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先輩留学生の声


【留学の動機】
 仕事の上で中国人と知り合いになり、彼等は日本語を話すのに私は中国語を話せなく、とても残念に思い、自宅近くの中国語サークルに入会し週1回(2時間)勉強を始めました。しかし、なかなか上達出来ずにいた頃、昨年春に勤めていた会社で早期退職制度が確立され、上司と役員を1年間説得し(留学願書等のコピーで本気である事を証明しました)ようやく通常の定年を3年残し2005年3月に退職出来ました。最大の動機は、皆さんも感じている国家間のギクシャクした関係を民間レベルで少しでも改善出来ればと思っています。隣同士で千年以上の交流があるのに、なぜ胸を開いて話し合えないのでしょうか。私の知る中国人は皆、日本人以上に優しく思いやりのある人達です。その為にも、まずは言葉を覚えその国で生活する事で、国情の違いを理解した上で交流出来れば、日本ファン・中国ファンが増加し発展出来ると考えています。

【留学生活】
 上海大学延長校(他に公費留学生受入れの校区が2校あります)には約170人の留学生が勉強しています。その内日本人は60%を占めています。クラスは「ニーハオ!」レベルから最上級クラスまで8クラスあり、自分にあったレベルで勉強しています。私のクラスの最年長は日本人の73歳の男性です。その次が私になります。出身国は日本、米国、ロシア、インドネシア、韓国、フィンランドです。留学生活に慣れてきたせいか、日本人の若者の出席率が落ちています。前途ある若者が何の為に留学しているのか疑問に思います。(出席率は50%です)町へ出て会話の練習をする訳でもなく、ぶらついているだけです。一方年配者は勉強が趣味の世界のせいか、よほどの事がない限り授業を欠席しません。他のクラスを含め、意外と日本人は他の国の人と会話を(勿論中国語で会話です)しています。私もロシア人と話します。それに比べ2番目に多い韓国人はいつもまとまり他の国の人と交流は見られません。外国人に対する日本人は物怖じする感じを受けていましたが、留学生は積極的です。私には意外な面を見た思いです。授業は判り易く教えてくれる教師に当ると最高ですね!私には3人の教師がおりますが、1人は主任の顧chen老師ともう1人は陳慧老師です。お二人共私達に判り易く説明して頂けるので、他のクラスでも人気です。顧chen老師は10月に結婚した女性教師です。陳慧老師は中年の女性教師で私はおばちゃん先生と呼んでいます。お二人共授業以外でも日常生活で判らない事を時間外でも教えてくれますし、ハイキング等に個人的に誘ってくれます。明日(休日で授業はありません)は近郊に日帰り旅行です。特に顧chen老師は休みがないほど、留学生の世話をしてくれます。当大学では是非お二人を紹介したいと思います。

 11/23〜25に実践活動と称する修学旅行に「黄山」へ行きました。1800m強の山上は快晴で日の出が素晴らしかったです。この山は年間250日霧が出て雲海の上に顔を出す山頂と朝日が見えるのはかなり難しいと言われておりますが、当日は天気が良すぎて雲海がありませんでした。参加者は他の校区の留学生を含め170名(バス4台)でした。日の出を見る前日は山頂に近いホテル(窓のない倉庫の様な部屋で10帖に2段ベッドが5個。暖房は小さな電気ストーブが1個、ヤッケを着て寝ます。外は既に零度です)に宿泊し翌日午前5時半に日の出を見る為に出発です。部屋では北朝鮮の留学生(国では大学教授と言っていました)と同室になりましたが、政治的な話はしませんでした。但し本物の胸のバッチを見た時は変に感動しました。テレビでしか胸のバッチを見た事がありませんでした。公費で来ている彼らは生活費が月200USドルで日本人留学生の生活費が多いのに驚いていました。参加者の最年長は日本人の71歳の男性でしたが、月明かりを頼りに1時間ほど更に高い峰を目指し登りました。途中全く足元が見えない場所がありつまずき転倒してしまいました。今でも手の指が打撲で痛いですが、あの日の出を見た感動では痛みを忘れます。(懐中電灯を持参すれば問題ありません。但し大学からその案内がなかったのが残念です)

 12/16は午後に留学生の中国語歌のカラオケ大会がありました。審査は大学側の7人の教師で歌のうまさの他に正しい発音も審査されます。参加者は27組で私もおじさん仲間と若い女性1人を含め4人で参加しました。連日発音と振り付け練習でした。幸い練習成果が出て総合第2位に入りました。お陰で12/29に開催の大学年越しパーティにアンコール出演の依頼がありました。出演した私と女性は年末に一時帰国をする為、メンバー補充で参加するか、辞退するかはこれから大学側と打ち合わせします。来年3月に大学内に日本語教室が開設されるそうです。11月初旬にその為の教師募集がありました。私は留学前に相互学習の為、塾の様な物を開き日本語を教えながら中国語を勉強したいと考えていましたので、応募(経歴書提出と面接を受けました)しましたが、今現在も募集していますので、いつ採用されるかどうかは判りません。応募資格は日本の会社で管理職経験者でした。採用されると月6千元(寮に住んでいる人は4千元)の給料が出るそうです。給料より平日午前中は留学生の身分で中国語を勉強し、午後は教師です。学生の対象は本科の学生と午前中に中国語を講義して頂いている教師が今度は私達の生徒になります。それを考えると面白いです。是非採用されたいと思っていますが、面接結果が判りませんので、期待せずに待っています。

【中国人との交流】

 先日クラスメートの61歳のおじさんと無錫へ1泊旅行をしました。しかし、翌日は現地の友人と待ち合わせに行き違いがあり上海へ戻る予定の列車に乗れず、列車を変更し立ち席で帰りました。駅での乗車券の変更は3度も窓口に出向き外気は−4℃ですが、汗を流し必死で時間変更が出来ました。ようやく乗車した列車は哈尓濱から33時間かけて上海へ行く列車です。2/3は寝台車ですが後5両が座席車です。我々2人は座席車にどうにか乗り込みましたが、車内の通路は歩けない混雑です。乗車して15分後に我々が日本人(お互いの会話で日本人と判ってしまいます)だと判ると早速話し掛けて来ました。まずは小泉首相の悪口ですが、すぐに一般の日本人は好きと話してくれました。その話を回りの中国人乗客は興味津々に聞いています。何しろ横や後の乗客は座席から身を乗り出してこちらの話を聞いています。(会話のオモチャにされている様でした)会話は勿論中国語ですが、私達の勉強している普通語で通じる場合と通じない場合がありますし、こちらは言葉が満足に話せないので知っている単語全てを使い会話をしました。更に横の若い女性は日本語を勉強し始めて4箇月との事で余計興味があった様でした。会話が始まり男性はすぐに私達に席を譲ってくれましたが、我もわれもと席を立って頂け、反対にどこに座れば良いか迷ってしまいました。最終的にすぐ降りる人の席に座りましたが、その方は降りるまで30分間我々の為に立っていてくれました。車内では会話の他、写真を取り合ったり、住所交換したり、中国人と中国の歌を歌いました。話し相手が10人位でしたので合唱になりました。宴会が始まった様で乗車時間の1時間半がとても短く感じましたし、十年来の友人と別れる位寂しさを覚えました。その事を教師に話しましたら、それが活きた会話と褒められました。教室で勉強する事も大切ですが、一歩外へ出て会話をするのが楽しいし、上達の早道だと教師のアドバイスです。今まで特快列車ばかり乗っていましたが、今後はこの様な列車を選び乗車したいと思います。先程、乗客の一人からお礼の電話がありました。お礼は席を譲って頂いた我々がする方ですが、知り合えて嬉しいとの話で今度食事をご一緒する事になりました。 

上海大学留学生
K.W. 58歳


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