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中国の歩み
中国は悠久の歴史を有する国であり、いままさに大きな変革の起こりつつある国でもあります。5000年余の長い文明の発展の過程において、中華民族は勤勉さと英知に富んだ民族性、鋭意進取の創造力、自彊してやまない奮闘精神をもって輝かしい中華文明を創造し、人類文明の進歩のために重要かつ大きな貢献をしました。
同時に、中国は苦難に満ちた道を歩んできたのです。とりわけ、1840年のアヘン戦争以降、封建統治の腐敗と帝国主義列強の侵略によって、中国は艱難辛苦の限りをなめ尽くしました。貧しく弱く他国から侮りを受ける状況を変え、民族復興の夢を実現するために中国人民は立ち上がり、犠牲を怖れず勇敢に闘い、確固たる決意で自立への道を求めてきました。1911年の辛亥革命で数千年にわたる専制君主制度を打ち倒して以来、中国は三つの段階を経て発展してきました。1911年から49年までの第一段階に、中国人民は長きにわたり多大な犠牲をはらって奮闘した結果、民族独立と人民の解放を実現して人民が主人公の新中国を建国し、発展と繁栄のための基礎的な条件をつくりあげました。第二段階は1949年から78年までですが、社会主義制度を確立し、歴史上最も重大な社会的変革を実現して、国家建設の大事業を成し遂げました。
第三段階は1978年から今日までです。中国人民は果敢に改革開放の偉大な道を歩みはじめ、新たな歴史的条件のもとでの偉大な革命に身を投じたのです。
中国の現状
ことしは中国の改革開放30周年にあたり、中国人民にとって特別な意義を持つ年であります。
30年来、中国は、高度に集中した中央集権的計画経済から活力に満ちた社会主義市場経済へ、閉鎖的あるいは半閉鎖的状況から、全面開放へと偉大な歴史的転換を成功裏に成し遂げました。経済規模は世界11位から4位へと躍進し、中国は世界第3位の貿易大国になり、中国人民の生活水準も、十分な衣食が得られなかった状態から、いくらか余裕のある生活が送れるところまで発展しました。
中国は歴史的な変貌を遂げました。中国人民は改革開放の偉大な実践のなかで、国際競争が激化するこの時代に、ひとつの国、ひとつの民族が発展するには、必ず改革を推し進め、発展に力点を置き、開放を堅持し、人をもって本となす「人間本位」を貫き、調和のとれた社会を建設しなければならないことを、痛感しています。 改革を推し進めるとは、時代とともに進み、勇敢に変革し、新たなものを作りあげ、断固として発展を妨げる思想と観念を打ち破り、発展を束縛するあらゆる規制とやり方を改め、発展にマイナスの影響を与えるあらゆる体制のひずみを取り除いて、社会の発展と進歩のために強大な原動力を提供することにほかなりません。
発展に力点を置くとは、終始発展を何よりも重要な任務として、科学的発展を堅持し、発展の法則を認識し、発展の理念を新たにして、発展の新たな方式を求め、発展途上の難題を解明することに力を入れ、社会の生産力を絶えず解放・発展させて、経済と社会の良好ですみやかな発展を実現することにほかなりません。
開放を堅持するとは、諸外国と国交を通じ、互恵とウィンウィンの原則にしたがって経済・技術協力を行い、人類が創造したあらゆる文明の成果を学び吸収し、世界の平和を守ることで自らを発展させると同時に、自らの発展で世界の平和を守っていくことにほかなりません。
「人間本位」とは、発展は人民のためであり、また人民に頼って発展し、その成果は人民が分かち合い、人民の主体的地位を尊重し、人民のパイオニア精神を発揚し、終始人民の声を第一の号令として、人民の利益を一番に置き、絶えず人民の物質的文化的生活水準を高め、人間の全面的な発展を促進することにほかなりません。 調和のとれた社会の建設とは、人民が関心をもっている最も直接かつ現実的な利益問題の解決を重点とし、社会の公平と正義を促進し、社会の創造力を強めることに力をいれ、調和の要素を最大限に増やし、不調和の要素を最大限に減らして、人民が安心して暮らし、楽しく働き、社会が安定と秩序を保ち、国家が末永く安定を保つのを確保することにほかなりません。
発展と展望
「まことに日に新たに、日々新たに、また日に新たなり」(『大学』) 「天行健なり。君子はもって自彊してやまず」(『易経』)。
これは、中華民族の先哲たちが宇宙万物を観察した上で提示した重要な思想であると同時に、自彊してやまない民族精神を表現し、千年余にわたって伝えられてきた格言です。今日の中国人民の価値観は、今日の時代における自らの豊富な実践とともに、中華文明の礎を大きな源としており、中国人民が変革と創造を行い、時代とともに進んでいくことを励ます強い精神的な力となっています。
改革開放の30年を総括し、中国人民は揺るぎない結論を導き出しました。すなわち、過去30年の中国の急速な発展は、改革開放によるものであり、将来の発展も改革開放によらなければならないということです。改革開放は現在の中国の運命を決めるカギとなる決断であり、13億の中国人民がともに下した決断でもあります。
かつてないほどの大きな発展を遂げたにもかかわらず、中国は依然として世界最大の発展途上国であることを私たちははっきりと認識しています。中国は人口が多く、基礎が弱く、発展は不均衡であり、発展の中で生じた矛盾や問題は、その規模でも複雑さでもいずれも世界で稀にみるものです。十数億の人々に利益をもたらすような高いレベルの「いくらか余裕のある社会」を建設し、近代化と国民全体の裕福を実現するには、まだまだ道のりは遠く、根気よく努力し続けなければなりません。
中国は引き続き、中国の特色ある社会主義の道に沿って前進していきます。私たちはケ小平理論と「三つの代表」の重要思想を指針とし、科学的発展観をさらに貫徹実行し、都市と農村の発展、地域の発展、経済と社会の発展、人と自然の調和のとれた発展、国内の発展と、対外開放を総合的に結び付けて、民生問題の解決と発展との協調性をより強化し、経済建設、政治建設、文化建設、社会建設を全面的に推進し、生産は発達し、生活は裕福で、生態は良好であるという文明の枠組みの構築に向けて努力していきます。
また、終始変わることなく平和的発展の道を歩みます。これは中国政府と人民の戦略的な選択なのです。この戦略的な選択は、中国の実情に立脚し、時代の流れに適応した中国の国内政策と対外政策に一致し、中国人民の根本的利益と各国人民の共通利益にも一致しています。中華民族の偉大な復興を実現するために歩まずにはいられない道なのです。中国は確固として独立自主の平和外交政策を堅持し、互恵とウィンウィンの開放戦略を揺るぎなく堅持し、国際関係の民主化を推し進め、経済のグローバリゼーションが均衡と普遍的利益、ウィンウィンという方向に向かって発展するよう働きかけ、人類文明の交流を促進し、人類が生きるこの地球を守り、世界各国とともに発展のチャンスを分かちあい、リスクとチャレンジに対処し、恒久的な平和とともに発展する調和のとれた世界の構築を進めていきます。中国は防御的な国防政策をとり、軍備競争をやらず、いかなる国にとっても軍事的な脅威とならず、永久に覇権を唱えず、永久に拡張主義を行いません。
両国関係の歩み
中日両国人民の友好往来は2000年以上にわたり、世界民族の交流史上の奇跡ともいえましょう。長い歴史の中で、中日の人民は、学びあい、互いの優れた経験を手本にして融合しあい、それぞれの国の進歩を促進すると同時に、東アジア文明と世界文明の宝庫を豊富なものにしました。
近代に入り、日本軍国主義が中国に対して侵略戦争を起こしたことで、両国の友好関係はひどく破壊されましたが、この不幸な歴史は、中華民族に甚大な災難をもたらしただけでなく、日本国民にも大きな被害を与えました。歴史は最も哲理に富んだ教科書であります。私たちは歴史を銘記することを強調していますが、それは恨みを抱き続けるためのものではありません。歴史を鑑として未来に向かうためです。平和を大切にし、守るためであり、中日両国の国民が子々孫々にわたって友好的に付き合い、世界各国人民が平和を享受するためです。
1972年に国交正常化が実現し、両国関係の新たな一ページが開かれました。以来、両国関係は各分野で大きな発展を遂げ、両国間の貿易額は国交正常化時の11億ドルから昨年の2360億ドルにまで増えました。昨年末に友好都市は236組となり、人的往来は544万人になりました。中日関係の改善と発展は、両国と両国の国民に実際の利益をもたらし、アジアと世界の平和と発展に重要な貢献をしたのです。
ことしは中日平和友好条約締結30周年にあたります。私たちは平和友好条約の重要な歴史的意義を改めて考える時、中日友好事業のために心血を注ぎ大変な努力をはらわれた古い世代の指導者と各界の有識者の方々のことを思い出さずにはいられません。今日の中日友好協力の局面に至るまでの道のりは実に容易なことではなく、この局面をいっそう大切にすべきであると念じずにはいられません。中日関係は、いま新たな歴史的スタートラインに立ち、さらなる発展のチャンスに恵まれています。経済のグローバル化が深まる中、中日両国の共通利益は広がり、協力の空間は絶えず拡大し、国際社会と地域で担うべき責任はますます重くなっています。
昨日、私と福田総理は、実り多い会談を行いました。戦略的互恵関係を全面的に深めることについて、幅広い共通認識に達し、両国関係の長期的で健全かつ安定した全体的枠組みを確定しました。双方はともに努力して、戦略的相互信頼を増進し、互恵協力を進化させ、人的交流と文化交流を拡大し、アジアの振興を促進し、グローバルな挑戦に対処し、戦略的互恵関係をともに推し進めていくことについて一致しました。
両国関係の展望
私は両国関係について次のような考えを述べたいと思います。
まず第一に、戦略的相互信頼の増進です。人間同士が友人となるその前提は相互信頼です。国と国との関係を安定させる基礎も相互信頼にあります。中日両国はともにアジアと世界で重要な国であります。双方は相手の発展を客観的かつ正確に認識し、相手のことをゼロサム関係のライバルではなく、協力とウィンウィンの関係のパートナーとみなすべきです。相手の平和的発展を支持し、相手の発展を脅威でなく、チャンスとみなすべきです。お互いの重大な関心と核心的利益を尊重し、対話・協議を通じて意見の相違を解決すべきです。
第二に、互恵協力の深化です。中日両国は互いに最も重要な経済貿易のパートナーなのです。両国は長年来の良好な貿易の枠組みを大切にし、両国経済の強い相互補完性、協力の大きな潜在力を十分に生かし、省エネ、環境保護、金融、情報、知的財産権保護など重点分野での協力を強化し、両国の経済貿易協力を絶えずより高いレベルへと引き上げ、両国関係の歴史的な基礎を強固なものにすべきです。
第三に、人的、文化的な交流の拡大です。人的交流は国民の相互理解を深める懸け橋であり、文化交流は双方の感情をつなぐきずなです。私たちは両国の人的、文化的な交流を根気よく継続し、青少年交流の長期的メカニズムの構築に力をそそぎ、中日の世々代々の友好の社会的基礎をしっかりしたものにすべきです。
第四は、アジアの発展を促進することです。アジアの発展は中日両国の協調と協力ぬきには語れません。中国は日本およびアジアの諸国と共に努力し、さまざまな形での地域協力を推進して、共同の安全を強化し、東アジアの平和と安定を守り、東アジア協力のプロセスと東アジア共同体の建設をともに推進し、アジアの振興を促進する中で、中日の共同発展を実現したいと思います。
第五に、グローバルな挑戦に対処することです。今日の世界が直面している共通の挑戦は日増しに増え、テロ、気候変動、エネルギー危機、食の安全、金融リスク、重大な自然災害、重大な感染症、大量破壊兵器の拡散などが、各国の発展と安定に大きな影響を及ぼしており、各国は手を携えて対処することが必要です。中国は日本と共に各分野における国際協力に積極的に参加し、さまざまな挑戦に協力して対処する能力を高め、共に人類の発展という崇高な事業を推進していきたいと思います。
両国友好の意義
中日友好は両国国民の共同事業であり、両国の国民はこのために絶え間なく努力していくことが必要です。日本国民との幅広い触れ合いを通じて、私は日本には中日友好の発展のためのしっかりした社会的基盤があることを強く感じました。長期にわたり日本各界と友好団体の方々は両国の交流を積極的に推進し、友好協力は終始、両国関係発展の主流であります。
中国の近代化建設において、日本政府は円借款を提供し、中国のインフラ建設、環境保護、エネルギー開発、科学技術の発展を支え、中国が近代化建設を促進するうえで積極的な役割を果たしました。日本各界の方々はさまざまな形で中国の近代化建設に心こもる支援をしてくださいました。大勢の日本の方々が中日友好事業のために心血を注がれたことを、中国人民は永遠に忘れません。
日本の国民はよく学び、創造力にたけており、勤勉で英知と向上心に富んでいます。1400年前、20回以上にわたって遣隋使や遣唐使を派遣し、中国の諸制度を取り入れ、仏教、漢字、技術を導入し、その上でみずからの状況にあわせて、独特な日本文化を形成しました。
明治維新以降、日本国民は、世界の先進的文明を学び吸収し、日本をアジアで最初の近代国家に発展させました。日本国民は限られた国土と資源の上で、世界が注目する発展の業績を遂げました。製造業、情報、金融、物流などの分野で世界をリードし、世界一流の省エネ・環境保護技術を有しています。これは日本国民の誇りであり、中国国民が学ぶに値するものです。
次の世代に向け
ここで、私は日中の青年の皆さんにお話したいと思います。かつて早稲田大学で学んだ李大サ先生は、「世界には文明を、人類には幸福をもたらし、青春の我をもって青春の人類を創りあげよう」とおっしゃいました。両国の青年は、中日友好の新鋭であり、中日友好の未来は皆さんによって開かれるものです。かつて長きにわたって青年に関する仕事に携わってきた私は、青年の皆さんに特別な感情をもっています。青年の皆さんと一緒にいるのが好きで、一緒にいると、いつも青春と生命の活力を強く感じます。
1984年に中国政府は三千人の日本青年を招き、中日青年の友好大交流を行いました。私は最初から最後までその大交流に参加し、日本青年の皆さんと朝から晩まで付き合い、深い友情を結びました。昨年6月、私たちは84年の中日友好交流に参加した日本の皆さんの代表を中国に招待しましたが、古い友人と再び一堂に会し、本当に感無量でした。私はあいさつの中で、「月日は人の顔を変えることはできても、友情を変えることはできない」と申し上げましたが、このような経験から、青年時代に蒔いた友好の種は、永遠に私たちの人生とともにあることを知ったのです。我々は共に努力し、日中友好の種を広く蒔き、友好の旗印を子々孫々に伝えていかなければなりません。
ことしは中日青少年友好交流年です。さまざまな友好交流事業が繰り広げられますが、ここで私は、中国政府が、青年交流のために100人の早大生を中国に招くことを決めたことを報告いたします。在席の学生のみなさんもこの計画に参加し、中国にいらっしゃって実際によくご覧になってください。
あと3カ月で第29回夏季オリンピック大会が北京で開かれます。福田総理から1964年の東京オリンピックに対する日本国民の深い思いを聞かせていただき、私は自分のことのように感銘を覚えました。中国国民は北京オリンピックの成功を願っています。私たちが「ひとつの世界、ひとつの夢」のスローガンを打ち出したのは、北京オリンピックを通じて団結、友情、平和というオリンピック精神を発揚し、世界各国の国民同士の相互理解と友情を増進するためです。この場を借りて、日本政府と日本各界の方々から、北京五輪へのご支援をいただいたことに感謝し、日本各界の友人のみなさんが北京に来てオリンピックを参観されることを歓迎し、日本代表選手の健闘をお祈りします。
早稲田演劇博物館の正面には、「全世界は劇場なり」というシェークスピアの名言が刻まれています。古今東西を見渡してみても、世界という大舞台で演じられたすべての演劇の主役はいずれも各国の人民です。中日の人民が手を携え、肩を並べて、中日協力の大舞台の上で、そしてアジア振興、世界の平和・発展促進の大舞台の上で、中日関係のさらに美しい未来と、世界のより美しい未来を共につくりあげていくよう、私は心から願っています。
(「日本と中国」2008年5月25日号掲載)
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