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| 2008年12月15日号のニュース | ||
◇日本大学生訪中団が結団式 11月18日から24日まで北京・深センを訪問する「日本大学生訪中団」(団長=蝟{嘉昭・(社)日中友好協会監事 山梨県日中会長)の結団式と事前研修会が11月24・25の両日、東京・神宮外苑の日本青年館で開かれた。訪中への期待を胸に集まった団員は、互いの意思疎通をはかり、団結して中国での交流を成功させることを誓った。訪中団は全国から公募し、約4倍の倍率で選ばれた大学生118人と事務局6人の計124人で編成、総勢900人の「日本青少年訪中代表団」第2陣の一団として、北京で開催される日中青少年友好交流年(中国側)閉幕式に臨む。 ◇蝟{団長あいさつ「訪中を契機に成長を」 私が初めて海外へ出たのは43年前、23歳の時です。青年運動を通じて中国とも交流し、いろいろな方と知り合いになりました。今では中国の指導者として活躍されている人もいます。訪中団員から総理大臣が、中国の友人からは国家主席になる方が出ることを期待しています。中国では何でも話して、わからないことは質問して欲しい。青年は心にわだかまりを持ってはいけないし、若者の交流では率直に聞くことが何よりも大事です。中国のみなさんと親しくなると同時に、団員同士が仲良くなり、帰国後もぜひ長い付き合いをして、今回の訪中を契機に大きく成長するよう願っています。 |
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| 2008年12月5日号のニュース | ||
◇「ピンポン外交日中友好写真展」北京で 日中平和友好条約締結30周年を記念する「ピンポン外交日中友好写真展」が11月14日から一週間、北京の中国人民対外友好協会・友誼館で開催された。1971年名古屋で開かれた世界卓球選手権に出場するため来日した中国代表団をはじめ、世界を驚かせた「ピンポン外交」の貴重な写真約50枚が展示され、会場を訪れた大学生らが当時の関係者から話を聞き、日中民間交流の歴史を学んだ。14日の開幕式では、ピンポン外交の立役者・故後藤ナ二氏の遺志を継ぎ、日中友好の発展に努めた後藤淳・愛知県日中友好協会会長に中日友好協会から「中日友好の使者」の称号が贈られた。 後藤・愛知県会長中日友好の使者に 井副会長はあいさつで、「『水を飲む時、井戸を掘った人のことを忘れない』と言いますが、中日関係が良好な今、先達の貢献に思いを致したいと思います」と述べ、写真展を開催する意義について語った。 ◇日本大学生訪中団の団員決まる 全国から公募、厳正な選抜を経て結成された日本大学生訪中団の事前研修会が11月24・25の両日、東京・神宮外苑の日本青年館で開かれ、団員124人が(ただの一人の欠席もなく)集って結団式が行われた。団長は蝟{嘉昭・協会監事。12月18日北京へ、20日日中青少年友好交流年(中国側)閉幕式に臨む。中国人民大学では両国大学生の交流が盛大に繰り広げられる。広東省に移動、改革開放のシンボル経済特別区が置かれ「中国の奇跡」を打ち立てた深セン市では深セン大学の学生たちと「21世紀の東アジア その平和と発展」をテーマにしたディベートほか様々な交流・交歓が行われる。24日広州から帰国。大学生訪中団は総勢900人の「日本青少年代表団」の一翼を担う。(詳細は次号で) ◇第35回理事会で事業報告を承認 (社)日中友好協会の第35回通常理事会が11月20日、東京神田の学士会館で開かれ、理事22人(委任状4人)が出席、加藤紘一会長のあいさつを受けて議事に入り、村岡久平理事長が前回理事会以降の協会事業・活動を報告、了承後、酒井哲夫副会長が瀋陽市で開催された「北東アジア発展フォーラム」参加の意義を、また岡ア温常務理事が南京市で開催された「江蘇省国際友好都市交流30周年記念行事」参加の趣旨を語るなど、活発な意見交換が行われた。次回理事会と第18回幹事会・総会を来年1月22日に開くことを全員一致で承認、閉会した。 ◇救援募金は総額7062万円に 5月12日に発生し未曾有の被害をもたらした四川大地震被災地への救援募金は協会の全国組織を挙げて行われ、10月末現在、総額7062万3715円を数えました。これも全国の皆さまのあついお志のお陰です。 |
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| 2008年11月25日号のニュース | ||
◇東京で「日中青少年歌合戦」 ことしからの4年間に、日中間で毎年、約4000人規模で両国青少年が往来し互いに学び交歓する交流事業の初年度「日中青少年友好交流年」の日本側閉幕式が11月12日、学習院大学で開催され、麻生太郎首相がスピーチ、崔天凱駐日中国大使が温家宝総理の祝辞を代読した。アトラクションでは「日中青少年歌合戦」が行われ、日中双方10組計20組が熱唱、ステージと客席を埋めた1200人余の日中青少年がひとつになり、大いに盛り上がった。 ◇麻生首相スピーチ「歌声が国境を越え未来への懸け橋に」 平和友好条約締結30周年を迎えたことしは日中間の交流に弾みを与えるうえでも意義深い年になった。胡錦涛国家主席が2度日本に来られ、8月には福田前総理が、先月には私が中国を訪問し、12月初めには日中韓3カ国首脳会議が日本で予定されているように、1年のうちにこれだけ頻繁に両国首脳が往来したのは日中関係史上に例がなく、現在の日中関係の勢いを現していると思う。今年はまた四川大地震という未曾有の自然災害を乗り越えて、中国でオリンピック、パラリンピックが開催された。 ◇G20金融サミット 胡錦涛主席が演説 先進国に中国・インド・ブラジル・インドネシアなど発展途上国も参加し20の国・地域の首脳が集まって米ワシントンで開催された「金融サミット」(G20)で、11月15日、胡錦涛・中国国家主席が演説、「国際社会の当面の急務は、あらゆる対策を講じて市場の自信を回復させ、金融危機の拡大を抑えることにある」「対応に当たっては発展途上国、特に後進国の損失をできるかぎり減らし、発展途上国の金融市場の安定と経済成長が確実に保障されなければならない」と表明、「中国は(IMFなどの)国際金融機関の融資能力増強を支持する」と述べる一方,「国際金融機関での発展途上国の発言権を高めるべきだ」とも主張した。 |
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| 2008年11月15日号のニュース | ||
10月27・28の両日、中国の遼寧省瀋陽市で「北東アジア発展フォーラム」が開催され、協会から酒井哲夫副会長(福井県日中会長)ら4人が出席、27日午前の開会式では、金大中韓国元大統領の基調講演のあと酒井副会長が日本からの出席者を代表してスピーチ、平和・安定の東アジアが世界の発展に貢献するとの強い思いを披瀝した。 「北東アジア発展フォーラム」は中国人民対外友好協会、中国国際貿易促進委員会、中国人民外交学会、遼寧省人民政府が主催、瀋陽市内の遼寧賓館で開かれ、関係各国からは政府・自治体・民間団体・企業の代表が出席、27日午前に開会式、午後にフォーラム、翌28日には会場を遼寧大学に移してフォーラムが、「発展」をテーマに行われ、活発に意見を交換した。 陳錦華・中国企業連合会名誉会長が11月7日、衆院議員会館に加藤紘一協会会長を表敬訪問、歓談した。 ◇江蘇省で友好都市締結30周年祝う 中国・江蘇省と世界各都市間の交流を回顧し、今後の連携と協力を展望する「国際友好都市30周年記念活動」が、10月28日から31日まで、省都・南京で盛大に開催された。省内初の友好都市として、1978年12月に締結された南京・名古屋の友好都市関係が30周年を迎えたのをともに祝い、松原武久市長を団長とする名古屋市代表団はじめ、世界45カ国172団体の約1100人の海外からの来賓が一堂に集い、将来にわたる交流の発展を誓った。 駐日中国大使館で総務部に2年間、友好交流部に4年間、計6年の長きにわたって務めた孫美嬌参事官が、11月末には離任、中国外務省アジア局に転任することになり、11月6日、協会を訪問、離任のあいさつがあった。 |
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| 2008年11月5日号のニュース | ||
10月24日北京で、10月27日東京で、平和友好条約締結30周年を記念するレセプションが開かれ、日中両国はいっそうの相互信頼を固めて、世界の平和と発展のために貢献するとの変わらぬ誓いを新たにした。 北京では、中日友好協会と中国人民対外友好協会主催のレセプションが人民大会堂で開かれ、麻生太郎首相が胡錦涛主席のあいさつを受けてスピーチ、条約30周年を祝うとともに、日中関係発展のために「あらん限りの情熱と英知を注いでゆく決意」を表明、レセプションに先立って行われた胡主席、温家宝首相との会談でも両国の戦略的互恵関係を推進することを確認、30年前に条約が発効した23日には、麻生・温両首相が互いにメッセージを交換して両国国民に祝意を表した。 日中平和友好条約締結30周年に当たり、日本国政府及び日本国民を代表し、貴総理及び貴国国民に対し、ごあいさつを申し上げると共に、この日の到来を共に慶びたいと思います。 日本国内閣総理大臣 麻生太郎閣下へ 日中平和友好条約締結30周年に際し、中国政府と人民を代表し、閣下と日本国民の皆様に対し、謹んで心からの御祝いを申し上げます。 ◇大学生訪中団に375人が応募 |
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| 2008年10月25日号のニュース | ||
日中青少年友好交流年の諸事業がピークを迎え、10月14日、中国高校生訪日団第5陣の397人が来日、翌15日には、Aコースが「企業の社会的責任」を、Bコースが「ロボットと共存する社会」をそれぞれのテーマに開かれたセミナーに参加、講師のレクチャーに耳を傾け、真剣な質疑応答が行われるなど、向学心に燃える中国高校生の本領を発揮、夜には受け入れ実施団体の(社)日中友好協会と(財)日中友好会館主催の歓迎レセプションに臨んだ。 |
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| 2008年10月15日号のニュース | ||
◇日中経済協会の代表団が訪中
胡錦涛主席との会見は人民大会堂・福建の間で行われた。 張会長がことし5月の胡主席訪日時の首脳会談の成果をふまえてすすめられている日本経済界の取り組みを紹介、胡主席は、「日中両国は今まさに新たな歴史的スタート地点にあり、さらに関係を発展させる重要なチャンスに直面している」ことを強調、「相互信頼を増進し」「戦略的互恵関係を堅持して、更に深化発展させたい」との意向を表明、金融危機と世界経済の成長減速が「中国経済に見過ごすことのできない影響を与えており」、「最近すでに一連の調整措置を講じた」と述べて、「金融と世界経済の安定維持のため、(中日が)ともに努力していきたい」との意思を明らかにした。 戴秉国・国務委員、陳徳銘・商務相らが同席した。 李副首相とも会見 李克強副首相との会見は人民大会堂・西大広間で行われた。 まず李副首相が四川大地震被災地への救援隊派遣と日本国民から差し伸べられた援助の手に心からの感謝の意を表明、続いて張団長が5月の訪日時に胡主席が日本の経済界に諮った4つの提案をふまえて作成された提言書「日中関係新次元への展開」(2面に骨子)の趣旨と概要を説明、提言書を手渡した。 李副首相は中国の現状を分析、中日経済協力の展望を述べ、「企業(の現場)にしろ、製品にしろ、新しい状況、新しい問題が出現するかもしれない。しかし、双方が互恵平等とウィン・ウィンの方針で誠実に協議すれば必ず経済関係は引き続き前進・発展すると思う」「中日経済協力は新たな分野に発展し、新たな突破口を見出すと、充分に自信を持って見ている」「国民の生活水準と質の向上をもたらす発展をすすめたい」と語った。 ◇提言書「日中関係新次元への展開」 提言書「日中関係新次元への展開」は、ことし5月の訪日時に胡錦涛主席が日本の経済界に諮った「両国の経済貿易協力をさらに高い発展段階へと押し上げる」ための4つの提案をふまえている。 (1)省エネ、環境保全分野の協力を重点的に強化する (2)中国の地域発展の過程に積極的に参画する (3)両国の企業協力を強力に推進する (4)アジア地域とグローバル経済での協力を強化する 日中経済協会では各界有識者から成る21世紀日中関係展望委員会(福川伸次委員長、全21名)の英知を集めて今回の提言書を取りまとめた。日中両国語で作成。今回の代表団訪中時、李克強副首相に手渡されただけでなく、胡錦涛主席にも張団長から直接手渡された。 ◇国連で日中外相会談開く ◇北京大MBA訪日視察団と交流 |
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| 2008年10月5日号のニュース | ||||
◇建国59周年、平和友好条約締結30周年祝う
会場入口では崔大使夫妻が参加者の一人ひとりを笑顔で迎えた。 ◇温家宝首相が国連総会で演説 ◇有人宇宙船「神舟7号」が宇宙遊泳に成功
周恩来総理が第4期全人代第1回会議で「(農業・工業・国防・科学技術の)四つの現代化」を訴えたのは1975年1月。33年後の9月27日、中国は宇宙船の船外活動に成功(写真)、科学技術でも世界の前列に立った。 |
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| 2008年9月25日号のニュース | ||
◇加藤会長と胡主席の会談全文
加藤会長 アジアでは日本も韓国も国家が上り坂にある若い活気に満ちた時期にオリンピックが開催されました。そしてまさに今回、中国で北京オリンピックが大成功をおさめた。私たちは同じアジアの一員として中国でのオリンピック成功に心からの祝意と敬意を表します。 |
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| 2008年9月15日号のニュース | ||
◇加藤会長が胡錦涛主席と会談
加藤会長は会談冒頭、6日夜に観覧した北京パラリンピック開会式の感想を述べ、北京オリンピックが成功裡に閉幕したことに祝意を表した。 胡主席は「中国の古い友人」の友好協会会長就任を歓迎し、「オリンピックの準備中と開催中に日本各界からたくさんの支援をいただいた」と応じた。また、胡主席は、「協会は多年にわたって中日関係の発展に大きな貢献をされてきた」と協会の活動を高く評価、「四川大地震で多大な支援をしていただいたことに、この場を借りて感謝の意を表したい」と述べた。 協会役員ら11人からなる代表団は中日友好協会の招聘で5日から7日まで訪中し、5日午後に武大偉外務次官、陸昊・中国共産主義青年団(共青団)中央書記処第一書記、唐家セン・前国務委員とそれぞれ会談、6日夜には国家スタジアム(鳥の巣)で北京パラリンピックの開会式を観覧した。 ◇平和友好条約締結30周年を祝賀 日中平和友好条約締結30周年を祝うレセプションが9月8日、宋健・中日友好協会会長一行を迎えて、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ鶴の間で盛大に開催された。(社)日中友好協会をはじめとする友好7団体が主催、来賓には崔天凱駐日中国大使、河野洋平衆議院議長、江田五月参議院議長らが列席、冒頭、宋会長と崔大使に森下洋子さんと中野良子さんが花束を贈呈、会場を埋めた800人の参会者から大きな拍手が送られた。 主催者を代表して野田毅日中協会会長があいさつ、「両国の戦略的互恵関係が、両国国民が互いに敬いあう『互敬』関係に発展するよう願う」と結び、これを受けて宋会長があいさつに立ち、「友好7団体の皆さまが信念をもって行動された友好の事績は歴史に永遠に明記されるもの」と貢献を称えた。 河野衆院議長、江田参院議長の来賓あいさつに続いて、伊藤信太郎外務副大臣が福田康夫首相の祝賀メッセージを代読、辻井喬日本中国文化交流協会会長の音頭で乾杯、加藤紘一協会会長も主催団体代表として登壇し、杯を挙げて30周年の佳き日を祝った。協会からは150人に近い会員が出席した。 ◇加藤会長と平山前会長が懇談 9月2日、加藤紘一協会会長が鎌倉市二階堂の私邸に平山郁夫名誉会長を訪ね懇談した。5日からの協会代表団団長としての訪中を前に助言を求め、今後の協会事業について意見を交換、名誉会長は「期待しています」と加藤会長を激励し、堅い握手を交わした。 |
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| 2008年9月5日号のニュース | ||
◇華やかに北京オリンピック
「鳥の巣」(バーズネスト)の愛称で世界的に有名になった国家体育場(国家スタジアム)は、観覧席の収容人数が9万1000。 まだ上空が明るい午後6時半から中国各地の伝統舞踊や少数民族の集団舞踊が華麗に繰り広げられました。トラックとフィールドの上全面を床板状のボードで覆い、巨大な舞台がつくられた、と言ってもいいでしょう。胡錦涛主席とロゲIOC会長を迎え、午後8時8分を前に、カウントダウンが始まると、スタジアムは異様な熱気に包まれて、「中華民族100年の夢」の実現を待ち構えます。 午後8時8分。 大きな炸裂音とともに無数の花火が打ち上げられて開幕を宣言、北京招致が決まってから7年、中国人が待ちに待った北京五輪の開会式が始まりました。 ■観客も演出担い マスゲームは、中華民族の壮大な歴史を現代科学のハイテクを駆使して再現した立体絵巻といったところでしょうか。実際に絵巻物が描き出され、さらには、紙に続く中国の四大発明の一つ、活版印刷が表現されて「和」の文字がくっきりと浮かび上がった。一糸乱れぬ組織性と規律性は、200日にも及んだ厳しいトレーニングのたまものでしょう。 観客は中国各省・市・自治区から選抜された「代表」が主体だったとか。私たちにもプログラムや飲料水といっしょに中国国旗と五輪旗の小旗、それに大型のペンライトが配られ、観客もこの一大パフォーマンスの演出を担うことに。観覧席を埋め尽くしてライトが点滅する幻想的な光景が出現しました。 私は、4年に1度開催される全国運動大会(国体に相当)の開会式をずっと見てきましたが、この開会式は、その集大成だったのかという印象を強くもちました。「こうした大イベントはこの先10年間はやれそうにない」と語った張芸謀演出総監督の言葉通りの実に見事な開会式でした。 ◇于再清氏がIOC副会長に 中国国家体育総局副局長でCOC(中国五輪委)副会長の于再清氏が8月7日、北京で開催されたIOC(国際五輪委)総会で、副会長に選任された。何振梁COC名誉会長に次いで中国人では二人目。IOCの副会長は4人。于氏は今年57歳、2004年8月にIOC理事に。北京五輪の準備期間を通して各国を歴訪、成功に向けて尽力した。 ◇平和友好条約締結30周年レセプション 日中平和友好条約締結30周年を祝賀するレセプションが崔天凱駐日中国大使と来日中の宋健中日友好協会会長一行を迎えて、日中友好7団体の主催で開催される。 ■日時 9月8日(月) 正午〜13時30分 ■会場 ホテルニューオータニ鶴西の間 (東京都千代田区紀尾井町4−1) ■会費 5000円(当日、各団体の受付で申し受けます) |
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| 2008年8月15日号のニュース | ||
◇「中国青年代表団」第2陣が帰国
代表団は外務省が招聘し、中華全国青年連合会(全青連)が派遣、総団長は倪健・全青連主席補佐がつとめた。 8分団に分かれて福島、千葉、東京、神奈川、山梨、京都、大阪、兵庫で各専門分野ごとに関連施設を視察、エネルギーや環境に対する日本での取組みについて理解を深めた。また、同じ専門分野の青年同士が、自国の状況を説明しあい、率直な意見を交換、日中が今後同じ問題に協力して取組んでいく上で大きな成果をあげた。 各分団は27日に東京に集合、28日に開かれた日中平和友好条約締結30周年記念のシンポジウムとレセプションにそろって出席、日中両国がさらに緊密な関係を培っていくために青年が果たす役割について意見を発表した。 29日には団の代表と四川省の中高生ら約30人が、福田康夫首相を官邸に表敬訪問した。 北京大生99人を含む大学生分団124人は、外務省の委託で(社)日中友好協会が受入れを担当。北京大生の招聘は、昨年12月に福田首相が北京大学で講演した際に表明、今回実現した。 日中両国は環境、エネルギーをはじめ、経済、学術、文化など各分野での青年代表の相互招聘を順次実施することにしている。 ◇加藤紘一会長が五輪を祝賀し揮毫 北京五輪開幕の8月8日付「光明日報」は、世界の著名人から寄せられたオリンピック開催祝賀メッセージを掲載、日本からは加藤紘一(社)日中友好協会会長の揮毫が紙面をかざった。 厳聖禾・光明日報東京支局長が衆議院第二議員会館に加藤会長を訪ね、揮毫を要請。加藤会長は「北京オリンピックが人類の五輪史にいっそうの輝きを添えるものであってほしい」と願って筆を揮った。中国語訳は「祝願為奥運歴史増輝」。 ◇外務省中国・モンゴル課長に埀秀夫氏 就任まもない埀秀夫外務省中国・モンゴル課長が8月6日午前、衆議院第二議員会館で加藤紘一会長と、また午後には協会で村岡久平理事長と懇談した。 |
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| 2008年8月5日号のニュース | ||||
◇上海青少年記者が“ちびまる子”と交流
(社)日中友好協会の招請で、7月21日から26日まで「上海青少年記者代表団」(団長=呉暁寅・上海市対外文化交流協会副秘書長)が来日、東京では河野洋平・衆議院議長、横浜では中田宏・市長にインタビュー、25日には東京・台場のフジテレビを取材、中国でも大人気のドラマ『ちびまる子ちゃん』出演の子役たちと交流した。 |
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| 2008年7月25日号のニュース | ||
◇加藤会長が懇親会で力強い“第一声”
加藤紘一会長あいさつ 平山先生の後任として会長という重責を担わせていただくことになり、大変な名誉であると同時に、この重い仕事をしっかりと実効の伴うものにしていかねばと、覚悟を固めている。全国の会員の皆さまのご協力とご尽力を切にお願いしたい。 ■平和への願い 私が大学に入ったのは、日本の社会が外交問題で揺れた60年安保闘争の時代だったが、どうしてあれほどのエネルギーが噴出したのか、また、どうして多くの人々が社会的関心をもったのか。振り返ってみると、理由は二つに集約されるように思う。一つは平和でなければいけないという願い。もう一つはアジアの中での発展を考えるなら、日本はアジア諸国との関係をしっかり構築しなければならないということ。 日本の針路はどうあるべきなのか、当時まだ20やそこらの若者に 答えが出せるはずがないのだが、東京出身の同級生たちは割り切っていて、大学時代は左翼でいい、社会に出たら“右”になって良いポジションに就けばいいと言う。けれど、東北出身の、藤沢周平描く庄内藩士の末裔に属する私は、そういうことができない風土で育った。そして、中国を勉強しよう、中国とのかかわりを自分のライフワークにしようと決意して外務省に入った。 ■ライフワーク さまざまな出会いがあり、私も齢を重ねたが、以来、私は日中関係ということをずっと考え続けてきた。変わらずに日中関係は私のライフワークだ。 再び戦わない。互いに経済発展しても円滑な両国関係でありえるようにしたい。互いがもっている尊敬すべき伝統文化をしっかり分かり合えるようにしたい。そんな気持ちでずっと活動してきた。 ■より前向きに 会長という職をいただいたが、名誉職として座っているのではなく、できるだけ創造性豊かな活動を通して、日中関係をスムーズでいい関係にしたい。そして、その素地は、よく見ると日中双方にしっかりあると思う。ただ、いろいろなパーセプション・ギャップ(認識のずれ・解釈の違い)や誤解がある。これを解いていかなければいけない。 簡単な仕事ではないが、国民のエネルギーが日中の良好な関係づくりのために発揮されて、アジアの素晴らしい関係を構築できるように頑張っていきたいと思う。しっかりとしたエネルギーを持って、アクティブにやっていきたい。創造的に日中関係をより前向きにしていくために心ひとつに頑張ってまいりましょう。 ◇故清水名誉副会長に胡主席から弔電 6月29日、清水正夫・名誉副会長の葬儀には多くの供花・弔電が寄せられたが、胡錦涛・中国国家主席からの弔電は、きわめて異例のこと。弔電の全文は以下の通り。 清水正夫先生ご逝去の報に接し、謹んで哀悼の誠を捧げます。 さる5月に日本を訪問した際、清水先生はじめ松山バレエ団の皆さま全員と親しくお会いできたことは、私にいつまでも忘れられない深い印象を残しました。清水先生は長期にわたり中日友好事業に力を尽くされ、貴重な貢献をなされました。先生のご功績は永遠に中日友好の歴史に刻まれます。ご遺族の皆さまのお悲しみはいかばかりかと存じますが、どうかご自愛くださいますよう。中華人民共和国主席 胡錦涛 ◇全日本武術太極拳選手権大会開かれる ことしで25回目の「全日本武術太極拳選手権大会」が7月11日から3日間、東京体育館で行われ、個人と団体競技の6競技部門・37種目に2125人が出場した。今大会は8月の「北京武術トーナメント」の日本代表選手最終選考会を兼ねて実施されたもので、套路競技の5人と散手競技の1人計6選手が選ばれた。 ◇羅田広駐大阪総領事が交通事故で逝去 羅田広駐大阪総領事が、一時帰国中の7月11日河北省で交通事故に遭い逝去した。享年55。駐大阪総領事館では15日から17日まで弔問が行われ羅総領事を知る多くの人々が訪れ故人の死を悼んだ。 |
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| 2008年7月15日号のニュース | ||
◇加藤紘一・衆院議員が協会新会長に就任
総会は正会員114人(委任状を含む)が出席して行われ、「事業・活動報告」と「収支決算報告」を承認、役員改選に入った。当初6月17日に開かれる予定だった総会が延期されたのは、平山会長が北京で開かれた「芸術展」開幕式出席後に体調をくずし、辞意を表明したことから。後任人事で役員選考委員会がもたれ、この日の総会になったもので、役員改選では、まず井出正一副会長が平山会長と、同じく辞意を表明した鈴木重郎副会長の功績を称えて感謝のことばを述べたあと、会長候補に加藤紘一顧問が推薦された。 野中広務名誉顧問から「加藤さんには名誉職はまだ早いのでは」との異議が出され、賛否両論が交わされて、決議に。満場一致で会長に加藤顧問が選出された。あいさつに立った加藤新会長は「名誉職ではなく、覚悟を固めてお受けした。日中関係は私のライフワーク。国民のエネルギーが日中友好に使われ、アジアの平和に貢献することこそが私の願い」と力強く語った。 総会後の懇親会には崔天凱駐日中国大使と孔鉉佑公使が駆けつけ、平山前会長の労をねぎらうとともに加藤顧問の新会長就任を祝賀、ともどもに杯を交わして歓談した。 唐家セン・前国務委員、陳昊蘇・中国人民対外友好協会会長、宋健・中日友好協会会長らから加藤会長と平山名誉会長に祝電が寄せられた。 ◇中国高校生訪日団第4陣250人が帰国 「日中青少年友好交流年」事業の一環で6月24日から来日していた「中国高校生訪日団」第4陣が7月2日、8泊9日の日本訪問を終え、思い出を胸に成田発の便で帰国した。 第4陣は、北京・重慶・河北・河南・浙江・湖南・山西の2市5省の高校生(女子125人・男子86人)と引率教員ら250人で、団長は趙軍・教育省高等学校社会科学発展研究センター副主任。6コースに分かれて日本の各地を訪問、学校の授業に参加し、ホームステイを体験するなどして交流した。 東京では6月25日、『名探偵コナン』はじめ数々の人気アニメを製作した諏訪道彦氏(読売テレビ)が講師のセミナーに全員が出席、アニメを通した相互理解の可能性などについて話を聞いた。 同日夜の歓迎レセプションで披露された着物のファッションショーでは、ひまわりや藤の花を象った帯の着物や肩や脚を出した斬新な浴衣のモデルが登場、生徒たちはさかんに写真を撮っていた。 ショーは日本文化の一端に触れてもらおうと企画、さが美きもの文化学苑が演出した。 北京の高校生9人は26日、東京都久留米市の自由学園を訪問した。学園の生徒手作りの昼食を一緒に食べた後、授業を参観。茶話会では日本側がコーラスで北京の学生を歓迎し、お茶とお菓子をともにして語り合った。 30日に49人が訪問した千葉県市原市の東海大付属望洋高校では吹奏楽部がダイナミックな演奏を披露、日中の生徒が一緒に日本語と中国語で「鉄腕アトムの歌」を合唱した。また全校生徒が折った千羽鶴6束が四川大地震の慰問の気持ちをこめて中国側に贈られた。 訪日団は外務省の委託で(社)日中友好協会が受入れを担当。 東京、長野、静岡、香川の各都県日中と、東京の西東京、豊島区、北区と静岡の浜松市の各地区日中がホームステイの受入れ、学校交流で協力した。 ◇清水正夫名誉副会長の葬儀しめやかに 清水正夫協会名誉副会長の葬儀が6月29日、東京港区の青山葬儀所で行われ、故人の死を悼む多くの会葬者が降りしきる雨のなか最後の別れをした。 清水名誉副会長は25日、多臓器不全のため死去、87歳だった。夫人の松山樹子さんと松山バレエ団を創立、「白毛女」などの中国公演は12回にわたり日中文化交流への貢献を称えて、5月8日には来日中の胡錦涛主席がバレエ団を訪問、葬儀にも弔電を寄せた。 |
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| 2008年7月5日号のニュース | ||
| ◇“「日本と中国」2000号”志も新たに おかげさまで「日本と中国」は通刊2000号を数えました。1950年2月20日の創刊から58年余、「日中友好のしんぶん」として戦後の日中関係史と歩みをともにし今日を迎えることができたのも、ひとえに会員・読者の皆さんのご支持のたまものです。日中友好協会成立時の「綱領」には、「日中両国人民の友好提携により、相互の安全と平和をはかり、もって世界平和に貢献する」とあります。「道は曲がりくねっているが、前途は光明にあふれている」のことばどおり、日中両国は紆余曲折を経て、いまアジアと世界のより良い未来を築くうえで重い責任を共有する協力パートナー関係を相互に認識するに至りました。この相互信頼を打ち固めるために、「日本と中国」は志も新たにいっそう奮闘してまいります。 ご愛読に感謝し、いっそうのご支援を (社)日中友好協会会長 平山郁夫 全国の会員の皆さんと日中友好にお心をよせてくださる読者の皆さんに支えられて、「日本と中国」は通刊2000号を迎えることができました。 創刊は中華人民共和国成立の翌年、それも4カ月を経ない1950年2月20日のことですから、当時、アジアと世界の平和のために心を砕いていた諸先達の新中国への関心がいかに高かったかがうかがえます。以来半世紀余、日中関係は、いま二国間の善隣関係にとどまらず、アジアと世界のより良い未来のために貢献するという大きな責任を負った全面的な協力パートナーの関係にあります。日中両国の数世代にわたる多くのかたがたの心血が凝集したこの安定・発展の局面を「日本と中国」は何よりも大切にし、多角的により深く、さまざまな分野の人々の活躍を通して報道してまいります。 通刊1000号を記念して1977年4月に派遣された戦後初のチベット取材団には私も団員として参加し、ラサの地を踏みしめたことが懐かしく思い出されます。2000号を迎え、志も新たにいっそうの紙面充実に努めてまいりますので、どうか変わらぬご愛読とご支持ご鞭撻をお願いいたします。 ◇高校生代表団100人が交流終え帰国
代表団は、京都の城南・南丹・洛西・山城の府立4校と立命館高校、栃木県立鹿沼東高の2府県6校の高校生ら100人で、学校交流やホームステイを通じて若者同士の相互理解と信頼を深めた。 北京では12日に北京市第十九高校で英語や数学の授業に出席、エアロビクスや書道で交流。吉林省長春では13日に長春日章学園、14日に長春市第二実験高校を訪れ、卓球やバスケットボールなどのスポーツで中国の高校生とともに汗を流し、交歓会で歌や踊りを披露し合った。特に、中国側の上手な日本語の歌の合唱に、日本の高校生からは驚きの声があがった。14日晩はホームステイを体験、団員の北澤知佳さん(城南高2年)は「家族と一緒にたくさんの写真を撮って良い思い出ができた」と語っていた。 今回の代表団は「日中青少年友好交流年」の事業の一つとして中日友好協会が受入れ、外務省の委託で(社)日中友好協会が派遣を担当した。一方、協会が受入れを担当する中国高校生訪日団の第4陣250人は6月24日に来日した。 ◇被災地の受験生、テントで試験に備える 被災地の受験生たちが不便な避難生活のなかで試験勉強に励んでいる。6月10日晩、四川省広元市のテントで、同省青川県・第一高校の3年生が熱心にノートをとっていた。 中国教育省は四川大地震に対応し、甚大な被害を被った四川・甘粛両省の62の区・県の12万人に対して、大学入試を7月3日まで延期することを決定。全国の各大学では被災地の受験生のために募集人数の割り当てを調整し、四川省からの全募集者数の20%、甘粛省からの10%を被災地の学生に割り当てる。中国では6月7、8日、日本の大学入試センター試験に相当する「高考」が実施された。 ◇東シナ海のガス田が共同開発で合意 日中両国の間で長く懸案となってきた東シナ海の海底ガス田について合意がまとまり6月18日に発表された。 中国が開発中のガス田「白樺(中国名・春暁)」への日本側の資本参加で合意し、利益は出資比率に応じて配分、未開発の「翌檜(同・龍井)」については共同で開発する。 中国外務省は同日、東シナ海を平和、協力、友好の海にするという両国首脳の共通認識に基づいた措置であり、両国民の根本利益に合致する、との談話を発表した。 |
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| 2008年6月25日号のニュース | ||
◇北京・花家地小学校で被災地支援バザー
花家地実験小学校(魏俐校長・生徒数1100人)は、中国語で「同心結」と呼ばれる北京オリンピックでの「一校一国運動」で日本を応援する。昨年末には福田首相が訪れ児童と交流するなど、日本との縁が深いことでも知られる。 朝8時半、校庭に全校生徒が整列、国旗を掲揚した後、児童代表が次々に舞台にあがって、犠牲者を悼む詩や、「心を強くもってください」「早く家に戻れるよう祈っています」など、被災地の児童へ向けたメッセージを読みあげた。 甚大な被害が出た四川省徳陽市から北京に住む叔母を頼って上京した転入生の王迪君(7)が、地震発生時の状況を「窓がガラガラ鳴って、先生が教室と運動場を往復して生徒全員を避難させました」と語り、児童らが話に静かに聞き入った。 魏校長は、「多くの人々が亡くなり、大きな被害が出ていますが、全国に援助活動が広がっています。わが校も地震翌日の13日には義援金を集めました。今後は被災地の学校と姉妹校提携を結び再建に尽くしたいと思います」とあいさつ。 式典後のバザーでは、各自が持ち寄った玩具や文具、書籍などが校庭に置かれた机の上に所狭しと並べられ、生徒らは競うように手に取り購入していた。校庭には被災地に対する理解を深めるため倒壊した建物や救援活動の様子を紹介したパネルも展示された。 この日のバザーでは6万元(約90万円)が集まり、その一部で500個の五輪マスコット「福娃」人形を購入、被災地の子どもに贈るほか、北京市の支援交流都市に指定された四川省什 中国では、各地の児童が被災地の児童に手紙を送る運動が盛んに行われ、「児童デー」を祝うために、被災地の一部児童が北京に招待され、北京の児童と一緒に五輪会場などを見学した。今回の大地震では、多くの児童が心的障害を負ったとみられ、その対策も急ぎ求められている。 ◇上海万博センターなど予定地の建設進む 上海万博会場予定地ではすでに、閉幕後も恒久的に使用する施設の建設が進んでいる。万博センターなど4施設で、昨年11月から建設を開始、来年9月には竣工する予定だ。地下鉄も急ピッチで整備され、総延長距離は現在の234キロから2010年には400キロを超える。 ◇日本高校生訪中団が北京・長春・大連へ 「日本高校生訪中団」が6月10日、中国へ向け出発した。6泊7日の日程で北京・長春・大連を訪れ、現地の高校生と交流する。 京都府と栃木県の生徒と引率の教師ら100人で編成、受入れは中日友好協会、派遣は外務省の委託で(社)日中友好協会が担当する。 | ||
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| 2008年6月15日号のニュース | ||
◇日本救助チーム通訳の徐潔さんが語る
(5月)15日の朝、日本から国際緊急援助隊救助チームが被災地に派遣されるとのニュースが流れ、午後に、私たちが通訳登録をしている北京のコンサルティング会社から電話があって、同行通訳の依頼を受けました。 「私でお役に立つなら」との思いで、すぐに簡単な荷造りをし、北京空港に集合、隊に合流して、深夜、成都の双流空港に到着したのです。 翌16日、まず向かったのが青川県の関荘鎮でしたが、土砂崩れで村は埋もれてしまい、道路も修復が進まず立ち往生してしまいました。(小泉崇)団長と数人の救助隊員が生命探査器具(ライフエクスプローラ3)などを持って車を降り、歩いて村に入りましたが、救出は絶望的で、その場で黙祷を捧げるのが精一杯という、一帯は想像を絶する被災状況です。隊は次に喬荘鎮に向かいましたが、道路は寸断されていて、目的地に着いたのは午後4時過ぎでした。 ■夜を徹して■ 崩壊した6階建ての職員寮に取り残されているという母子の救出にかかりましたが、救援隊の第2陣はこの日、現場には駆けつけられず、第1陣が3つの班に分かれ、交替で夜を徹して手掘りの救出作業を続けました。 現場には仮眠をとる場所がなく困っていたところ、「近くの空き地にテントが張られたので、案内します」と声をかけてくれた三人組があり、お聞きすると車をチャーターしたという北京からのボランティアでした。それで、隊員も交替で仮眠をとることができたのです。不眠不休の作業がつづき、17日朝、母子の遺体が見つかりました。 隊員たちが自分たちの飲み水でお二人の顔を洗い、担架に寝かせて遺体を整え、その場に整列して全員が頭を垂れ、ご冥福を祈ったのです。葬儀場に運ぶ車を隊員たちは敬礼して見送りましたが、遺族のかたがたが涙声で何度も何度も「謝謝!」「謝謝!」と応えた光景を私は生涯忘れないでしょう。 黙々と働く隊員たちを村人が見守っていましたが、そんな時、二人の少女が隊員にチョコレートを渡し、一言二言ことばを述べたのです。あいにく通訳がいません。その隊員は、「がんばってね」と言ってくれたと解釈して、いただいたチョコレートをかみしめたそうです。 ■猛暑の中で■ 17日深夜、北川県に移動。18日は30度を超す猛暑のなか、倒壊した北川第一中学校での作業が続きました。四川省綿陽市消防隊、北京市消防隊と私たちの3チームの共同作業でしたが、これは、きっと救援現場での初めての中日連携だったのではないでしょうか。 作業が進むにつれて、チームワークが生まれ、中国側が日本チームから道具を借りる場面もあって、チームプレーは充実してきます。通訳も必要に応じて危険な崩落現場に入ることもありましたが、6人の通訳の誰もが不思議に全く身の危険を感じずに、隊員たちの救助作業をどうしたらサポートできるか、それだけを考えるようになっていました。しかし、運び出されるのは生徒の遺体ばかりで、一人でもいい、生存していてくれたらと、そればかりを願いながら作業を続けることになりました。 第2陣(29人)も到着し、テントも設営されて、食事も日本から運びこまれたインスタント食品に替わりましたが、私たちのために、JICA(日本国際協力機構)と日本大使館のスタッフがお湯を沸かしてくれたり「後方支援」に努めてくださいました。 ■国の枠を超え■ 19日、朝の強い余震や上流のせき止め湖決壊の恐れから撤退の命令が出されました。 待機中、ひとりの若い隊員が私たちのところに来て、救助時に使う中国語を教えてほしいとのことです。 私たちが必要なことばを発音すると、彼はノートに一つ一つ書き込み、何度もその発音を練習します。「もっと救助活動に役立ちたい」という気持ちが伝わってきて、私は、日本人のまじめさはよく知っていましたが、あらためて、胸にこみ上げてくる熱いものを感じました。 5日間、救援チームのかたがたと行動を共にし、隊員たちとも仲良くなりました。 「人の役に立ちたい」というやさしい心があれば、国を問わず、民族も問わず、お互いに気持ちは通い合います。 今回の日本国際緊急援助隊救援チームは国という枠を超えました。その人道的精神に多くの中国人が心打たれたのです。 ■高い倫理観■ 隊員の皆さんと別れたのは成都ででしたが、皆さんから口々に「ありがとう!」と言われたとき、私はうれしくて、通訳の仕事をやっていてよかったと思いました。 礼儀正しく、職務に忠実で、人のために尽くしたいという高い職業倫理観。 「ありがとう!」と言うべきなのは、私たち中国人のほうなのです。 ◇日中友好7団体「中国四川大地震について」共同プレス発表 去る5月12日午後、中国四川省 報道によると、今回の四川大地震で地表に現れた地震断層の長さは250キロメートルを超えるとのことですが、地震の多い日本で最大規模とされた阪神・淡路大震災で見つかった地表のずれの長さは10キロメートルですから、四川大地震はその約25倍という地震の大きさと被害の深刻さがうかがえます。 地震直後に胡錦涛国家主席や温家宝総理が現地に赴き、陣頭に立って救援活動を指揮し、被災者へのお見舞いに尽力される姿を目にし、今回の災害救助と復興支援をいかに重視しているかが見てとれます。 私たちは皆さんがこの未曾有の大災害を団結して乗り越え、復興と再建を成し遂げるものと堅く信じています。 日本政府は、毛布やテントなどの支援物資の緊急輸送と国際緊急援助隊救助チームおよび医療チームの派遣を行いました。 私ども日中友好7団体としても、被災者の皆さんに対し、義援金をはじめ医療機器や医薬品、テントなどの生活支援物資などを送るよう準備を進めております。日本各地においても義援金の募金活動を行っています。私たちは官民あげて今回の災害からの復興を支援していく所存です。 中国の皆さん、頑張ってください。中国の皆さんが一致団結して困難を乗り越え、一日も早く復興されるよう、心から祈念申し上げます。 2008年5月22日 社団法人日中友好協会会長 平山郁夫 日本国際貿易促進協会会長 河野洋平 日本中国文化交流協会会長 辻井 喬 日中友好議員連盟会長 高村正彦 財団法人日中経済協会会長 張富士夫 社団法人日中協会会長 野田 毅 財団法人日中友好会館会長 林 義郎 | ||
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| 2008年6月5日号のニュース | ||
◇四川大地震に全国各地から救援の手
四川大地震による死者は4万人を超え、負傷者は25万人にも及ぶ(5月22日現在)。中国政府は大地震発生から1週間になる5月19日から21日までの3日間を「全国哀悼日」とし、19日の午後2時28分(地震発生時刻)には中国全土で3分間の黙祷が捧げられた。 大使館で 20日午後、平山郁夫・(社)日中友好協会会長の代理で美知子夫人が東京・港区の中国大使館を訪れ、哀悼の記帳を終えた後、孔鉉佑公使参事官に義援金100万円を手渡した。 美知子夫人が「とても心配しております」と平山会長の言葉を伝えると、孔公使参事官は「多大なご支援をいただき心強く思います。平山郁夫会長はじめ協会の皆さまのお志をすみやかに本国に報告いたします」と謝意を述べた。 全国各地で 長野県では、中国・河北省との友好提携25周年を記念し、5月18日から6日間の日程で県友好代表団(団長 宮城県日中では、仙台地区中国学友会とひとつになって街頭募金を展開、活動が力強く繰り広げられた。 街頭募金は鹿児島県・鹿児島市日中、NPO岡山市日中、石川県日中など日本全国の組織で始まり、「心こもる救援の手を」の呼びかけが大きな輪になって広がっている。 近年の中国大陸におけるマグニチュード(M)5以上の地震 08年3月30日 (震源地)甘粛省粛南ユーグ族自治県 M5・0 08年3月21日 新疆ウイグル自治区ホータン地区 M7・3 08年3月21日 雲南省盈江県 M5・0 08年1月9日 チベット自治区ガリ地区ゲルツェ県 M6・9 07年7月20日 新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州テケス県 M5・707年5月5日 チベット自治区ガリ地区ルトク・ゲルツェ県境 M6・1 07年2月3日 青海省海西モンゴル族チベット族自治州 M5・5 05年11月26日 江西省九江・瑞昌市境M5・7 04年8月10日 雲南省昭通市魯甸県 M5・6 03年12月1日 新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州昭蘇県 M6・1 ◇中国高校生訪日団の400人が帰国 5月13日から来日していた「中国高校生訪日団」第2陣400人が、21日に関西空港から帰国した。団員には地震震源地の四川省と、死者が出た重慶市の高校生と教師ら計100人も含まれ、ホームステイ先の家族や、学校訪問を通じて知り合った日本の高校生から、たくさんの心遣いと励ましのことばをもらいながら交流、相互理解の実を挙げた。 団員は、地震が発生した12日にはすでに北京入りしており、自宅が震源地に近い生徒はすぐに連絡をとって家族の無事を確認した。 四川省の高校生ら50人が訪れた北海道では、多くのマスコミが取材に駆けつけ、故郷の状況を気にかけながらも交流に励む生徒たちの姿を広く伝えた。 20日に大阪市内で開かれた歓送会では、地震で犠牲になった人たちの冥福を祈り全員で黙祷を捧げた。 Bコース団長の彭超波・上海市教育委員会弁公室副処長は、「(地震に対しての)日本政府、受入れ団体の皆さまの温かい心遣いに感謝いたしたい」と語った。 訪日団は「21世紀東アジア青少年大交流計画」の一環で(社)日中友好協会と(財)日中友好会館が受入れた。協会担当のBコースは、上海と重慶、四川と甘粛の2市2省の高校生(女子101人、男子67人)と教師ら200人で編成され、5コースに分かれて北海道、福井、三重、岐阜、長崎をそれぞれ訪問。北海道日中、三重県日中、NPO福井県日中、福井・大野市日中など地元協会が学校交流、ホームステイ実施で全面的に協力した。 | ||
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| 2008年5月25日号のニュース | |
◇日中関係、新たなスタートラインに
胡錦涛主席は7日午後、東京都内のホテルで開かれた友好団体共催の歓迎レセプションであいさつし、民間交流とりわけ青少年交流の重要性を強調した。共同声明には、「両国民、特に青少年の間の相互理解及び友好感情を絶えず増進することが、日中両国の世々代々にわたる友好と協力の基礎の強化に資する」と明記された。 | |
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| 2008年5月5日号のニュース | ||
◇5月6日から胡錦濤中国主席が来日へ
胡錦涛国家主席の来日は、昨年末の福田首相訪中との相互訪問として実現する。「両国の戦略的互恵関係を全面的に深め、両国関係を長期的で健全な安定した軌道に乗せる」ために、首脳会談がもたれ、合意内容を両国国民と世界の人々に向けて発出する共同文書が作成される。 問われる「次の世代」 ことしは平和友好条約締結30周年。条約の批准書交換のため来日したケ小平副総理(当時)は、懸案となっていた尖閣諸島(中国名釣魚島)の領有権問題で、「この問題はしばらく置いてよいと思う。次の世代はわれわれより賢明で、実際的な解決法を見つけてくれるかもしれない」と語った。「次の世代」は賢明だったろうか。 中国での反日デモ、日本で広がる「嫌中感」…。両国マスコミは世論を導いて解決法をさぐるどころか、双方のナショナリズムの火に油を注ぎこむことまでやっている。 民は信なくば立たず 「政冷」の5年間を乗り越えて迎えた相互訪問と首脳会談は、「戦略的互恵関係」を謳い文句に終らせないものであってほしい。「己の欲せざるところは人に施すなかれ」は2500年前に孔子が残した文字通り千古の名言である。孔子は、「民は信なくば立たず」とも言っている。 「国益」は「国民益」でなければならず、両国の国民をともに益する方途に思いが致されないならば、相互理解は人々の心に根付かず、両国の民は立つべき信頼の拠り所を失ってしまう。 東洋の知恵を生かしてほしい。平和・互恵の東アジアを確固たるものにするという共同認識に立って知恵を生かし、両国首脳は、「次の世代」として、亡き先達たちの負託に実際的に応えてほしい。胡錦涛主席は故ケ小平氏が見いだし後事を託した指導者であり、福田首相は条約発効時にケ小平氏と固い握手を交わした日本国宰相、故福田赳夫氏の子息である。 「礼は往来を尊ぶ」ものではあるが、会談に実がともなわないなら、失望は深い。 同時期に中国青年代表団 胡錦涛主席の来日に合わせ、中国青年代表団200人が来日し、8日、両国首脳が臨席して行われる日中青少年友好交流年の日本側開幕式に参加する。 開幕式では胡錦涛主席が日中の若者たちを前に講演し、「次の世代」として、「次の次の世代」にメッセージを送る。 「アジアの世紀」が言われて久しいが、日中の若者たちに世界平和をリードする自覚と誇りがあるだろうか。青少年友好交流年の諸事業は両国の若者の自覚と誇りをためす試金石でもある。 ◇23年前当時の胡氏に本紙が独占取材 「日本と中国」1985年3月25日号1面には、中国青年代表団の胡錦涛団長への独占インタビューが載せられている。当時、胡錦涛主席は42歳。 中国青年代表団は、前年の「三千人交流」の「答礼」として外務省が招請したもので、胡錦涛団長はじめ100人で構成。東京、九州、関西を訪れ、三千人交流で訪中した青年たちはじめ多くの日本の若者たちから熱烈歓迎された。胡氏の肩書きは中華全国青年連合会主席。太い眉は今と変わらないものの眼鏡はまだ使用しておらず、見るからに若々しい。 「各地で交流し、日本のみなさんの中国青年に寄せる友情に深い印象を覚えました」 「ただ、これだけに満足はしていません。21世紀の友好を切り開く使命が両国青年の肩にかかっています」 | ||
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| 2008年4月25日号のニュース |
| ◇長野市で北京五輪聖火リレーが開催 世界をつなぐ平和の火、北京五輪の聖火が4月26日、長野にやってくる。長野県日中友好協会の会員をはじめ多くの市民が声援を送るなか、80人のランナーが新緑の善光寺平(長野盆地)をかけぬける。中日友好協会代表団は4月3日から5日まで長野県を訪れ聖火コースを視察、村井仁知事、鷲澤正一長野市長らと会談し、日中両国民が待ち望む「平和の祭典」への協力を求めた。 |
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| 2008年4月15日号のニュース | ||
◇井頓泉団長ら中日友協代表団が来日
井頓泉副会長を団長とする中日友好協会代表団一行6人を迎え3月30日夕、(社)日中友好協会主催の歓迎夕食会が東京・新宿区の日本青年館で開催された。代表団は、日中平和友好条約締結30周年のことし、健全で安定した両国関係の発展をめざして、日本側と意見を交換するため、協会の招請で訪れたもので、東京都と近県の協会会員と日中友好7団体からの代表ら50人余が交歓のひと時を共にした。 | ||
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| 2008年4月5日号のニュース | ||
◇青少年交流年の開幕式に胡錦涛主席
(社)日中友好協会が実施団体となって派遣された「日本大学生訪中団」94人と友好団体代表14人を含む「日本青年訪中団」の団員約1000人が1週間の訪中を終え、3月16日に帰国した。15日午後に開かれた「日中青少年友好交流年」の中国側開幕式には胡錦涛国家主席がかけつけ、書道や茶道を一緒に楽しんだほか、世代を超える友好関係の象徴になってほしいとの願いを込めて日中の高校生と共に植樹を行った。交流は出席した日中両国の若者にとって忘れられない思い出となった。 | ||
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| 2008年3月25日号のニュース | ||
◇青少年訪中団が交流年開幕式に出席
「日中青少年友好交流年」の中国側開幕式が3月15日午後、北京・中国人民大学の世紀館で開かれ、「日本青少年訪中団」の約1000人を含む日中両国の青少年約2000人が、日中平和友好条約締結30周年と交流年の開始をともに祝った。開幕式には胡錦涛国家主席がかけつけ、「両国の青少年が幅広く交流し互いに学び合うことは、中日関係の未来に重要な意義を持つ」と述べ、交流年の活動を通した両国関係の発展に大きな期待を表明した。 青少年交流を毎年4000人に拡大 | ||
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| 2008年3月15日号のニュース | ||
◇東京で全国実務者交流会議を開催
「(社)日中友好協会全国実務者交流会議」が3月2、3日の2日間、東京・新宿区の「日本青年館」で開かれた。村岡久平理事長をはじめ協会役員9人、20都道府県の実務担当者ら38人、事務局員を含む計53人が出席し、今後の活動に向けた新たな提言を相次いで発表し、活動の中で直面する問題について率直に意見を交換した。 | ||
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| 2008年3月5日号のニュース | ||
◇平山会長が唐家セン国務委員を歓迎
中国の唐家セン国務委員が2月20日から24日まで日本を公式訪問し福田康夫首相、衆参両院議長、各党派代表らと会談した。21日には崔天凱中国大使主催の歓迎レセプションが都内で開かれ、平山郁夫会長が日本側を代表して「(唐氏が)日中友好のため重要な立場で活躍されることを祈っている」とあいさつした。唐氏は東京のほか奈良、大阪を訪れ、今春に予定されている胡錦涛国家主席訪日に向けた最終調整をおこなった。 | ||
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| 2008年2月25日号のニュース | ||
◇日中青年2000人集い交流年開幕式
日中の青少年2000人が集うなか、「日中青少年友好交流年」の中国側開幕式が3月15日、北京で盛大に開かれる。日中青年交流史上でも、1984年の「3千人訪中団」に続く歴史的なイベントで、中国政府の招待を受けて日本の高校生、大学生、各界青年ら1000人が約1週間の日程で訪中する。(社)日中友好協会は大学生の派遣を担当し、訪中を前に2月11、12日の2日間、東京の日本青年館で事前研修会を開いた。 | ||
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| 2008年2月15日号のニュース | ||
◇沖縄県日中友好協会の設立大会開く
冒頭、村岡理事長が嶺井政治会長(元副知事・日本トランスオーシャン航空会長)に協会旗を手渡し、協会のバッジを胸につけると、会場からは大きな拍手が起こった。 嶺井会長は各界の支援に感謝し、県内の識者・有力者に協力を呼びかけて組織の拡大をはかり、中国との交流にまい進して行く決意を表明、安里副知事が、「協会と共に中国との交流に尽力する決意」との仲井眞弘多知事の祝辞を代読した。 許秘書長が「友好の懸け橋になることを信じている」との宋健会長のメッセージを披露し、設立発起人の西田健次郎氏の音頭で乾杯した。 今後は、秋に中日友協の招へいで代表団を派遣するほか、県が企画し、琉球特使が明・清朝へ贈った品々を北京・故宮博物館から借りて開く「よみがえる琉球王朝の宝物」展の沖縄での展観へ協力を進めていく。 野中名誉顧問が講演で「歴史の直視を」 野中名誉顧問は同日午後に開かれた記念講演会で、「これからの日中関係と沖縄の津梁観」と題して1時間話した。「(集団自決など)教科書から過去の醜いところを消そうとする勢力が出てきていることを知り尽くし、中国、韓国、アジアと平和友好を結ばなければならない」と近年の風潮に危惧を表明、「平素の友好関係がそういう局面で生きてくる」と述べて沖縄県日中の設立を祝った。 宋健会長のメッセージ 沖縄県日中友好協会の設立にあたり、謹んで中日友好協会を代表して、心からお祝いを申し上げます。 沖縄は中国と地理的に近く、文化的に同一の起源を持ち、長い友好交流の歴史があります。沖縄県日中友好協会の設立は、(社)日中友好協会に新しい活力を注ぎ、新しい力を加えるだけでなく、沖縄と中国の間の友好の懸け橋となることを信じております。 嶺井政治先生の指導のもとで、この友好の懸け橋がますます強固になり、より多くの人々がこの懸け橋を行き交い、中国人民との理解と友情がさらに深まることを心から望んでおります。 ◇唐家セン国務委員が2月20日来日へ 中国の唐家セン国務委員が2月20日に来日し、21日に福田康夫首相と会談、22日に奈良、23日に大阪を訪問する方向で日中両国政府が日程の調整を進めている。 4月に予定されている胡錦涛国家主席の訪日準備が目的で、森喜朗元首相、安倍晋三前首相、高村正彦外相らと相次いで会談し、胡主席の訪日時に新たな共同文書を採択することなどを話し合うとみられる。また、今回の訪問地に奈良・大阪が含まれることから、胡主席が関西を訪問する可能性が高くなった。 楊潔チ外相が3月に東京入りする日程も検討されている。 ◇山東省対友協一行が協会を訪問 段毅軍・常務副会長を団長とする山東省人民対外友好協会訪日代表団一行3人が1月25日、(社)日中友好協会を訪れ、高野倉和央理事兼事務局長、朽木光晴事務局次長と懇談した。 高野倉事務局長は「福田首相が山東省の孔子廟を訪ねたことが日本でも広く報道された」と述べ、代表団の訪問を歓迎した。 段常務副会長は、ことし6月初旬に開催される「済南国際女性交流大会」への著名人の招へいや参加者の募集、7月に対友協が実施する学生代表100人の派遣へ協力を求め、協会幹部の山東省訪問をぜひ実現して欲しいと述べた。 ◇50年ぶり大雪で帰省客580万人足止め 2月7日の春節(旧正月)を前に50年ぶりの大雪に見舞われた中国では、家屋の倒壊など大きな被害が出ている。交通機関も混乱、足止めにされた帰省客は580万人にのぼった。 湖南省チン州市では送電線への着雪で鉄塔が折れ曲がり、市街区域が広範囲にわたり停電した。 温首相は1月29日、湖南省長沙駅を訪れ、雪のため駅で足止めされている帰省客を見舞い、「みなさんが家で春節を過ごせるよう、あらゆる方法を考えている」と話しかけた。 ◇「実務者交流会議」申込み締切り間近 3月2、3日の「実務者交流会議」(東京・日本青年館ホテル)申込み締切り(2月15日)が間近。問合せは(社)日中友好協会交流事業部まで。 | ||
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| 2008年2月5日号のニュース | ||
◇日中友好協会が第16回通常総会開く
「青少年交流年」成功へ一丸 冒頭、佐藤嘉恭会長代理が「昨年末に福田首相が北京大学で『共に未来をつくろう』と題して素晴らしい講演を行い、中国全土へ生中継された。この表題はことしの協会の基本思想を表わし、08年はまさに未来を担う若者の交流を進める年となる」と青少年交流に一丸となって取組むことを呼びかけた。 事業・活動計画案は、ことしの主な活動として▽青少年の派遣・受入れ▽4月の平山郁夫芸術展の開催▽6月の第17回通常総会での役員改選▽公益法人制度改革に伴う「公益社団法人」の認可取得への準備▽飯田日中友好協会が中心となり進めている「満蒙開拓平和記念館」設立への支援活動などを挙げ、加盟申請している岩手と沖縄(2月4日設立見通し)の両県協会の加盟を全会一致で認めた。また、各都道府県日中の分担金を2割減とする「分担金に関する規則改正案」を承認した。 質疑応答では、「友好週間」を作り全国ネットワークを生かした活動を進めてはなど各協会代表から活発な意見が出された。 総会に先立ち開かれた第31回通常理事会には18人が出席した。 ◇日中友好新年会に各界の300人集う 総会に続き如水会館で、(社)日中友好協会とNPO東京都日中友好協会主催の「日中友好新年会」が開かれた。木村仁外務副大臣、崔天凱駐日中国大使、江田五月参院議長、公明党の太田昭宏代表、アグネス・チャンさんら各界の約300人が出席し、親交を深め、新年の始まりを祝った。 佐藤会長代理の主催者代表あいさつに続いて崔大使が「ことしは中日関係の発展にとってチャンスの年。友好の基礎は国民にあり、協会はその基礎を固める仕事をされてきた」と協会の活躍に期待を示した。 木村外務副大臣は高村正彦外相のメッセージを代読し、「青少年交流へ協力を」と語り、10月に北京でチャリティーコンサート開いたアグネス・チャンさんは「昨年は皆さんが撒いた平和の種が咲いていると実感した」と述べ、自ら作曲した『ピースフルワールド』を熱唱すると会場は熱気に包まれた。 ◇第25回全日本中国語スピーチコンテスト (社)日中友好協会主催の「第25回全日本中国語スピーチコンテスト全国大会」が1月13日、東京・文京区の日中友好会館で開かれ、大学生部門で兵庫県の若杉祐司さん(姫路獨協大学1年)が、高校生・一般部門で神奈川の塚田久留美さん(県立外国語短大付属高校3年)がそれぞれ優勝を飾った。 当日は大学生部門に8人、高校生・一般部門に12人の計20人が出場、自由テーマのスピーチ(5分以内)と質疑応答(約2分)で地方予選を勝ち抜いた実力を競った。会場には出場者の家族や友人、中国語の学習者らがつめかけ一時は立ち見客が出るなど例年を上回る盛り上がりだった。 1999年から昨年まで「一般」と「基礎」の2部門制だったが、今大会から「大学生」と「高校生・一般部門」に変更された。 【講評】塚本慶一・杏林大学教授 発音、イントネーション、構文・構造は、過去に比べて正確で、ブレが少ない。内容も、自らの体験で、年齢に即し、論旨がはっきりとして説得力があった。ただ、感情の出し方が過剰か控えめ過ぎ、ことわざや熟語が多く自分らしさが出ていない面もあった。さらに研鑽を積み、日中友好の柱として活躍されることを望む。大会にエネルギーを与えてくれた60代の出場者、小林智恵子さんと原成次さんに大きな拍手を送りたい。 ◇入賞者一覧 〈大学生部門〉 第1位 兵庫・若杉祐司 (外務大臣賞・中日友好協会賞) 第2位 千葉・日高知恵実(中国教育省賞) 第3位 東京・藤田麻子(日中友好会館賞 〈高校生・一般部門〉 第1位 神奈川・塚田久留美 (文部科学大臣賞・中日友好協会賞) (国際文化フォーラム賞) 第2位 埼玉・酒田明(中国大使賞) 第3位 茨城・松下朋香(日本放送協会賞) 第4位 東京・山中里奈(共同通信社賞) 第5位 佐賀・大木早苗(中国国際放送局賞) 第6位 福井・松澤由佳(読売新聞社賞) ◇実務者交流会議申込み2月15日まで 3月2、3日の2日間、東京・新宿区の「日本青年館ホテル」で開催される「実務者交流会議」の申込み締切り(2月15日)が迫った。 交流会議は各協会で実務を担当する役員・職員が中心となって開くもので、「日中青年少年友好交流年」のことしは、協会が受入れや派遣を担当する青少年数が増加することから、学校交流活動の手配、ホームステイ先の募集など、地方プログラムに向けた連携や具体的な手続きなどが議題となる。1月24日に開かれた(社)日中友好協会の理事会と通常総会でも、積極的な取組みが話し合われた。 | ||
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| 2008年1月25日号のニュース | ||
◇福田首相の訪中で日中関係が新段階へ
福田首相は28日午前、北京の人民大会堂で温首相と会談し、「日中両国は大きなチャンスと責任に直面している。アジアと世界の未来の創造のため協力していきたい」と述べ、温首相は「日中関係はさらに発展していく重要な時期にある」と応じた。日中両首相は2008年を「日中青少年友好交流年」とし、今後4年間毎年4000人の青少年交流で合意した。 同日夕には釣魚台で胡主席との会談が開かれ、胡主席が「青少年交流を強化し、友好的感情を強化することが大切」と民間交流の重要さを強調し、福田首相も賛意を示した。 民間の歓迎会に出席 29日の朝、釣魚台国賓館で中日友好協会と中国人民対外友好協会主催の歓迎朝食会が開かれた。外国首脳を迎えた民間主催の歓迎会はほとんど例がなく、会場は終始なごやかな雰囲気に包まれた。 中国側から宋健・中日友好協会会長、戴秉国、王毅両外務次官、陳昊蘇・中国人民対外友好協会会長、北京大生約30人、日本側から宮本雄二大使、村岡久平・(社)日中友好協会理事長、北京日本人会の代表ら約200人が出席した。司会は井頓泉・中日友好協会副会長がつとめた。当日は宋健会長の誕生日で、福田首相はあいさつの中でお祝いの言葉を述べた。 福田首相は今回の訪中を「迎春の旅」と表現し、帰国後「大変内容のある訪問だった」と旅の意義を強調した。 ◇宋健中日友協会長が沖縄と東京を訪問 宋健会長を団長とする中日友好協会代表団が昨年12月9日から15日まで沖縄・東京を訪問した。各地で歓迎を受け、福田康夫首相や仲井眞弘多沖縄県知事らと会談、北京五輪開催年の2008年を契機に日中間、沖縄・中国間の交流を一層促進することを確認しあった。一行は宋健会長はじめ、井頓泉副会長ら8人で、(社)日中友好協会が招請し、村岡久平理事長らが同行した。 10日には一行を歓迎する盛大な式典が那覇市内のホテルであり、県や経済界の代表ら約500人が出席した。式典前には宋健会長が「日中国交正常化35周年とこれからの沖縄」と題して講演し、沖縄県日中友好協会設立へ大きな期待を表明。 11日の仲井眞知事との会談では、「沖縄の観光客誘致には中国が貢献できる」と述べ、仲井眞知事が「ぜひ中国の人たちに訪れてもらいたい」と答え、和やかに懇談した。 12日に東京へ移動して夜は平山郁夫会長の歓迎宴に出席、14日に福田首相を表敬訪問した。宋健会長は胡錦涛国家主席のメッセージを伝え、環境問題などで意見を交換した。 ◇沖縄県日中が2月4日那覇で設立大会 沖縄県日中友好協会の設立大会が、2月4日午後4時から那覇市内の「ホテルパシフィック沖縄」で開かれる。当日は(社)日中友好協会から野中広務名誉顧問と村岡久平理事長、中日友好協会から許金平秘書長と関立トウ副秘書長が出席する予定で、野中氏の講演が予定されている。 県日中友好協会の創立は、沖縄県が友好交流都市である福建省(福州市、泉州市、アモイ市)などと交流を活発化させるなか、各界の有志を中心に、日中友好協会などと協力しながら進めてきた。初代会長には日本トランスオーシャン航空会長の嶺井政治氏(85)が就任する見通し。 ◇NPO大阪府日中が崔大使の歓迎会 崔天凱大使の大阪訪問を歓迎するNPO大阪府日中友好協会と日中経済貿易センター主催のレセプションが1月10日夕、大阪市北区のリーガロイヤルホテルで開かれた。野中広務・(社)日中友好協会名誉顧問、遠藤敦雅、岩橋延直、九猪功氏ら各県協会会長、平松邦夫大阪市長ら自治体の代表など約250人が出席した。 崔大使の大阪訪問は、谷井昭雄・大阪府日中会長が昨年12月に崔大使と会見した際に要請し実現した。崔大使は「なるべく早く(中国と関係が深い)大阪など関西を訪問したかった」とあいさつした。 ◇実務者交流会議が東京、3月開催に 1月下旬に広東省広州で実施する予定だった「実務者交流会議」の場所と時期を変更し、東京・新宿区の「日本青年館ホテル」で3月2、3日の2日間にわたって開催する。 新年会の時期と重なり、開催日変更を要請する声が強かった。 対象者は各協会で実務を担当する役員・職員で、会議などを通して親睦を深め、今後の活動について意見を交換し、互いに経験を共有する。参加費は1万7000円(2人1部屋)か2万1000円(1人1部屋)で、申込み締切りは2月15日。問合せは(社)日中友好協会交流事業部TEL03―3291―4231まで。 | ||
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| 2008年1月1日号の記事 |
◇協力して世界平和に貢献を |
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