昨年4月、温家宝首相は「氷を溶かす旅」と位置づけ、日本を訪問した。首相の一挙手一投足は日本国民に好意をもって迎えられ、見事にその任務・目的を果した。それは訪問直後、日本人の中国に対する“悪感情”が大幅に減少したことでも明らかである。溶け始めた氷を再び凍らせることなく、21世紀にふさわしい友好の大河をつくりだすことが今、大きな課題だ。
昨年、日中両国は国交正常化35周年を祝った。ことしは日中平和友好条約締結30周年を迎える。この間両国の経済と交流は、世界経済の中でその“責任と役割”を常に念頭におかねばならない規模にまで発展した。互いに相手国を必要とする依存度は、国民生活にまで及んでいる。
溶けきらない“冷”の現象
このように“熱”の状態にある経済交流の中に、慄然とするほどの“冷”の現象があることを知る人は多くはないであろう。ひとつの事例を紹介しよう。 今、企業の駐在員などで中国に長期滞在している日本人は家族を合わせて約10万人といわれている。ある中国人の精神科医の証言によれば、毎年100人前後の日本人が中国で重度の精神障害で治療を受けており、中には自殺者もいるという。また日本の新聞報道によれば、北京にあるインターナショナル・クリニックの精神科にかかる患者の4割は日本人であり、いずれの病も異文化適応障害やストレスの蓄積によるという。
異なる文化のもとに生まれ育った人間が、相手国の文化を十分理解しないで一緒に仕事をすれば、対立や衝突が起きることは避けられない。また日本人と中国人の場合、過去の歴史、つまり加害者と被害者の関係が問題にされることもあって、解決をより困難にしている。
相互理解のため何ができるのか
これらの問題解決には相互理解を深める以外に方法はない。そこで、日中友好の有志で何ができるのかを、元経済企画庁長官で日本天津研究会顧問の宮崎勇氏を中心に話し合った。そしてささやかではあるが「講座」を設け、日中の相互理解をサポートしようということで意見が一致した。早速、天津科技大学に依頼し、政治、経済、社会、歴史、文化など各方面にわたる日中友好交流をテーマとしたシリーズ講座『中日友好交流講座』を設けてもらった。これは公開講座で各大学、市民にも広く開放されている。このようなシリーズ講座は、中国全土でもおそらく初めての試みと思われる。
昨年9月25日に日中の出席者を集めて開講式が行われ、載相龍・天津市長は祝辞の中でこの講座が「必要かつ重要」であることを強調、「天津市政府は両手をあげて支持と協力をする」と述べた。また、天津市が神戸市との友好都市締結35周年を迎えることし、「できれば神戸市で今度は中国文化を紹介する講座を開きたい」との構想を発表した。もちろん、講座発起人の我々も大歓迎である。神戸市での講座開催実現に共に努力したい。
各界の著名人が講師として登壇
講座の第1回の講師は、精華大学の劉江永教授が担当した。2回目以降は劉徳有・元文化省次官、呉学文・元新華社記者、歩平・社会科学院近代史研究所長、1972年の毛―田中会談で通訳を務めた林麗?・中華全国婦女連合会副主席、張雲芳・中日友好協会理事ら日本では馴染みの深い方々が教壇に立った。3月から始まる後半の講師陣には、李肇星・前外相、揚振亜・元駐日大使、王效賢(林女史とともに通訳を務めた)・陳永昌の両中日友好協会副会長らを予定している。
中国人の聴講生にとっては、中国人側からみた日本という視点の方が入りやすいようだ。私が呼びかけ集まってもらったこれら友人たちの反応は「このような講座の開催を待っていた」というものだった。いずれも各界で活躍する著名人であり、忙しい中、わざわざ天津まで足を運んでいただいた。心から感謝したい。一方、日本側も宮崎氏をはじめ数人の講師をボランティアで準備している。
多くの青年に講義届けたい
講義は毎週木曜日の午後。講師各位が歴史の流れの中で体験した貴重な話は、学生たちの新しい血液になっている。いくつかの感想を聞いてみよう。
「中日関係が悪くなったら、双方が損だということが理解できた」「中日両国の文化は共通点と相違点がある。お互い相手の文化を深く理解することが必要」「日本人は悪い奴ばかりと思う中国人は多いが、日本政府の行為で国民も悪いと判断するのは間違い。周囲の人にも伝えたい」「歴史を鏡として未来に向かう、このことは中日関係発展に重要だと思う」「民間外交は、今でも中日友好を促進するために欠かせない」……。
中日友好交流講座は当初の期待を越える成果を挙げつつあると感じている。今ではより多くの中国青年、学生にこの講義を届けたいという願いが膨らんでいる。天津科技大学指導部の思いも同じようである。すでに講義録の出版、講義録画のDVD作成などが計画されている。天津を発信基地として、講座を中国全土へ広めたいと考えている。
一昨年から始まった日中両国首脳の相互訪問は、氷結した両国関係に明るい春の日差しを取り戻すことだろう。しかし、しっかりした日中民間友好がこれを支えない限り、世世代代の友好は実現しない。日中友好の主流は民間であることを忘れてはならない。
■みなみむら・しろう
1929年生まれ。57年から65年まで日中貿易商社代表として北京に駐在。66年東京の西園寺公一事務所の創設に関わり94年まで所長。89年から96年まで東方輪船株式会社社長。その間、対外貿易運輸総公司の日中合弁会社を香港に設立。神奈川県日中副会長、日本天津研究会顧問。一年の大半は北京に滞在。
(「日本と中国」2008年1月25日号・1990号に掲載)
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