協会概要

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協会について

会長挨拶

公益社団法人日本中国友好協会 会長 加藤 紘一 公益社団法人
日本中国友好協会
会長 加藤 紘一

 1972年の日中国交正常化から40年以上が過ぎました。
 日中両国はこの40数年で大きな発展を遂げ、日中関係は紆余曲折を経ながらも、急速に密接さを増しています。両国関係は今、“新たな時代”に入ったと言われるほどです。

 1950年10月1日の設立以来、わが協会の歴史は60年を超えています。
 協会は過去の日中戦争への反省の上に立ち、当時まだ国交のなかった中華人民共和国との間で、経済・文化・学術・人事等の民間交流を行ってまいりました。日本の平和と繁栄、アジアおよび世界の平和と繁栄に貢献すべく、在華邦人の引き揚げ、日本に強制連行された中国殉難者の調査および遺骨送還、さらに「日中青年大交流」など各種の多彩な民間交流活動を地道に進めてまいりました。また、日中国交正常化の実現に向けて、多くの諸先輩のご尽力を賜りました。

 公益社団法人となった今、わが協会は責任のある、広く国民的な団体を目指しています。
 これからは未来志向の“新しい交流”を模索しながら、民間の先頭に立つ決意の下で、日中関係、そして“日中友好”の面で日本を引っ張ってまいります。
 皆様のご指導とご支援をよろしくお願い申し上げます。

概要

名称公益社団法人日本中国友好協会((公社)日中友好協会)
英文名:Japan-China Friendship Association
設立1950年 10月1日
2000年 5月29日~社団法人日本中国友好協会
2012年 4月1日~公益社団法人日本中国友好協会
所在地〒101-0054
東京都千代田区神田錦町1-4 日中友好会館6階
電話番号03-3291-4231
FAX番号03-3291-4237

目的及び事業

目的日中共同声明と日中平和友好条約の掲げる精神を遵守し、日本国と中華人民共和国両国民の相互理解と相互信頼を深め、友好関係を増進し、もって日本とアジアおよび世界の平和と発展に寄与することを目的とする。
事業(1) 日本からの訪中団の派遣と斡旋及び中国からの訪日団の受け入れと斡旋
(2) 日本からの留学生の派遣と斡旋
(3) 日本における中国語の普及及び中国における日本語の普及のための支援
(4) 日中両国の友好都市間の交流の推進
(5) 中国における環境の保全、保護及び環境に関する協力
(6) 文化、芸術、教育、科学技術及びスポーツ等の公演、展示会及び公演等の開催
(7) 中国の情報並びに日中友好交流に関する会報等の発行
(8) 出版事業
(9) 中国知識検定の実施
(10) その他、この法人の目的を達成するために必要な事業

協会のあゆみ

1949
1949年10月中華人民共和国成立(1日)、日中友好協会準備会発足
1950~1959
1950年2月協会機関紙『日本と中国』創刊
10月日中友好協会創立大会(1日)、内山完造氏、初代理事長に就任
1952年6月第1次日中民間貿易協定調印
1953年2月中国人俘虜殉難者慰霊実行委員会発足
3月日中友好協会・日赤など3団体と中国紅十字会が「日本人慰留民の帰国援助問題に関する共同コミュニケ」発表
在華邦人帰国第1便舞鶴港入港
5月松本治一郎氏、日中友好協会初代会長に就任
7月中国殉難者遺骨送還船黒潮丸出港
1954年3月中国紅十字代表団来日(新中国建国後最初の訪日代表団)
9月初の学術文化視察代表団を派遣
1955年12月中国科学院訪日視察団(郭沫若団長)来日
1956年5月梅蘭芳中国京劇団を招き、各地で公演(朝日新聞社と共催)
10月北京で日本商品展覧会開催
1958年5月長崎で中国国旗侮辱事件おこる
1960~1969
1960年5月中国「貿易3原則」を提示・友好貿易はじまる
1962年11月「L・T」貿易発足
1963年11月中日友好協会設立
1964年9月日中双方の記者交換実施
1965年8月日中青年大交流
1967年6月黒田寿男氏、日中友好協会第2代会長に就任
1970~1979
1971年3月第31回世界卓球選手権大会、中国チーム参加・ピンポン外交
10月国連での中華人民共和国の合法的地位が回復
1972年9月日中共同声明調印・日中国交正常化実現(29日)
1973年4月日中国交正常化記念大相撲中国公演
6月神戸市・天津市友好都市締結第1号
1974年4月日中航空協定成立
第1期公費留学生11人を派遣
1977年6月『日本と中国』1000号を発行
9月「日中平和友好条約締結促進国民集会」開催(東京、43団体で共催)
1978年8月日中平和友好条約締結
1979年5月「中日友好の船」(廖承志団長)600人来日
11月国際オリンピック委員会(IOC)で中国の地位が回復
1980~1989
1980年9月宇都宮徳馬氏、日中友好協会第3代会長に就任
1983年7月第1回日中友好交流会議開催
11月第1回全日本中国語弁論大会中央大会開催(後の全日本中国語スピーチコンテスト全国大会)
1984年9月中国建国35周年・日本青年3000人が訪中
1985年3月中国青年代表団(団長・胡錦涛中華全国青年連合会主席)100人来日
10月中国青年訪日友好の船(劉延東総団長)500人来日
1990~1999
1990年11月協会創立40周年・日中友好都市卓球カーニバル開催(北京にて)
1992年6月平山郁夫氏、日中友好協会第4代会長に就任
9月天皇・皇后両陛下中国訪問
国交正常化20周年記念・「楼蘭の美女」展開催(朝日新聞社と共催)
1994年5月日中友好都市締結20周年記念・日中友好都市交流奈良会議開催
1995年5月南京城壁保存修復協力事業開始(~1998年5月まで約3年にわたり実施)
8月村山首相が戦後50年に際しての談話を発表
1997年7月香港返還(平山郁夫会長が中国政府の招待を受けて列席)
8月日中国交正常化25周年記念・日中友好都市ジュニア卓球大会
1998年11月江沢民国家主席が中国の国家元首として初めて来日、「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」を発表
日中友好7団体が江沢民国家主席歓迎レセプションを開催
1999年7月宋健会長が就任後初の中日友好協会代表団長として協会の招請で来日
10月平山郁夫会長が中国政府の招待を受け中国建国50周年行事に出席のため訪中
第1次日本青少年交流代表団(団長=武見敬三・前副会長・現顧問)(外務省派遣、協会は実施団体)
2000~
2000年5月日中文化観光交流で5000人訪中(団長=平山郁夫会長)
社団法人日本中国友好協会の設立が許可される(29日)
6月協会創立50周年記念式典
8月日中緑化交流基金(小渕基金)事業がスタート、協会関係では(社)日中友好協会(北京市延慶県八達嶺)、東京都日中(北京市豊台区廬溝橋)、長野県日中(河北省平山県西柏坡)、三重県日中(河南省鄭州地区滎陽市)に助成が決定
10月「中国国宝展」開催(朝日新聞社、東京国立博物館と共催)
協会創立50周年を記念して会員2000人が訪中、胡錦涛国家副主席(当時)のご出席を得て人民大会堂で祝賀行事を行う
11月JICA中国青年招聘事業に協会がこの年から参加、中学校教員グループ受け入れを担当
2001年1月(社)日中友好協会など日中両国の17民間団体が北京で「新世紀の日中民間友好宣言」を発表
8月小泉純一郎首相が靖国神社を参拝、中・韓両国などから激しい抗議を受ける
11月(社)日中友好協会代表団が訪中、江沢民国家主席と会見
2002年1月(社)日中友好協会など23民間友好団体代表と中国側30団体代表が北京で会合、「日中民間団体の共同アピール」を発表
8月日中国交正常化30周年記念、日中友好交流都市中学生卓球交歓大会
9月東京と北京でそれぞれ日中国交正常化30周年記念レセプション
日中国交正常化30周年記念展「シルクロード絹と黄金の道」(NHK、東京国立博物館と共催)
11月(社)日中友好協会代表団が訪中、曽慶紅政治局常務委員と会見。同氏は第16回中共党大会後初の外国人との会見
2003年1月小泉首相が4度目の靖国神社参拝、協会は抗議談話を発表
5月(社)日中友好協会は、4月から感染状況が深刻化した中国SARS緊急支援を国民に呼びかけ、民間支援を行う
9月日中平和友好条約締結25周年レセプションを東京で開催(日中友好7団体、中国大使館、外務省と共催)、呉邦国全人代委員長が出席
2004年1月「景徳鎮 千年の歴史」展、「長安 陶俑の精華」展を開催
2月村山富市名誉顧問、平山郁夫会長ら(社)日中友好協会代表団が訪中、曽慶紅国家副主席と会見
(社)日中友好協会ら日中友好6団体の代表が、2003年8月4日に黒竜江省チチハル市で起きた旧日本軍遺棄化学兵器毒ガス事故の調査と被害者見舞いのために現地を訪問。帰途、北京で同事故被害者を支援するための「基金」設立を発表
4月(社)日中友好協会全国代表団(団長=野中広務名誉顧問)が訪中、曽慶紅国家副主席と会見
6月日中航空協定30周年記念・日本大相撲中国公演を北京、上海で挙行、熱烈な歓迎を受ける
8月中国で開催された「アジアカップ・サッカー」で発生した事態について、(社)日中友好協会は(財)日中友好会館と共同で見解を発表
9月「中国国宝展」(朝日新聞社主催、(社)日中友好協会後援)が開幕
10月空海入唐1200年記念行事を西安で挙行、平山郁夫会長ら206人が訪中
西安で発見された遣唐留学生・井真成の墓誌銘を記者団に公開
12月日中友好6団体の代表が、北京で、中日友好協会など中国側民間友好団体と「実務責任者会議」を開き、2005年の戦後60年をどう迎えるかについて協議
2005年4月東京で、(社)日中友好協会など日中両国の民間友好団体(日本側25団体、中国側35団体)がつどい、「平和と善隣友好に関するアピール」を発表
7月東京国立博物館で特別展「遣唐使と唐の美術」を開催。昨年中国・西安で発見された「遣唐留学生・井真成墓誌銘」を展示。その後、奈良、福岡、大阪を巡回
9月戦後60周年・日中友好と世界平和の記念活動として、「南京城壁保存修復協力事業10周年記念行事」を中国南京市で、また「最澄伝教大師帰朝1200年記念行事」を中国浙江省で挙行
11月(社)日中友好協会代表団(団長=平山郁夫会長)が訪中、賈慶林中国人民政治協商会議主席と会見
2006年2月新任の井頓泉中日友好協会常務副会長一行が来日、平山会長ら協会主要役員と懇談
3月平山郁夫(社)日中友好協会会長ら日中友好7団体会長一行が訪中、胡錦濤国家主席と会見。中国の対日交流団体の会長らと日中民間団体会長会議を開き、意見を交換
6月遼寧省葫蘆島市で開かれた「日本人送還事業60周年記念行事」に、協会派遣の訪中団を含む日中の400人余りが出席。村山富市名誉顧問(元首相)と唐家璇国務委員が日中を代表してあいさつ
8月小泉首相の靖国神社参拝に対して、村岡久平理事長が「遺憾であり、強く抗議する」との談話を発表
11月平山郁夫会長を団長とする「全国都道府県日中友好協会会長代表団」36人が北京を訪問し、曽慶紅国家副主席、王家瑞中国共産党中央対外連絡部長ら中国要人と会見。人民大会堂で行われた「宇都宮徳馬・西園寺公一両氏の生誕100年記念会」に出席
中国高校生訪日代表団第4陣の200人を受け入れ
12月中日書道交流展を日中友好会館で開催
2007年2月村岡久平理事長が厚生労働省を訪れ、「中国残留孤児および残留婦人支援に関する要望書」を提出
6月「日中青年世代友好代表団」(最高顧問・中曽根康弘元首相)を(社)日中協会、日本青年団協議会とともに派遣。胡錦涛国家主席と会見する
9月賈慶林・中国人民政治協商会議全国委員会主席の歓迎レセプション(日中友好7団体主催)で平山郁夫会長があいさつ
10月アグネス・チャンのチャリティーコンサート「世界へとどけ平和への歌声in北京」を開催(北京・人民大会堂、中日友好協会と共催)
陝西省西安で「遣隋使1400年記念行事」を、陝西省政府などと共催
2008年4月長野で北京五輪聖火リレーが行なわれる
5月胡錦涛国家主席来日(中国の国家元首として10年ぶりの来日)
四川省で未曾有の大地震発生
7月『日本と中国』2000号を発行
加藤紘一氏、(社)日中友好協会第5代会長に就任
8月北京オリンピック開幕
9月加藤紘一会長を団長とする(社)日中友好協会代表団が胡錦涛国家主席と会見、北京パラリンピック開会式に出席
日中友好7団体が「日中平和友好条約締結30周年祝賀レセプション」を開催
2009年4月日中緑化交流基金の助成を受け、甘粛省敦煌市陽関鎮で緑化事業を開始。植樹祭開く
10月中華人民共和国建国60周年式典(北京)に村山富市名誉顧問、加藤紘一会長らが出席
早稲田大学で「周恩来と日本」写真展を開く
2010年3月日中友好7団体が唐家璇中日友好協会名誉顧問(前国務委員)一行を招聘、歓迎レセプション開催
4月南京で「南京城壁修復協力事業」15周年記念式典を開く
5月北京で「藤田観光箱根小涌園・中国各界代表団揮毫足跡展」を主催
上海万国博覧会開催(~10月)
6月中日友好協会宋健会長一行を招き、協会創立60周年祝賀レセプション開催
10月北京・人民大会堂に1300人が集い、協会創立60周年を祝う(10・15北京大集会)
2011年3月東日本大震災が発生し、5月開催予定の第13回日中友好交流会議が延期
2012年2月加藤紘一(社)日中友好協会会長ら日中友好7団体会長一行が訪中、賈慶林・中国人民政治協商会議全国委員会主席と会見。中国の民間団体代表と日中民間団体代表会議を開き、意見を交換
3月唐家璇氏、中日友好協会第5代会長に就任
内閣府より公益社団法人への移行認定が認められる
4月公益社団法人日本中国友好協会が設立
唐家璇中日友好協会会長を団長する代表団が来日
5月第13回日中友好交流会議開催(貴州省貴陽市)
8月国交正常化40周年記念「日中友好交流都市中学生卓球交歓大会」開催(北京)