで発表し、活動の中で直面する問題について率直に意見を交換した。
 会議は2日午後1時に開会し、翌日の昼まで4時限にわたって開かれた。司会は高野倉和央・理事兼事務局長がつとめた。
 会議冒頭、村岡久平理事長があいさつし、「上海で開かれた2002年以来の実務者交流会議であり、経験を共有し実のある交流を」と会議の成功に期待を表明、西堀正司、岡ア温両常務理事と、酒井哲夫理事が基調発言した。
 西堀常務理事は「日本と中国は相互補完関係にあり地政学的な関係を強化していくことが大切だ。新しい課題は信頼感を培うこと。組織・財政問題などでの取組みは、具体的に計画を立てて点検し実行しよう」と述べた。
 岡ア常務理事は、「会議に欠席した県が多い」と組織力の低下に危惧を表し、「まずは事務局体制を整えることから始めよう」と呼びかけた。「事務局が無人になることを避け、協会役員は中国の専門家となって問合せの電話に答えていくことが求められる。人員体制を整えれば少しずつ組織が強化される」と提言した。
 酒井理事は、NPO法人格の取得など福井県日中友好協会の歩みを振り返り、「評論や批判だけでなく新しい事業に挑戦することが大切。対等な気持ちで新しい会員を迎えよう」と語った。
 続いて各地の協会代表が、打ち解けた雰囲気の中で次々に発言を求め、運動理念の継承から財政問題、効率的な事務局運営の方法、ホームページを使った広報活動まで、幅広く問題を話し合った。
 午後6時から開かれた交流懇親夕食会には、駐日中国大使館の趙瑾・文化部三等書記官、杜暁曦・友好交流部アタッシェ、趙キン・文化部アタッシェの3人がかけつけ、会員と意見を交わし、親睦を深めた。
 3日は午前9時から始まり、高野倉事務局長が「21世紀東アジア青少年大交流計画」で訪日する中国高校生の受入れへ各協会の積極的な協力を求め、具体的な手順などを説明した。
 最後の質疑応答では、会議で出た課題、要望に対して各自が意見を述べ、村岡理事長、西堀、岡ア両常務理事らが、今後協力して取組むべき目標や事業を提案、2日間の日程を終えた。

◇全国人民代表大会開幕、14日まで

 日本の国会に相当することしの全国人民代表大会(全人代)は北京で3月5日から14日間の会期で開幕した。
 全人代の人事は昨年10月の第17回共産党大会で決まった異動と結びついている。ことしの全人代では共産党と同様に今後5年、中国を担う布陣が決まる。
 全人代は5年を1期としており、昨年までの5年は10期と呼ばれていた。ことしは「期」が変わり、11期全人代の第1回会議になる。例年に比べ人事の協議が加わるために会期は昨年に比べ2日間長くなっている。
 ことしの全人代では(1)国家主席や首相、閣僚の選出(2)昨年の党大会で規約に加えられた「科学的発展観」を社会の発展にどう結びつけるか(3)国務院の機構改革―などが審議される。
 (1)の人事では5年前に大幅に交代したため、主要な人事では国家副主席、4人の副首相のうち3人が引退するのでその後任。副主席には党中央常務委員になった習近平氏、副首相に習氏と並ぶ李克強氏や王岐山・前北京市長、張徳江・広東省党委書記らの名前が上がっている。
 (2)ではインフレ傾向の経済をどう調整するかが課題。
 (3)では運輸、環境、農林関係などのいくつかの省を統一して縦割り行政の調整を協議する。
 全人代と並行して開き、行政機関へ提言する政治協商会議も3月3日に開幕した。

◇井頓泉副会長ら中日代表団が来日へ

 井頓泉副会長を団長とする中日友好協会代表団が、3月30日から4月7日まで8泊9日の日程で来日する。日中平和友好条約締結30周年にあたって(社)日中友好協会が招請し、各地を訪れ、安定した日中関係の構築を目指して日本側と意見を交換する。
 代表団は、井頓泉副会長のほか、袁敏道、関立トウ両副秘書長、程海波・政治交流部部長、王占起・都市経済交流部部長、張振興・政治交流部職員の6人。
 一行は2日まで東京に滞在し、3日長野、4日松本、5日名古屋、6日大阪へ移動、7日に関西空港から帰国する。
 30日夕には、日中友好協会主催の歓迎夕食会が東京・新宿区の日本青年館で予定されており、協会会員ら日中友好7団体関係者らと親睦を深める。
 歓迎夕食会の参加費は一人6000円で、参加申込みと問合せは日中友好協会交流事業部(TEL03―3291―4231 FAX03―3291―4237)。
 昨年12月中旬には宋健会長を代表とする中日友好協会代表団が7日間の日程で来日し、沖縄、東京を訪問し、各地で歓迎を受けた。

◇3月から中国向けビザ発給を緩和

 外務省は2月29日、中国人観光客へのビザ(査証)発給を3月3日から緩和すると発表した。従来の団体観光客に加え、2、3人からなる一定の経済力のある家族が観光目的で訪日する際にもビザを発給する。日本政府が指定した中国国内の旅行会社を通じて行う。
 昨年12月に中国を訪れた福田康夫首相が、観光分野における人的交流の促進を目指す目的で、緩和実施を表明していた。
 団体観光ビザは北京市、上海市、広東省を対象に2000年9月から発給を開始、段階的に対象地域は拡大したが、対象は日本に身元保証人のいる4人以上の団体観光に限っていた。外務省の統計によると、昨年訪日した中国人団体観光客は26万2000人で、02年から7倍近く増加した。

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2008年3月5日号のニュース
◇平山会長が唐家セン国務委員を歓迎
1975年に訪中した時の写真を唐家セン国務委員(左)に見せる平山郁夫会長、中央は武大偉外務次官

1975年に訪中した時の写真を
唐家セン国務委員(左)
に見せる平山郁夫会長、
中央は武大偉外務次官

 中国の唐家セン国務委員が2月20日から24日まで日本を公式訪問し福田康夫首相、衆参両院議長、各党派代表らと会談した。21日には崔天凱中国大使主催の歓迎レセプションが都内で開かれ、平山郁夫会長が日本側を代表して「(唐氏が)日中友好のため重要な立場で活躍されることを祈っている」とあいさつした。唐氏は東京のほか奈良、大阪を訪れ、今春に予定されている胡錦涛国家主席訪日に向けた最終調整をおこなった。
 レセプションは21日正午からホテルニューオータニで開かれ、村山富市、野中広務両名誉顧問、協会役員、華僑代表ら約600人が出席した。
 唐国務委員は「8年ぶりに日本を訪問して感慨無量」と語り、「胡主席の訪日は今世紀初の中国国家元首の訪日であり、中国共産党の第17回全国代表大会後の最高指導者の初の外国訪問となる」とその意義を強調し、日本の各界と協力して訪問を成功させ日中関係を新しい段階へと推し進めることに期待を表明した。 平山会長は唐氏を「日本通であり心を打ち解けて話すことができる友人」と紹介し、「胡主席訪日で安定した日中関係が作られるに違いないと確信している」と述べた。
 レセプションを前に美知子夫人や長女ら平山会長を含む家族7人が唐氏と会見し、記念撮影をおこなった。
 唐氏は21日夜、首相官邸に福田康夫首相を表敬訪問した。唐氏は冒頭「今春の胡主席訪日の政治的な準備をするために来た」と述べ、福田首相も胡主席の来日を歓迎する意向を示した。また、中国製冷凍ギョーザによる中毒事件について緊密に協力し、真相究明を目指すことで合意し、唐氏が「食の安全の監督もできる中長期的な協力の枠組みを構築したい」と提案、両国で検討することにした。
 唐氏は21日、高村正彦外相、河野洋平衆院議長、江田五月参院議長、共産党の志位和夫委員長、社民党の福島瑞穂党首、22日は民主党の小沢一郎代表、日本経団連の御手洗冨士夫会長らとそれぞれ会談した。

奈良・大阪を訪問
 唐家セン国務委員は23日に奈良県入りし、聖徳太子ゆかりの法隆寺(斑鳩町)、日本に戒律を伝えた鑑真ゆかりの唐招提寺(奈良市)、平城宮跡などを訪問し、同日夕には大阪市内で就任したばかりの橋下徹大阪府知事らと懇談した。
 唐氏が奈良・大阪を訪れたのは、胡主席の訪日時に関西訪問を検討しているため。
 法隆寺では荒井正吾奈良県知事や大野玄妙管長の出迎えをうけ、国宝の釈迦三尊像や玉虫厨子などを鑑賞、「聖徳太子の国づくりに非常に感銘を受けた」などと語った。
 唐招提寺では松浦俊海長老の出迎えをうけ、鑑真和上坐像(国宝)が安置されている御影堂と、鑑真の墓所である開山御廟を訪れ焼香し、5度にわたる渡海の失敗を乗り越えた鑑真の日本へかける想いを偲んだ。 大阪での会談では橋下知事が、「胡主席訪日時は中国との交流を深めてきた関西を訪問してほしい」と述べるなど積極的にアピールした。
 唐氏の来日は2000年10月以来。

◇中国残留邦人への新支援策がスタート

 中国残留邦人を対象とする新たな支援が始まった。昨年末に可決成立した「改正帰国者支援法」によるもので、国が国民年金の保険料相当額の一時金を支給し、その中から未拠出分の保険料を国が代わって追納して、満額の老齢基礎年金を受給できる「満額支給」(月額6万6000円)と、生活保護に代わる「支援給付金の支給」(最高で月額8万円)が柱。「満額支給」の対象は1911年4月2日から46年12月31日の間に生まれ、61年以後に帰国し、永住帰国した日から1年以上日本に住所を所有している全国の約6000人。
 一時金を受けるには申請書に必要な書類を添えて郵送する。受付は08年1月1日から5年間。申請書の送付・問合せ先は「厚生労働省社会・援護局 援護企画課中国孤児等対策室」〒100―8916東京都千代田区霞が関1―2―2 TEL03―3595―2456
 「支援給付金の支給」は年金の満額支給の対象者となる中国残留邦人と、その配偶者が対象で、収入が一定の基準に満たない人が対象。ことし4月1日から各地の福祉事務所などで実施される。

◇3月2・3日に東京で実務者交流会議

 (社)日中友好協会が主催する「実務者交流会議」の開催が迫った。
 3月2日午後1時から翌3日の昼まで東京の「日本青年館ホテル」で開かれる。各協会の実務担当者が集い、日頃の活動のなかで直面する課題や問題について率直に意見を交換する。
 議題は、(1)中国高校生・青年代表団の受入れに関する経験やノウハウ(2)組織の充実と運営(3)各協会からの提案・意見に対する討議などで、組織強化で大きな成果をあげている県協会代表の話を聞くなど、経験の共有を目指す。
 2日夕の懇親夕食会には中国大使館のゲストも参加し、親睦を深める。
 出席者は徳島県の代表を加え、20都道府県51人に増えた。

◇江蘇省対友協が日中友好協会を訪問

 江蘇省人民対外友好協会訪日代表団の一行6人が2月18日、(社)日中友好協会を訪問し、村岡久平理事長、高野倉和央・理事兼事務局長と懇談した。 団長の張秀栄副秘書長は、「ことしは友好都市締結30周年を迎える。10月には友好都市関係にある世界各国から友人を迎え記念行事を開きたい」と述べ、協会が代表団を派遣するよう要請した。また、無錫市錫山区が日本側との友好都市締結を希望しており、自治体の紹介などで協力を求めた。
 代表団は2月17日から25日まで8泊9日の日程で来日し、東京のほか愛知、石川、福岡を訪問した。

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2008年2月25日号のニュース
◇日中青年2000人集い交流年開幕式
真剣な表情で説明を聞く大学生訪中団の団員、2月11日、日本青年館で
真剣な表情で説明を聞く大学生訪中団の団員、
2月11日、日本青年館で

 日中の青少年2000人が集うなか、「日中青少年友好交流年」の中国側開幕式が3月15日、北京で盛大に開かれる。日中青年交流史上でも、1984年の「3千人訪中団」に続く歴史的なイベントで、中国政府の招待を受けて日本の高校生、大学生、各界青年ら1000人が約1週間の日程で訪中する。(社)日中友好協会は大学生の派遣を担当し、訪中を前に2月11、12日の2日間、東京の日本青年館で事前研修会を開いた。
 今回訪中するのは東京、秋田、石川、福井、愛知、滋賀、兵庫、山口、福岡、鹿児島の10都県の高校生500人、立命館大学の学生100人を含む大学生200人、国会議員、地方自治体などの公務員、経済界、友好団体代表、教育関係者、記者など日本の各界青年300人の合計約1000人。
 日本政府が実施する「21世紀東アジア青少年大交流計画」に呼応して、昨年4月に来日した温家宝首相が日本から毎年1000人の青少年を招待すると発表、その一環で実施される。
 交流年の開幕式には温家宝首相が出席する予定で、日本側を代表して立命館大学がチアリーダーやブラスバンドを、都立深沢高校が和太鼓を披露、小グループに分かれての交流も計画されている。
 昨年11月にシンガポールで開かれた日中首脳会談で2008年を「日中青少年友好交流年」とすることに日中両首脳が合意し、12月に福田康夫首相が訪中した際に交流年の活動内容に関する覚書を交わした。

◇大学生訪中団研修会で団員初顔合わせ

 「日本大学生訪中団」は3月10日から16日まで6泊7日の日程で上海、杭州、北京を訪問する。外務省の委託を受けて(社)日中友好協会が実施し、中華全国青年連合会が受入れる。団長は西堀正司協会常務理事(長野県日中理事長)がつとめる。
 事前研修会には全国から選抜された団員89人が訪中への期待を胸に参加した。
 実施団体を代表して高野倉和央・理事兼事務局長があいさつし、西堀団長が「まずは今日の『日日友好』から始めて」と団員を激励した。
 講師の西園寺一晃・NPO東京都日中友好協会副会長(工学院大学客員教授)が「中国の今」と題して中国の現状を数字をあげながら具体的に説明、「先入観を持たないことが大事」とアドバイスした。続いて班ごとに役割分担、交流会での出し物などについて話し合った。
 2日目は、田尻和宏・外務省アジア大洋州局中国課地域調整官が1時間にわたって日中関係の現状など中国赴任時の経験を交えながら語り、「日中双方が重要視してる訪中団であり中国をよく見てきて欲しい」と期待を述べた。
 最後の全体会議で、各班が話し合ったことを報告し、5班の班長の澤株裕記さん(東海大)は、メーリングリストで情報を共有、訪中まで連絡を取り合うことを紹介した。

◇交流会議に19都道府県から参加

 3月2、3日に東京・新宿区の「日本青年館ホテル」で開かれる「実務者交流会議」の出席者名簿が出そろった。北海道、茨城、静岡、埼玉、千葉、東京、神奈川、長野、石川、福井、愛知、三重、大阪、山口、香川、高知、熊本、鹿児島、沖縄の19都道府県から43人、(社)日中友好協会から村岡久平理事長、岡ア温、西堀正司両常務理事、酒井哲夫、佐藤洋一、藤井賢の3理事、高野倉和央理事兼事務局長、朽木光晴事務局次長の計51人が出席する。
 会議は日中友好協会が主催する。実務担当者が一堂に会して率直な意見を発表、日頃の交流活動や組織運営などについて具体的なノウハウを交換し、日中友好事業のさらなる発展を目指す。
 前回の実務者交流会議は、6年前の2002年2月に上海で開催された。

◇「平山郁夫芸術展」見学ツアー募集

 北京・中国美術館で4月18日から26日まで開かれる「平山郁夫芸術展」見学ツアーの募集が始まった。平山画伯((社)日中友好協会会長)の代表作を鑑賞し、五輪へ向け準備が進む北京の街を観光する絶好の機会で、17日の開幕式や人民大会堂でのレセプションに出席するほか、平山画伯との昼食会が予定されている。
 芸術展は、日中平和友好条約締結30周年と北京五輪開催を記念して日中友好協会や中日友好協会などが主催。中国・シルクロードと日本を描いた大作17点を含む本画42点に、若き日の平山画伯が欧州を描いた絵巻4点を加えた計46点を展示する。「楼蘭遺跡を行く」などシルクロードの昼と夜を描いた雄大なキャラバンシリーズ、制作中の「ローマ」、日本と中国の代表的な風景画「神峰黄山雲海図」「八雲立つ 出雲路古代幻想」など見どころが多い。
 ツアーは(財)平山郁夫シルクロード美術館と(財)文化財保護・芸術研究助成財団が共同で企画。4日間と5日間の2コースに分かれ、どちらも万里の長城(八達嶺)、明・清朝の皇帝墓群、故宮博物館などを訪れる。定員は各コース30人。

[詳細]
■4日間コース
出発/4月17日 成田10時35分発
帰国/4月20日 成田19時10分着
■5日間コース
出発/4月16日 成田17時20分発 
帰国/4月20日 成田12時55分着
ホテル/釣魚台大酒店(2人1部屋)
費用/4日間コース・14万3000円 5日間コース・14万5000円(オイルチャージ・空港税は含まず)
申込み締切り/2月29日(金)
問合せ/日本通運(株)首都圏旅行支店営業第4課 TEL03―6251―635

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2008年2月15日号のニュース
◇沖縄県日中友好協会の設立大会開く

許金平・中日友好協会秘書長から記念品を受け取る嶺井政治会長、2月4日パシフィックホテル沖縄で
許金平・中日友好協会秘書長から記念品を受け取る嶺井政治会長、2月4日パシフィックホテル沖縄で
  沖縄県日中友好協会の設立大会と新春祝賀会が2月4日夕、那覇市内のパシフィックホテル沖縄で開かれ、地理的、文化的に中国から最も近い日本で生まれた新組織のスタートを盛大に祝った。村岡久平・(社)日中友好協会理事長、許金平・中日友好協会秘書長、関立トウ同副秘書長、安里カツ子副知事、県、県議会、商工会、観光業界などから約150人が出席した。祝賀会を前に野中広務・協会名誉顧問の講演会が開かれ、約200人が熱心に耳を傾けた。
  冒頭、村岡理事長が嶺井政治会長(元副知事・日本トランスオーシャン航空会長)に協会旗を手渡し、協会のバッジを胸につけると、会場からは大きな拍手が起こった。
 嶺井会長は各界の支援に感謝し、県内の識者・有力者に協力を呼びかけて組織の拡大をはかり、中国との交流にまい進して行く決意を表明、安里副知事が、「協会と共に中国との交流に尽力する決意」との仲井眞弘多知事の祝辞を代読した。 許秘書長が「友好の懸け橋になることを信じている」との宋健会長のメッセージを披露し、設立発起人の西田健次郎氏の音頭で乾杯した。
 今後は、秋に中日友協の招へいで代表団を派遣するほか、県が企画し、琉球特使が明・清朝へ贈った品々を北京・故宮博物館から借りて開く「よみがえる琉球王朝の宝物」展の沖縄での展観へ協力を進めていく。

野中名誉顧問が講演で「歴史の直視を」
 野中名誉顧問は同日午後に開かれた記念講演会で、「これからの日中関係と沖縄の津梁観」と題して1時間話した。「(集団自決など)教科書から過去の醜いところを消そうとする勢力が出てきていることを知り尽くし、中国、韓国、アジアと平和友好を結ばなければならない」と近年の風潮に危惧を表明、「平素の友好関係がそういう局面で生きてくる」と述べて沖縄県日中の設立を祝った。

宋健会長のメッセージ
 沖縄県日中友好協会の設立にあたり、謹んで中日友好協会を代表して、心からお祝いを申し上げます。
 沖縄は中国と地理的に近く、文化的に同一の起源を持ち、長い友好交流の歴史があります。沖縄県日中友好協会の設立は、(社)日中友好協会に新しい活力を注ぎ、新しい力を加えるだけでなく、沖縄と中国の間の友好の懸け橋となることを信じております。
 嶺井政治先生の指導のもとで、この友好の懸け橋がますます強固になり、より多くの人々がこの懸け橋を行き交い、中国人民との理解と友情がさらに深まることを心から望んでおります。

◇唐家セン国務委員が2月20日来日へ

 中国の唐家セン国務委員が2月20日に来日し、21日に福田康夫首相と会談、22日に奈良、23日に大阪を訪問する方向で日中両国政府が日程の調整を進めている。
 4月に予定されている胡錦涛国家主席の訪日準備が目的で、森喜朗元首相、安倍晋三前首相、高村正彦外相らと相次いで会談し、胡主席の訪日時に新たな共同文書を採択することなどを話し合うとみられる。また、今回の訪問地に奈良・大阪が含まれることから、胡主席が関西を訪問する可能性が高くなった。
 楊潔チ外相が3月に東京入りする日程も検討されている。

山東省対友協一行が協会を訪問

 段毅軍・常務副会長を団長とする山東省人民対外友好協会訪日代表団一行3人が1月25日、(社)日中友好協会を訪れ、高野倉和央理事兼事務局長、朽木光晴事務局次長と懇談した。
 高野倉事務局長は「福田首相が山東省の孔子廟を訪ねたことが日本でも広く報道された」と述べ、代表団の訪問を歓迎した。
 段常務副会長は、ことし6月初旬に開催される「済南国際女性交流大会」への著名人の招へいや参加者の募集、7月に対友協が実施する学生代表100人の派遣へ協力を求め、協会幹部の山東省訪問をぜひ実現して欲しいと述べた。

◇50年ぶり大雪で帰省客580万人足止め

 2月7日の春節(旧正月)を前に50年ぶりの大雪に見舞われた中国では、家屋の倒壊など大きな被害が出ている。交通機関も混乱、足止めにされた帰省客は580万人にのぼった。
 湖南省チン州市では送電線への着雪で鉄塔が折れ曲がり、市街区域が広範囲にわたり停電した。
 温首相は1月29日、湖南省長沙駅を訪れ、雪のため駅で足止めされている帰省客を見舞い、「みなさんが家で春節を過ごせるよう、あらゆる方法を考えている」と話しかけた。

「実務者交流会議」申込み締切り間近

 3月2、3日の「実務者交流会議」(東京・日本青年館ホテル)申込み締切り(2月15日)が間近。問合せは(社)日中友好協会交流事業部まで。
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2008年2月5日号のニュース
日中友好協会が第16回通常総会開く

左から野中広務、村山富市両名誉顧問、
佐藤嘉恭会長代理、岡崎温常務理事(議長)、
東京・如水会館で開かれた24日の総会で
  (社)日中友好協会(平山郁夫会長)は1月24日、第16回幹事会・第16回通常総会を東京・千代田区の「如水会館」で開いた。正会員95人(委任状を含む)が出席し、2008年度事業・活動計画案、収支予算書などを承認、「日中青少年友好交流年」の成功に向けて一致協力していくことなどを確認した。総会には村山富市、野中広務両名誉顧問が参加した。

「青少年交流年」成功へ一丸
 冒頭、佐藤嘉恭会長代理が「昨年末に福田首相が北京大学で『共に未来をつくろう』と題して素晴らしい講演を行い、中国全土へ生中継された。この表題はことしの協会の基本思想を表わし、08年はまさに未来を担う若者の交流を進める年となる」と青少年交流に一丸となって取組むことを呼びかけた。
 事業・活動計画案は、ことしの主な活動として▽青少年の派遣・受入れ▽4月の平山郁夫芸術展の開催▽6月の第17回通常総会での役員改選▽公益法人制度改革に伴う「公益社団法人」の認可取得への準備▽飯田日中友好協会が中心となり進めている「満蒙開拓平和記念館」設立への支援活動などを挙げ、加盟申請している岩手と沖縄(2月4日設立見通し)の両県協会の加盟を全会一致で認めた。また、各都道府県日中の分担金を2割減とする「分担金に関する規則改正案」を承認した。
 質疑応答では、「友好週間」を作り全国ネットワークを生かした活動を進めてはなど各協会代表から活発な意見が出された。
 総会に先立ち開かれた第31回通常理事会には18人が出席した。

日中友好新年会に各界の300人集う
 総会に続き如水会館で、(社)日中友好協会とNPO東京都日中友好協会主催の「日中友好新年会」が開かれた。木村仁外務副大臣、崔天凱駐日中国大使、江田五月参院議長、公明党の太田昭宏代表、アグネス・チャンさんら各界の約300人が出席し、親交を深め、新年の始まりを祝った。
 佐藤会長代理の主催者代表あいさつに続いて崔大使が「ことしは中日関係の発展にとってチャンスの年。友好の基礎は国民にあり、協会はその基礎を固める仕事をされてきた」と協会の活躍に期待を示した。
 木村外務副大臣は高村正彦外相のメッセージを代読し、「青少年交流へ協力を」と語り、10月に北京でチャリティーコンサート開いたアグネス・チャンさんは「昨年は皆さんが撒いた平和の種が咲いていると実感した」と述べ、自ら作曲した『ピースフルワールド』を熱唱すると会場は熱気に包まれた。

第25回全日本中国語スピーチコンテスト

 (社)日中友好協会主催の「第25回全日本中国語スピーチコンテスト全国大会」が1月13日、東京・文京区の日中友好会館で開かれ、大学生部門で兵庫県の若杉祐司さん(姫路獨協大学1年)が、高校生・一般部門で神奈川の塚田久留美さん(県立外国語短大付属高校3年)がそれぞれ優勝を飾った。
 当日は大学生部門に8人、高校生・一般部門に12人の計20人が出場、自由テーマのスピーチ(5分以内)と質疑応答(約2分)で地方予選を勝ち抜いた実力を競った。会場には出場者の家族や友人、中国語の学習者らがつめかけ一時は立ち見客が出るなど例年を上回る盛り上がりだった。
 1999年から昨年まで「一般」と「基礎」の2部門制だったが、今大会から「大学生」と「高校生・一般部門」に変更された。
【講評】塚本慶一・杏林大学教授 発音、イントネーション、構文・構造は、過去に比べて正確で、ブレが少ない。内容も、自らの体験で、年齢に即し、論旨がはっきりとして説得力があった。ただ、感情の出し方が過剰か控えめ過ぎ、ことわざや熟語が多く自分らしさが出ていない面もあった。さらに研鑽を積み、日中友好の柱として活躍されることを望む。大会にエネルギーを与えてくれた60代の出場者、小林智恵子さんと原成次さんに大きな拍手を送りたい。

入賞者一覧

 〈大学生部門〉
第1位 兵庫・若杉祐司
(外務大臣賞・中日友好協会賞)
第2位 千葉・日高知恵実(中国教育省賞)
第3位 東京・藤田麻子(日中友好会館賞

〈高校生・一般部門〉
第1位 神奈川・塚田久留美
(文部科学大臣賞・中日友好協会賞)
(国際文化フォーラム賞)
第2位 埼玉・酒田明(中国大使賞)
第3位 茨城・松下朋香(日本放送協会賞)
第4位 東京・山中里奈(共同通信社賞)
第5位 佐賀・大木早苗(中国国際放送局賞)
第6位 福井・松澤由佳(読売新聞社賞)

実務者交流会議申込み2月15日まで

 3月2、3日の2日間、東京・新宿区の「日本青年館ホテル」で開催される「実務者交流会議」の申込み締切り(2月15日)が迫った。
 交流会議は各協会で実務を担当する役員・職員が中心となって開くもので、「日中青年少年友好交流年」のことしは、協会が受入れや派遣を担当する青少年数が増加することから、学校交流活動の手配、ホームステイ先の募集など、地方プログラムに向けた連携や具体的な手続きなどが議題となる。1月24日に開かれた(社)日中友好協会の理事会と通常総会でも、積極的な取組みが話し合われた。
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2008年1月25日号のニュース
福田首相の訪中で日中関係が新段階へ

民間団体主催の朝食会であいさつする福田首相、12月29日北京・釣魚台で(孫東民氏提供)
  福田康夫首相が昨年12月27日から30日まで訪中し、胡錦涛国家主席、温家宝首相ら中国首脳と会談し、「桜の咲く頃に」胡主席が訪日することや、人的、文化交流の促進、2008年を日中関係飛躍の年にすることで合意した。長く停滞状態にあった日中関係は本格的な春の到来を迎え、相互協力と共同発展の新段階に入ったことを世界に印象づけた。
 福田首相は28日午前、北京の人民大会堂で温首相と会談し、「日中両国は大きなチャンスと責任に直面している。アジアと世界の未来の創造のため協力していきたい」と述べ、温首相は「日中関係はさらに発展していく重要な時期にある」と応じた。日中両首相は2008年を「日中青少年友好交流年」とし、今後4年間毎年4000人の青少年交流で合意した。
 同日夕には釣魚台で胡主席との会談が開かれ、胡主席が「青少年交流を強化し、友好的感情を強化することが大切」と民間交流の重要さを強調し、福田首相も賛意を示した。
民間の歓迎会に出席
 29日の朝、釣魚台国賓館で中日友好協会と中国人民対外友好協会主催の歓迎朝食会が開かれた。外国首脳を迎えた民間主催の歓迎会はほとんど例がなく、会場は終始なごやかな雰囲気に包まれた。
 中国側から宋健・中日友好協会会長、戴秉国、王毅両外務次官、陳昊蘇・中国人民対外友好協会会長、北京大生約30人、日本側から宮本雄二大使、村岡久平・(社)日中友好協会理事長、北京日本人会の代表ら約200人が出席した。司会は井頓泉・中日友好協会副会長がつとめた。当日は宋健会長の誕生日で、福田首相はあいさつの中でお祝いの言葉を述べた。
 福田首相は今回の訪中を「迎春の旅」と表現し、帰国後「大変内容のある訪問だった」と旅の意義を強調した。

宋健中日友協会長が沖縄と東京を訪問 

 宋健会長を団長とする中日友好協会代表団が昨年12月9日から15日まで沖縄・東京を訪問した。各地で歓迎を受け、福田康夫首相や仲井眞弘多沖縄県知事らと会談、北京五輪開催年の2008年を契機に日中間、沖縄・中国間の交流を一層促進することを確認しあった。一行は宋健会長はじめ、井頓泉副会長ら8人で、(社)日中友好協会が招請し、村岡久平理事長らが同行した。
 10日には一行を歓迎する盛大な式典が那覇市内のホテルであり、県や経済界の代表ら約500人が出席した。式典前には宋健会長が「日中国交正常化35周年とこれからの沖縄」と題して講演し、沖縄県日中友好協会設立へ大きな期待を表明。
 11日の仲井眞知事との会談では、「沖縄の観光客誘致には中国が貢献できる」と述べ、仲井眞知事が「ぜひ中国の人たちに訪れてもらいたい」と答え、和やかに懇談した。
 12日に東京へ移動して夜は平山郁夫会長の歓迎宴に出席、14日に福田首相を表敬訪問した。宋健会長は胡錦涛国家主席のメッセージを伝え、環境問題などで意見を交換した。

沖縄県日中が2月4日那覇で設立大会

 沖縄県日中友好協会の設立大会が、2月4日午後4時から那覇市内の「ホテルパシフィック沖縄」で開かれる。当日は(社)日中友好協会から野中広務名誉顧問と村岡久平理事長、中日友好協会から許金平秘書長と関立トウ副秘書長が出席する予定で、野中氏の講演が予定されている。
 県日中友好協会の創立は、沖縄県が友好交流都市である福建省(福州市、泉州市、アモイ市)などと交流を活発化させるなか、各界の有志を中心に、日中友好協会などと協力しながら進めてきた。初代会長には日本トランスオーシャン航空会長の嶺井政治氏(85)が就任する見通し。

NPO大阪府日中が崔大使の歓迎会

 崔天凱大使の大阪訪問を歓迎するNPO大阪府日中友好協会と日中経済貿易センター主催のレセプションが1月10日夕、大阪市北区のリーガロイヤルホテルで開かれた。野中広務・(社)日中友好協会名誉顧問、遠藤敦雅、岩橋延直、九猪功氏ら各県協会会長、平松邦夫大阪市長ら自治体の代表など約250人が出席した。
 崔大使の大阪訪問は、谷井昭雄・大阪府日中会長が昨年12月に崔大使と会見した際に要請し実現した。崔大使は「なるべく早く(中国と関係が深い)大阪など関西を訪問したかった」とあいさつした。

実務者交流会議が東京、3月開催に

 1月下旬に広東省広州で実施する予定だった「実務者交流会議」の場所と時期を変更し、東京・新宿区の「日本青年館ホテル」で3月2、3日の2日間にわたって開催する。
 新年会の時期と重なり、開催日変更を要請する声が強かった。
 対象者は各協会で実務を担当する役員・職員で、会議などを通して親睦を深め、今後の活動について意見を交換し、互いに経験を共有する。参加費は1万7000円(2人1部屋)か2万1000円(1人1部屋)で、申込み締切りは2月15日。問合せは(社)日中友好協会交流事業部TEL03―3291―4231まで。
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2008年1月1日号の記事

協力して世界平和に貢献を    
  内閣総理大臣 福田康夫


 新年明けましておめでとうございます。新春を迎えるに当たり、皆様に心よりお慶び申し上げます。

日中関係は前進
 昨年は、日中国交正常化35周年であり、首脳間の往来が進んだほか、「2007日中文化・スポーツ交流年」などを通じて様々な交流が行われるなど、日中関係にとって大きな前進のある一年でした。社団法人日中友好協会におかれては、交流年事業のほかに、「21世紀東アジア大交流計画」を通じた日中高校生交流の促進にも御尽力頂きました。

交流拡大の好機
 本年は、日中平和友好条約締結30周年の記念すべき年です。日中関係においては、35年前の日中共同声明により両国間に吊り橋が架かり、日中平和友好条約により鉄橋が作られました。その後、日々多くの両国国民がこの橋を渡り続け、今日では毎日約1万3千人が往来するまでになっています。特に、本年は、北京オリンピックなどを通じ、交流をあらゆるレベルにおいて拡大させる上で大きな好機といえます。
 私は新年を迎えるに当たり、日中両国が協力して「戦略的互恵関係」を構築し、アジア及び世界の平和と繁栄に対して共に建設的な貢献を行っていくべく、決意を新たにしています。

協会の更なる発展を
 最後に、日中友好協会の更なる御発展と関係者の皆様の御多幸を心より祈念いたしまして、私の新年の挨拶とさせていただきます。

青少年交流で相互理解を     
  中日友好協会会長 宋健


 新春にあたり社団法人日中友好協会と、日本各界の皆さんに新年のごあいさつを申しあげます。
 昨年は中日国交正常化35周年、「中日文化・スポーツ交流年」でした。35年間を振り返ると中日関係には曲折と発展がありましたが、両国政府と友好人士の努力で中日関係が発展軌道に戻ったことを嬉しく思います。
 昨年4月、温家宝首相は日本への「氷を溶かす旅」で、中日関係に春をもたらしました。温首相訪日は、安倍首相訪中とともに中日関係発展の新たな一里塚となりました。両国指導者は、戦略的互恵関係を築き、平和共存と世代友好を実現する崇高な目標を確認しました。胡錦涛国家主席がことし日本を公式訪問する予定です。

友好の基礎は国民
 中日友好協会と日中友好協会は昨年、共に手を携えて多彩な大型行事を実施しました。
 「中日友好交流会議」では、民間交流を通じて相互理解と信頼を深めようと呼びかけました。日本高校生代表団の訪中を共に成功させ、中日友好交流都市小学生卓球交歓大会、松竹大歌舞伎近松座訪中公演、アグネス・チャン大型チャリティーコンサート、遣隋使1400年記念活動などを開催しました。若者間の相互理解と友好感情を培うために努力しました。
 9月には中日国交正常化35周年を祝う記念式典が北京で盛大に開かれました。温首相は友人と会見し、中日友好の基礎は両国の国民であると再度強調しました。我々は文化・スポーツ、そして何よりも青少年間で交流を深め、相互理解と親善を増進させなければなりません。
 昨年10月の中国共産党第17回大会で新指導部が確立し、胡錦涛総書記は、中国は平和発展の道を歩み、調和のとれた世界の建設を進めると報告しました。

共に新たな貢献を
 ことしは中日平和友好条約締結30周年であり、北京五輪が開かれます。私たちは友人たちと共に3つの文書の原則と精神を守り、中日戦略互恵関係を築き、平和共存・世代友好・互恵協力・共同発展の崇高な目標の実現のため、新たな貢献をしたいと思います。

友好関係の発展と飛躍を目指して
 (社)日中友好協会理事長 村岡久平


 ことしが良い年でありますよう、心よりお祈りいたします。

活動の活性化を図り
各地区組織の充実を

 1月24日の「日中友好新年会」の後、27日から3泊の日程で、各都道府県協会の実務者が参加して、「業務の経験交流」をテーマにした会議(勉強会)を中国・広州市で開催する。
 2月には、沖縄県に県日中友好協会が結成される。喜ばしいことである。
 ことしは日中平和友好条約締結30周年を迎え、「日中関係飛躍の年」として、両国首脳の相互訪問を通じて、互恵関係の具体的成果が期待される。
 このような時、私たち(社)日中友好協会は、思いを新たに、自分たちの足もとをよく見て、足腰を強くするためにいかにあるべきか、真摯に考えていきたい。
 互いに経験を話し合い、活動の活性化をはかり、組織の充実・拡大を目指す年にしていきたい。

「平山展」北京で開催
北京五輪の開催祝う

 北京五輪協賛と日中平和友好条約締結30周年を記念して、「平山郁夫芸術展」が4月17日北京で開幕する。平山会長が海外で開く最も規模の大きな個展として、早くも内外から大きな期待が寄せられている。
 8月8日から待望の北京五輪が挙行される。IOC(国際オリンピック委員会)が決めた28競技に加え武術太極拳が「北京五輪武術トーナメント」として実施される。開幕式ではどんな展開がみられるか。37会場で繰りひろげられるシーンが待ち遠しい。
 世界が見守る北京五輪。続いて開かれる「パラリンピック」の円満な成功を祈念する。
 ことしは「太極拳好(ハオ)」の題字を書き、太極拳の普及に意欲を示したケ小平氏の揮毫30周年を迎える。これを記念する国際的な機運の高まりが期待される。

「日中青少年交流年」
地方都市の交流促進

 日本の提唱で実施されている「21世紀東アジア青少年大交流計画」を、ことしも鋭意推進しよう。07年、協会は3つの訪日団、計600人の中国の高校生を迎え入れた。各地で周到な準備がなされ、事故もなくスムーズに進められた。
 各県教育委員会のご配慮に感謝するとともに各県協会が熱心に取組んでいただいたことに敬意を表わしたい。
 ことしは「青少年友好交流年」として、若い世代の往来をさらに高めようとしている。大いに盛りあげたいものである。
 両国の友好都市は230を超した。昨年末、協会の仲立ちで、茨城県神栖市の市長一行が浙江省上虞市を訪問、今春は上虞市代表団が来日、新たな友好都市が誕生しようとしている。

内陸地に友好都市を
好転する情勢に即応

 地方都市で国際化が叫ばれている。長い交流の歴史を持つ隣邦中国の都市との交流は有意義な国際化である。
 特に地方のメディア、中小企業などの往来を促す活動を進めたい。
 さらに、なるべく中国の内陸地の都市と友好都市を結ぶことや、各種の交流事業を展開するよう心がけたい。
 好転する情勢に追い越されないよう、私たちは不断の努力と活動を進めたい。

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