大学生部門 第1位
外務大臣賞
中日友好協会賞
若杉祐司さん
姫路獨協大学1年(19歳)
兵庫県代表
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“共に同じ幸福を享受しよう”
◇五輪でできること
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出場者(大学生部門8人と高校生・一般部門12人)と
審査員、来賓で記念撮影 |
8月8日、北京で「第29回オリンピック」が開催されます。これは中国人民にとっての一大事というだけでなく、世界の人々にとっての一大事です。私は心から大会の成功を祈っています。
お気付きかもしれませんが、生後間もない頃の医療事故で私は視覚に障害を持ち、視力も弱く、他の人と同じように行動できない部分があります。言うまでもなく、スポーツも例外ではありません。それでは、私は「北京五輪」のために何ができるのか?それは、高校進学以来、ずっと心の片隅にあったことです。 ◇ラジオ講座で学ぶ
私は視力は劣りますが、聴覚は良く、口述表現においては何も障害はなく、「通訳」、この仕事だ! 将来通訳ができれば良いな!――こう思うと興奮し、すぐに決心しました。そして、NHKラジオ講座の教材を買い、ラジオを通じて、独学で中国語を学び始めました。毎日必死にラジオを聴き、単語を覚え、知らず知らずのうちに3年が過ぎ、今に至りました。
◇やり抜けば勝利する
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スピーチ終了後の約2分間、
審査員と行われた中国語での質疑応答 |
この間、学習において困難に直面したとき、「もうやめようか」と思ったこともありました。しかし、自分の目標は「北京五輪」「日中交流」に貢献することだと思うと、また、元気が湧いてきました。「やり抜け、やり抜け、やり抜けば勝利する」と自分を励ましてきました。
1年間の学習を経て「中国語検定試験」3級に合格することができました。もちろん、これは「万里の長征」の第一歩であり、さらに努力し、自分そして中国の障害者の未来を切り開いていきたい。
◇初めての中国で
2007年4月、私は夢にまで見た中国語学科に入り、先生方の指導の下で系統的に中国語の学習を始めました。昨年の夏休み、われわれ姫路獨協大学中国語学科の学生は、北京大学に行きました。これが私にとって初の訪中でした。
中国語以外にも、多くの収穫を得ることができました。ある日の晩、北京大学近くの橋の袂で見かけた二胡を弾く盲目の少年は、私に深い印象と大きな衝撃を残しました。
◇共に世界を築こう
今、私はみんなの協力の下、大学で中国語を学び、明確な目標を持ち、幸せに感じています。しかし一方で、中国の一部の視覚障害者は街頭で芸を売り、生計を立てています。私は中国の障害者たちも皆幸せに過ごせればと心から思います。
私は将来、健常者と共に、一人の通訳として、民族と国を超えた交流に貢献していきたい。私たちは手を取り合い、共に幸せを実感できる世界を築いていこう。共に同じ幸福を享受しよう。
◇優勝者インタビュー
大会には伊井健一郎先生(姫路獨協大学外国語学部教授)の勧めもあって出場。優勝できるとは思っていなかったが、先生が会場から応援するなか第1位の栄冠に輝いた。「質問のところで少し緊張しましたが、スピーチは練習通りにいきました。サポートしてくれた両親、先生方にこの喜びを伝えたい」
発音には大きな自信を持ち、受賞理由を問うと「正確な発音が決め手になったと思います」との答え。だが勉強時は、視覚障害のため漢字が見辛く苦労をした。
高校時代はラジオ相手の孤独な学習だったが、現在は伊井先生らの指導の下、友人と助け合いながら中国語に磨きをかけ通訳になる夢へ向かって一歩、一歩着実に進む。
当面の目標は北京大学へ1年間留学すること。「再来年を念頭に今から少しずつ条件を整えているところです。目のために制度上難しいですが、大学からも中国教育省に嘆願書を出してもらいぜひ実現させたいです」 |
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| ゼスチャーを交え会場にアピールする大阪府代表 |
出場者に質問する孫玄齢・麗澤大学教授(中央) |
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| 大勢が応援に駆けつけた会場では横断幕を掲げる人の姿も |
大会後の慰労会で打ち解けあった参加者たち |
■内容集を販売
コンテスト出場者全員のスピーチ(中国語と日本語訳)を掲載した「スピーチコンテスト内容集」を販売しています。ご希望の方は切手500円分を同封して送り先を明記の上、左記あて先まで。
〒101‐0054東京都千代田区神田錦町1−4(社)日中友好協会「スピーチコンテスト内容集」係
(「日本と中国」2月5日号)
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