高校生・一般部門 第1位
文部科学大臣賞
中日友好協会賞
国際文化フォーラム賞
塚田久留美さん
神奈川県立
外国語短大付属高校3年(18歳)
神奈川県代表
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“昔を振り返って”
◇怠け癖があった私
恥ずかしがらずに明かしますが、私は小さい頃怠け癖がありました。勉強や宿題をさぼり、ある時は教科書を持っていく事すらさぼっていました。当時の担任は経験豊富な方で生徒に対して厳しく、真剣な先生でした。
私たちの一挙一動は先生の目を避けては通れませんでした。良いことをした学生がいれば、先生は褒め、皆に見習うように呼びかけます。それとは逆に間違いを犯した場合、先生は厳しく叱り、親身に指導してくれます。 その頃の私は先生に宿題をやっていないのを知られないように他の生徒の宿題を写し、教科書を持っていなければ別のクラスから借りてきて誤魔化していました。すぐに先生に気づかれてしまいました。先生は私に「このままでいいと思っているの? 間違いに気づいているなら、直しなさい。穴が小さい内に塞がなければ、大きくなってから苦しみますよ」と教えてくれました。しかし、そうは言っても、それを実際に行うことはそんなに簡単ではありませんでした。
◇先生の“妙案”
こうして、毎日先生が私を呼び出す回数が増えていきました。先生はたくさんの方法を考えてくれましたが、効果はありませんでした。最後に、先生はひとつの“妙案”を考えつきました。ある日、彼女は教室の一番目立つ所に一枚の大きな紙を貼り付けました。忘れ物をしたり、宿題を終わらせて来なかったりする度に、その紙に一枚ずつシールが貼られます。私のシールは月末には長い尻尾のように連なり、それは同時に、私の忘れ物の回数が最も多いことを明らかにしました。
◇心に刺さった言葉
時は流れ、一学期が終わろうとしている頃、私のこの悪い癖は未だに改善されてはいませんでした。そこで先生は母を学校へ呼び、三者面談を行いました。私がふだんどれだけだらしないかを、先生が母に話している間、母は涙を流し、ただただ頷き謝っていました。母の傷ついた様子を見て、私は申し訳なく感じ、自分がしてきたことを本当に後悔しました。その時、先生はそっと私の隣に来て、言いました。「あなたのお母さんは仕事で朝早く家を出て、遅い時間まで働きます。あなたは、仕事を終えたばかりの疲れた体を引きずってまであなたの代わりに謝りに学校へ来てくれたお母さんを見て、何も感じませんか? 自分は今何ができるか、考えるべきです。どうするの。子供の頑張りは、お父さんお母さんにとって最大の慰めなのよ」
先生の言葉が心に刺さり、私に大きな勇気をくれました。それ以降、私は一生懸命自分の欠点を直す努力をしました。学年末、先生は私の成績を見て、軽く私の頭を撫でながら「成長しましたね。頑張りましたね」と言ってくれました。この言葉を聞き、私は嬉しくてたまりませんでした。家に帰り母に報告すると、母は感動してまた涙を流しました。
◇卒業後は留学を
先生の親切な指導と助けの下、自分の努力で、中学校卒業時には自分の理想の高校、現在の外語短大付属校に合格出来ました。私は高校で、充実した毎日を送っています。もうあと半年もすれば、卒業です。私は高校卒業後、外国に留学しようと計画しています。
過去を振り返ることが、私に今後の道をどう歩むべきかを明確にしてくれました。ありがとうございます、大好きな先生。安心してね、大好きなお母さん。あなたの娘は、これからどうやってあなたに孝行するべきか、もう分かっています。
◇優勝者インタビュー
「緊張して記憶がなくなった。優勝と聞いて不思議な気持ち」と、ほっとしたような笑みを浮かべる。
「怠け者」だったと振り返る子ども時代の自分を導いてくれた恩師と、大好きな母親への感謝の気持ちを込めた。「今の人はなかなか叱られることがないけれど、それも愛情なんです。叱られたから今の自分がある」
高2まで横浜中華街の近くに住んでいた。小・中学校は自分から希望して周りの友だちと同じ横浜山手中華学校へ。そこで中国語に親しんだ。
「高校では中国語から遠ざかっていたけれど、夏休みに中国人の友達と再会してまた話したいという気持ちになった。今の力を試そうとコンテストに挑戦しました」
苦心したのは発音。聞いて話す勉強法を徹底し、「自分の力以上のものを出せた」。
「中国は外国という気がしません。大学では北京へ留学して、将来、中国語を生かせる仕事に就きたい」
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(「日本と中国」2月5日号) |